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序
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山間を吹き抜ける風は、いまだ切るように冷たく吹き付けてくる。東の空には黒き壁のように箱根の山がそびえ、そこから日輪が顔を出す気配はまったくない。夜明けまではまだ間がありそうだった。
それでも、闇を裂いて筒音は間断なく鳴り響いている。総懸かりはすでにはじまっているのだ。戸田左門一西は手にした長槍をしっかりと握り直し、気を引き締めつつなおも走り続けた。
天正十八年三月二十九日、卯の刻。ところは伊豆国、山中城。
九州の島津家を下し西国を平定した関白太政大臣秀吉は、その天下一統の総仕上げとして関東の雄・北条家へ矛先を向けた。本拠・小田原城に拠を据えたまま、度重なる上洛命令を跳ね付け続けた当主・氏政に対し、総勢実に二十余万にも及ぶ大軍勢を差し向けたのだ。そして箱根の険を前にして秀吉は兵を分け、小田原の防壁となる諸城に同時攻撃を仕掛けた。
その中のひとつであるこの山中城は、諸城の中でも要たる砦であった。箱根街道を進んでくる敵を三方から殲滅するような構造で立ち塞がり、無数の障子堀や畝堀で囲まれたその城は、北条流の築城術の粋を尽くした名城といえる。しかし間者によれば、守るは城主の左衛門大夫氏勝以下わずかに四千ほどとのこと。城の規模に対していかにも少なく、おのずと手薄な個所も出てくるはずであった。
それでも大手門を目指して仕寄せた先手衆は、激しい抵抗に遭って苦戦していた。殊に街道に沿って大きく張り出した岱崎出丸と呼ばれる付城が厄介で、ここからの火縄による斉射で多くの痛手を蒙っている。一番槍を賭けて突撃した一柳伊豆守直末の勢は、大将の直末自身が敢えなく討ち取られて総崩れとなっていた。
ならばまず、この出丸を黙らせるしかない。そう命を受けてひた走っているのが、榊原式部大輔康政が家中の左門以下四十名だった。それに、味方ではあるがどこの家中かわからぬ者たちが、およそ五十名ほど並んでいる。都合百足らずで出丸を大きく回り込み、手薄な裏手から攻め寄せよとのことだった。
しかしいかに手薄とはいえ、裏側にもくまなく畝堀は張り巡らされている。畝堀とは斜面に垂直に並ぶように幾筋も掘られた空堀のことで、それにより進路が限られて逃げ場のない一本道に誘い込まれ、火縄にとっては格好の的になるのはまったく変わりがない。結局せいぜい攪乱にでもなればという程度にしか思われていないのであろう。
されどそれも承知で、命とあらば行くしかなかった。おのれの身など惜しんでは、三河武士の名折れである。そしてこの左門とて、設楽原では山縣が赤備を、長久手では羽柴が軍勢を相手に功を重ねてきた武辺者だった。いかな堅固な城とはいえ怯むわけにもいかない。
「おぬしは下がれ、左門。一番槍はわしがいただく!」
凄みのある笑みを浮かべながらそう言ったのは、傍らを走る青山乕之助定義である。左門はそれを鼻で笑い、行けるものなら行ってみよと嘯く。
「吐かしておれ。一番槍の誉、おぬしごときに渡せるものか!」
その思いは、続く者たちもみな同じであろう。おそらくは、並んで走るいずこの家中かもわからぬ者たちも。
こちらの姿に気付いたか、出丸の上に小さな火花が弾け、僅かに遅れて筒音が響き渡る。されど慄くことなどない。まだ距離は二、三町(約二二〇~三三〇メートル)ほどあり、当たるとも思えない。ただしいざ城に取り付けば、十分に火縄の射程に入る。あとは多少の痛手は覚悟して、一気に出丸の上まで駆け上がるしかない。果たして幾人が残るであろう。二十、いや十残れば上出来か。
遮二無二足を動かしながら、左門はそんなことを思案していた。するとそのとき、ひゅっという風切り音を聞いた。ややあって、出丸の上で火縄の瞬きがひとつ消える。身を乗り出していたためか、その射手が姿勢を崩して転がり落ちてくるのも見えた。
いったい何がと訝ると、ひゅっひゅっと風切り音が続き、火縄の光がひとつまたひとつと消えた。肩越しに振り返るが、手下の者たちに遮られて列の後方は見えない。誰かが矢を放っているのか。だとしても有り得ぬ、と左門は唸る。この闇の中を走りながら、あれだけ離れた対手を、筒火だけを頼りに射倒せる者などいるわけがない。もしもいるとすれば信じ難き名手、もはや神業の域である。
