乙女夢想~雑な恋愛フラグは罠です。触れるなキケン~

たみえ

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春 8

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 熊と遭遇して遭難、悪魔のプライベートヘリに回収されるというアクシデントに見舞われたものの、その後はとくに大きな事件も無くそのイベントはやってきた。
 心なしかごくり、と一部から固唾を呑んだ妖しい雰囲気が漂う。

「えー、皆さん揃いましたか。それでは、これから男女分かれて入浴の時間になりますので……」

 入浴。そう、――お風呂だ。バスタイムだっ!

 先生の説明を右から左に流し、興奮を抑える。……ついにやってきた。合法パラダイスの時間だ!

 ――説明しよう!

 林間学校において我が校が泊っているのは、山麓にて経営されている昔ながらの古めかしい旅館である。そんな旅館でのお風呂といえば一択。露天風呂しかないのだ!
 そして露天風呂と言われてお気づきだろうが、昔ながらの旅館にある露天風呂に個室など存在しない。つまり、一緒に入るのだ! 一緒に! 美少女だけで! 一緒に!
 これで興奮せずにいられるだろうか。否!

「千尋さん!」

 戦前の戦国武将が如くどきどきわくわく高鳴る胸! ニヤケそうになる顔を抑えて粛々と美少女の流れに流されて精神統一していると、急に後ろから名前を呼ばれながら腕を捕まえられた。
 誰だ! 我が聖戦を邪魔する者は!

「もう! 千尋さんったら」

 ぷくっと頬を膨らませつつ、同時にきゅっと寄った大きなお胸と口元の黒子がセクシーな不服顔で見上げてきたのは、副担任のふじ子ちゃんであった。ちなみに30手前の独身だが、公認愛人で子持ちだそうである。
 こんなぴちぴちスーツが似合いそうなムチムチセクシー美女なふじ子先生を正妻ではなく愛人として囲うとは実にうらやまけしからん男だ。その面拝むことがあったら回し蹴りをお見舞いしてやろうとひそかに心に刻んでいる。

「あなたはこっちよ?」

 と、思考がまだ見ぬうらやまけしからん男のみぞおちへと飛んでいる間に「ね?」と可愛らしくセクシーに注意したふじ子ちゃんの視線を辿ると、一度見ると魂を抜かれるという見てはいけない危険な悪魔が居た。しまった!
 目が合ってすぐ、悪魔はにこっと笑顔で返事をしつつ静々と近づいて一言、「それでは先生、後はお任せを」と石化したままだった私の返事を聞かず、そうとは見えない万力でガッツリ腕を捕まえてきた。ぐっ、抜けない。

「後はよろしくね、小鳥遊さん」

 と騙されていることに気付かずに私を引き渡してしまったふじ子ちゃんは、そのまま「私も皆と一緒に入ってこようかしら~」なんて言いつつ既に美少女が吸い込まれて消えていった廊下の向こう側へと遠ざかってしまった。
 くっ、私もあっちに参加したい! ふじ子ちゃんたちと一緒に湯煙でキャッキャうふふしたい!

「じゃ、いこっか」

 なにが、じゃ、だ! なにが……!

「いかない!」
「えー」

 どこにお連れするつもりか分からないけど、何を当たり前のように連れて行こうとしているんだ。私には露天風呂という聖域に用があるのだ。時間制限のある聖域は、今後いつまた巡り合えるか分からない貴重な場所なのに!
 何の賄賂を先生に渡したのかは分からないけど、断固として同行を拒否する!

「せっかくちーちゃんが喜ぶ、天にも昇るような極上少女マッサージの個人風呂を特別に用意したのになぁ……」
「いく」
「やった!」

 私は速攻で判断を翻した。許せ、まだ見ぬ聖域よ。たとえこれが悪魔の誘惑であったとしても、女にとって、時には冒険をしなければならない未知はあるのだ……。私は天界へと門を開くことにした。

 ◇◆◇◆◇

「うぅ……うぅ……」

 そんなこんなで見事に釣られてやってきたのは、小鳥遊グループの経営する普通のマッサージ店であった。クマに遭遇という一大イベントに遭遇したせいかカッチカチだった全身が神の手ゴッドハンドによって解きほぐされる。
 その神の手ゴッドハンドの持ち主はといえば、その道のプロですとでも言わんばかりの力強い手と眼力の綺麗なおば様であった。三十年も若返れば誰もが振り返る綺麗系美少女だったのが面影から感じ取れる。
 ……そんなこったろうと思ったがな! ちくしょう……。

