9 / 10
春 8
しおりを挟む熊と遭遇して遭難、悪魔のプライベートヘリに回収されるというアクシデントに見舞われたものの、その後はとくに大きな事件も無くそのイベントはやってきた。
心なしかごくり、と一部から固唾を呑んだ妖しい雰囲気が漂う。
「えー、皆さん揃いましたか。それでは、これから男女分かれて入浴の時間になりますので……」
入浴。そう、――お風呂だ。バスタイムだっ!
先生の説明を右から左に流し、興奮を抑える。……ついにやってきた。合法パラダイスの時間だ!
――説明しよう!
林間学校において我が校が泊っているのは、山麓にて経営されている昔ながらの古めかしい旅館である。そんな旅館でのお風呂といえば一択。露天風呂しかないのだ!
そして露天風呂と言われてお気づきだろうが、昔ながらの旅館にある露天風呂に個室など存在しない。つまり、一緒に入るのだ! 一緒に! 美少女だけで! 一緒に!
これで興奮せずにいられるだろうか。否!
「千尋さん!」
戦前の戦国武将が如くどきどきわくわく高鳴る胸! ニヤケそうになる顔を抑えて粛々と美少女の流れに流されて精神統一していると、急に後ろから名前を呼ばれながら腕を捕まえられた。
誰だ! 我が聖戦を邪魔する者は!
「もう! 千尋さんったら」
ぷくっと頬を膨らませつつ、同時にきゅっと寄った大きなお胸と口元の黒子がセクシーな不服顔で見上げてきたのは、副担任のふじ子ちゃんであった。ちなみに30手前の独身だが、公認愛人で子持ちだそうである。
こんなぴちぴちスーツが似合いそうなムチムチセクシー美女なふじ子先生を正妻ではなく愛人として囲うとは実にうらやまけしからん男だ。その面拝むことがあったら回し蹴りをお見舞いしてやろうとひそかに心に刻んでいる。
「あなたはこっちよ?」
と、思考がまだ見ぬうらやまけしからん男のみぞおちへと飛んでいる間に「ね?」と可愛らしくセクシーに注意したふじ子ちゃんの視線を辿ると、一度見ると魂を抜かれるという見てはいけない危険な悪魔が居た。しまった!
目が合ってすぐ、悪魔はにこっと笑顔で返事をしつつ静々と近づいて一言、「それでは先生、後はお任せを」と石化したままだった私の返事を聞かず、そうとは見えない万力でガッツリ腕を捕まえてきた。ぐっ、抜けない。
「後はよろしくね、小鳥遊さん」
と騙されていることに気付かずに私を引き渡してしまったふじ子ちゃんは、そのまま「私も皆と一緒に入ってこようかしら~」なんて言いつつ既に美少女が吸い込まれて消えていった廊下の向こう側へと遠ざかってしまった。
くっ、私もあっちに参加したい! ふじ子ちゃんたちと一緒に湯煙でキャッキャうふふしたい!
「じゃ、いこっか」
なにが、じゃ、だ! なにが……!
「いかない!」
「えー」
どこにお連れするつもりか分からないけど、何を当たり前のように連れて行こうとしているんだ。私には露天風呂という聖域に用があるのだ。時間制限のある聖域は、今後いつまた巡り合えるか分からない貴重な場所なのに!
何の賄賂を先生に渡したのかは分からないけど、断固として同行を拒否する!
「せっかくちーちゃんが喜ぶ、天にも昇るような極上少女マッサージの個人風呂を特別に用意したのになぁ……」
「いく」
「やった!」
私は速攻で判断を翻した。許せ、まだ見ぬ聖域よ。たとえこれが悪魔の誘惑であったとしても、女にとって、時には冒険をしなければならない未知はあるのだ……。私は天界へと門を開くことにした。
◇◆◇◆◇
「うぅ……うぅ……」
そんなこんなで見事に釣られてやってきたのは、小鳥遊グループの経営する普通のマッサージ店であった。クマに遭遇という一大イベントに遭遇したせいかカッチカチだった全身が神の手によって解きほぐされる。
その神の手の持ち主はといえば、その道のプロですとでも言わんばかりの力強い手と眼力の綺麗なおば様であった。三十年も若返れば誰もが振り返る綺麗系美少女だったのが面影から感じ取れる。
……そんなこったろうと思ったがな! ちくしょう……。
「春香。ちーちゃんはどう?」
「坊ちゃん、そこから先は立ち入り禁止でございますよ。お下がりくださいな」
「……ちぇ。はーい」
と、なんだかんだとおば様の超絶技巧の神の手による施術をふにゃふにゃ受け入れていたら、いつの間にか悪魔が侵入を試みたらしい。ぞっとした。
が、春香と悪魔に呼ばれたおば様がちゃっかり阻止してくれた。凄い……実の両親の言葉も華麗にスルーする悪魔が引き下がったぞ……。
春香おば様、何者?