出丸の上からの筒音が止んだ。兵たちも警戒して、いったん身を隠したのであろう。となれば、今が好機であった。こちらが進路を転じたことを気付かれる前に、出来るだけ距離を詰めるべきだ。
「往けぇっ!」
短く号令をかけ、左門は出丸へ向けて駆け出した。そうして細い畝のひとつに飛び込むと、ずるずると滑る赤土の急勾配をよじ登ってゆく。出丸の兵もすぐに気付いたか、再び火縄を構えて身を乗り出してきた。筒火が弾け、鉛弾が兜を掠めて通り過ぎてゆく。それでも肝を冷やしてなどいられない。筒音に負けじと威嚇の咆哮を上げながら、さらに歩を踏み進める。
隣の畝からも、同様の吼え声を聞いた。おそらくは乕之助のものであろう。やがてそれは伝播し、誰もが口々に獣じみた雄叫びを上げる。散っていた敵兵も集まり出し、降り注ぐ矢弾がいっそう激しくなってゆく。だが、それでいい。こちらに敵が集まれば、大手門へ進む本隊への援護となる。十分に攪乱の役目は果たせるであろう。
「進めっ、進むのじゃっ!」
左門はなおも声を張り上げた。そのとき、装填を終えた射手が再び眼前に現れた。その距離、すでに二、三十間。外す間とも思えない。ままよと両腕を顔の前に重ねるようにして、さらに歩を速めた。腕の一本や二本はくれてやろう。だが頭さえ守れば、まだ戦える。
されど左門がそう覚悟を固めても、衝撃はやってこなかった。腕の間をわずかに広げて覗くと、出丸の上の兵が火縄を構えたまま、ぐらりと身を揺らすのが見えた。その目にはまるで身の裡から生えてきたかのように、鮮やかな鳥羽の矢が突き刺さっていた。
目を巡らせると、隣の畝の射手も同様に矢傷を受けて崩れ落ちてゆく。まただ、と左門は戦慄さえ覚えた。いったい誰がと訝りながらも、今はそれを詮索している暇もなかった。その好機を逃さじと、一気に残りの斜面を駆け上がる。
出丸への一番乗りは左門であった。されどほとんど間を置かず、乕之助らもあとに続いてくる。それに気付いた城兵たちが、慌てたようにわらわらと集まって来た。それでも、さすがに狼狽した態は否めない。勢いは間違いなくこちらにあった。
戦闘はそれから四半刻もせずに終わった。獲った首はせいぜいが二十ほど。形勢不利を悟った敵が、早々に兵を本丸へと引き上げさせたためであろう。お陰でこちらにも、手傷を負った者はいても死人はいなかった。いささか呆気ないほどの大勝利である。
左門は荒い息をつきながら、足元に倒れ伏している敵大将の骸を見下ろす。緒が切れてずれた兜から、すっかり白くなった鬢が覗いていた。おそらくはこの者が名高き老将、間宮豊前守であろう。味方を逃がすために、おのれは残って立ち塞がったのだ。
さすがに槍上手として知られるだけあって、左門も乕之助と合力してやっと討ち取ることができた。されどこれほどの者の首をすぐに落とす気にはなれず、いまだ畏敬の念すら抱きながら見つめるばかりであった。
背後では、乕之助が手下の者たちと猛々しく鬨を上げている。その声に勢いづけられるかのように、ようやく明るみはじめた空の下、友軍が一斉に大手門へと攻め寄せてゆくのが見えた。あとは守勢の十倍に及ぶ兵で、力尽くに押し潰すだけだ。我らの務めはここまでであろう。左門はそう大きく息をついた。
「一番乗りは取られたのう……まこと、見事な戦いぶりよ」
声に気付いて振り返ると、並んで走っていたもうひとつの隊の大将が、破顔しながら歩み寄ってきていた。ずんぐりとした体躯の、いかにも屈強そうな男だ。
「中村式部が家来、藪内匠じゃ」
その名を聞いて、左門は少なからず驚いた。藪内匠正照といえば、音に聞こえた猛者である。小身の頃より中村家に仕え、羽柴の戦では常に先陣を切ってきたといわれている。中でも播州上月城の籠城戦において、毛利家の児玉兵庫と凄絶な一騎打ちを繰り広げたことは、武士であれば知らぬ者のいない語り種となってもいた。かような剛の者と槍を並べることができたとは、と左門は身を震わせる。
「榊原式部が家臣、戸田左門にござる」
「徳川どののご家中か……さすがは三河武士、怖気というものを知らぬの」
