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おまけ
第三節 沈黙の邂逅
隣国との秘密の面談が終わり、私は馬車に揺られていた。
レクタ王子は、どうも食えない相手であった。その政策を聞いてみれば、たしかに理に適っているように感じる。国民番号のようなものは、実際便利ではあるし、国の情勢を把握することにも一役買うだろう。しかし、仕組みや技術というのは、使う者次第によって、善ともなり悪とも成り得るものだ。レクタ王子は、どうも後者に寄った考えをしているのではないかと、私は会話の端々から感じていた。それに、何か、こう、政治に対する根本的な思想が、私と彼の間で、著しくずれているような気がしていたのだ。
加えて、レクタ王子は野心的な人物であった。いつか、我が国との争いが起きるやも知れぬ。気を引き締めなければ……。しかし――どうも隣国の民は、活気が欠けているようであった。覇気がない、というか、笑顔がない、というか……。間者からの報告によれば、どうも伝染病が流行っているらしいとのことであった。その影響が大きいのかも知れないが……。何にしろ、あのような民の様子を知っていながら、あのように堂々と振る舞える心胆は、とても見習えるものではなかった。
「……」
窓の外をちらりと見ると、旅程の九割は終えているようだった。このまま行けば、夕方には国に戻ることができるだろう。そう思った矢先、馬車が動きを止めた。
「どうした?」
「へぇ旦那、道に人が倒れてやして……」
馬車から出る。
道の先には、髪の長い女性が仰向けに倒れていた。汚れきったその姿は、美しいとはとても言えない。しかし、その神聖さは隠しようもなかった。
道端には、なぜかパンが転がっている。と認識したその途端、そのパンは石ころに変わっていた。
レクタ王子は、聖女が先日交代したということを漏らしていた。なんでも、新たな聖女は、それはもう優秀であると……。
「御者よ。すまん、飛ばしてくれ」
「へぇ」
この方をいち早く医者に診せる以外に私ができることと言えば、ガタゴトと揺れる馬車の振動が、少しでも伝わらないようにすることぐらいであった……。
揺れのせいだろう、彼女の鞄から、一冊の本が落ちた。それを拾ってみると、タイトルも著者名も記されていない。売り物の本ではないらしかった。最初のページを開いてみる。
――それは、いつもの祈りが終わり、自室へ向かっていたときのことだった。
気付けば、読み終えていた。
この本には、隣国に渦巻く支配の欲望が赤裸々に書かれている。しかし……彼らに対する恨み言は、一言も書かれていなかった。
この方は、なんと清廉な人なのだろう……。そんな人だからこそ、何としても、お役に立ちたい……そう、強く思った。
馬車が止まった。と同時、彼女の身体を背中で抱えた。
「旦那ぁ! 着きやしたぜ」
「ありがとう。礼は今度させてくれ」
頼む……間に合ってくれ……。この方は、こんなところで亡くなって良い方ではないのだ……。
神にこれほど祈ったことは、これが初めてだった……。
レクタ王子は、どうも食えない相手であった。その政策を聞いてみれば、たしかに理に適っているように感じる。国民番号のようなものは、実際便利ではあるし、国の情勢を把握することにも一役買うだろう。しかし、仕組みや技術というのは、使う者次第によって、善ともなり悪とも成り得るものだ。レクタ王子は、どうも後者に寄った考えをしているのではないかと、私は会話の端々から感じていた。それに、何か、こう、政治に対する根本的な思想が、私と彼の間で、著しくずれているような気がしていたのだ。
加えて、レクタ王子は野心的な人物であった。いつか、我が国との争いが起きるやも知れぬ。気を引き締めなければ……。しかし――どうも隣国の民は、活気が欠けているようであった。覇気がない、というか、笑顔がない、というか……。間者からの報告によれば、どうも伝染病が流行っているらしいとのことであった。その影響が大きいのかも知れないが……。何にしろ、あのような民の様子を知っていながら、あのように堂々と振る舞える心胆は、とても見習えるものではなかった。
「……」
窓の外をちらりと見ると、旅程の九割は終えているようだった。このまま行けば、夕方には国に戻ることができるだろう。そう思った矢先、馬車が動きを止めた。
「どうした?」
「へぇ旦那、道に人が倒れてやして……」
馬車から出る。
道の先には、髪の長い女性が仰向けに倒れていた。汚れきったその姿は、美しいとはとても言えない。しかし、その神聖さは隠しようもなかった。
道端には、なぜかパンが転がっている。と認識したその途端、そのパンは石ころに変わっていた。
レクタ王子は、聖女が先日交代したということを漏らしていた。なんでも、新たな聖女は、それはもう優秀であると……。
「御者よ。すまん、飛ばしてくれ」
「へぇ」
この方をいち早く医者に診せる以外に私ができることと言えば、ガタゴトと揺れる馬車の振動が、少しでも伝わらないようにすることぐらいであった……。
揺れのせいだろう、彼女の鞄から、一冊の本が落ちた。それを拾ってみると、タイトルも著者名も記されていない。売り物の本ではないらしかった。最初のページを開いてみる。
――それは、いつもの祈りが終わり、自室へ向かっていたときのことだった。
気付けば、読み終えていた。
この本には、隣国に渦巻く支配の欲望が赤裸々に書かれている。しかし……彼らに対する恨み言は、一言も書かれていなかった。
この方は、なんと清廉な人なのだろう……。そんな人だからこそ、何としても、お役に立ちたい……そう、強く思った。
馬車が止まった。と同時、彼女の身体を背中で抱えた。
「旦那ぁ! 着きやしたぜ」
「ありがとう。礼は今度させてくれ」
頼む……間に合ってくれ……。この方は、こんなところで亡くなって良い方ではないのだ……。
神にこれほど祈ったことは、これが初めてだった……。
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