26 / 33
|急《まくあけ》
溺れる耳飾りに雨晒し
しおりを挟む轟々、と隙間風にしては大きすぎる風圧と、ガラガラと大破の名残のように崩れ、溶け落ち続ける石壁群。
それすら小さな災禍なのだと突き付けるように――黒雲が。
一刻も経たずして、遍く天の全てを覆いつくして酸性雨を大地へ降らした。
遍く滴る雨を払わんと、籠る息吹を星がもたらし大地は隆起沈降と大暴れ。
――果ては息吹に煽られ、地平の境界すら曖昧にして天へと海が登り狂っている。
「……惨害惨禍の惨い光景でござる故に」
「数え一歳……いえ。そういえばもう魔の二歳とも言われる時期に差し掛かっていました。――数え二歳ですから。なるべく静かに見守ってあげましょう」
「……うむ。幼児の癇癪でござったか……ならば致し方なし」
「――この惨状を前に、本気で冗談を言っている場合ですか? あなたたち……!」
鈴蘭が目前の惨状をまるで何とも思っていないのが理解出来る言葉に、現実逃避のように言葉を返した牡丹とは違い、喉奥から声を絞り出すようにしてツッコまずにはいられない、とばかりに赤瞳を怒らせてカサンドラが声を上げる。
が、鈴蘭がそれに答える前にかなり弱った声で牡丹がカサンドラに問う。
「――ならば、アレを今からどうにかしようとでも? あまりに無謀。拙者は懲り懲り御免でござる故に……」
「同意見です」
「「…………」」
そのまるで他人事のような言葉に、牡丹とカサンドラが一斉に白々しいと言わんばかりの表情で鈴蘭を見た。
「なんですか二人して。まるでアレが私のせいだとでも言いたげですね。遺憾です――私が手を出したのは概ね、だけですよ」
「――その概ねに含まれぬ不測すらも、強制的に巻き込むよう完璧に意図内包し計画した、が正確な言葉でござろうが……概ねが聞いて呆れる故に」
唸るような牡丹の低い声にくす、と上機嫌に鈴蘭がそれに答えず嗤った。
「……では、先程の騙し討ちで誘発したアレも鈴蘭様の概ねの計画に含まれているのでしょうかッ!」
ぴくぴく引き攣る目元で怒りを堪えながら、カサンドラが鈴蘭にやけくそに問う。
「――ええもちろん、概ねの計画に含まれていますよ」
「ふ――笑止」
頬を引き攣らせた牡丹が、遠くのほうへ指を差す。
「にしては、随分と行儀の良い天変地異でござる故に。神滅し――この程度の虚仮威しのみで終わるはずがござらぬ……」
「ええ、その通りですよ。今はまだ脅威も現実味も薄い、ただただ大迫力なだけの虚仮威し同然です。……どうやらまだ少し猶予もあるようですので――今の姿のうちに記念撮影でもいかがでしょう」
「「…………」」
◇◆◇◆◇
ザァァァァァァ……――。
「――チッ」
――遍く穿たんと降りしきる雨粒が鬱陶しい。
「――――」
ザァァァァァァ……――。
「――――」
全ての感覚を狂わせようと、濃密な気配が無駄な労力で躍起に纏わりついて鬱陶しいことこの上ない。
「――――」
ザァァァァァァ……――。
「――オイ、いつまでオレ様を延々つけてきやがる。クソ鬱陶しいぜ」
ザァァァァァァ……――。
「――――」
返答はない。が、確実に潜んで期を窺っている。――真実、神の徒なればこそ。
「いい加減にし――ッ」
ザァァァァァァ……――キュィィンンンッッ!!
