天国行きの初恋です

またたび

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天国行きの初恋です

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 こんな深夜に墓地を歩いているのは、この四人以外もちろんいなかった。高校の部活動の今日が合宿最後の夜、彼らは明日の午後には帰路に着く予定だ。
 学校から大型バスで二時間ちょっとの移動という近場。しかもテニスコートが併設している他は娯楽施設も何もない、団体専門の合宿向きの宿泊施設。テニス部の部員たちは不満タラタラだ。
「他の高校の子は、カラオケとか温泉のある所で合宿したって言ってたよ」
「いいなあ、温泉」
「うちの学校しょぼくない?」
 特に一年生はそう嘆いていたが、去年もここだったのだから二年目の者ともなれば覚悟はできていた。案外食事はおいしいし、小学校からの親友三人と一緒に過ごすこの合宿を本田なつみは結構楽しんでいた。しかし唯一の不満は売店にアイスクリームを置いてないことだった。まずいことに今年の夏は毎日のようにアイスを食べていて、日課を絶った五日目に禁断症状が抑えられなくなってしまった。コンビニが近くにあれば問題はないのだが、自然が広がるばかりで周りには何もない。
「急に我慢できなくなった。アイス買いに行く!」
 就寝時間も近くなったころ突然なつみは立ち上がった。何十分もかけて国道沿いのコンビニまで歩いて行く事を決めたのだ。
「嘘でしょ、あと一日くらい我慢できないの?」
 隣で寝転がっていた槙村咲が読んでいた本を放り投げた。見ると、靴下を履きながらなつみは電話で手塚悠馬にも同じことを言っている。嘘でしょとは言いながらも嘘でないことは承知している、だてに長年彼女の面倒をみてきたのではない。だがいつも甘やかしてしまう咲はなつみの後を追い、同室の女子にあとを頼んで慌ただしく合宿所を飛び出した。するとすぐに咲よりもなつみに甘いもうふたりの親友、悠馬と田島直人も走って出てくる。
「なつみは今年アイスにハマってるからなぁ。何日か我慢したよなぁ」
「なに呑気なこと言ってるのよ。こんな夜遅くよ?」
 楽しんでいるようにさえ見える悠馬を咲は少し睨む。街の明かりのない予想を超えた夜の暗さに恐怖を感じ、外に出たことを後悔しているのだ。
「行くならもっと早い時間にしてよ、どうしてこんな遅くなってから言うのよ」
「だって、今我慢できなくなったんだもん。仕方ないでしょ」
「夜道など俺たちがいれば何も心配いらねえ!」
 変なポーズを決める直人を見てなつみは笑う。
「俺のライトが闇を照らすぜ」
 直人は持ち出して来た部屋の備品の懐中電灯をあちこちに向けながら出発する。直前までこの懐中電灯の光をあごから当てて変顔などをして遊んでいてたまたま持っていただけなのだが、気が利く男のフリをしている。
 さっさと歩けばいいものを、こんな調子でふざけながら歩いてやっとたどり着いた国道沿いのコンビニは海の近くにあった。車の流れが途絶えると波の音が聞こえる。駐車場でなつみは久しぶりのアイスクリームを満喫して大げさに感激していた。
「おいしかったぁ。みんなありがとね、助かったぁ」
「ちょっとのんびりし過ぎじゃない? もう戻らないと」
 店内の時計を指差して咲はいつまでものんびりしている三人を急かした。
「本当だ。今日中に戻るつもりだったのに、ちょっと無理だな」
 早く寝ないと、明日の朝練に支障をきたす。悠馬は飲みかけのお茶のボトルキャップを急いで閉めた。
「よし早く戻ろう」
 直人が忍者のようなポーズで答えた。
「帰りは猛ダッシュだな」
「安心して、あたし今地図見て近道見つけた。ついて来て」
 そうしてなつみの後をついて入り込んだのがこの墓地だった。悠馬は少しためらったが、早く戻れたらそれに越したことはない。ここを抜ければ合宿所はもうすぐだと、覚悟を決めてなつみと直人に続いた。お化け屋敷や肝試しの類が大嫌いな咲はもちろん大反対したが、ひとり取り残されるのも絶対に嫌なので最早ついて行くしかない。悠馬と直人のシャツのすそをつかんで腰をひいて進んでゆく。
 いつもクールで怖いものなどないような顔をしている咲の怖がりようが面白くなって、なつみはふざけて持っていたジュースのボトルを咲の首筋にペタッと付けた。
「きええええっ!」
 怪鳥のような奇声を発して咲が腰を抜かす。その声に男子ふたりは飛び上がった。
「やめてくれよ、咲、変な声出すの」
「そうだよ、びっくりするだろ。ここ墓地だぞ」
 真夜中の墓地だ、男子と言えど少しも怖くないわけではない。できれば早く通り過ぎたいのが本音だ。
「ごめーん。咲がすごく怖がってたから。びっくりしたぁ」
 なつみはニコニコ笑いながら尻もちをついている咲の腕を引っ張りあげた。ずれたメガネを中指で直して、咲はいまいましげになつみをにらむ。
「怖がってると思ったらやめてよ! なに考えてんの?」
「やだ、怒らないでよー」
 反省する様子もなく、なつみは罪のない笑顔を見せた。この笑顔を向けられただけで、大抵の男子は幸せな気分になる。テニス部の男子の半分はなつみ目当てと言ってよかった。しかし悠馬と直人の守りが堅く、破られたことはない。小学四年生の時に初めて男の子にからまれたなつみを助けたのがこのふたりだった。『今度何かあったら俺らに言いな。やっつけてやるからさ』その時からの守備だ。
「もう、だからこんなとこ通るの嫌だって言ったのよ!」
 泣きそうな顔で咲は文句を言い続けた。
「鬼の咲にこんな弱点があるなんてみんな知らないだろうな」
 面白がって悠馬はくすくす笑った。
「なつみが怖がってたら守ってあげるのになぁ」
「あたしを守ったらいいじゃない、今」
 すかさず咲は提案したが、直人は手をぶんぶん振った。
「却下でお願いしまーす。つまんないんで」
「あたしはみんながいるから怖くないよ。それに、お化けなんているわけないじゃない」
 相変わらず明るくなつみは言う。咲だってお化けがいると本当に思っているわけではないのに。学年一の秀才は能天気な幼なじみをじろりと見た。
「あんたみたいな単純な頭の持ち主が羨ましい」
「だって、今までそんなの見たことないもん」
 そう言うとなつみは近くにあった墓石に駆け寄りのぞき込んだ。きれいな新しい墓石だ。
「ふぅん、稲葉海斗さんだって。今晩はぁ」
「あっ、なつみ、駄目だよ、そんな事しちゃ」
 思いもよらない行動に、悠馬は止めようと手を伸ばした。
「なつみの馬鹿、やめなさいよ!」
 咲は顔をこわばらせる。
「いますかぁ? お留守ですかぁ?」
 気にするそぶりも見せずなつみは墓石に手を乗せ話しかけ続けた。
「ほら、いないじゃない。ねぇ」
 ねぇ、と顔を墓石に近付けたなつみがにっこり笑った時、時計の針が重なった。午前零時。生ぬるい風がザワッと強く草木を揺らした。
「おいで、なつみ」
 後ろから腕をつかんで、悠馬は抱きかかえるようにしてなつみを墓石から引き離した。
「わ、何よ」
「駄目だって。ほら、もう行くよ」
 そのまま腕を引っ張って足早に歩き出す。
「あっ、ずるいぞ悠馬」
 直人がふたりを追いかけなつみのもう片方の腕をつかまえた。悠馬と直人でなつみを持ち上げ目を合わせる。
「よし、このまま走るか」
「おう、脱出だ」
 そう言って息の合った走りを見せた。急に取り残された咲は必死の形相で三人を追う。
「待て、待てったら。ふざけんなお前ら、あたしを置いていくなぁーっ!」
 足音が遠くなり、四人が走り去った墓地には再び静寂が訪れた。一瞬ビュウっと風が吹き、そのあとはただ深い闇に包まれた。

