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春 6
しおりを挟む「これはゆゆしき事態です」
「ええ、確かに良くないです……」
私は不正疑惑濃厚な班で唯一の希望の花である茜ちゃんと、紙の地図という古き良き道標を手に頭を寄せ合っていた。
デフォルメされた簡易的な地図なので大雑把にしか道や目印が書かれておらず、ひっじょーに分かりにくい。
「おい、見せてみろよ」
「ちょ! 島田くん! そ、そんな乱暴に扱わないで下さい……」
「あ?」
「にゃ、にゃんでもないでしゅ……」
――おっと、希望の花は既に手折られていたようだ。世は無常である。
いつぞやの肩パンヤンキーの横暴に、顔を真っ赤にして焦る茜ちゃんが実に可愛い。惜しむらくは相手がやたらガラ悪いヤンキーだということだ。くっ、どいつもこいつも!
「こりゃ、完全に遭難したな」
「ですよねー」
文明の利器であるはずのスマホは、やはり野生に対応してなかったらしく、こんな非常時に限ってもっぱらの圏外である。使えん。
そんなわけで、地図をなんとか読もうと向きを変えたり目印を探したりと色々やったが……もうここは潔く事実を認めざるを得ないだろう。
……そう、私たちは林間学校でそれほど広くないはずの山に来た初日の昼食後、軽めのはずのハイキングで早々に遭難したのだ――。
◇◆◇◆◇
もともと私と茜ちゃん、ヤンキーこと島田くんは、他に満月を含めた三人とも共に移動していた。満月以外のメンバーは、つい最近まで迷惑していたちびっこ少年と、同じクラスのヴィジュアル系の少年だ。
……実に奇妙というか、不正か作為か不運を疑う組み合わせであるが、それはもう決まった時点で諦めたので今はもうどうでもいい。
問題の遭難は、その六人でハイキングコースを移動していた最中に起きた。元はと言えば、チェックポイントに居るはずの先生が見当たらず、周囲を探そうとみんなで話し合ったところまで遡る。
その後、下心満載を隠しながらも女子を気遣った風に率先して周囲を探してくると言った紳士風な男子二人と悪魔な女装男子一人と別れた直後――。
「――……あの、いまなんかお腹の音とかしなかったですか?」
「いや、してねーけど?」
「…………」
――グゥゥゥゥ……
「なんですか、やっぱりお腹空いてたんですか? それならそうと言ってくれれば良いのですが……」
「……いや、だからちげーよ!」
「ねえ、二人とも……あれ」
「「ん?」」
茜ちゃんと島田くんが痴話喧嘩をしている横で、第三者として客観的にハイライトを消灯して傍観していた私にはすぐ、その違和感というか、音の正体に気付いた。
――グウゥゥゥゥ……!
「「「…………」」」
そう。今は春。しかも広くはないとはいえ山は山だ。このお散歩日和で陽気な天気の日中に、いったい誰が遭遇しないと断言出来ようか。否、出来ない。
「ク、んんっ……!」
「しっ!」
音の正体に気付き、大声で悲鳴を上げてしまいそうになった茜ちゃんは悪くない。正直私も足が竦んでいたし、心臓が止まりそうなほど息苦しかった。
そんな思考停止で固まって反応の鈍った私より、すぐさま気付いた島田くんが、相手を刺激しないよう茜ちゃんの口をすぐさま閉じさせたのはナイス判断だったろう。
だが、残念ながら気付かれてしまった――クマに。
「マズイ……気付かれた」
焦ったように小声で呟いた島田くんが、クマから目を逸らさないようにゆっくり、後退るように下がり始めた。私も同じく目を逸らさないように、刺激しないようにゆっくりと下がっていく。
茜ちゃんは島田くんに後ろから羽交い絞めされたような態勢だったが、されるがまま足を引きずって後退っていた。
――パキッ
「あ……」
それは誰の声だったか。静かな森に響き渡ったのではないかと思うくらいの枝を折った音は、一気に青褪めた私たちだけでなく、クマにもバッチリ聞こえていたようで……
