エスタシオン

野々峠ぽん

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一章

1,目覚め

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「ねえ、君はこのままでいいと思ってるの?」

 緑色のフードを目深に被った少年は、ふいに厳しい口調で言った。

「そんな風に、自分が何者かも知らないまま、誰かに望まれるまま、生きて。流されているのは楽かもしれないけど、もっと礼儀正しくしなよ――せっかく生まれてきた、世界ってやつにさ」

 あたし、なんて答えたんだっけ?
 そうだ、いきなり矢継ぎ早にいろいろ言われて、驚いてたんだ。
 そしたら、彼は悲しい顔になって――と言っても、ほどんど隠れてて見えないから、実際はそんな雰囲気を感じたってだけなんだけど。とにかく、首をちいさく振った。
 なにか諦めちゃったみたいな、寂しい仕草。
 けど、あたしが何か言おうとしたときには、彼はすでに顔を上げていた。

「もう行かなきゃ。いつか、また会えたら――」

 それから、あたしに手を差し出して、それから…………。


***


 小鳥のさえずりが聞こえる。
 天窓から陽光がさんさんと、白い天蓋の中にふんだんに差し込んでいた。
 ジューンは、広いベッドの上で大の字になって、目が覚めた。

「……夢なのに、説教された」

 正確に言うと、夢じゃない。
 あれは、実際にあった出来事の再上映だ。
 三か月前、城下町へ下りたとき、ジューンは本当に、あの変わったフードの男の子と話したのだ。
 寝起きでぼんやりしたまま、隣に首を巡らせて、大きなはちみつ色の山を発見する。
 ジューンは目をしばしばさせながら、むくりと体を起こした。
 山――ユリウスは、横ざまに悠々と手足を投げ出して、眠っていた。
 長い、くるぶしまであるはちみつ色の髪が、結ばれもせず奔放に、大きな肩や背、足を伝って布団に流れている。
 ユリウスは、掛け布団の上で、ぐうぐう寝息を立てている。よく見れば、ジューンも同じだ。昨晩は、二人ともなにも被らずに眠ったらしい。布団の上には、ボードゲームとその駒、ペンが二本と、それから白い紙がばらばらと散らばっている。

 昨晩は、「明日が不安で眠られぬ」と、ユリウスが言い出したんだった。
 それで、寝るには早い時間だったし、二人してゲームしたり、今日の予習したりして。そのうちに寝てしまったらしい。
 ちらとユリウスを見れば、まだまだ起きそうにない。
 ジューンは大きく伸びをすると、ベッドから降りた。
 くしゃくしゃにもつれた黒髪を手櫛で梳きながら、やわらかい絨毯を裸足でぺたぺた歩く。重たいカーテンを全部開くと、部屋の中が一段と明るくなる。
 まだ早朝だった。
 耳をすませば、城の使用人の仕事をする音が聞こえてくる。
 レースのカーテンに包まりながら、首に下げた守り袋を寝巻から引っ張り出した。本当に幼い頃、母親に縫ってもらったそれは深い青色で、ところどころ修繕したあとがある。
 ジューンは、守り袋の中身を手のひらにひっくり返した。小さな指輪とか綺麗な羽とか、色々と転がり出る。そこから、ジューンは注意深くたった一つをつまみ上げた。
 それは、白みがかった美しい翠色の宝玉だ。
 ガラスの様に光沢があって、手触りは至極なめらか。朝日に掲げた玉の輪郭が、白銀に光っていた。
 城下町で出会った少年が、去り際にジューンに握らせていったのだ。
 高価そうな宝石を、なぜ出会ったばかりの自分に渡していったのだろう。
 よくわからないが、預かったからには大切にしなくてはと、あれから肌身離さず持ち歩いている。
 まじまじと翡翠の玉を眺めながら、ジューンは夢の内容を反芻した。
 目深に被ったフードの、鮮やかな緑色。
 一方的にまくしたてられた言葉。
 ジューンは、首を傾げた。