「あっ岩田くんだ」
 部活の途中顔を洗いに行った帰りに、なつみはサッカー部の練習に足を止めた。砂埃を上げボールを追いかける彼を目で追う。
 岩田徹はサッカーにしか興味がない。と言って特に上手なわけではないが、熱意がすごい。馬鹿力が取り柄の風采の上がらない大男だ。女の子にも興味がなく、したがって男子に人気のなつみにも興味がない。そんな彼をなつみは好きな人だとしている。しかし話しかける気もなく、ただこうやって時々陰できゃあきゃあ言って楽しんでいるだけだ。
「頑張ってぇ」
「あんたって変な子。楽しいの? その片思いごっこ」
 となりで顔をタオルで拭きながら咲が呆れたように言う。本当に岩田徹を好きなのだとは到底思えなかったが、本人が言うのだから仕方がない。悠馬も直人も誰も信じていないが。
 二学期が始まり、夏休み中の合宿先でのあの出来事も忘れかけてきていた。咲を本気で怒らせてしまったなつみはさすがに懲りて、二度と怖がらせるような事はやめようと思った。毎日毎日恨み言を言っていた咲がやっと最近口にしなくなり、平和な日常が戻っている。平和な日々は素晴らしい。
「あ、本田さん」
 通りかかった野球部員数名がなつみの姿を見つけて立ち止まった。いつものボディーガードがいないのを見てチャンスとばかり近寄ってくる。知らない顔ばかりに囲まれたが別に驚きはしない。
「僕たち一年なんですけど、本田さんのファンなんです!」
 なつみは下級生にも人気がある。
「今度一緒にカラオケでも行きませんか」
「いや、映画とかのほうがいいですよね」
「ええっと」
 驚きはしないが少し言葉に詰まる。こういうのはいつも悠馬と直人が対応してくれるからだ。
「悪いがなつみは用事でいっぱいなんだ」
 いつの間にか悠馬が現れサッと間に入り、なつみは安心した。
「お前ら一年じゃねえか、生意気なことするなぁ」
 直人はいつもけんか腰だ。そしてこの時がいちばん生き生きしている。こういう事が大好きで、たぶん生きがいなのだろう。
「一年のくせに俺にけんか売るなんていい度胸してんな」
「いや、僕たちはただ本田さんに用があっただけで」
 どうしてそういう事になるのかとうろたえる野球部員たちに直人は追い討ちをかける。
「それは俺にけんかを売ってるのと同じなんだよ!」
「えぇ~」
 直人の餌食と化した一年男子たちに他の三人は同情の眼差しを向けた。
「楽しそうだなぁ、直人」
「あの子たちまだ一年だから、直人の面倒臭さを知らなかったんだね」
 もう走って逃げるしかない。そして明日からは校内ですれ違うだけでにらまれて威嚇されることになるのだ。
「お気の毒」
 くすくす笑いながら誰かが後ろで言った気がした。なつみは思わず振り返ったが近くには誰もいない。
「あれ?」
「どうした、なつみ」
 不思議そうに首をひねるなつみに悠馬が声をかけた。
「悠馬、今なんか聞こえなかった?」
「ううん、何も」
「そう」
 ちょっと腑に落ちなかったがなつみは気にしないことにした。

「じゃあね、みんな」
 家の前でなつみは三人に手を振った。
「また明日ね、なつみ」
 学校にいちばん近いなつみの家の前が、四人の集合と解散の場となっていた。ここからはすぐに三人はバラバラに帰って行く。門の前で少し見送っていると悠馬が振り返った。
「ちゃんと寝る前に窓閉めろよ」
 ハイハイと返事をしてから門に手をかけ、小さい声でなつみはつぶやく。
「子供じゃないんだから」
「でも、心配なのもわかるよ」
 門の軋む音と一緒に、近くで誰かの声がした。
「え?」
 急いで周りを見回したが、また誰の姿もない。
「おかしいなぁ」
 首をひねって家に入ると母親が夕食の支度をしているキッチンに顔を出す。
「ただいまぁ」
「おかえり、なっちゃん」
 キャベツを刻みながら母親は顔を向ける。
「今日はとんかつだからね」
「やったぁ! 嬉しい」
 全身で喜びを表現してから階段を駆け上がる。部屋の明かりをつけ部屋着に着替えると窓を開けた。空は暗くなってきたがまだ風は生ぬるい。しかし寝るころには冷たい風が吹くので、気をつけないと風邪をひいてしまう。
 なつみはベッドにひっくり返った。枕元のぬいぐるみがボヨンと揺れる。
「着替え、終わった? なつみちゃん」
「終わったよ」
 反射的に返事をしてから、なつみはピタッと動きを止めた。
「え、誰?」
 慌てて起き上がり部屋を見回す。クローゼットの中、ベッドの下、ドアを開けて廊下にも誰もいないのを確認して戻る。絶対に聞こえたのにと思いながらベッドに座り直した。
「今晩は、なつみちゃん」
 少年が横に座っていた。驚きのあまり声も出ない。ベッドから転がり落ちたなつみは、腰かけてこっちを見ている少年の笑顔を目をまん丸にして見つめた。
「な、何なの、いつからいたの?」
 やっと声を絞り出す。
「ちゃんとなつみちゃんの着替えが終わってからだよ。僕、のぞき見とかしないから」
「そうなんだ。じゃなくて、誰なのよ」
 白いTシャツを着た、同じ歳位の小生意気な少年をなつみはにらんだ。危険な感じはしない。強盗や痴漢ではないと本能的に感じとった。だが、異常事態であることに変わりはないのだ。
「親戚かな? こんな親戚いたっけ。ママ何も言ってなかったけど」
「僕は親戚じゃないよ」
 彼はフワッと浮くように立ち上がった。
「僕の名前は稲葉海斗。初めましてじゃないけど、こうやってちゃんと会うのは初めてだね」
 名前を聞いたとたん、なつみの頭に突然墓地が浮かんだ。海辺の墓地。どんどん映像が流れる。新しい墓石。目の前に現れる彫り込まれた名前。稲葉海斗。
「あ!」
「思い出してくれた?」
 少年は嬉しそうに身を乗り出す。が、なつみは何かを怪しんだように目を細めた。
「あんた、咲の知り合い?」
「え、どうしてそうなるのかな」
 出鼻をくじかれた少年は気を落ち着かせようと前髪を直す仕草をする。
「槙村咲さん?」
「そうよ。ほら、やっぱりそうでしょ。咲、すごく怒ってたもん。許さないって言ってたもん。あのあと本当にしばらく口きいてくれなかったんだから。夏休みの宿題も手伝ってくれなくて大変だったんだよ」
 立ち上がってなつみは腕組みをした。
「ええと、なつみちゃん?」
「もう許してくれたと思ってたのに。忘れたころにこんなドッキリで仕返しするなんて」
「ドッキリ?」
「でもあたしが悪かったんだもんね。すごく反省したんだよ、本当だよ。ちゃんと咲に言っといてね」
「ちょっと待って」
 勝手に話を進めるなつみを、少年は慌ててさえぎった。
「咲さんは関係ないよ。僕となつみちゃんの事なんだから」
「何よ、もうバレてるんだから」
 そう決めつけながらも、しかし咲がこんな事をするだろうかという不安がよぎった。そしてそれを見透かしたかのように少年はくすくす笑った。部活の時に聞いた笑い声に似ていると思った。話す声も似ている。
「なつみちゃんは本当に咲さんがそんな仕返しすると思ってるの?」
 小学生のころから文句を言いながらも世話を焼いてくれる咲。もっと学力の高い高校に行けたのに、なつみが心配だからと同じ高校に通うことにしてくれた咲。『どこの学校に行っても勉強の内容は同じだよ。だったらなつみと一緒にいるよ』と言ってくれた。そんな咲がここまでするとは、よく考えればあり得なかった。けれど稲葉海斗という名前はあの三人しか知らないはずだし、誰かに話したりもしていないはずだ。
「でも、悠馬も直人もこんな事しない」
 なつみは何度も首を振った。少年はそんななつみをじっと見る。
「僕はあの時なつみちゃんに一目惚れしちゃって、どうしてもまた会いたかったんだ。やっと今日こうしてちゃんと会いに来れて、本当に僕嬉しいんだ」
「えっ、本当に何。誰なの」
「すぐには信じられないよね、わかるよ」
「やだ、わかんない、何言ってるの? 悠馬、悠馬助けて」
 不安をつのらせたなつみはカバンから携帯電話を取り出そうとしたが、焦ってうまく探せない。少年から目を離すわけにもいかず、ただじたばたする。
「今日はこれで消えるね。なつみちゃん混乱してるから。驚かせてごめん、また明日」
 稲葉海斗と名乗る少年は、あどけない笑顔でそう言って手を振った。そして消えると宣言したとおりに、なつみの目の前で一瞬にして消えたのだ。

