聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる

文字の大きさ
6 / 17
本編

第六節 化けの皮

 ミラは、久しぶりに礼拝堂を訪れていた。彼女とて聖女に成り得る人材なのだ。病に苦しむ民を救いたいという心を、たしかに持ち合わせていた。聖女になって数日は浮かれていたところもあったが、これからは本腰を入れて病を一掃しようと考えていたのである。

(え……?)

 しかし、それがまったくの夢物語であるということを、彼女はここに来て、ようやく思い知ったのである。病にかかっている者の数が、文字通り桁外れであった。それがまた、こうしている間にも増えていく。エリスが祈りをやめた弊害が、ここに如実に現れていた。これでは、何年かかっても病の一掃などできる訳がない。むしろ、すべての民が病にかかってしまうのではないかと思われた。

(ど……どうするの?)

 ミラの首筋を、冷や汗が伝った。

(だ……大丈夫よ大丈夫。あのエリスだって、きっと見て見ぬ振りをしていたんだわ。こんな数、対処できる訳がない。そう。そうよ、祈りの間も、きっと寝ていたに違いないわ。それに……そう、何やら教会の方では、病を防ぐ聖水を作っているという話を耳にしましたわ。それがあれば、何の問題もありませんでしょう? ええ、そうに決まっていますわ……)

 そのエリスが、病の広がりを抑え、、民を守っていた。その事実を、今のミラが認めることはないだろう。
 礼拝堂から戻ってきたミラの顔が珍しく蒼白であったため、御付きの者は心配した。

「礼拝、お疲れ様でした。御気分がすぐれないのですか?」
「ええ……少し休むわ。悪いけれど、今日の会食はキャンセルでお願い……」
「承知いたしました」
 
 今晩も例の会食があると思っていた侍女は、肩透かしを食った気になった。ミラ様と言えど、体調の悪いときはあるのだろう。そう片付けた。
 ミラは、天蓋付きのふかふかのベッドに潜り込んだ。ちなみに、これも彼女の意向により用意させたものである。

(大丈夫……大丈夫よ。わたくしは、私は、ずっと聖女でいられるわ……)

 そのとき、ミラの不安を煽るように、雨風が窓をガタガタと叩き始めた。


 ――――


 ザアァアアァ……

 わたしは、背の高い木の下で雨宿りをしていた。向こうに、口を開けた水筒を置いてきている。これで何日かは保つだろう。この雨は幸いと言えた。ただ、肌を刺す冷たい風、どうしようもない空腹、独りという心細さ。それはまったく、幸いだとは言えなかった。

「……」

 ザアァアアァ……

「ぐっ……うっ……」

 泣いた。泣いてしまった。国を出てから、これまで一度も泣かなかったのに……。そのせいだろうか? 余計に涙が止まらなかった……。
 どうして? 民の幸せを願っていただけなのに。皆の役に立ちたいと思っていただけなのに。どうして、こんな思いをしなくちゃいけないの?

「ぅわあぁああっ! ぅぁ、ぁあああああっ!」
 
 おかあさん、おとうさん……会いたいよぉ……っ。
 違う……! わたしは、聖女なのだから、もっとしっかりしなくちゃいけないんだ。
 そう思えば思うほど、嗚咽は止まらなかった。

「ぐすっ……」

 雨の勢いが、だんだん収まってきた。
 今のわたしができることなんて、もうこれぐらいしかないんだ……。
 雨に濡れないように抱いていた鞄から、本を取り出した。


 ――――


 聖水――。なんと甘美な響きだろう。魔を打ち払う、万能の清水。その存在を知ったのは、やはり、ルゥの口からだった。

「それが病を治すというの?」
「はい。民の病に対する不安は、この聖水により解消されるとのこと。大司教様が仰っていました。今は、すべての民に供給するための準備を整えているとのことです」

 民の不安を解消したいのは、わたしも同じだった。けれど、この聖水というのは、一体どのようなアプローチで病を治すというのだろうか?