内匠ほどの者にそう称えられ、左門はさすがに居心地の悪さを覚えた。それを紛らわすように苦笑しながら、目をかの者の配下たちに巡らせる。今はもうひとつ、気になることがあったのだ。
やがて、ひとりの男に目が止まった。気勢を上げる者たちの輪からひとり外れて、八尺はありそうな大弓を背負い、静かに佇んでいる。つい今さっきまで、ともに闇の中を駆けていたとは思えない、涼しげにも見える様子であった。弓を背負った者は他にもいたが、左門には奇妙な確信があった。間違いない。あの神業めいた矢を放っていたのはこの者だ。
思っていた以上に若い男だった。おそらく、二十をいくつも過ぎてはいないであろう。侍らしくない色白の細面は端正に整い、どこか気品めいたものさえ感じさせる。されど武具はいかにも雑兵といった風情で、粗末な胴と草摺しか身に着けていないのが、何とも不釣り合いだ。
「……あの者は?」
内匠は「……ああ」と困ったように漏らし、言葉を詰まらせる。
「尋常な腕ではなかった。いかなる者でござろうか?」
「新参者でな、わしもよくは知らぬのよ」と、内匠は言葉を選びながら口を開いた。「此度の戦のために集められた牢人のひとりとのことだが……まあ、いちいち身の上までは調べておらぬでな。知っているのは名くらいか」
「その……かの者の名は、何と?」
左門は重ねてそう尋ねた。内匠はしばし迷ったのち、答える。
「名は、山下……そう、山下半三郎とか申しておったか」
徳川の本隊はそこから少し離れた元山中路を進んでおり、山中城の煙を遠くに望み見ていた。そうして城から撤退してきた北条兵を二百ばかり討ち取ると、すぐさま先鋒の牧野右馬允康成をして鷹巣城を攻め落とさせ、その夜の宿営地としていた。左門ら別動隊がそれと合流したのは、夜も更けてからのことだった。
左門は主である式部大輔康政の元に参じ、山中城でのことを報告した。されど乕之助をはじめとして手下の面々は、一様に無念の表情を浮かべていた。
「して城内一番乗りの武勲は、渡辺勘兵衛なる者のものとなった、とな」
左門は頭を垂れたまま、「……はっ」と短く答えた。渡辺勘兵衛とはやはり中村式部の配下の者らしく、兜に半月の前立、背には鳥羽の大指物を差した洒落者だという。されど藪内匠の配下にそのような者は見当たらなかった。なのに戦後の評定ではその者が一番乗りということになっており、左門はおろかあの内匠にすら何の恩賞もなかった。
「堪えよ。戦とはそういうものよ」
「と、申されますと?」
「軍監の見ておらぬところでいくら武功を挙げようと、なかったものになるということじゃ。それゆえ誰もが兜に凝り、指物に凝り、陣羽織に凝って少しでも目立とうとする」
さもしい話だ、と左門は嘆息する。むろん武功は欲しいが、おのれもそうまでして目立ち、人の勲までかすめ取ろうとは思わぬ。
「もののふの有りようとは思えませぬな。某は好きませぬ」
「うむ」と、康政は満足げに頷いた。「我らはそれでよい。まことの武功というものは、各々が胸の裡に抱えておけばよいものよ」
その言葉は、日頃左門が抱いている信念と同じであった。この主に仕えてよかったという思いとともに、もう一度「……はっ」と蹲踞する。
「むろん、此度のことはわしから殿に伝えておく。皆の者も、それでよいな?」
乕之助らはまだ得心できぬ様子であったが、それでも無念を飲み込み、揃って頭を深くした。康政はそれを見渡したのち、再び左門に目を戻して、訝しげに尋ねてくる。
「左門、おぬしだけはあまり口惜しげに見えぬの」
「そう見えまするか?」
「うむ。まだ何かあるのなら申してみよ」
あの弓の遣い手のことを言おうか言うまいか、左門はまだ迷っていた。あのとき見たものが果たしてまことであったのか、時が経つにつれ自信がなくなってきたのだ。もしかしたらおのれはあの闇の中で、有り得ぬ夢でも見ていたのではないかと。それでも主よりそう促されて、躊躇いつつも口を開いた。
「それはきっと此度の戦、一番手柄はおのれではない、と思うゆえにございましょう」
「ほほう……と、申すと?」
「我らとともに出丸へ登った中村式部どのの手下に、凄まじいまでの弓の遣い手がおりました。闇の中で筒火のみを頼りに、城兵たちを過たず射倒していったその業、かの那須与一もかくやとばかり。あの者がおらねば、此度の武功もなかったかと思われまする」