「ねえ、今日なつみ変じゃない?」
 授業が始まって間もなく、前の席の女子が振り返ってヒソヒソと咲に言った。
「そうなのよ。朝からおかしいのよ」
 中指でメガネを押さえ、いちばん廊下側の席にいるなつみをチラッと見ながら頷いた。
「いつもは呼ぶまで絶対家から出てこないのに、今朝はもう家の前で待ってたんだから。で、ソワソワしてほとんどしゃべらない。かと思えば、時々じろじろあたしを見て何か言いかけては止めて。悠馬にもゆうべ何度も電話してきたらしい。特に何も言わずにすぐ切るんだって、すごい心配してた」
「あー、手塚くん、なつみのこと大好きだもんね。心配だろうね」
「そうなのよ」
 またなつみに目を向けた咲は、彼女が机の上に何も出してないことに気が付いた。本人はただぼんやり座って視線を宙に漂わせている。
「あっ、なつみ。もうっ」
 教師に見つからないよう、咲は離れた席のなつみに小声で呼びかけた。何しろこの教師はすぐ生徒に罰を与えたりする。なつみも何回かすでに罰を食らったことがある。
 咲の心配をよそになつみはずっと考えに没頭していた。ぼんやりしているだけに見えて、頭の中はきのうの事でいっぱいだった。こんなに長く考え事をしたことがあるだろうか。ただしずっと同じ事をぐるぐる考えているだけだ。消えたのだ。自分たちだけしか知らないはずの、あの墓石に刻まれた名前を名乗る少年が、目の前で消えたのだ。
 ゆうれい、という結論はまだ出したくなかった。そんな事はあり得ない話だし、もしそうだったら絶対に咲には言えない。何か、別の理由が絶対に欲しい。
「ん?」
 咲の祈りも虚しく、白髪の教師は授業中に教科書も机に出していない不届き者を発見してしまった。眉間のシワをギュッと濃くして近づいて来る。
「本田」
 周りの席の生徒がオロオロしてなつみに合図を送るが、何も見えていない。教師の声も聞こえない。
「本田?」
 とうとう教師が横まで来たとき、なつみはひらめいて手を打った。
「そうだ、マジシャンかも知れない!」
 しん、と教室が静まり返る。叫んだ事でなつみはようやく我に返った。気を取り戻した教師が腰を曲げ、なつみの顔をのぞき込む。
「本田、手品でも見せてくれるのかね?」
「えっ、ええとですねぇ」
 まず静かに語りかけたあと、教師は思い切り息を吸い込んだ。
「いつまでボーッとしてる、手品でも何でもいいから早く教科書を出せ! 授業中だぞ、いい加減にしないとお前の昼休みはなくなるぞ?」
「あいぃ」
「ハイ、だ!」
「は、はいっ!」
 教科書、ノートなどを慌てて取り出し、適当に開く。咲のほうを見ると、小さくコツンと殴る真似をしていた。なつみはゴメンのポーズで返し、こっそりため息をついて前を向いた。
「僕、マジシャンじゃないよ」
 白髪の教師と並んで、きのうの小生意気な少年が教卓にもたれかかっていた。
「ひゃあぁぁぁっ!」
 なつみの絶叫からすぐに、二つ向こうの教室から悠馬が飛んできた。反対側の隣の教室から直人が転がり込む。
「どうした、なつみ!」
「何があった、あれ?」
 すでに攻撃態勢をとっていた直人は、それらしき人物がいないのに気付きキョロキョロする。
「何か怖いものでも出た?」
 悠馬は虫とかのつもりできいたのだが、奇しくも当たってしまっている。何しろゆうれいが出たのだ。
「うん、あの、ううん」
 もう少年の姿はない。しかし誰も彼については騒がない。誰にも見えないし、聞こえないのだ。
「なつみ、本当に変だよ。大丈夫?」
 咲をはじめ、クラスメイトも駆け寄る。咲、悠馬、直人が心配する姿を見て、この三人が関与している可能性はないとなつみは改めて確信した。たとえあの少年がマジシャンであったとしても、超能力者であったとしても。
 他の教室からドヤドヤ出てきた野次馬が廊下から見つめる中、怒りに震える教師はゆっくりとなつみの前に姿を現した。白髪の鬼みたいな形相だ。
「本田、これは何の騒ぎだ?」
 恐ろしすぎて、なつみは悠馬の背中に隠れて顔だけ少しのぞかせた。
「あの、何でもないです」
「そうか、何でもないのか」
 鬼の頬がピクッと引きつる。
「そう、何でも、ないみたいです」
 とりあえず悠馬も言ってみた。直人もははっと笑ってごまかそうとした。だがまたもや教師は怒鳴るために息を大きく吸い込んだ。
「手塚も田島もとっとと自分のクラスに戻れ! 本田は覚悟しておけ!」

