浮雲の譜

神尾 宥人

文字の大きさ
19 / 32
第三章 風雲

(六)

しおりを挟む
 普請されたばかりの赤谷城の腰曲輪にて、篠野の報告を聞き終えると、備前守氏綱は低い声で「……さようか」とつぶやき、小さく頷いた。
「照蓮寺は中立か。まあ、予想できたことよの」
「よろしいのですか?」
「敵に回らぬだけ良しとするしかないわ。それにしても明心どの、ご存命であったか。風聞は耳にしておったが、さすがに信じてはおらなんだ」
 篠野はあの老僧に呼び掛けられた際、背筋に走った悪寒を思い出し、ひそかにぶるりと身を震わせた。長いこと影働きに身を染めてきたが、ああもあっさり見破られたのははじめてのことだ。
「厄介なお方なのでしょうね」
「ああ、厄介だ。あの老師がいる限り、照蓮寺は潜在的な敵よ。どこまでも腹が読めん」
 苦々しく言いながら、氏綱は再び目を上げる。夜はすっかり更け、眼下に流れる庄川もその向こうの森も、墨を流したような闇に沈んでいる。空は重い雲が垂れ込めているのか、星はおろか月さえも見えない。
「まあ良い。今はそれよりも金森勢じゃ。おぬしの話であれば、そろそろ篝火が見えてもよさそうなものであるが……」
「さすがにあの軍勢で尾根を下るには骨が折れましょう。まだ今しばらくは掛かるかと」
「案内役のもうひとり、とうとうわからずじまいなのであったの?」
 その言葉に、篠野はばつ悪そうに俯いた。されど氏綱は表情を和らげ、「責めておるのではない」と首を振る。
「ただしあのような、修験者ぐらいしか知らぬ道を往こうというのだ。このあたりの地勢によほど通じた者がいるに違いない」
 そうしてまた闇の中に目を凝らしたとき、背後にもうひとつ、気配を感じた。わかっていても、ぞくりと肌が粟立つのを感じる。傍らに控えていた篠野も、思わず身を堅くするのがわかった。誰が現れたのかを慥かめるため、振り返るまでもなかった。
「……何用じゃ?」
「金森勢が参りました」と、蔦が答えた。「尾上川沿いを下り、近付いてきます。おそらくは夜明けを待って川を渡る腹積もりかと」
「うむ……今、こちらからも見えたところじゃ」
 闇の向こう、木々の合間にちらちらと、松明らしい小さな光が覗くのが見えた。まだ数は少ないが、いったん川向うに集結したのち、再び動き出すのであろう。
 渡河地点はおそらく岩瀬いわせ橋あたりか。橋そのものは幅七尺ほどの小さな引渡橋だが、周辺は川底も浅く、泳がずとも渡河が可能だ。このあたりの地勢を知り尽くした案内役がいるならば、必ずかの地を選ぶ。
「岩瀬橋にて迎え撃つ。おぬしは砺波へ走り、殿にお知らせせよ」
 篠野は「はい」と答え、闇の中に姿を消した。氏綱はそれを見届けることもなく、主郭へと上がってゆく。
 