そうして左門はかの若き弓遣いのことを、つらつらと語った。あのあと少しばかり言葉を交わしたことも。左門が率直にその腕を称えると、若武者は困ったように「いや、それほどのものでは……」と謙遜したものだった。
「その腕は、何処で身に着けたものぞ?」
「父に……手ほどきを受けました」そう答えて、かの者は遠くを見るように目を細めた。「されどまだ、その父には遠く及びませぬ。父はかつて城より矢を放って、八町(約九〇〇メートル)は離れた大木を射抜きましたゆえ」
それはいくら何でも大法螺が過ぎると思いもしたが、左門には笑い飛ばすことができなかった。それを口にしたときだけ、若武者の目に何やら熱いものが宿ったようにも見えたゆえだった。
「なるほど、今与一とまで申すか。それは興味深いの」
不意に声がして、左門は驚き顔を上げた。主の康政も弾かれたように床几から降り、その場に跪く。現れたのは他でもない徳川の総大将、三河守家康その人であった。傍らには、宿将である平岩主計頭親吉も伴っている。
家康は平伏した一堂に気安く「よい、よい」と手を振りながら、左門の前に立った。そうして膝を折り、顔を覗き込むように近付けてくる。
「それより今の話、わしにも詳しく聞かせよ。その者の名は何と申した」
「はっ、内匠によればその者」左門は一度そこで唾を飲み込み、続けてその名を口にした。「山下半三郎、と申すとのこと。此度の戦に際して、近江にて集めた牢人のひとりであるようで」
家康は思案するように小さく唸ると、「……聞かぬ名よの」とつぶやいた。とはいえ左門の話を疑っているわけでもなさそうで、口元には楽しげな笑みすら浮かんでいる。
「この日の本にはまだまだ、我の知らぬ猛者が眠っておるということか。世は広いのう」
「殿はそうやってまた、他家の宝を欲しがりまするか」
主計頭親吉が、困ったように苦笑する。家康はこのところ、他家の有望な武者の話を聞くとこの調子なのだ。
三河徳川家といえば、まだ今川の属将であった頃からの子飼いの将たちによる、結束の強さで知られた家である。特にこの親吉などは幼き日の人質時代すら共にした、腹心の中の腹心であった。
されど武田が滅亡し、その旧領の多くを治めることとなった今や、ひとりでも多くの人材が必要であった。行き場をなくした武田の旧臣たちを、その配下の者たちまでまとめて召し抱えたのもそのためである。この親吉の配下にも、甲斐衆と呼ばれる武田旧臣たちが多く仕えていた。また一度改易となりながらも天目山の四郎勝頼へと馳せ参じ、最期をともにしたという忠臣・小宮山内膳の弟を、人を使ってわざわざ探し出し家臣としたりもしていた。そうした新参者たちも、今の徳川家にとっては欠くことのできぬ力である。
「そう申すな。わしはただ、玉かもしれぬ者を磨きもせず、みすみす持ち腐れておる輩が堪らぬだけよ」
家康は言って、ゆっくりと腰を起こす。そうして目を夜闇の向こうへ向け、しみじみとした声で続けた。
「されど惜しいのう……その者もあと二十年早く生まれておれば、才の生かしようもあったものを」
その言葉に、康政が訝るように眉を顰めた。「殿。それは如何なる謂(意味)で?」
「先ほど報せがあっての。伊達左京大夫が臣、片倉小十郎より書状が届いたそうじゃ。左京、奥州より兵を率いて小田原に参陣するとのこと」
「伊達が……では」
「音に聞こえし独眼竜も、関白が前に膝を屈したというわけよ。残るはこの小田原の北条のみ。天下一統は目前じゃ」
その小田原城にも二十万を超す兵が迫り、頼みの伊達に見放され、もはや抗う術もないように思われた。されど家康の声音は少しも目出度そうにも聞こえず、むしろ苦虫を噛み潰したかのようにも聞こえる。かつては東国の覇権を争って干戈を交わした相手に、惜別の思いを抱いているのか。
「武を以て功成し身を立つる世も、間もなく終わりということよ」
その言葉を聞いて、左門もまた途方に暮れたような思いを抱かされていた。もしもまことにそのような世になるのなら、おのれはどうやって生くればよい。
そしてあの神業を持った若武者のことを思った。まだおのれはよいのだ。これまで十分に戦働きをしてきた。だがあの者はまだ若い。あの若さで、かように並外れた才を生かす場を与えられず、どうやって生きてゆくのか。