「あぁ、ひどい事になった」
 放課後の陽を受け、なつみは頭を抱えていた。昼休みどころか放課後も職員室で数計算である。数学がいちばん嫌いなのに。何とか答えを捻り出し、全然解らない問題も適当に答えを書いていく。適当すぎても怒られるが、何とか早く終わらせて脱出したい。死にそうだ。
 死という言葉に思わず力が入り、シャーペンの芯が折れた。
 やはり、早く確かめたほうがいい。本当の事を。決心してなつみは立ち上がった。職員室を飛び出していく様子を見とがめて教師が声をかける。
「本田、どうした!」
「トイレ!」
 振り返りもせず大声で叫ぶと、なつみは廊下を突っ走った。もう一度あのお墓に行ったらいいのだろうかと考えた。とにかく確認しなければいけない。
「お墓にでも行くつもりかな。遠いよ、知ってるでしょ」
 学校を飛び出すと少年が現れた。
「わっ!」
 驚いて腕を塀にぶつけた。痛いがそれどころではない。
「それより僕の家に行ってみるっていうのはどう?」
「おうちに?」
「そう。こっちだよ」
 少年は楽しそうに言って勝手に歩き始める。なつみは慌てて後を追った。
「ちょっと、待ってよ」
「大丈夫、僕の家はここから割と近いんだよ。なつみちゃんみたいな可愛い子がいるって知ってたら僕もこの高校に通えばよかったなぁ。同じクラスになれたかもね」
 楽しそうに、踊るように跳ねるように少年は歩く。ゆうれいというのはこんなに明るいものだろうか。
「さっきはごめんね、なるべく他に人がいない時だけ現れようとは思ってたんだけど、つい面白くなっちゃって。楽しい学生生活に久しぶりに参加できた気分。これもなつみちゃんのおかげだね、ありがとう」
「こっちはひどい目に合ったのよ、そんな嬉しそうにされても」
「ごめんごめん。あ、ここから先は黙ってついてきて。この辺から人通りが多くなるんだ。僕の姿はなつみちゃんにしか見えないから、ひとりで喋ってる変な人みたいになっちゃうよ」
「何よ、まだあんたの言ってることを信じたわけじゃないのよ」
「僕は別にいいけど」
 面白そうに笑う少年に言い返せず、なつみは仕方なく黙ってついて行くことにした。
 少年に引き寄せられているような不思議な感覚でついていくと、いつの間にか住宅地に入り込んでいた。街は夕暮れのオレンジ色に染まり、下校する学生、買い物袋を下げた主婦、犬の散歩をする人たちが行き交う。その中を少年は軽々と音も立てずに裸足で歩いて行く。少しも汚れていないその足の裏がなつみの目にチラチラ入り込む。
 少年に影がない事に気が付き、なつみの意識は遠くなった。何も聞こえなくなる。オレンジ色の濃い霧に飲み込まれてしまったみたいだ。
「あぶないよ、なつみちゃん」
「えっ?」
 体に衝撃があって、感覚が戻ってきた時はもうなつみはしりもちをついていた。
「大丈夫?」
 心配そうに顔をのぞき込んできたのは少々ぽっちゃりしたご婦人だった。
「ごめんなさいね、ちょっとぼんやりしてて。立てる?」
 手を差し伸べてくるこの女性とぶつかったのだとなつみは理解した。
「はい。あの、こちらこそぼんやりして」
 柔らかい手につかまってなつみは体を起こす。女性は優しそうな笑顔を浮かべていた。その顔に見覚えがあった。
「この人、僕のお母さん。似てるでしょ」
「お母さん!」
 叫んでしまってから、目をパチパチさせてこっちを見る女性に首を振った。
「いや、あの、稲葉海斗さんの、お母さん」
「まあ、海斗のお友だちだったのね」
 海斗の母親はすぐに笑顔に戻り、目の前の稲葉という表札がかかった家に向き直った。
「息子が通っていた高校の制服じゃないから気が付かなかった、中学のお友だちかしら。会いに来てくれて嬉しいわ。まあ、どうぞ上がってください」
 墓場で出会ったなどと言うわけにもいかず、なつみは黙ってうなずき玄関を上がった。脱いだのが靴ではなく上履きだったが気にしなかった。それどころではない。
 部屋に通されると、黒い仏壇が目に飛び込んできた。遺影がある。覚悟していたとおり、それはやはりきのうから現れるようになったあの少年だ。足の力が抜け、なつみは座り込んだ。汗が流れる。
「あと何日かで一周忌でしょ、あの子の私物を整理してたから少し散らかしてるのよ、ごめんなさいね」
 立ち上がれないなつみは這うようにして仏壇に近づく。遺影をよく見たかった。だが近くで見てもどう見ても彼の顔なのだった。なつみの態度を勘違いした母親は近寄って肩に手を置いた。
「駄目よ、あなたしっかりしなくちゃ。忘れないでいてくれるのは嬉しいけど、わたしたち残された者はね、あの子の分まで強く生きていかなくちゃいけないのよ。いつまでも悲しんでばかりいたら海斗も喜ばないわ」
 なつみはうなずくしかなかった。
「交通事故に遭ったのだって息子の不注意なんだから。誰のせいでもないの」
 本当だった。少年はあの時ふざけてちょっかいを出したあのお墓に眠っている人だったのだ。今度は笑顔でまたいつでも来てねと手を振る稲葉海斗の母親におじぎをして、なつみは走って学校に戻った。待ち受けていた鬼教師に散々怒られたあと、心配して待っていた三人に支えられてぐったりして家に帰る。
 お風呂と晩ご飯を早めに済ませ、いっぱい食べたくせに具合が悪いから寝ると宣言してベッドに潜り込む。
「信じてもらえた? 僕のこと」
 ベッドの角にフワッと海斗は現れた。
「うわ。信じた、信じましたよ!」
 ビクッとしてなつみは掛け布団を顔まで引っ張り上げた。
「でも本当に今日はもう駄目。こんな疲れたことない。話は明日にしてくれない?」
 そう言うと目をつぶり、悪霊退散、悪霊退散とつぶやき始めた。
「悪霊だなんてひどいな」
 拗ねたように海斗は抗議したが、仕方なくなつみの部屋の明かりを消して自分も消えた。
「おやすみ、なつみちゃん」

 次の日は何事もなく授業が終わった。なつみの具合はすっかり良くなっていたが、部活動は休むと朝から決めていた。今日こそあいつと対決するのだ。
「帰るぞ、なつみ」
 悠馬が教室まで迎えに来た。
「本当に悠馬も部活休んでくれるの?」
 いつもならこんな事きかないが、珍しく心細くなっていた。
「当たり前だろ、心配だから送るって約束しただろ?」
 疑われたようで、悠馬は少し不満そうだ。
「俺がなつみとの約束破ったことある?」
「ない。ないけど」
 いつも悠馬は助けてくれる。今度のことだって本当は今すぐにでも解決してもらいたい。帰る途中に何度も打ち明けようとしたが、ゆうれいの姿は悠馬には見えない。信じてもらえないし、助けてもらいようがない。こればっかりは自分で戦うしかないのだ。だけどこんな事は初めてだ、憂鬱になりやはり頼ってしまいたくなる。
「夜もずっと悠馬が一緒にいてくれたらいいのに」
「えっ!」
 ため息まじりになつみが言うと、悠馬は何もないところでつまずいて転びそうになった。
「なっ、なに。どういう意味?」
「ううん、何でもない。あたし頑張るね」
「え? う、うん。頑張れ」
 意味はわからなかったが、悠馬は笑顔でなつみを応援した。無駄にドキドキさせられた男は、かわいそうに汗びっしょりになっていた。