 
 金森勢が渡河を開始したのは早暁、東の空に白山の稜線がぼんやりと浮かび上がってきた頃のことであった。まずは先頭、十数名ほどの徒士が水に入り、その深さを慥かめるようにゆっくりと進んでくる。
 氏綱は対岸の森の中に隠れて、それを窺っていた。明るくなる前に動き出してくれたのは助かった。これならまだ、こちらの動きは気取られておらぬであろう。
 何しろ此方は鉄砲衆が三十、弓衆三十、それらを守る徒士が二十いるだけである。射手にはひとりずつ装填手が付いているが、かの者らは兵とは呼べない。近郷の村からかき集めた者たちで、まだ年端もゆかぬ童や女子もいるのだ。
「……まだよ。まだ……」
 隣の木の陰では、火縄を構えた三島左門が息を詰めていた。そのうしろには、かの者が装填手として目を掛けている童、巳代吉みよきちが控えている。これがはじめての実戦とあってか、顔も蒼白く、身も細かに震えていた。
「もっと引き付けるのじゃ……もっと」
 ひとり言のように繰り返しながら、左門は氏綱の下知を待っている。眼下の河原には、渡り終えた兵たちが徐々に集結しはじめていた。その数、五十から六十といったところか。その向こうにはなおも、続々と鎧武者たちが水を掻き分けて進んでくる。
「撃てぇっ!」
 頃合いと見て、氏綱が号令を掛けた。すぐさま響き渡った筒音が、その声の残響をかき消す。さすが左門らの腕は慥かで、河原の兵の幾人かがのけ反って倒れ伏すのが見えた。あとの者たちも慌てたように散らばりながら、対岸へ戻らんと水中へ飛び込んでゆく。
 一斉射撃を終えるや否や、左門が走り出した。そうして三本ほど離れた木の影にまた身を隠すと、装填手の童に火縄を手渡す。他の者たちも同様に森の中を走り回り、その間に今度は弓隊が撃ち掛ける。
「動くのじゃ、動き回れ。小勢と覚られるな!」
 ようやく川向うから、応射が返ってきた。されど距離があるため、当たるとも思えない。
「休むなっ、絶えず撃ち掛けよ!」
 装填を終えた鉄砲衆が、まだ渡河中の者たちへと向けて一斉に放つ。再びばたばたと、水しぶきを上げて兵たちが倒れていった。弓隊もまた同様に素早く移動し、次の位置に着いて矢を番える。
 攻防は半刻ほど続いた。そして太陽が稜線の上に顔を出し、水面を明るく照らし出しはじめた頃には、もう川のこちら側に動くものはなかった。金森勢はひとまず陣を立て直し、対岸に集結していた。
「どうする……まだ来るか?」
 ひとまず奇襲は成功したが、まだまだ数では圧倒的な差があった。こう明るくなってしまえば、こちらの全容もすぐに露わになってしまう。犠牲を覚悟で無理押しされればひとたまりもなかった。金森勢が再び渡河を開始するようであれば、速やかに赤谷の城まで後退するしかない。
 睨み合いはそれからたっぷり一刻以上続いた。そうして午少し前になって、金森勢が動いた。撤退を開始したのだ。
「おそらく向こうからも、赤谷の城が見えたのであろうな。落とすには骨が折れると踏んだのか」
 されどもちろん、これで終わりではない。態勢を整えたら、かの者らは必ずまたやって来る。まことの戦はむしろこれからであろう。次は敵も油断することなく、十全の準備を整えた上で攻め来るはず。
「こちらも城に退くぞ。童らを労ってやれ」
 左門は小さく頷くと、傍らの巳代吉の頭をやや乱暴に撫でた。そして兵たちを集め、河原のあと始末をはじめる。
 鎧や兜は剥ぎ取って集め、屍は水を被らない場所に並べてゆく。そしてあとで荷車を用意し、中野の照蓮寺へと運ぶのだ。それが、この地の戦のならいであった。
 
 
 氏綱の懸念はすぐに現実のものとなった。赤谷に戻ると間もなく、郡上に忍ばせていた房からの知らせが届いたのだ。
 金森家とともに羽柴に降っていた、遠藤家が動いた。当主左馬助慶隆はすでに富山へ出兵していたが、留守居であった小八郎胤直が総大将となり、五百の兵を率いて郡上を発ったという。そうして金森麾下の長屋喜三ながやきぞう(のちの法印素玄養子・金森出雲守可重ありしげ)の軍勢とともに、向牧戸城を望む二つ屋口へと向かっている。さらに一度は退いた本隊もそれに合流し、総勢は実に三千にまで膨れ上がっていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

処理中です...