家康はもう一度、嘆息とともに「……惜しいのう」とつぶやいた。左門は篝火の弾けるぱちぱちという音を聞きながら、小さく頷いた。
それでも、闇を裂いて筒音は間断なく鳴り響いている。総懸かりはすでにはじまっているのだ。戸田左門一西は手にした長槍をしっかりと握り直し、気を引き締めつつなおも走り続けた。
天正十八年三月二十九日、卯の刻。ところは伊豆国、山中城。
九州の島津家を下し西国を平定した関白太政大臣秀吉は、その天下一統の総仕上げとして関東の雄・北条家へ矛先を向けた。本拠・小田原城に拠を据えたまま、度重なる上洛命令を跳ね付け続けた当主・氏政に対し、総勢実に二十余万にも及ぶ大軍勢を差し向けたのだ。そして箱根の険を前にして秀吉は兵を分け、小田原の防壁となる諸城に同時攻撃を仕掛けた。
その中のひとつであるこの山中城は、諸城の中でも要たる砦であった。箱根街道を進んでくる敵を三方から殲滅するような構造で立ち塞がり、無数の障子堀や畝堀で囲まれたその城は、北条流の築城術の粋を尽くした名城といえる。しかし間者によれば、守るは城主の左衛門大夫氏勝以下わずかに四千ほどとのこと。城の規模に対していかにも少なく、おのずと手薄な個所も出てくるはずであった。
それでも大手門を目指して仕寄せた先手衆は、激しい抵抗に遭って苦戦していた。殊に街道に沿って大きく張り出した岱崎出丸と呼ばれる付城が厄介で、ここからの火縄による斉射で多くの痛手を蒙っている。一番槍を賭けて突撃した一柳伊豆守直末の勢は、大将の直末自身が敢えなく討ち取られて総崩れとなっていた。
ならばまず、この出丸を黙らせるしかない。そう命を受けてひた走っているのが、榊原式部大輔康政が家中の左門以下四十名だった。それに、味方ではあるがどこの家中かわからぬ者たちが、およそ五十名ほど並んでいる。都合百足らずで出丸を大きく回り込み、手薄な裏手から攻め寄せよとのことだった。
しかしいかに手薄とはいえ、裏側にもくまなく畝堀は張り巡らされている。畝堀とは斜面に垂直に並ぶように幾筋も掘られた空堀のことで、それにより進路が限られて逃げ場のない一本道に誘い込まれ、火縄にとっては格好の的になるのはまったく変わりがない。結局せいぜい攪乱にでもなればという程度にしか思われていないのであろう。
されどそれも承知で、命とあらば行くしかなかった。おのれの身など惜しんでは、三河武士の名折れである。そしてこの左門とて、設楽原では山縣が赤備を、長久手では羽柴が軍勢を相手に功を重ねてきた武辺者だった。いかな堅固な城とはいえ怯むわけにもいかない。
「おぬしは下がれ、左門。一番槍はわしがいただく!」
凄みのある笑みを浮かべながらそう言ったのは、傍らを走る青山乕之助定義である。左門はそれを鼻で笑い、行けるものなら行ってみよと嘯く。
「吐かしておれ。一番槍の誉、おぬしごときに渡せるものか!」
その思いは、続く者たちもみな同じであろう。おそらくは、並んで走るいずこの家中かもわからぬ者たちも。
こちらの姿に気付いたか、出丸の上に小さな火花が弾け、僅かに遅れて筒音が響き渡る。されど慄くことなどない。まだ距離は二、三町(約二二〇~三三〇メートル)ほどあり、当たるとも思えない。ただしいざ城に取り付けば、十分に火縄の射程に入る。あとは多少の痛手は覚悟して、一気に出丸の上まで駆け上がるしかない。果たして幾人が残るであろう。二十、いや十残れば上出来か。
遮二無二足を動かしながら、左門はそんなことを思案していた。するとそのとき、ひゅっという風切り音を聞いた。ややあって、出丸の上で火縄の瞬きがひとつ消える。身を乗り出していたためか、その射手が姿勢を崩して転がり落ちてくるのも見えた。
いったい何がと訝ると、ひゅっひゅっと風切り音が続き、火縄の光がひとつまたひとつと消えた。肩越しに振り返るが、手下の者たちに遮られて列の後方は見えない。誰かが矢を放っているのか。だとしても有り得ぬ、と左門は唸る。この闇の中を走りながら、あれだけ離れた対手を、筒火だけを頼りに射倒せる者などいるわけがない。もしもいるとすれば信じ難き名手、もはや神業の域である。
出丸の上からの筒音が止んだ。兵たちも警戒して、いったん身を隠したのであろう。となれば、今が好機であった。こちらが進路を転じたことを気付かれる前に、出来るだけ距離を詰めるべきだ。