「さぁ帰ってきたわよ、出てきて」
 部屋着に着替えると、なつみは気合を入れた。戦闘開始だ。
「おかえり、なつみちゃん。でも何かけんか腰なんだけど。もう少し和やかに話そうよ」
「和やかにって、おかしいでしょ。あたしはもう逃げないって心に決めたのよ」
 ふわりと現れた海斗に、なつみは拳を握りしめて向き合った。
「まぁまぁ、もっと力を抜いて」
「何よ、あたしがこんなにひとりで頑張る事なんてないのよ」
 なつみは偉そうに開き直る。
「みんなに頼りっぱなしだもんね」
「馬鹿にしたわね」
「してないよ。頼れる友達がいるっていいことだよね」
 海斗はずっとにやにやしている。
「絶対馬鹿にしてるじゃない」
「してないって。それから帰ってきた時はただいま海斗って言ってよ。出てきてじゃなくて」
「絶対言わないから」
「お願いきいてよ。心残りがあると成仏しないよ」
「ゆうれいって脅迫するのね」
 呆れたようになつみは目を見開く。
「お願いしてるだけだって。十六歳までしか生きられなかった、かわいそうなゆうれいだよ?」
「かわいそうなんだけど、何かムカつくわね」
「とにかく、初めて話しかけてくれた時みたいにちゃんと名前を呼んでね」
 海斗が言うと、思い出したようになつみは手をたたいた。
「そうやってあたしがお墓に悪ふざけをしたから、たたりにきたんでしょ?」
「人聞きが悪いよ。僕はあの時なつみちゃんに恋をしたんだ。びっくりしたよ、急に目の前にかわいい女の子が現れて僕に話しかけてくれたんだから。嬉しくて、ちゃんと会って話したかった」
「それであたしに取り憑いたってことでしょ?」
「そういう言いかたは良くないよ。僕はまだ恋をしたことがなかったから、それが心残りだったんだ」
「成仏したら消えてくれるの? キスでもしたらいい?」
「えっ、してくれるの?」
「しないわよ、何でよ」
 自分で言っておいてなつみは顔を赤らめる。
「何でって、なつみちゃんが言ったんだよ。でも駄目だよ、そんな事軽々しく言ったら」
「うるさいわねぇ。だいたい、あたしのところに来れるくらいなら、お母さんに会いに行ってあげたらいいのに」
 きのう会った優しそうな彼の母親を思い出すと心が痛んだ。
「大丈夫。僕はお母さんとは仲が良かったから、もっと親孝行しておけば良かったとかは別にないんだ。お母さんも僕のために立ち直ろうとしてくれてる。お父さんも、中学生の弟もお母さんの力になっているしね」
「まあ、そうかも知れないけど」
 何回か頷いてなつみは納得した。
「それより僕が思うには、なつみちゃんはもう少しお母さんのお手伝いとかしておいたほうがいいよ。後悔するよ」
「なんかさ、あんた高一なんでしょ?」
「あんたじゃなくて海斗」
「はいはい。海斗って高一でしょ? 全然同年代って感じしない。おじさんみたい」
「生きてる時はもうちょっと可愛げあったと思うんだけどね、やっぱりもう悟りみたいの開きかけちゃってるのかもね、死んでもうすぐ一年経つから」
 そう笑う顔は十六歳のあどけない顔だ。
「事情は大体分かったから。でも、もう学校とかで出てこないでよ、びっくりするから。頭おかしいと思われるから」
「ごめん、わかってるよ」
「悠馬がすごい心配する、心配性だから」
「あの人はなつみちゃんのこと好きだからね。僕がもし生きていても彼には敵わない、むしろ死んでて唯一ラッキーと思える点かも。だってもしゆうれいじゃなかったら、なつみちゃんとこんなに話すことはできなかったよね」
 なつみは首を振った。
「悠馬と直人があたしのことを守ったりしてくれるのは、そういう事をするのが好きなだけなのよ」
「見るからにヤンキーみたいな人のほうはそうかも知れないけど、悠馬くんはなつみちゃんが好きだから、心配したり守ったりしてるに決まってるじゃない」
「そうなの?」
 驚いてなつみは海斗の顔を見た。
「やっぱりわかってないんだ」
「だって悠馬に好きなんて言われたことないよ。違うよ、きっと」
「好きじゃないなら何なのって感じなんだけど。なつみちゃんって、恐ろしいほど鈍感だよね」

「やっとなつみが元気になって良かったよ」
 安心したように咲が言った。
「いつも元気なのに珍しいよね」
「直人に言われるほどじゃないと思うんだけど」
 少し気分を害したようになつみは返事をした。今日はいつものように部活も参加して四人で下校している。
「心配したよ。もう大丈夫みたいだね」
 隣を歩く悠馬が笑顔を向けた。そう言われれば悠馬は直人とは違う、声に真剣さが感じられた。そう、あの時だって悠馬は、お墓にそんな事をしたら駄目だとなつみに注意をしてくれたのだ。言うことを聞いてやめておけば良かったのだ。
「あたし、これからは悠馬の言うことちゃんときくから」
「えっ」
 驚いた悠馬は今日はカバンを肩から落とした。また汗がにじみ出てくる。
「な、え、それどういうこと」
「あ、ごめん。何でもない」
「何でもないのかぁ」
 がっかりして汗を拭う悠馬を咲が同情するように見た。きのうの海斗の言葉を思い出してなつみは首をひねった。うっかり変なことを言ってしまったが、本当に好きだったらこんな時はもっと食いついてくるのではないか? 海斗の言うことも当てにならない、あとで文句言おう。
 あとで彼に会うと普通に考えてしまったことに自分でも少々驚いた。ちゃんとゆうれいとして向き合った結果、意外にも打ち解けてしまったのだ。彼の母親とも話したせいか、若くして死んでしまった事に対しての同情もあった。それに元々あまり深くは考えないたちだ、どうせ取り憑かれるのだったら友好な関係の方がいいだろうと結論付ける。
 三人に隠し事をするのは初めてだった。怖がりの咲にゆうれいの事などもちろん話せないし、悠馬と直人には見えないし、隠したいわけではないがやむを得ない。自分のせいなのだからみんなを巻き込まないのは当然なのだ。それにひとりでゆうれいに対応できていることに、自信を持つことができた。あの小生意気なゆうれいに馬鹿にされたままでいるのも悔しかったし、ここで自分の成長をみんなにも示しておこう。
「あたし、今まで何でもみんなに助けてもらってきたけど、これからは迷惑かけないで自分で頑張れるようにしたいなって考えてるの」
 信じられない発言にギョッとして三人は固まった。
「もう少し大人にならないといけないなと思って。いつも頼ってばかりだから」
「どうしたの、なつみ。やっぱりまだ具合悪いんじゃない?」
「そうだよ、帰ったら熱測りな」
「え? 何よ、その反応」
 褒められる期待をしていたのに何だか違う。
「落ち着いて、なつみはそのままでいいんだから」
 悠馬もまた心配になってなつみに言い聞かせる。
「もう!」