「グアアアアアアアア!」
大ピンチである。
◇◆◇◆◇
その後のことは正直、よく覚えてない。たしか島田くんが私と茜ちゃんが標的にならないよう色々と大立ち回りしてくれていたようだが、残念ながら私は恐怖で記憶に無い。
と、島田くんが茜ちゃんの様子に、まだ怖がってると勘違いしたのか「忘れてたぜ」とか何とか言いながら、ポッケから熊鈴を取り出して手渡した。
……いや、最初からつけとけよ。思わず半眼になってしまう。いかんいかん、一応命の恩人だ。ここは見逃してやろう。私も付け忘れていた。プラマイゼロだ。
「ほらよ、持ってろ」
「あ、ありがとう……」
茜ちゃんは恐怖を感じながらもバッチリと島田くんが助けてくれたことは覚えていたのか、先程から島田くんと会話するたびに顔を真っ赤に染めて挙動不審である。
……これが俗にいう吊り橋効果だろうか。私には残念ながら効果が無かったようだ。
いや、そもそも周りを気にする余裕は無かったので当たり前だが。どうやら助けてくれたという部分に赤面ポイントがあったらしい。茜ちゃんの反応でそう判断した。なるへそ。
「しっかしどーすっかなぁ……」
「「…………」」
それな。とか軽く脳内で返答しておく。こうして冒頭の迷子の仔猫ちゃん状態に話はもどるわけだが。
何度改めてデフォルメされている地図を確認しても、可愛らしい小動物の絵と、大雑把なメインのコースと目印である滝や岩などしか記載されていない。
あ、というか小動物の中に涎垂らした熊いるし。今まで気にしてなかったけど、あんな大きくて危険な動物をこうも可愛く表現するとは、最初にデザインした奴は頭おかしいんじゃないの。
「川があれば下山は出来るんだけどな……」
「ここじゃ下がってるのか上がってるのか分かりませんよね」
「だよなぁ……」
罪の無いデフォルメ作成者に心のうちで八つ当たりしていると、島田くんが解決策を考えていたのか、自分の考えを述べる。
しかし間髪入れずに茜ちゃんが難儀な現状をお伝えする。私たちの居るところはそこらじゅう地面がデコボコしていて、さらには密集している木のせいで周囲への見通しも悪すぎた。
島田くんもそれには気付いていたのか、再度現状確認して「あ~くそっ!」と悪態をつきながらしゃがんで強めに頭を掻きむしっている。
気持ちは分かるけど……そんなことをしても脳細胞が減るだけで、むしろ名案が消滅していってしまっているのでは?
と、余計なことを考えていた私はお口チャックした。
だって、ヤンキーに余計なこと言ってこんな状況で逆上されでもしたら、それこそ何されるか分からない。主に貞操の危機とか。か弱い女子二人とむきむきヤンキーならヤンキーに軍配があがるもの。
「そんなことしていても、いい考えは思い浮かびません。貴重な考えを生み出す頭をもっと大事にしてください」
茜ちゃんんんんんっ!!
私と同じことを思っていたのか、空気の読める真面目で優等生なはずの茜ちゃんが地雷へ大ジャンプをかました。なんてこった、ぱんなこった。
「「「…………」」」
頭をガリガリ削ってるんじゃないかって勢いで頭を掻きむしっていた島田くんがぴたっ! とその手を止めた。
三者三様な沈黙がその場を支配する。
茜ちゃんは言ってからしまった! と思ったのか、青褪めておろおろしており、島田くんは止まったまま動かなくなった。そして私はというとだらだら冷や汗を流していた。
――くっ! これもイベントだったか!
そう。いわゆる反発し合うヤンキーと委員長のラブストーリーでありそうな、ちょっとピンチに合って、いい雰囲気になりかけるけど台無しにしちゃって、色々なすれ違いの末にお互いが好きと知ってラブラブに……な展開に違いない。
私の役どころは何だろう? 当て馬かな?
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