アトランティス

たみえ

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第Ⅰ章 傲慢なる聖騎士

リオン・サルバド誕生

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「――今日からお前の名前はリオン・サルバド。俺の子だ」

 気付けば、少女――リオンは豪邸へと連れて来られていた。

 あの日、リオンがリオンという名前を貰う前――半狂乱になりながら死体の残骸を殴り続けるリオンの腕を、見知らぬ男が強く掴んだ。
 恐怖で正気を失い、無我夢中で暴れるリオンを軽く押さえると、男は豪快な笑みを浮かべ、リオンと目を合わせると嬉しそうにその名を――シーク・サルバドと名乗った。

 状況に不釣り合いな笑顔を見て呆気に取られたリオンは、そこでようやく周囲の状況に目が向けられた。漂う血臭は色濃く、確かに惨劇は起きたのだと証明していた。
 そこでふと、一緒に居たはずの子どもが消えていることに気付いた。焦って周囲を見回してみるも、そもそも腕を掴む男以外、異常なほど気配が全く感じられなかった。

 ……気付かなかっただけで、リオンの見えないところで喰われてしまったのかもしれない。ほんの一瞬の付き合いであったが、リオンは少しだけ悲しくなった。
 そうしてきょろきょろと周囲を確認出来るほどにリオンが正気を取り戻したと確認したのか、男は続けざまに意味不明なことを宣った。

「お前には素質がある! 俺の子になれ! ガハハ!」

 残念ながら独学で言葉を覚えたリオンでは、言葉の正確な意味が理解できなかった。
 しかし、話しかけられていることは理解したリオンは、せめて何かしら言おうと口を開き、

「お、」
「おっ?」

 すぐに、腹の底からせりあがる不快な感覚に喉を詰まらせた。

「ぉぁお、おゔぇえええええええええ……」

 緊張の糸が切れたことで周囲の生々しい状況が後押しをし、リオンは盛大に吐いた。自身が血まみれであったことを加味しても、何もない胃の中がひっくり返る勢いで吐いた。

「ぎゃああ!? きったねええぇぇ!!」

 そして、男は引いた。鮮やかな引き際であった。

「ぉげぇぇ……」
「おい! しっかりしろ!」

 暫く嘔吐の態勢で居たリオンは、ある程度落ち着くと、精魂尽き果てたようにその身を倒した。
 ――こうして、気付けばリオンは目の前の男に連れ去られ、現在に至る。

「い、あう?」
「り、お、ん、だ」
「ぃ、い、り、ぉ、う?」
「り、お、ん!」
「り、おっ、んぅっ」
「おお、その調子だ!」

 豪快に笑う男、シークにはご飯を与えられ、寝る場所も提供され、こうして言語の勉強もしてもらっていた。リオンも最初、何をされるかと警戒していたが、数日もすればそれは解かれた。
 なにせ、シークは警戒するのが馬鹿らしいほどに明るく、素直で、子どものようなドジをする大人だったからである。特に、目が合えば毎回リオンを抱っこしたり、振り回したりと好き放題されていれば警戒などしても実力差のあるリオンでは全くの無意味である。

「シーク父様!」
「お! 呼んだか?」

 数か月もそのような暮らしをしていれば、元々賢かったリオンはスポンジの如く知識を蓄え、自らの現状を理解するまでに至れた。
 どうやら、リオンの住んでいた寒村、ババ村は魔物の侵攻に巻き込まれたらしい。報せを受けたシークが到着したころには村はリオン以外が壊滅して手遅れだったそうだ。

 どうやら、リオンが殴った魔物がリーダーだったらしく、それを拳で倒し生き残ったリオンを見つけた時、シークは何故か運命を感じたらしい。意味が分からない。
 そして村の諸々の処理を行った後、吐いて気絶したまま起きないリオンを連れ、そのままサルバド家に連れ帰った。犬猫のようにリオンを連れ帰ってきたシークに、家人は一斉に反対されたらしい。当たり前である。

 リオンに両親や親戚はいない。物心ついた時にはあの村で必死に畑を耕して一人で生活していた。余裕のない村人たちにとって、誰が産んだ子なのかとか、どこかから流れてきたのかとかはどうでもいいことであり、リオンの素性を知っている者は本人含めて誰もいなかった。
 そんな浮浪児同然の子どもを養子として貴族が、それも建国から続く英雄の一族、大貴族のサルバド家で引き取るなどありえないことであった。

 孤児院に託すという話も出たが、シークがさっさと手続きを済ませてしまったことで、リオンはあっさり養子となった。ここに至れば縁組解除すれば醜聞となるということで、渋々リオンは家人に受け入れられることになった。
 意外なことに、シークの妻エミリーはリオンを殊の外可愛がった。身体が弱く、子を産めないと裏で蔑まれていたエミリーにとって、血のつながりは無くとも素質があると自信満々の夫の意見もあり、大貴族の妻として家の名を存続する為に後継者を育てることに主眼を置いた形となった。

 そんな裏事情もあり、リオンはサルバド家にとって、次第に欠かせない人物となっていくのであった。
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