 どういう事だろう、誰も自分の成長を喜んでくれない。しかしめげることなく家に帰るとさっそくキッチンに行き、夕食の支度を手伝おうとした。まな板の近くにじゃがいもが出ていたので皮を剥こうと考えたが、結局よくわからずとりあえず包丁で真っ二つにしてみる。母親が気付いて慌てて包丁を取りあげた。
「何よ、なっちゃん、気持ち悪い。なっちゃんが手伝わないほうが早く終わるから、ゲームでもして待っててくれない? お腹すいてるんだろうけどちょっと我慢して」
 気がつくと母親の横で大袈裟な動きで海斗が爆笑していた。
「何よ!」
 思わず叫んで海斗をにらみ、なつみはドカドカと階段を駆け上がった。色々な恥ずかしさでいっぱいだ。
「別に、海斗に言われたからじゃないわよ?」
 自分の部屋に入るなり見え透いた言い訳をする。
「うん、うん。わかってるよ」
 年下になだめられて余計にむかつく。
「急だったからね、何しろ。お母さんもお友だちも、そりゃびっくりするよ。ゆっくりと成長していけば良いんだからね。急なキャラ変更は無理がある」
「なんか腹立つわね」
 こんな中身がおじさんのベビーフェイスに負けてられない。でも負けっ放しだが。
「でも僕の初恋の人がなつみちゃんで本当に良かった。普通の人はこんなにゆうれいとしゃべったりしてくれないでしょう?」
「あたしが馬鹿だってことを言いたいの?」
「違うよ、優しい子で良かったってこと」
 両手を広げて海斗は目を閉じた。
「あぁ、初恋を満喫してるって感じ」
「にしても、ちょっと特殊なパターンよ? 普通の初恋ってこうじゃないからね」
「それは仕方ないよ。特別付録みたいなもんなんだから」
「じゃあもう、そろそろ成仏できそう? 心残りなく」
「いや、待ち合わせとかもしてみたかったなぁ。遅れてごめん、待った?とかさ。あとメールのやりとりとかも」
 ちょうど悠馬からのメッセージが入った。見ると『さっき変なこと言ってたけど大丈夫?』とある。
「もう、変なことって! 失礼しちゃう」
 怒って携帯電話を戻そうとしたなつみを海斗が止める。
「返事しないの? 僕がしようか」
 サッと手をかざすとどんどん文字が打たれていく。『好きなら好きって言いなよ』
「わあっ!」
 ひったくるように取り戻し、なつみは慌てて画面を消した。
「やめてよ、勝手にメッセージ送らないでよ?」
「ごめん、わかってる。文字を打つだけにするね」
「打つのもしなくていいのよ」
「打てるんだから。何かなつみちゃんに伝言がある時はこれに打っておくからね」
「伝言なんかないでしょ」
「だいたい悠馬くんがはっきり言わないからいけないんだと思うよ。僕はこんな身の上だから恋は叶えられないけど、せめてなつみちゃんが幸せになるのを見届けたいなぁ。僕の分まで幸せになってほしい」
「そんな心配しなくて結構よ、今だってもうすでに幸せなんだから。それに言おうと思ってたんだけど、やっぱり悠馬があたしのこと好きなんて気のせいよ」
「大丈夫、絶対そうだから。信じてよ」
「言い張るわね。でもそんなことはいいの、だって悠馬なんて本当に関係ないもん」
「そう? じゃあ、たとえば何かの理由で悠馬くんがなつみちゃんだけのものじゃなくなったとしたら、どう思う? 悲しくない?」
「悠馬があたしだけのものじゃなくなる?」
 海斗の言葉を繰り返してつぶやくと、なつみの胸はきゅっと苦しくなった。考えただけでなぜか涙まで出そうになる。一瞬気が遠くなった。
「なつみちゃん、ごめん」
 思ったより衝撃を与えてしまった事に気付いて海斗はすぐに謝った。
「何よ、それ」
「本当にごめん、たとえが強すぎたね。でも大丈夫、あの人に限ってあり得ないから」
「別に、全然平気よ」

 強がって平気と答えたものの、なつみは次の日までそれを引きずっていた。考えたこともない不安で頭の中がいっぱいだ。当たり前に、悠馬はずっとそばにいるものだと思っていた。
 廊下を通りかかった時、悠馬が同じクラスの女の子と笑って話しているのを見てまた不安が襲う。たとえば、何かの理由でって。それはたとえば、彼女ができてとか。
「なつみ」
 悠馬はなつみを見つけてすぐに走ってくる。
「どうした? また具合悪そうだよ」
「うん、今」
「今、なに?」
 今なに話してたの? そう言いそうになって恥ずかしくなってなつみは逃げ出した。
 なにこれ、やきもち妬いてるみたい。でもどうしよう、悠馬に彼女ができて、あたしのことなんかどうでもよくなっちゃったら?
 あいつが余計なことを言うからこんな事考えてしまうのだと、なつみはだんだん怒りをつのらせた。

「おかえり、なつみちゃん。機嫌悪そうだね」
 ムスッとして、なつみは返事もしない。
「ごめんね、きのう僕が意地悪なこと言っちゃったから」
「関係ないわよ」
「でも、やっと悠馬くんの大切さがわかったんじゃない?」
 いちいち言い当てられて、なつみはますます不機嫌になる。
「違うって言ってるでしょ。だいたい悠馬がどうだろうと関係ないの、あたしにはちゃんと好きな人がいるんだから」
「あ、やっと思い出したね、岩田くんのこと」
「やっとって何よ」
「だって少なくとも僕と会ってからは一度も彼のこと思い出してないよ。なつみちゃんがいつも頼りにしてるのは悠馬くんだけだ」
「それは」
「岩田くんのことなんか本当は好きじゃないんだよね。本当の恋をする勇気がまだなくて、たまたまなつみちゃんに興味を示さない人をみつけたからその人を好きだということにしたんだ。そんな事誰も信じてないし、岩田くんもサッカーしか興味ないから誰にも迷惑かけてないと思ってるよね? でもいつ彼の気が変わってなつみちゃんを好きになるかわからないよ。そうなった時、好きと言ってるくせになつみちゃんは岩田くんの彼女になるつもりはないでしょ? そうやって無駄に彼を傷付けてしまう前に、もうそろそろやめておいたほうがいいと思うよ」
 耐えられなくなってなつみは机を叩いて海斗を振り返った。
「黙ってきいてたら、あんた、本当に頭にくる。何よ偉そうに、あたしの心を見透かしたようなことばっかり言わないでよ! 何の関係もないじゃない、だってあんたもう死んでるんだから!」
 つい大きな声で言ってしまってから、なつみは口を手で押さえた。すぐに後悔する、なんてことを言ってしまった。
「そうだね」
 静かに海斗は答えた。
「そうだったね。勝手になつみちゃんの力になりたいからって、少し出しゃばったね。ごめんね、僕は無神経だった」
 謝らなくてはと焦るなつみは罪悪感で声を出せずに、悲しそうに笑う海斗を見つめた。そして彼の姿はぱっと消えた。本当に悲しそうな海斗の笑顔はなつみの目に焼き付いて、離れようとはしてくれなかった。