「往けぇっ!」
短く号令をかけ、左門は出丸へ向けて駆け出した。そうして細い畝のひとつに飛び込むと、ずるずると滑る赤土の急勾配をよじ登ってゆく。出丸の兵もすぐに気付いたか、再び火縄を構えて身を乗り出してきた。筒火が弾け、鉛弾が兜を掠めて通り過ぎてゆく。それでも肝を冷やしてなどいられない。筒音に負けじと威嚇の咆哮を上げながら、さらに歩を踏み進める。
隣の畝からも、同様の吼え声を聞いた。おそらくは乕之助のものであろう。やがてそれは伝播し、誰もが口々に獣じみた雄叫びを上げる。散っていた敵兵も集まり出し、降り注ぐ矢弾がいっそう激しくなってゆく。だが、それでいい。こちらに敵が集まれば、大手門へ進む本隊への援護となる。十分に攪乱の役目は果たせるであろう。
「進めっ、進むのじゃっ!」
左門はなおも声を張り上げた。そのとき、装填を終えた射手が再び眼前に現れた。その距離、すでに二、三十間。外す間とも思えない。ままよと両腕を顔の前に重ねるようにして、さらに歩を速めた。腕の一本や二本はくれてやろう。だが頭さえ守れば、まだ戦える。
されど左門がそう覚悟を固めても、衝撃はやってこなかった。腕の間をわずかに広げて覗くと、出丸の上の兵が火縄を構えたまま、ぐらりと身を揺らすのが見えた。その目にはまるで身の裡から生えてきたかのように、鮮やかな鳥羽の矢が突き刺さっていた。
目を巡らせると、隣の畝の射手も同様に矢傷を受けて崩れ落ちてゆく。まただ、と左門は戦慄さえ覚えた。いったい誰がと訝りながらも、今はそれを詮索している暇もなかった。その好機を逃さじと、一気に残りの斜面を駆け上がる。
出丸への一番乗りは左門であった。されどほとんど間を置かず、乕之助らもあとに続いてくる。それに気付いた城兵たちが、慌てたようにわらわらと集まって来た。それでも、さすがに狼狽した態は否めない。勢いは間違いなくこちらにあった。
戦闘はそれから四半刻もせずに終わった。獲った首はせいぜいが二十ほど。形勢不利を悟った敵が、早々に兵を本丸へと引き上げさせたためであろう。お陰でこちらにも、手傷を負った者はいても死人はいなかった。いささか呆気ないほどの大勝利である。
左門は荒い息をつきながら、足元に倒れ伏している敵大将の骸を見下ろす。緒が切れてずれた兜から、すっかり白くなった鬢が覗いていた。おそらくはこの者が名高き老将、間宮豊前守であろう。味方を逃がすために、おのれは残って立ち塞がったのだ。
さすがに槍上手として知られるだけあって、左門も乕之助と合力してやっと討ち取ることができた。されどこれほどの者の首をすぐに落とす気にはなれず、いまだ畏敬の念すら抱きながら見つめるばかりであった。
背後では、乕之助が手下の者たちと猛々しく鬨を上げている。その声に勢いづけられるかのように、ようやく明るみはじめた空の下、友軍が一斉に大手門へと攻め寄せてゆくのが見えた。あとは守勢の十倍に及ぶ兵で、力尽くに押し潰すだけだ。我らの務めはここまでであろう。左門はそう大きく息をついた。
「一番乗りは取られたのう……まこと、見事な戦いぶりよ」
声に気付いて振り返ると、並んで走っていたもうひとつの隊の大将が、破顔しながら歩み寄ってきていた。ずんぐりとした体躯の、いかにも屈強そうな男だ。
「中村式部が家来、藪内匠じゃ」
その名を聞いて、左門は少なからず驚いた。藪内匠正照といえば、音に聞こえた猛者である。小身の頃より中村家に仕え、羽柴の戦では常に先陣を切ってきたといわれている。中でも播州上月城の籠城戦において、毛利家の児玉兵庫と凄絶な一騎打ちを繰り広げたことは、武士であれば知らぬ者のいない語り種となってもいた。かような剛の者と槍を並べることができたとは、と左門は身を震わせる。
「榊原式部が家臣、戸田左門にござる」
「徳川どののご家中か……さすがは三河武士、怖気というものを知らぬの」
内匠ほどの者にそう称えられ、左門はさすがに居心地の悪さを覚えた。それを紛らわすように苦笑しながら、目をかの者の配下たちに巡らせる。今はもうひとつ、気になることがあったのだ。
