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第Ⅰ章 傲慢なる聖騎士
訃報
しおりを挟む「――ぁぁッ! と、さまぁああああッ!! とう、さ、あああああああああああッ!!」
悲痛な声が、天を劈くように木霊する。
「メアお嬢様、しっかりなさいませ! ご当主様は誇り高く、立派な最期を迎えられたのですよ!」
――誇り高い? 立派? そんなわけがない。
公式的にはシークの隠れていた原因不明の不治の持病が突如として悪化し、死に至ったとされているが、実態として、シークは殺されたのだ。真相を知るのはリオンだけであるが、顔色の悪いシークは何人もの家人が目撃しているため、リオンとの会話中に呆気なく逝ったという説明はすんなり受け入れられた。
だが、シークは殺されたのだ――世界に。
それも、一方的に、理不尽に、唐突に。
世界の維持に支障が出るからという、不確かな、理由で。
「リオン様、此度の件、誠に心中をお察ししますが、いつまでも止まっているわけにはいきません。メアお嬢様はまだ幼い。故に、いずれ嫁がれるご予定とはいえ、リオン様がそれまでに肩代わりする仕事は多くございましょう。お辛いでしょうが、シーク様のお代わりを勤めて頂きたく――」
今までシークを尊敬しているだの、敬っているだの言っていたくせに、随分と冷たい家臣たちだ。確かに悲しそうな素振りは見せているものの、それよりも自身の今後を不安視しているのは見え見えである。腹が立つ。
だが、イラッとはしたものの、リオンは悲しい素振りさえ見せない堅物の執事に向き直った。むしろ変に悲しい振りをするような奴らよりは潔い。
「……分かっている」
「では、」
「だが、今はまだシーク父様の葬儀の最中だ。後にしてくれ」
「失礼いたしました」
心得たように、堅物執事は下がっていった。
「うぅ……ぐすっ……ひっ、く」
それからどのくらい時間が経ったのか、ただただぼんやり佇むリオンと対照的に、棺桶へと縋り付くように泣いていたメアは乳母に根気強く宥められたせいか、その泣き声は慟哭から嗚咽へといつの間にか変わっていた。
「……シーク父様、なぜ」
――リオンはずっと考えていた。
何故、シークはリオンと最期の時間を過ごしたのか。
リオンには顔色が悪くなっていく様子しか分からなかったが、急激に生気を失っていっていた本人であるシークは、ある程度自らの死期を悟っていた様子であったのに関わらず、メアを呼ぶそぶりは最後の瞬間まで無かった。
成人しているリオンに後を託すためだとしても、最期まで何故メアを呼ばなかったのか。その理由が気がかりでならなかった。
シークは、赤の他人であるリオンを実の娘のように大事にするほど愛情深い人間であった。そんな人間が何故愛する実の娘であるメアを呼ばなかったのか。
何故、死を前に自らの過去をリオンにだけ語ったのか。
死を目前にしたことで、自らの懐古を誰かに語りたかっただけだったのか。
もしくは、死への恐怖を紛らわすための特に意味の無い話だったのか。
いや、リオンの形相を見て先に落ち着かせようと話をしたのかもしれない。
シークのことだから、単に最期までいつも通りでいようとした可能性もある。
考え出せばキリが無かったが、それでも分かることはあった。
――シークは笑って逝ったのだ。
少なくとも、リオンは最後までシークの笑った顔しか目にしていない。
「あ、……」
リオンは気付いた。
シークは、メアを呼ばなかったんじゃない。呼べなかったんじゃないか、と。
その根拠はメアが生まれた頃、エミリーが亡くなった頃だ。そこまで記憶を遡れば分かった。
エミリーが衰弱して最期を迎えた時も、葬儀の間も、終わった後も、シークは泣かなかった。険しい顔や真剣な顔、笑った顔をいつも見ていたリオンは、シークが泣くところを見たことが無かった。
やはりシークは強い英雄だと、リオンは勘違いしていた。だが、シークだって喜怒哀楽のある普通の人間であり、父であり、夫であることに変わりは無かった。
エミリーが亡くなって暫く、リオンはシークが泣いているところを目撃してしまったことがある。その場所は亡くなった時のまま整理していなかったエミリーの部屋の中であった。
人気のない早朝、シークはメアを抱いたまま静かに泣いていた。
普段であればリオンの気配にも気付く距離であったが、シークはリオンに気付くことも無く、「きゃっきゃっ」と楽しそうな声で笑うメアとは対照的に、ただただ静かに涙を流していた。
リオンの前では弱いところなんて見せた事の無かったシークの涙は、ずっとリオンの記憶に強く残るほどの衝撃を与えた。リオンが見たシークの涙はそれが最初で最後だったというのも関係があるのかもしれない。
シークは甘やかしてくれることも多かったが、どちらかといえばいつも常に強く頼れる父であろうとした。時にはたじたじになったり、だらしない顔を多く晒すようなダメな父親であることも多かったが。
きっと、シークの最期にメアまでもが立ち合えば、シークは笑えなかったのかもしれない。最期まで何も心配など感じさせないように強くあろうとしたシークにとって、メアを呼ぶ前にリオンだけでもう限界だったのかもしれない。
思い返せば思い返すほど、シークの青褪めた顔がリオンの脳裏を何度も過ぎっていた。
リオンですら取り乱すほどの顔色の悪さを、今も涙が止まらない様子のメアが見て取り乱さないとは思えない。きっと、シークはそれが分かっていて呼ばなかったのだ。
強くてカッコいい、凛々しい父親として接しようと努力していたシークのことだ。エミリーが亡くなった時と同じように、何でもないことのように済ませたかったのだろう。
……最期の瞬間までリオン達の今後を気にかけていたシークは、悲しむ顔をした娘の顔を二つも同時に見たくなかったのかもしれない。
父親の最期を見届けることの出来なかったメアに後ろめたく思うと同時に、弱った最期をメアにまで見せなくて済んだシークの気持ちも理解出来たリオンには、シークを責めることは出来なかった。
シークと最期に話をしたリオンがシークの遺志を引き継いだのだ。ならば、父親であったシークのもう出来なくなってしまったことを、リオンは為さなければならない。
シークの頼みだ、――サルバド家、いやメアだけは、何が何でも死んでも守る。
どんよりとした灰色の空を睨み、リオンの誓いは心の奥底に深く溶けていった。
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