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第Ⅰ章 傲慢なる聖騎士
妹と婚約
しおりを挟むひらひらと蝶々が舞う庭園の片隅、二つの閃光が迸り、激しい火花が散っていた。
「くっ、これはどうだ!」
「甘いですよ、シーク父様!」
その二つの閃光ことシークとリオンは、今日も今日とて庭で鍛錬を積んでいた。
「うおっ!? 今のは危なかったぞ!」
「よく言いますよ! まだ余裕でしょう!」
「どうかなっ」
そんな軽いやり取りをしつつも、二人の剣閃は幾筋もの後を空中に残し、軌跡を残していた。軽い会話からそう間を開けず、カキンッ、と硬質な音と共にとうとう剣が宙に舞った。
「……また、私の負けです」
「ガッハッハ! まだまだ俺は現役だからな!」
「そのようですね」
調子の良い笑いを上げつつどかっと腰を地面に降ろしたシークを、じとっとした眼で見ながらリオンは呆れたように返事を返した。
シークは建国の英雄を祖とする由緒正しい貴族のぼんぼんのはずであるが、その言動はどちらかといえば冒険者を生業とする荒くれもの達に近い部類であった。
幼少の頃に引き取られたリオンは当時年齢不詳であったため、暫定的に6歳で引き取ったことになっていた。故に、本当の年齢は不明であるが、現在は当時から既に10年経っており、後継者教育を受けたリオンは16歳の立派なレディに成長していた。
教育の中には戦闘に関する事柄も多く、シークの見抜いた通り素質のあったリオンはむくむくと上達していった。しかし、上達はしていったが、同時にある問題が生じていた。
「……どうして私の剣はすぐ折れてしまうのでしょう」
リオンが剣を振れば、数合立ち合っただけでどんな名剣も耐えきれずに折れてしまっていた。力加減が出来ないわけではない。そこらへんの枝と名剣、同じ力で軽く振ったとて同じ結果になるのだ。他に要因があるとしか思えない。
格闘術も出来るため、剣が無くても不便はないが、代々英雄騎士と謳われる家系の後継者としては、いささか見栄えが悪いのであった。
そんなリオンを静かに見ていたシークは、おもむろに立ち上がり、真剣な顔で口を開いた。
「――お前が剣だからだ」
「私が、剣……? どういう――」
――意味か。そう問おうとしたリオンは、シークのいつになく真剣な顔に浮かぶ、それが答えだ、それ以上でも以下でもない、とでも言わんばかりの表情を見て言葉を続けることが出来なかった。
「――お父様ぁ! お姉様ぁ!」
「おお! メア! どうした? 今日は調子が良さそうだな」
タイミングよく割り込んできた幼い声に、リオンは愛好を崩した。ほんわかと優しい桃色の髪と黄金の瞳を持つ妹のメアであった。シークは真っ赤に燃え盛る髪と黄金の瞳を持つが、威圧的な雰囲気が遺伝しなくて良かったと失礼なことをリオンは考えていた。
ちなみに、リオンは金色の髪に、薄氷の瞳を持つ美少年に成長していたが、特に自らの容姿に思うことはなかった。唯一あるとすれば、もう少し似た色合いであったら嬉しかった程度である。
「今日はね、えーっとね、――ごほっごほっ!」
「こらこら、興奮するな。身体に障るだろう? ほら、父様が部屋まで抱っこしていってやろう」
「ごほっ、……ぇえー、やだぁ……」
「駄々を捏ねるな、駄々を」
ここまで走ってきたせいで息が苦しくなったのか、顔を顰めて咳き込んだメアに、すぐさまシークが気付いて回収した。待望の実子であるメアは、母親のエミリーに似て病弱であった。
エミリーはメアを産むと、産後の肥立ちが悪く亡くなってしまった。
出産はちょうど、リオンが引き取られて直ぐの頃であった。妊娠出産を諦めていたエミリーがリオンが来てくれたお陰で授かったのだと、幸せそうに頭を撫でてくれた記憶はまだ鮮明に覚えていた。
両親を知らないリオンにとってシークは勿論、エミリーは血のつながりが無くとも最愛の親であった。生粋の貴族なら忌避しても仕方なかっただろうリオンを受け入れてくれたエミリーには感謝しかない。
故に、メアのことは何があっても守ろうとリオンは勝手に誓っていた。の、だが――
「……王太子との婚約話が出ている」
「……はい?」
それは、リオンにとって青天の霹靂であった。
「それは、誰と誰の、でしょうか……」
夜、話があるとシークの執務室に呼ばれたリオンは、とんでもないことを聞かされていた。
「……王室とサルバド家の、だ」
「しかし、メアは……」
「……先方はお前が良いらしい」
「王室はサルバド家を断絶させる気ですか!」
現在、実子のメアと養子のリオンしかいないサルバド家には、スペアなど存在しない。そもそも、最初はリオンが跡を継ぐ際に遠い親戚から婿を迎え入れる手筈になっていた。そしてメアが生まれた際も虚弱な体質であることを鑑み、リオンが継ぐことは本決まりであった。
故に、もしリオンが嫁に出されてしまえば、残るは虚弱な妹のメアのみ。激務であるサルバド家当主として君臨し、あまつさえ仕事と出産を両立するには身体機能に不安があり過ぎた。
元々、血縁の近い分家の無いサルバド家に、他所に嫁を出す余裕など皆無なのだ。
「分からん」
「わ、分からないって」
当主としてサルバド家をメアの代わりに継ぎ、可能であれば将来はメアの子を跡継ぎに据えようと考えていたリオンにとって、全く考えた事の無い未来であった。
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