 いきさつはどうであれ、望み通りに消えてくれたのだ。なつみはそう思おうとした。もう会いにきてくれる事はないのだろう、とんでもなく傷付けてしまったのだ。でも、これで良かったのだ。全部忘れてしまおう。
 土曜日で部活動は休みだったが、個人的に練習をするのだとなつみは学校に残った。テニスの練習にでも打ち込んでいれば頭を空っぽにできるのではと考えたのだ。家に帰ってひとりで落ち込んでいたくない。午後に家族との約束がある咲とアルバイトがある直人は帰り、悠馬だけが付き合うことになった。ジャージに着替えてくると、悠馬はまず話を切り出した。
「なつみ、本当は何か困ってるんじゃない? きのうからまた全然元気がない」
「ううん、何もないよ。気のせいじゃない?」
「気のせいなんかじゃないだろ? 俺に話せないことあるの?」
「何でもないって。あたし今、何も考えたくないの。だから体を動かしていたいの。いいでしょ?」
 ラケットを握り直し、ため息をついて悠馬は渋々うなずいた。
「わかったよ。何でも付き合うよ」
 なつみは球を打ち、仕方なく悠馬は打ち返してしばらくはラリーが続いた。
 きのうのことを忘れたくて始めたテニスだったが、少しも集中できなかった。忘れようと思えば思うほど、海斗の悲しそうな顔がなつみの頭の中で大きくなっていった。海斗が言っていた事は全部正しかった。きのうだけじゃない、いつもなつみの心を言い当てていた。それが怖くて恥ずかしくて悔しくて、素直に受け入れられなかったのだ。
 なんてひどい事を言ったのだろう。『あんたもう死んでるんだから』
「なつみ!」
 何も目に入っていないように立ち尽くしたなつみの頬に、悠馬が打った球が当たった。その勢いでなつみは地面に倒れ込んだ。ラケットを放り投げて悠馬は駆けつける。
「なつみ、ごめん、大丈夫?」
 放心状態のなつみをベンチに運んで座らせ、タオルを濡らしてきて赤くなったなつみの頬に当てて冷やした。なつみが涙を流しているのに気がついて悠馬は慌てた。
「痛い? ごめん」
「悠馬」
「ごめんごめん、痛いね」
「悠馬ぁ」
 心配して顔をのぞき込んだ悠馬に抱きついて、なつみはこらえきれずに声をあげて泣き始めた。
「どうしよう、悠馬。あたし、あんなひどいこと言っちゃって」
「なつみ? ど、どうした?」
 突然のことに悠馬は驚いたが、凄い勢いで泣いているなつみを受け止めるように背中を支えた。
「あたしの心配してくれたのに、あの子だってまだ死にたくなんかなかったのに、もっと生きていたかったはずなのに、あたし、あたしは凄くひどいことを言ったの、どうしよう」
 半分くらいは何を言っているかわからなかったが、わぁわぁ泣き続けるなつみを悠馬は黙ってずっと抱きしめていた。

「一緒に行ってほしい場所があるの」
 次の日の日曜、なつみはそう言って悠馬を呼び出した。きのう大量に流した涙と共に変な意地も消えていき、一晩考えて、素直になって謝らなくてはいけないと決めたのだ。
「いいよ、どこだって行くよ」
 何か決心したようななつみの顔を見て、悠馬は勇気づけるようにうなずいた。きのうはなつみが泣き疲れるまで一緒にいたが結局意味はわからなかった。もちろん気にはなったが、しつこくはできない性格だ。
「実は合宿中に行ったあのお墓のことなんだけど」
「うん」
「みんなには黙ってたんだけど、どうやらあたし、あのお墓の人に取り憑かれたような気がするの。それでしばらく調子悪くて。気のせいかも知れないけどそんな気がするの。だからお墓参りに行って、謝って来たいの」
 電車の中でざっくりとなつみは説明した。だいぶ省いたが嘘ではない。
「そうか、わかった」
 あっさり悠馬は答えた。
「変なこと言ったけど、笑わないの?」
「笑わないよ」
「それから、あんまりもう頼らないって言ったけど、自分で頑張るって言ったけど、やっぱり悠馬にはずっと助けてもらいたいの。いい?」
「当たり前だろ」
 当然のように言って、きのう傷をつけてしまったなつみの頬に指の先で少し触れた。
「ひとりで頑張ったんだね。でも俺には何でも言っていいんだからな」
 それだけでなつみは全部わかってもらえたような気持ちになった。安心して泣きそうになるのをこらえ、何度もうなずく。
「大丈夫、お墓には俺が一緒に謝ってあげるから。あの時俺だっていたんだから」
 電車とバスを乗り継いで二時間半、バス停から徒歩五分で墓地に到着した。途中で買った花を抱えて目指す墓を探す。
「あそこから入り込んで、たしかこっちのほうに、あ、なつみ! こっち」
「本当だ。あった、ここだ」
 悠馬が呼ぶほうへ行き海斗の墓を見つけた時、不思議と懐かしい友だちに会えたような気持ちが込み上げた。あの時この墓石を選んだのも偶然ではなかったのかも知れないとさえ感じた。
 なつみがしゃがんで手を合わせようとすると、隣で悠馬がいきなり墓石に向かって土下座をした。
「ごめんなさい!」
 大きな声で謝罪を始める悠馬をなつみは口をぽかんと開けて見た。
「ごめんなさい、許してあげてください。悪気はなかったんです。なつみは悪いやつではなくて、ただちょっと考えが足りないと言うか、子供っぽいところがあるけど、でも優しいいいやつなんです。本当です」
「わかってるよ、そんなこと」
 くすくす笑いながら、墓石に肘をついて海斗が答えた。
「わっ、出た!」
「なつみちゃん、しーっ」
 海斗は人差し指を口に当てる。
「え、出た?」
 驚いて悠馬が顔をあげた。
「ええと、いやぁ、あの、出る、せきが。せきが出そう。急にのどが痛くなった」
「大丈夫? 飲み物買ってこようか?」
 口元を押さえて咳払いするなつみを心配して悠馬は立ち上がった。
「うん、お願い」
「よし、ちょっと待ってて」
 悠馬が離れたのを確認して、なつみは海斗に向きなおる。
「ごめんなさい、海斗。この間ひどいこと言って」
 消えてしまわないうちにと、慌てて謝った。
「怒ってないよ」
「でも、あれから現れてくれないから」
「なつみちゃんを怒らせちゃったからね、僕は。反省してたんだ」
「反省するのはあたしのほうよ、あんなこと言うつもりなかったのに。本当に怒ってないの?」
「本当だよ、だって僕はなつみちゃんが好きなんだよ。忘れたの?」
 いつもの笑顔の海斗に、なつみは安堵のため息をついた。
「許してもらえないかと思った。よかった。嫌われたままで会えなくなるのはいやだったのよ」
「だからここまで来てくれたんだね。嬉しかったよ。僕のほうこそ嫌われたまま会えなくなるかと思ってた」
 海斗は急にあらたまった口調になった。
「ギリギリで仲直りできた。なつみちゃんと会えるのは今日までなんだ。命日までの一週間だけ、初めて好きになった女の子に会えることになっていたから。真夜中の零時になったら僕は永遠に旅立って、二度となつみちゃんの前に姿を現すことはない」
 仲のいい友だちと別れるような切ない気持ちになって、なつみは涙をこぼした。
「変なの。何だか寂しい」
「でも楽しかったよ。本当にありがとう、ゆうれいの僕とこんなに仲良くしてくれて。やっぱり好きになったのがなつみちゃんでよかった」
「じゃあ。じゃあさ、最後に、海斗がやりたいって言ってた待ち合わせをしようよ」
 思い出してなつみが提案すると、海斗は顔を輝かせた。
「そんな事覚えててくれたんだ」
「今夜十時に待ち合わせしよう。部屋で、あたし待ってるから。遅れてごめん、待った?って言ってよ」
「うん、ありがとう。あ、悠馬くんが戻ってくる。じゃあね、またあとでね」
「約束よ」
「うん、遅れるかも知れないけど、待っててね」
 本当に嬉しそうに笑って海斗はふわっと消えた。入れ替わりに戻ってきた悠馬はなつみが泣いているのに気がついて驚く。
「どうしたの、大丈夫?」
「うん、大丈夫。お参りしてね、許してもらえた気がするの。だから安心しただけ」
「そうか、来てよかったな」
 悠馬からジュースを受け取り、なつみは笑った。
「うん。ありがとう、悠馬。もう帰ろう」
 花を置いて去り際に、悠馬は海斗の墓石に深く頭を下げた。その上をふわふわ浮いて、海斗はニコニコ手をふっていた。なつみもそっと手を振り返した。