「あの子、なんであんなに怒ってたんだろ」
「何がだ?」

 独り言に返事があって、ジューンは飛び上がった。
 ばっと振り返ると、ベッドの上のユリウスが身を起していた。寝ぼけ眼で、こちらを見ている。

「びっくりした。ユーリ、起きてたんだ?」
「起きた。まぶしい」
「あっ、ごめん」

 カーテンを開けたせいで、かわいそうに起こしてしまったらしい。よく眠っているからと、うっかりした。
 ジューンは、守り袋に宝物を全部収めて、寝巻の中に押し込むとベッドに戻った。
 ユリウスは、胡坐のままでうつらうつらと船をこいでいた。朝日を浴びたはちみつ色の髪が、きらきらと輝いている。

「まだ早いからさ、もうちょっと寝よう」
「うむ……」
「ほら、布団ちゃんと着て」

 普段の五倍くらいぼうっとしているユリウスに、ちゃっちゃと世話を焼いてやる。ボードゲームと紙を一まとめに足元へ押しやると、掛け布団をはぐり、中へ入るよう促した。
 ユリウスはよほど眠いのか、されるままに布団に押し込まれた。

「今日は大変だし、しっかり寝とかなきゃ」
「そうだな……今日は、いろいろと……」
「そう、いろいろあるしね。はい、おやすみ」

 きびきびと布団に潜り込み、ジューンは目を閉じた。ユリウスも、むにゃむにゃ呟きながら、目を閉じた。
 が、一拍置いて、がばりと跳ね起きる。

「――って、寝ている場合ではないっ!」
「ええっ」
「そうだ、今日は大変なんじゃないか! 起きろジューン、早く!」

 急に活動的になった相棒に、ジューンはあっけにとられる。
 その間にユリウスは、せかせかとボードゲームらを腕に抱えてベッドから飛び降りた。
 それから、ジューンからがばりと掛け布団をはぎ取った。

「はやく! 間に合わんぞ」
「ええ~、大丈夫だよ。まだいつもより、全然早い時間だし」

 ごろごろとベッドに転がっていると、強く急かされる。どうしてそんなに焦っているんだろう、とジューンは不思議になった。
 掛け布団を握ったまま、ユリウスは叫んだ。

「そうだ! だから、今日はいつもより早く起きろと言われていたじゃないか!」

 次の瞬間、寝室のドアがバーン! と威勢よく開かれた。
 弾かれたように振り返った二人は、げっと同時に顔をしかめた。

「失礼致します、ユリウス様、ジューン様」

 そこには、髪をひっ詰めた、使用人の黒いお仕着せを纏った婦人がしゃんと立っていた。厳格さをたっぷりと塗りつけた白い顔は、にこりともしていない。
 厳めしい女官は、糸で天井から吊られているような足取りで、室内に歩み入ってくる。その後から、使用人たちがぞろぞろと続く。

「なかなかお目覚めの知らせが御座いませんので、参上いたしました」
「あ、ああ。ご苦労だった。ナタリア」
「ナタリアさん、ごめんなさい」

 ユリウスとジューンは、慌てて居住まいを正した。二人の世話役であるナタリアは、それはもう、とても厳しいのだ。
 夫人はにこりともせず一礼すると、使用人たちに張りのある声で指示を飛ばした。

「さあ、みなさん急ぎなさい。大切な式典までに、お二人を麗しく磨き上げるのです!」

 使用人たちが、ユリウスとジューンをわっと取り囲んだ。
 哀れな囚人の様に、互いの部屋に引きずられていく最中、二人は励ますような目線を交わした。
 最初は湯殿だ。
 使用人に急かされつつ、ジューンはふと壁際に目をやった。
 そこには、美しい青のドレスがある。
 それを見て、ジューンの心は、にわかにわくわくと踊った。

 今日は、結婚式だ!


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