「春香。ちーちゃんはどう?」
「坊ちゃん、そこから先は立ち入り禁止でございますよ。お下がりくださいな」
「……ちぇ。はーい」

 と、なんだかんだとおば様の超絶技巧の神の手ゴッドハンドによる施術をふにゃふにゃ受け入れていたら、いつの間にか悪魔が侵入を試みたらしい。ぞっとした。
 が、春香と悪魔に呼ばれたおば様がちゃっかり阻止してくれた。凄い……実の両親の言葉も華麗にスルーする悪魔が引き下がったぞ……。
 春香おば様、何者?

「ごめんなさいねぇ、お嬢さん。坊ちゃんはお嬢さんが心配なのよ」
「いえ……」

 違うと思います。邪心という心違いかと……。

「ふふふ。山で猛獣と闘ったと聞いておりましたが、大きな傷がお嬢さんに残らなかったのは何よりだわ」
「いえ……」

 戦ったのはヤンキー島田です。

 林間学校の途中だけど念のため検査で病院に行くことになり、それに付き添うと言い張って付いて行った茜ちゃんと今頃病室でヨロシクやってるだろうヤンキー島田だ。許すまじ。
 ここまでがイベントだったに違いない。でなければクマには大立ち回りをしてまで守ってくれたくせに、悪魔に襲われてるか弱い少女は無視して美少女と一目散にヘリに乗っていく人がいようか。いやいまい。
 イベントの佳境に入った途端これである。ふてぇ野郎だ。

 ……言い合いながらも肩を借りて寄り添う二人の後ろ姿はくっきり覚えている。実にうらやましい。

 ちなみに、私も病院で検査しましょうという話に一時なったが、なんとしても美少女たちと露天風呂に入りたかった私は断固拒否した。……結局、悪魔の姦計により御覧の通り無駄だったが。
 せめてもの救いは、天にも昇る心地良いマッサージが事実であったことだろうか。今までに蓄積されてきた悪魔や野獣への警戒ストレスごと洗い流されるがごとく揉み揉みされている。
 ああー極楽極楽。うとうとしてきた……。

「坊ちゃん。お嬢さんは傷一つない玉のようなお肌ですよ。心配なのは分かりますが、春香に任せてお下がりくださいな」
「……うん」

 まだいたんかい。油断も隙も無い。

 ◇◆◇◆◇

「あれ? 千尋ちゃんどこ行ってたの?」
「あーうん。ちょっと」

 ほかほかと、のぼせたのか赤らんだ頬の美少女が襖を開けた私に反応して聞いてくる。普段なら鼻息荒くコケて事故を装って抱き着くところだが、今はおば様の極上マッサージにより思考がほわほわして眠い。とにかく眠い。
 今は珍しく美少女よりお布団が恋しい。寝転がると畳の匂いも相まって意識がふっと飛ぶ。

 マッサージの後、施術後のお風呂までばっちり入らせてもらってサッパリした私は「さあいざ旅館へ!」と意気揚々とタクシーを呼ぼうとした。よくよく考えれば先程騙されて血迷ったが、悪魔の車に乗ったらどこに誘拐されるか分かったものではない。
 案の定タクシーを呼ぼうとした私を制止して、高級ホテルに部屋を準備したからと再び誘拐しようとする悪魔の言葉に戦慄した私は「りょ、旅館に戻る!」と盛大にごねた。

 その時にスマホがあっても位置情報が分からない状況であることに気付いたのは実にマヌケであったが、それでも必死にごねた。そうしたら「仕方ないなぁ」と言いたげな顔で悪魔が折れてくれなんとか旅館に戻れた。
 ちなみに、信用できなかったのでお店に戻っておば様に「私が旅館に戻らなかったら悪魔の仕業です」と遺言を託したことで、おば様に何故か弱いらしい悪魔はちゃんと旅館に戻してくれたのが真相だと思われる。
 何はともあれ、妙に長く感じた林間学校一日目は幕を閉じた。
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