雨粒に紛れ、極限まで気配を消し接近していた毫髪が、空気を引き裂く強烈な音と共に眉間を狙って一直線に射出され――。
「――テメェの小細工如きに、」
――間一髪。
額を撫でるような鋭い風圧だけをミルローズの顔間際に残し、雨垂れに消えゆく。
ザァァァァァァ……――。
「このオレ様が容易に引っ掛かるかよ、クソ魔女がッ!」
「……やはり、そう簡単にはいかないあるヨ。残念無念ネ」
言いながら、完全に気配を消すことを止めてスイセンが無防備にミルローズの前にその身を曝け出した。
ザァァァァァァ……――雨脚が強くなった。
「……たった一回の交戦で随分と諦めが速ェじゃねェかよ。なんかの策かと疑っちまうぜ、なァ?」
ミルローズの言葉に、無防備な姿のままのスイセンがお手上げとばかりに肩を竦めた。
――一見して、隙だらけだった。
「なんとでも思うがいいあるヨ。ワタシはこれでも魔女で隋一の現実主義者ネ。――事前に、絶望的に無駄になると分かっている無為な努力は絶対にしない主義あるヨ」
「ハッ、そうかよ」
適当に答えながら、悟られぬよう慎重に全神経を尖らせ周囲の気配を探るミルローズ。
「――んじゃやっぱ。テメェみてェな結果主義なクソ魔女こそ、なおさら疑ってかかるべき対象だろうぜ」
「なぜそうなるネ!? 無駄な争いをしないように白旗上げたはずあるヨ! 現実主義者の原理を信じるネ!」
ザァァァァァァ……――。
「は、現実主義者にしちゃァ……なんたら美人コレクションなんつー明らか不要で怪しいモンばっか無駄にコツコツ地道に収集保管してんじゃねェーかよ。おまけに史実に名立たる傾城傾国の美女、あれ大体テメェの傑作だなんだっつって鼻高々自慢してたよなァ? ――テメェ結果主義者のくせして、無意味な過程を楽しみ過ぎだろ」
「うげげっ、興味ないフリしてバッチリ聞いて覚えてたあるヨ……一旦、鷹揚にワタシの話聞くネ。それはただの趣味あるヨ。趣味と仕事は全く違うものネ! だからノーカンあるヨ、ノーカン! そもそも引き合いに出して語る次元が違い過ぎる概念ネ! 現実主義者の原理を信じるあるヨ!」
「――現実主義者が好みがどうのこうのなんつー些事で俗な理想にいちいち拘るものかよ、アホ臭ェ。もっとマシな言い訳しやがれや」
ザァァァァァァ……――。
スイセンの下手な言い分を右から左に聞き流し、会話に付き合いつつも油断せず気配を探る、探る、探る――。
「うぐぐ――ワタシみたいな善良な魔女を前にして、ひどい偏見あるヨ! バイアス改善を求むネ!」
ザァァァァァァ……――。
およよ、と口にしながらへなへな崩れ落ちるようにわざとらしく、いかにも弱々しい風の泣き真似をして注意を引こうと必死なスイセンを無視し、察知に注力――視えた!
「……テメェが善良な魔女だァ? ハッ、――大いに笑わせやがるぜ」
――断罪懲罰ッ!
「くっ!?」
口パクで強烈なブラフを仕掛けてみる。無防備に見せていたスイセンが思わず反応して下がりかける、が――。
――まるで雑草を刈り取るように、突如としてスイセンとミルローズの間に大鎌がくるりと一閃、姿を現したことで動きが一瞬止まる。
「――ッシャナラ! 『封隠』、」
「させるかよ」
その異様な存在感を放つ大鎌を認識した途端、下手な芝居を即座に辞めて仕込みすら捨てた全力をひとつの最優先事項へとすぐさま優先切り替え、生命すら擲つ覚悟の一点集中の極限状態で何かを唱えようとしたスイセンの、今度こそ真実無防備な顎を真正面から楽々鷲掴んだ。
「ぐがぁッ!?」
突然ぶら下げられた大きなエサを前に即座に目の色を変え、脇目も振らずに飛びついたスイセンの口内にはその辺に落ちていた手頃な石をぶちこみ、ついでに無防備な身体の四肢骨を容赦なく折って刹那に制圧した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオッ!!
――そんなコンマ一秒にも満たない刹那のスイセン制圧に、コンマ遅れで地が激しく揺れ動き出す。
「――だよなァ! そうくるよなァ!」
既に分かっていた、とでも言わんばかりに柄の先端を地に突き刺し――抉るッ!
「――『断罪懲罰』ッ」
ギャアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!??
先程口パクのハッタリで使った言葉を、今度こそ口にして唱える。結果として、けたたましい断末魔のような叫びが地中全体に響き渡った一拍後、ぼこり――人型が盛り上がり出でた。
打ち捨てられた死体のように両者ピクリとも動けない。
「こりゃ幸先いいなァ、オイ――スイセン、バンクシア。テメェらの聖名、頂いてくぜ」
ガリッ、ゴリッ、――。
「――……ワタシ、……耳飾り、が……よろし……ネ……」
「やっと格の違いを認めたかよ、クソうぜェ」
激痛に苛まれながらもスイセンが指差した先、完全に気絶したバンクシアがぐるぐる白目を剥いて倒れて居た。
「バン……さら、し……」
「……この期に及んで、クソ面倒で調子の良いことばっか言いやがって――」
言いたいことだけ言って満足したのか、同じく撃沈したスイセンを鼻で嘲笑って大鎌を大振り一閃。
――漸ッ!
……こちらの様子を窺うよう隠れていた気配たちが、引っ掛からずに四方八方散らばるよう一斉に一時遠ざかった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる