アトランティス

たみえ

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第Ⅰ章 傲慢なる聖騎士

決戦

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「――ようやく逃げずに来たか」

 リオンが隣国との最後の戦場に選んだのは、かつてシークが彼の国を撃退した際にも両国に横たわっていた古くから存在する広大な断崖地帯であった。
 見晴らしの良い景色と、足元不注意で油断して見落とせば即落下するような細かな断崖が罠のようにひしめく地帯の先には、そこそこ安全な平面を見つけて待機したのか万を超える兵が今か今かと獲物を狩るために待ち構え、対峙するのはリオン一人きりであった。
 ――あの日、老将軍の死を知ったあの日。リオンは今回の戦争の早期幕引きの為、かねてより王家に頼んでいた書状を手に入れすぐさま隣国へと送った。

『ルシュタット公国改めルシュタット帝国へと告ぐ。貴国へ古来より大陸で受け継がれし伝統の申し込みを行う。国家として応じるのであれば、敬意を表して相手は我が国きっての剣豪リオン・サルバドがお相手する――』

 簡単に言えば、国家間で行われる決闘の申し込みであった。正当な理由もなく受け入れなければ途端に大陸で国としては認められなくなるというほどの凄まじい魔法的効力を持っているという。これはもともと小国が大国へ対抗する術として受け継がれてきた伝統ではあったが、我が国では逆の意味で利用されてきた上で野蛮であると何故か忌避される伝統でもある。
 そんなものを使うことになるとはリオンも思っていなかった。だが、これで戦争が終わって犠牲者がいなくなるのならもう後で何と悪しざまに言われようとも全うする覚悟で赴いた。

 ――それなのに、相手はどうやら最初からそのつもりはないようであった。国として認められないとまで脅されているはずなのに、国として表面上は一度同意しておいて実際にはいっそ清々しいまでに言い訳出来ないほどに大量の兵を雁首揃えて控えさせていた。
 対するリオンは助けが期待出来ないようなかなり後方に陣地を置いて一人で赴いているというのに。相手はこの状況をなんて言い訳の抜け道で出し抜くつもりなのか。華麗なまでに逃げられ続けた前科のあるリオンとしては笑いごとではない。笑いごとではないが……。

 自然と自嘲の笑みが浮かんでしまったのは、リオンが一人で行くと言った時に引き留める者も心配する者も、ましてや監視や伝令、結果の見届けの為にですら共を申し出る者もなくあっさりとリオン一人きりで陣地を送り出されたからだったのか。
 それともようやくそれらしい動きをあからさまにしているような味方の分かりやすい詰めの甘さに対してなのか。

「――リオン」
「あなたは……」

 褐色の肌に砂色の髪、深い青色の瞳。それはつい数か月前によく見た色彩であり、隣国の王族にのみ現れるという特別な特徴を持つ色彩でもあった。
 てっきり、多勢に無勢で囲まれるところから戦いが始まると考えていたリオンは、ひょっこりと兵の間から気負うこともなくスタスタと無防備に近寄って来た人物を見て少々拍子抜けした。

「なぜ、戦場にガゼル王子が……」
『違う。今は初代皇帝ガゼル1世だ』
「……は?」

 リオンは言われた意味が理解出来なかった。つい数か月前まで人質になっていたような立場の王子が、皇帝? 意味が分からない、と。確かに公国は王国と戦争になって帝国と名を改めたと聞いてはいたが、まさか王まで変わっていたなどとは知らなかったし、思い至らなかった。
 真偽を確かめようと、リオンは疑わし気な表情のままにガゼル王子――もといガゼル1世を注視した。

『この戦争は仕組まれていた』
「……そんなことは開戦前から分かり切っていたことだ」

 何を言い出すかと思えば。仕組まれなければ戦争などという大規模な争いなど不自然なものは本来起きようはずもない。誰かが何かを意図して起こすのが戦争だ。それが欲であれ偽善であれ。導く結果は大して何も変わらない。
 そんな思考が漏れ出たのか、呆れた気安いような表情を思わず出してしまったのは数か月前の交流のせいか、それともあまりに当たり前のことを言い出した自称皇帝の言葉の価値が一気に急落したせいなのか。

『違う! リオンが、サルバド家が標的だ!』
「何を言っている。……明確な証拠などない敵の戯言に私が惑わされるとでも思うか。姦計に嵌めようとしてもそう簡単にはいかない」

 揺れる心に蓋をして、老将軍の言葉を胸に刻んだあの日を想い起す。いくら六感が全て相手の言葉が真実であると激しく主張していようとも、言葉巧みに騙されてはいけない。もしかしたら真実だと思い込んでいる可能性もあるのだ。
 もしもそれで敵を信じて先に持ち主を裏切ってしまえば、もはや剣は剣としては在れない。それは存在意義の消滅であり、存在価値の暴落となるに等しい耐えがたい辱めだ。

「……御託は十分だ。私の相手は、皇帝陛下とやらがしてくださるのか」
『リオン! 聞いてくれ! そもそも君の父君が出た我が国との戦争も元は――』
「証拠が無いと、言っている!」

 聞きたくない言葉を遮る為に、ガゼルの横の地面に深く鋭い裂傷を負わせた。固唾を呑んで見守っていたらしい兵たちのどよめきの声が聞こえ、しかし何故か主君を守ろうと動く者は居なかった。
 何故なら――。

「……何を、している……」
『落ち着いて、リオン。俺は味方だ。君の、そしてサルバド家の味方だから』
「なにを、いっている……」

 牽制のつもりの脅しで手刀を放った直後、王子が何の躊躇もなくリオンに近付き優しく抱擁したのだ。敵意もなく接近されたので、リオンが完全に虚を突かれた形となった。人質であった頃も苦手だったが、それは相変わらず健在だったようでリオンは顔を顰めた。
 簡単に振り払えるはずなのに、あまりに敵意が無さ過ぎるせいでその気力も湧いてこない。剣に戦う気力を失わせるなんて、ある意味天敵とも言える所業であった。

「はなれろ……」
『嫌だ。君は、君たちは嵌められたんだ』

 耳元で囁くように真摯に言葉を紡ぎ、リオンを抱きしめる力は増していった。まるでそうしなければこの世から失われてしまうとでも言うように、強く。
 騙されてはいけない、とリオンは腹の底に力を入れて応えた。

「――何度言えば分かる。明確な証拠が無い。離れろ。決闘に応じて潔く無意味な戦争を終わらせてくれ」
『信じてほしい。証拠なら――』

 ブオオオオオオオオオオオオオッッ!!

『――サルバドはエネストラを裏切った、逆賊を討て』

 それは久しぶりに聞いた、婚約者の無感情な命令だった。
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