やがて、ひとりの男に目が止まった。気勢を上げる者たちの輪からひとり外れて、八尺はありそうな大弓を背負い、静かに佇んでいる。つい今さっきまで、ともに闇の中を駆けていたとは思えない、涼しげにも見える様子であった。弓を背負った者は他にもいたが、左門には奇妙な確信があった。間違いない。あの神業めいた矢を放っていたのはこの者だ。
思っていた以上に若い男だった。おそらく、二十をいくつも過ぎてはいないであろう。侍らしくない色白の細面は端正に整い、どこか気品めいたものさえ感じさせる。されど武具はいかにも雑兵といった風情で、粗末な胴と草摺しか身に着けていないのが、何とも不釣り合いだ。
「……あの者は?」
内匠は「……ああ」と困ったように漏らし、言葉を詰まらせる。
「尋常な腕ではなかった。いかなる者でござろうか?」
「新参者でな、わしもよくは知らぬのよ」と、内匠は言葉を選びながら口を開いた。「此度の戦のために集められた牢人のひとりとのことだが……まあ、いちいち身の上までは調べておらぬでな。知っているのは名くらいか」
「その……かの者の名は、何と?」
左門は重ねてそう尋ねた。内匠はしばし迷ったのち、答える。
「名は、山下……そう、山下半三郎とか申しておったか」
徳川の本隊はそこから少し離れた元山中路を進んでおり、山中城の煙を遠くに望み見ていた。そうして城から撤退してきた北条兵を二百ばかり討ち取ると、すぐさま先鋒の牧野右馬允康成をして鷹巣城を攻め落とさせ、その夜の宿営地としていた。左門ら別動隊がそれと合流したのは、夜も更けてからのことだった。
左門は主である式部大輔康政の元に参じ、山中城でのことを報告した。されど乕之助をはじめとして手下の面々は、一様に無念の表情を浮かべていた。
「して城内一番乗りの武勲は、渡辺勘兵衛なる者のものとなった、とな」
左門は頭を垂れたまま、「……はっ」と短く答えた。渡辺勘兵衛とはやはり中村式部の配下の者らしく、兜に半月の前立、背には鳥羽の大指物を差した洒落者だという。されど藪内匠の配下にそのような者は見当たらなかった。なのに戦後の評定ではその者が一番乗りということになっており、左門はおろかあの内匠にすら何の恩賞もなかった。
「堪えよ。戦とはそういうものよ」
「と、申されますと?」
「軍監の見ておらぬところでいくら武功を挙げようと、なかったものになるということじゃ。それゆえ誰もが兜に凝り、指物に凝り、陣羽織に凝って少しでも目立とうとする」
さもしい話だ、と左門は嘆息する。むろん武功は欲しいが、おのれもそうまでして目立ち、人の勲までかすめ取ろうとは思わぬ。
「もののふの有りようとは思えませぬな。某は好きませぬ」
「うむ」と、康政は満足げに頷いた。「我らはそれでよい。まことの武功というものは、各々が胸の裡に抱えておけばよいものよ」
その言葉は、日頃左門が抱いている信念と同じであった。この主に仕えてよかったという思いとともに、もう一度「……はっ」と蹲踞する。
「むろん、此度のことはわしから殿に伝えておく。皆の者も、それでよいな?」
乕之助らはまだ得心できぬ様子であったが、それでも無念を飲み込み、揃って頭を深くした。康政はそれを見渡したのち、再び左門に目を戻して、訝しげに尋ねてくる。
「左門、おぬしだけはあまり口惜しげに見えぬの」
「そう見えまするか?」
「うむ。まだ何かあるのなら申してみよ」
あの弓の遣い手のことを言おうか言うまいか、左門はまだ迷っていた。あのとき見たものが果たしてまことであったのか、時が経つにつれ自信がなくなってきたのだ。もしかしたらおのれはあの闇の中で、有り得ぬ夢でも見ていたのではないかと。それでも主よりそう促されて、躊躇いつつも口を開いた。
「それはきっと此度の戦、一番手柄はおのれではない、と思うゆえにございましょう」
「ほほう……と、申すと?」
「我らとともに出丸へ登った中村式部どのの手下に、凄まじいまでの弓の遣い手がおりました。闇の中で筒火のみを頼りに、城兵たちを過たず射倒していったその業、かの那須与一もかくやとばかり。あの者がおらねば、此度の武功もなかったかと思われまする」
そうして左門はかの若き弓遣いのことを、つらつらと語った。あのあと少しばかり言葉を交わしたことも。左門が率直にその腕を称えると、若武者は困ったように「いや、それほどのものでは……」と謙遜したものだった。
「その腕は、何処で身に着けたものぞ?」