「その聖水は、どのような仕組みで病を治すの?」
「いえ……良く、分かりません」
「その聖水に、何が入っているの?」
「それも……良く、分かりません」
「その聖水は、本当に利点だけしかないの?」
「えっと、どうなのでしょう……」
「……」
「申し訳ありません、調査不足で……」
「いいえ……」

 ここで、わたしは閃いた。

「……ねぇ、ルゥ。お願いがあるのだけれど」
「な……また私に危ない橋を渡らせるおつもりでは……っ」
「ね、お願いルゥ。こんなこと、気心の知れたあなたにしか頼めないの」
「ひ~、御自重を~っ!」

 翌日、わたしたちは自室にて聖水を検分していた。念を入れて、部屋の鍵は掛けてある。

「へぇ、これが聖水なのね」
「はい。この水を飲むことで、身体が浄化され、あらゆる病が治るとのことです」

 持ち上げた小さな瓶には、無色透明の水が入っている。やはり、この聖水が何であるかを見ただけで把握することはできなかった。

「師は云われた。神のもとでは、一切の隠し事はできないと――」


 パリンッ


「―リス様? エリス様!」
「ぅ……ぁ……ル、ゥ?」
「エリス様! お気をしっかり!」

 どうやら、一時的に気を失ったらしかった……。
 視界には、割れた瓶と、床に広がる液体があった。

「ごめんなさい、心配かけたわね」
「いえっ……もう大丈夫なのですか?」
「ええ。ちょっと、あまりにも酷くて……」

 一言で言えば、これは毒物だった。薬と毒は紙一重であるという。しかし、これは毒に分類されるものだった。これを民に飲ませるなど、正気の沙汰ではない。金儲けにしては、あまりに度が過ぎていた。いや、本当にただの金儲けでこのようなことをするだろうか? 加えて、この聖水を作るために、あまりにも多くの動物の命が使われていた。

「ルゥ。あなたは、間違っても聖水を飲んではいけないわ。もしそのときが来ても、何とか誤魔化すの。良いわね?」
「分かりました、分かりましたから、どうか寝室へ……っ」

 わたしは……もっと祈らないといけない。この聖水が普及してしまっては、取り返しのつかないことになるのだ。病気にかかったと判定される者が増えないよう、病を消してしまわないといけない。こんなところで寝ている場合じゃない、の、に……。
感想 4

あなたにおすすめの小説

殿下、妃殿下。貴方がたに言われた通り、前世の怨みを晴らしに来ましたよ

柚木ゆず
恋愛
「そんなに許せないのなら、復讐しに来るといいですわ。来世で」 「その日を楽しみに待っているぞ、はははははははははっ!」  濡れ衣をかけられ婚約者ヴィクトルと共に処刑されてしまった、ミリヤ・アリネス。  やがてミリヤは伯爵家令嬢サーヤとして生まれ変わり、自分達を嵌めた2人への復讐を始めるのでした。

わたくしを追い出した王太子殿下が、一年後に謝罪に来ました

柚木ゆず
ファンタジー
 より優秀な力を持つ聖女が現れたことによってお払い箱と言われ、その結果すべてを失ってしまった元聖女アンブル。そんな彼女は古い友人である男爵令息ドファールに救われ隣国で幸せに暮らしていたのですが、ある日突然祖国の王太子ザルースが――アンブルを邪険にした人間のひとりが、アンブルの目の前に現れたのでした。 「アンブル、あの時は本当にすまなかった。謝罪とお詫びをさせて欲しいんだ」 現在体調の影響でしっかりとしたお礼(お返事)ができないため、最新の投稿作以外の感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