「あーあ」
 結局遅れる設定はできず、海斗は約束の十時ぴったりになつみの部屋に現れた。待っていてはくれたのだろうが、なつみは携帯電話を握ったまま眠ってしまっていた。今日は遠出をして疲れていたし、苦悩からの解放感やここ何日かの寝不足もあり、当然の結果ではある。夕食もたっぷり食べ、お風呂でさっぱりして、ベッドに寝転んだ時点でもう決まっていたことだ。
「なつみちゃんが言い出したのになぁ、約束しようって」
 海斗はぼやいたが、なつみの寝顔を見てくすっと笑った。
「でも、これもなつみちゃんらしいね」
 そもそも、墓地で会えた時点で海斗は満足していた。彼女にしてあげられることはもう何もないし、これが最後でかまわないと思っていたのだ。最後になつみがくれた優しい提案もこれで充分だった。このまま消えてしまうまで、眠っている彼女を見ていようと、海斗は床に座り込みベッドに肘をのせた。
 しばらくして手の中の携帯に悠馬から『今日は大変だったね、疲れてない?』とメッセージが届いた。ご心配のとおり疲れているなつみは爆睡中で気がつかない。なつみに伝言を残しておこうと思い、海斗は彼女の携帯に手をかざした。そしてすやすや眠るなつみの寝顔をただずっとながめる。
「幸せになってね。楽しかったよ。さよなら、なつみちゃん」
 そう言って海斗はなつみにそっと布団を掛け、部屋の灯りを消し、姿も消した。午前零時だった。

「うわ、あたし寝ちゃったんだ」
 アラームを消して起きあがり、すっかり朝になっているのに呆然とする。きょろきょろしてみるがもちろん誰もいない。もしかしたら伝言があるかも知れないと、なつみは手元の携帯電話の画面を確認してみる。悠馬からのメッセージの返信部分に、自分が打ったのではない文章を見つけた。
『本当に好きになってよかった。ちゃんと天国に行くからね』
 これは海斗からの伝言だ。彼は約束通りに来てくれたのだ。最後にさよならを言えなかったのが少し悔しかったが、海斗が無事天国に行けることを心から祈った。そして文章を消去しようとして間違えて送信ボタンを押す。
「わーっ! しまった!」
 どうしようと思ったが慌てても仕方ない、どうせもうすぐ迎えに来るのだ。その時に間違えたと言えばいいと、なつみは学校へ行く支度を始めた。
「なつみー! なつみー!」
 十分後には窓の下で悠馬が叫んでいた。
「ちょっと待ってて、すぐ行くからぁ」
 窓を開けて返事をしてから階段を降りて行くと、母親が慌ててオムレツを皿に乗せた。
「どうしたの、なっちゃん。悠馬くんでしょ、外で騒いでるの。今日早く登校する日だった?」
「そうだったかもね。でも、それは食べる」
 急いで朝食を頬張りもぐもぐしながら玄関を出ると、待ち構えていた悠馬が門に飛びついた。髪に寝癖がついたままだ。メッセージを見て驚いて駆けつけたのだろう。
「なつみ、天国に行くってどういう意味?」
「ごめん、打ち間違えたの。何でもないから」
「何でもない?」
「うん。きのうのお墓のこととかも全部解決してるから、もう心配しないでね」
 やっと食事を飲み込み、水筒のお茶を取り出しながらなつみは言い訳をした。
「それはそうと、あの、その前の部分は」
 一度うなずいたものの、悠馬はまだ興奮気味だ。
「その前って?」
「これ、あの、好きっていうのは、あの」
 必死な顔で自分の携帯画面を指差している。
「ああ、それは」
 それも何でもないと言おうとして、なつみは海斗の色々な言葉を思い出した。じっと悠馬の顔を見つめ返す。
「それは書いてあるとおりよ。悠馬を好きになってよかったっていう意味よ」
 なつみが言うと悠馬はピタリと動きを止めた。
「何よ、悠馬が言ってくれないからよ」
 少し口を尖らせて言うと、恥ずかしさを隠すように悠馬を置いてひとりで歩き出す。
「なつみ!」
 背後で悠馬が町内に声をとどろかせた。嫌な予感がしてなつみは足を止めた。
「俺はあぁぁ、なつみがあぁ、好きだあぁぁ‼︎」
 悠馬の絶叫が響き渡る。道行く人々が笑いを堪えながらふたりを見ていた。
「もう少し静かに言えないの?」
 顔を真っ赤にして振り向いたなつみに駆け寄って、悠馬は手をしっかり握った。
「ごめん、嬉しすぎた。静かに言うよ。俺はなつみが好きだ。ずっと前から大好きだよ」
「うん」
 悠馬の握る手が強くて少し痛かったが、嬉しくて言わなかった。なつみが悠馬の真剣な眼差しを受け止めていると、『僕が言ったとおりでしょ?』という海斗の声が聞こえた気がした。
「わぁ、青春だね」
「朝からきついね」
 少し離れたところで咲と直人が見守っていた。さっきからいたが、声をかける雰囲気ではなかった。
「なつみを守るっていう楽しいことはこれから悠馬が独占するだろ、俺は何を楽しみに生きていけばいいんだろう」
 残念そうに直人は言う。
「あたしを守るっていうのはどう?」
 いい事を思いついたように咲が言うと、直人は手と首をブンブン振った。
「却下でお願いします。それ、つまんないんで」
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