「父に……手ほどきを受けました」そう答えて、かの者は遠くを見るように目を細めた。「されどまだ、その父には遠く及びませぬ。父はかつて城より矢を放って、八町(約九〇〇メートル)は離れた大木を射抜きましたゆえ」
それはいくら何でも大法螺が過ぎると思いもしたが、左門には笑い飛ばすことができなかった。それを口にしたときだけ、若武者の目に何やら熱いものが宿ったようにも見えたゆえだった。
「なるほど、今与一とまで申すか。それは興味深いの」
不意に声がして、左門は驚き顔を上げた。主の康政も弾かれたように床几から降り、その場に跪く。現れたのは他でもない徳川の総大将、三河守家康その人であった。傍らには、宿将である平岩主計頭親吉も伴っている。
家康は平伏した一堂に気安く「よい、よい」と手を振りながら、左門の前に立った。そうして膝を折り、顔を覗き込むように近付けてくる。
「それより今の話、わしにも詳しく聞かせよ。その者の名は何と申した」
「はっ、内匠によればその者」左門は一度そこで唾を飲み込み、続けてその名を口にした。「山下半三郎、と申すとのこと。此度の戦に際して、近江にて集めた牢人のひとりであるようで」
家康は思案するように小さく唸ると、「……聞かぬ名よの」とつぶやいた。とはいえ左門の話を疑っているわけでもなさそうで、口元には楽しげな笑みすら浮かんでいる。
「この日の本にはまだまだ、我の知らぬ猛者が眠っておるということか。世は広いのう」
「殿はそうやってまた、他家の宝を欲しがりまするか」
主計頭親吉が、困ったように苦笑する。家康はこのところ、他家の有望な武者の話を聞くとこの調子なのだ。
三河徳川家といえば、まだ今川の属将であった頃からの子飼いの将たちによる、結束の強さで知られた家である。特にこの親吉などは幼き日の人質時代すら共にした、腹心の中の腹心であった。
されど武田が滅亡し、その旧領の多くを治めることとなった今や、ひとりでも多くの人材が必要であった。行き場をなくした武田の旧臣たちを、その配下の者たちまでまとめて召し抱えたのもそのためである。この親吉の配下にも、甲斐衆と呼ばれる武田旧臣たちが多く仕えていた。また一度改易となりながらも天目山の四郎勝頼へと馳せ参じ、最期をともにしたという忠臣・小宮山内膳の弟を、人を使ってわざわざ探し出し家臣としたりもしていた。そうした新参者たちも、今の徳川家にとっては欠くことのできぬ力である。
「そう申すな。わしはただ、玉かもしれぬ者を磨きもせず、みすみす持ち腐れておる輩が堪らぬだけよ」
家康は言って、ゆっくりと腰を起こす。そうして目を夜闇の向こうへ向け、しみじみとした声で続けた。
「されど惜しいのう……その者もあと二十年早く生まれておれば、才の生かしようもあったものを」
その言葉に、康政が訝るように眉を顰めた。「殿。それは如何なる謂(意味)で?」
「先ほど報せがあっての。伊達左京大夫が臣、片倉小十郎より書状が届いたそうじゃ。左京、奥州より兵を率いて小田原に参陣するとのこと」
「伊達が……では」
「音に聞こえし独眼竜も、関白が前に膝を屈したというわけよ。残るはこの小田原の北条のみ。天下一統は目前じゃ」
その小田原城にも二十万を超す兵が迫り、頼みの伊達に見放され、もはや抗う術もないように思われた。されど家康の声音は少しも目出度そうにも聞こえず、むしろ苦虫を噛み潰したかのようにも聞こえる。かつては東国の覇権を争って干戈を交わした相手に、惜別の思いを抱いているのか。
「武を以て功成し身を立つる世も、間もなく終わりということよ」
その言葉を聞いて、左門もまた途方に暮れたような思いを抱かされていた。もしもまことにそのような世になるのなら、おのれはどうやって生くればよい。
そしてあの神業を持った若武者のことを思った。まだおのれはよいのだ。これまで十分に戦働きをしてきた。だがあの者はまだ若い。あの若さで、かように並外れた才を生かす場を与えられず、どうやって生きてゆくのか。
家康はもう一度、嘆息とともに「……惜しいのう」とつぶやいた。左門は篝火の弾けるぱちぱちという音を聞きながら、小さく頷いた。
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