「ごめんなさいねぇ、お嬢さん。坊ちゃんはお嬢さんが心配なのよ」
「いえ……」
違うと思います。邪心という心違いかと……。
「ふふふ。山で猛獣と闘ったと聞いておりましたが、大きな傷がお嬢さんに残らなかったのは何よりだわ」
「いえ……」
戦ったのはヤンキー島田です。
林間学校の途中だけど念のため検査で病院に行くことになり、それに付き添うと言い張って付いて行った茜ちゃんと今頃病室でヨロシクやってるだろうヤンキー島田だ。許すまじ。
ここまでがイベントだったに違いない。でなければクマには大立ち回りをしてまで守ってくれたくせに、悪魔に襲われてるか弱い少女は無視して美少女と一目散にヘリに乗っていく人がいようか。いやいまい。
イベントの佳境に入った途端これである。ふてぇ野郎だ。
……言い合いながらも肩を借りて寄り添う二人の後ろ姿はくっきり覚えている。実にうらやましい。
ちなみに、私も病院で検査しましょうという話に一時なったが、なんとしても美少女たちと露天風呂に入りたかった私は断固拒否した。……結局、悪魔の姦計により御覧の通り無駄だったが。
せめてもの救いは、天にも昇る心地良いマッサージが事実であったことだろうか。今までに蓄積されてきた悪魔や野獣への警戒ストレスごと洗い流されるがごとく揉み揉みされている。
ああー極楽極楽。うとうとしてきた……。
「坊ちゃん。お嬢さんは傷一つない玉のようなお肌ですよ。心配なのは分かりますが、春香に任せてお下がりくださいな」
「……うん」
まだいたんかい。油断も隙も無い。
◇◆◇◆◇
「あれ? 千尋ちゃんどこ行ってたの?」
「あーうん。ちょっと」
ほかほかと、のぼせたのか赤らんだ頬の美少女が襖を開けた私に反応して聞いてくる。普段なら鼻息荒くコケて事故を装って抱き着くところだが、今はおば様の極上マッサージにより思考がほわほわして眠い。とにかく眠い。
今は珍しく美少女よりお布団が恋しい。寝転がると畳の匂いも相まって意識がふっと飛ぶ。
マッサージの後、施術後のお風呂までばっちり入らせてもらってサッパリした私は「さあいざ旅館へ!」と意気揚々とタクシーを呼ぼうとした。よくよく考えれば先程騙されて血迷ったが、悪魔の車に乗ったらどこに誘拐されるか分かったものではない。
案の定タクシーを呼ぼうとした私を制止して、高級ホテルに部屋を準備したからと再び誘拐しようとする悪魔の言葉に戦慄した私は「りょ、旅館に戻る!」と盛大にごねた。
その時にスマホがあっても位置情報が分からない状況であることに気付いたのは実にマヌケであったが、それでも必死にごねた。そうしたら「仕方ないなぁ」と言いたげな顔で悪魔が折れてくれなんとか旅館に戻れた。
ちなみに、信用できなかったのでお店に戻っておば様に「私が旅館に戻らなかったら悪魔の仕業です」と遺言を託したことで、おば様に何故か弱いらしい悪魔はちゃんと旅館に戻してくれたのが真相だと思われる。
何はともあれ、妙に長く感じた林間学校一日目は幕を閉じた。
0
あなたにおすすめの小説
クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている
夏見ナイ
恋愛
俺のクラスにいる月宮雫は、誰も寄せ付けないクールな美少女。そのミステリアスな雰囲気から『クラスで3番目に可愛い子』と呼ばれているが、いつも一人で、誰とも話さない。
ある放課後、俺は彼女が指先で言葉を紡ぐ――手話で話している姿を目撃してしまう。好奇心から手話を覚えた俺が、勇気を出して話しかけた瞬間、二人だけの秘密の世界が始まった。
無口でクール? とんでもない。本当の彼女は、よく笑い、よく拗ねる、最高に可愛いおしゃべりな女の子だったのだ。
クールな君の本当の姿と甘える仕草は、俺だけが知っている。これは、世界一甘くて尊い、静かな恋の物語。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』
星乃和花
恋愛
【完結済:全9話】
経理兼給仕のクラリスは、騎士団で働くただの事務員――のはずだった。
なのに、年上で情緒に欠ける騎士団長グラントにある日突然こう言われる。
「君は転倒する可能性がある。――健康管理対象にする」
階段対策会議、動線の変更、手をつなぐのは転倒防止、ストール支給は防寒対策。
全部合理的、全部正しい。……正しいはずなのに!
「頬が赤い。必要だ」
「君を、大事にしたい」
真顔で“強い言葉”を投下してくる団長に、乙女心を隠すクラリスの心拍数は業務超過。
さらに副団長ローレンは胃薬片手に「恋は会議にするな!!」と絶叫中!?
これは健康管理?それとも恋愛?
――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
一条さん結婚したんですか⁉︎
あさとよる
恋愛
みんなの憧れハイスペックエリートサラリーマン『一条 美郷(※超イケメン)』が、結婚してしまった⁉︎
嫁ラブの旦那様と毒舌地味嫁(花ちゃん)....とっ!その他大勢でお送りしますっ♡
((残念なイケメンの一途過ぎる溺愛♡))のはじまりはじまり〜
⭐︎本編は完結しております⭐︎
⭐︎番外編更新中⭐︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる