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第Ⅰ章 傲慢なる聖騎士
再戦
しおりを挟む「――リース公国境界国軍より伝令! ルシュタット公国が帝国と名を改めリース公国より通過を試みたとのこと!」
戦争というのは武器と武器をぶつけあうだけで成り立つものではないと、リオンはひしひしと肌で感じ取っていた。本来であればリオンが出ればすぐに終わる戦争のはずだったのに、毎回接敵しては離れ接敵しては離れの二か月近く追いかけっこするだけの戦いとなっていた。
不甲斐ないにもほどがある。シークであればこうも手玉に取られるようなことはなかっただろうかと、詮無い考えに耽ってしまうほどにはまんまと逃げられ続けていた。どのような超人であっても対峙出来なければ神でもないのに敵を倒せるはずもないのに。
「通過を許したのか?」
「帝国王国双方犠牲者多数となった時点で、敵は一時境界超えを諦めて撤退したと思われます!」
「そうか……食い止めはしたのだな」
増える一方である味方の犠牲者に、苦虫を噛み潰したような顔になるのは避けられない。シークの圧倒的な力の前に屈したせいで同じ実力以上とされるリオンを敵が避けようとするのは必然であった。それもこれも王家が余計なことを宣戦布告の時に言ったからであるが。
まさかシークの例を出してリオンがそれ以上であるとわざわざ敵へ王家の使者が自慢していようとは頭が痛い。それでは最高戦力であるとされるリオンを敵が最も警戒して回避しようとするのは当たり前だ。何故そのような無能を送ったのかリオンの疑問は甚だ尽きない。
「はっ! サルバドの名に恥じぬよう身命を賭して成し遂げたと伝えよとのユース将軍の最期の御言葉です!」
シークのかつての師匠を一時引き受けたこともあるという老将軍。すぐにお役御免にはなったが、シークのお目付け役として活躍した傑物でもあった。リオンも教えを受け、世話になったことがある。
引退後はのんびりと穏やかに、終生をもはや滅亡寸前のサルバド家の為に後進育成に取り組むのだと明るく笑って夢を憚らず堂々と語ってくれた御仁でもあり、シークの死によって不審が募るサルバド家内の中でも信頼信用足りえる数少ない人物であった。
そうやって余生をのんびり過ごす計画を立てて引退したはずなのに、リオンが情報戦となり手間取っていたせいで経験豊富な老将軍が見兼ねてリオンとサルバド家の為にと重い腰を上げて戦場へ駆けつけてくれたのだ。
本来であれば寿命で死ねるはずだった、血生臭い戦場に散るはずのなかった陽気な老将軍の最期を思い浮かべて唇を強く噛んだ。
「……ここまでご苦労だった。暫し休息出来るよう手配する」
「有難きご配慮に感謝いたします!」
「下がれ」
「はっ。失礼いたします!」
戦争とは無慈悲なものだとリオンは遣る瀬無い笑いが漏れた。
戦場は何も人と人とが直接相対する前線だけではない。刺激された魔物の再びの襲来はもとより、後方支援してくれるはずの国に仕える貴族からの裏での妨害工作。錯綜する情報によって度々止められる移動。
そして長期間結果を出せなければ身勝手にも集まる批難や嘲笑。それがリオン単体へのものであればまだ良かったが、サルバド家全体を指しての嘲弄であれば見逃すことは出来なかった。
もともとリオンの評判は偏ったものが多かったが、悪意ある評判などは陰口程度の妬み半分で言われていて気にするほどのことではなかった。だが、ここにきて一気に悪評が表であることないこと独り歩きし始め、中にはそれを真に受けて責任を取らせて婚約破棄だなんだと騒ぐ見当違いの馬鹿もいるという。
リオンとしては仮にも戦争中の、しかも主力に対して「何を言ってるんだ?」というような馬鹿馬鹿しい話である。そもそも婚約は王家が望んだものであり、破棄するのであれば今の王家ならば正直願ったり叶ったりであるというのに、何故そのくだらない話を戦争中にわざわざするのか。
思ったよりも沢山居たアホのくだらない情報へ巧妙に敵からと思われる妨害も混じっているせいで、戦場で気が散ってしょうがない。おかげで何度も重要な情報を聞き遅れ、くだらない情報のせいで敵を取り逃がしてしまった。
更には戦場に居るのはリオンなのに、最近は何故か批難の対象にメアも含めようとしている節が端々から見受けられた。
おそらく実力でねじ伏せられるリオンが怖くなって病弱なメアに目を付けたのだろう。あまりに鬱陶しくて少し戦場から舞い戻ってアホの家を更地にしてやっただけだというのに、この程度で標的を弱者へ変えようとするとは見下げ果てた根性である。
分かっているのかいないのか、メアはリオンの逆鱗に等しい。だからこそこれ以上の諸侯とリオンとの関係悪化をなんとかしようとサルバド家の引退老人どもが老婆心で動いたのだ。諸侯、というよりはなんのつもりか全てを静観し続けている王家との関係、かもしれないが。
誰よりも先に駆けつけてきた老将軍は、リオンに真っ先にこう告げた。
『どれほど持ち主が悪かろうとも先に剣が裏切ることは出来ない。何故なら剣は剣であって、持ち手の意思で動く道具であるからだ。もしも剣が剣として主を斬っていいのであれば、それは剣が真に捨てられた場合でしかあり得ないのだ』
あの自由奔放であったシークでさえも、どれほど王家への不信に見舞われようとも最期までそう生きた――。
陰謀であってもなくても死ぬだろうという確信を既にもって、それでも覚悟を決めて馳せ参じているだろうその言葉が決め手になり、リオンはひとまずともすれば王家からの意図的な妨害工作ともとれる状況を受け入れることにした。
確かに老将軍の言う通りリオンが――ひいてはサルバド家が見捨てられたという明確な証拠なぞまだ存在していないからである。今はまだその時ではない。
だから覚悟していた。老将軍が――ユースがどこかで遅かれ早かれ殺されるだろうということは。
……リオンはこみ上げる哀しみを堪え、やっと意味のない戦争を終わらせる為に準備出来た一つの書状を認めた。
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