愛する妹が理不尽に婚約破棄をされたので、これからお礼をしてこようと思う

柚木ゆず
ファンタジー
※12月23日、本編完結いたしました。明日より、番外編を投稿させていただきます。  大切な妹、マノン。そんな彼女は、俺が公務から戻ると部屋で泣いていた――。  その原因はマノンの婚約者、セガデリズ侯爵家のロビン。ヤツはテースレイル男爵家のイリアに心変わりをしていて、彼女と結婚をするためマノンの罪を捏造。学院で――大勢の前で、イリアへのイジメを理由にして婚約破棄を宣言したらしい。  そうか。あの男は、そんなことをしたんだな。  ……俺の大切な人を傷付けた報い、受けてもらうぞ。

格上の言うことには、従わなければならないのですか? でしたら、わたしの言うことに従っていただきましょう

柚木ゆず
恋愛
「アルマ・レンザ―、光栄に思え。次期侯爵様は、お前をいたく気に入っているんだ。大人しく僕のものになれ。いいな?」  最初は柔らかな物腰で交際を提案されていた、リエズン侯爵家の嫡男・バチスタ様。ですがご自身の思い通りにならないと分かるや、その態度は一変しました。  ……そうなのですね。格下は格上の命令に従わないといけない、そんなルールがあると仰るのですね。  分かりました。  ではそのルールに則り、わたしの命令に従っていただきましょう。

結婚式当日に私の婚約者と駆け落ちした妹が、一年後に突然帰ってきました

柚木ゆず
恋愛
「大変な目に遭ってっ、ナルシスから逃げてきたんですっ! お父様お姉様っ、助けてくださいっ!!」  1年前、結婚式当日。当時わたしの婚約者だったナルシス様と駆け落ちをした妹のメレーヌが、突然お屋敷に現れ助けを求めてきました。  ふたりは全てを捨ててもいいから一緒に居たいと思う程に、相思相愛だったはず。  それなのに、大変な目に遭って逃げてくるだなんて……。  わたしが知らないところで、何があったのでしょうか……?

魅了の魔法をかけられていたせいで、あの日わたくしを捨ててしまった? ……嘘を吐くのはやめていただけますか?

柚木ゆず
恋愛
「クリスチアーヌ。お前との婚約は解消する」  今から1年前。侯爵令息ブノアは自身の心変わりにより、ラヴィラット伯爵令嬢クリスチアーヌとの関係を一方的に絶ちました。  しかしながらやがて新しい恋人ナタリーに飽きてしまい、ブノアは再びクリスチアーヌを婚約者にしたいと思い始めます。とはいえあのような形で別れたため、当時のような相思相愛には戻れません。  でも、クリスチアーヌが一番だと気が付いたからどうしても相思相愛になりたい。  そこでブノアは父ステファンと共に策を練り、他国に存在していた魔法・魅了によってナタリーに操られていたのだと説明します。 ((クリスチアーヌはかつて俺を深く愛していて、そんな俺が自分の意思ではなかったと言っているんだ。間違いなく関係を戻せる))  ラヴィラット邸を訪ねたブノアはほくそ笑みますが、残念ながら彼の思い通りになることはありません。  ――魅了されてしまっていた――  そんな嘘を吐いたことで、ブノアの未来は最悪なものへと変わってゆくのでした――。

どうやらこのパーティーは、婚約を破棄された私を嘲笑うために開かれたようです。でも私は破棄されて幸せなので、気にせず楽しませてもらいますね

柚木ゆず
恋愛
 ※今後は不定期という形ではありますが、番外編を投稿させていただきます。  あらゆる手を使われて参加を余儀なくされた、侯爵令嬢ヴァイオレット様主催のパーティー。この会には、先日婚約を破棄された私を嗤う目的があるみたいです。  けれど実は元婚約者様への好意はまったくなく、私は婚約破棄を心から喜んでいました。  そのため何を言われてもダメージはなくて、しかもこのパーティーは侯爵邸で行われる豪華なもの。高級ビュッフェなど男爵令嬢の私が普段体験できないことが沢山あるので、今夜はパーティーを楽しみたいと思います。