エスタシオン

野々峠ぽん

文字の大きさ
1 / 18
一章

1,目覚め

しおりを挟む
「ねえ、君はこのままでいいと思ってるの?」

 緑色のフードを目深に被った少年は、ふいに厳しい口調で言った。

「そんな風に、自分が何者かも知らないまま、誰かに望まれるまま、生きて。流されているのは楽かもしれないけど、もっと礼儀正しくしなよ――せっかく生まれてきた、世界ってやつにさ」

 あたし、なんて答えたんだっけ?
 そうだ、いきなり矢継ぎ早にいろいろ言われて、驚いてたんだ。
 そしたら、彼は悲しい顔になって――と言っても、ほどんど隠れてて見えないから、実際はそんな雰囲気を感じたってだけなんだけど。とにかく、首をちいさく振った。
 なにか諦めちゃったみたいな、寂しい仕草。
 けど、あたしが何か言おうとしたときには、彼はすでに顔を上げていた。

「もう行かなきゃ。いつか、また会えたら――」

 それから、あたしに手を差し出して、それから…………。


***


 小鳥のさえずりが聞こえる。
 天窓から陽光がさんさんと、白い天蓋の中にふんだんに差し込んでいた。
 ジューンは、広いベッドの上で大の字になって、目が覚めた。

「……夢なのに、説教された」

 正確に言うと、夢じゃない。
 あれは、実際にあった出来事の再上映だ。
 三か月前、城下町へ下りたとき、ジューンは本当に、あの変わったフードの男の子と話したのだ。
 寝起きでぼんやりしたまま、隣に首を巡らせて、大きなはちみつ色の山を発見する。
 ジューンは目をしばしばさせながら、むくりと体を起こした。
 山――ユリウスは、横ざまに悠々と手足を投げ出して、眠っていた。
 長い、くるぶしまであるはちみつ色の髪が、結ばれもせず奔放に、大きな肩や背、足を伝って布団に流れている。
 ユリウスは、掛け布団の上で、ぐうぐう寝息を立てている。よく見れば、ジューンも同じだ。昨晩は、二人ともなにも被らずに眠ったらしい。布団の上には、ボードゲームとその駒、ペンが二本と、それから白い紙がばらばらと散らばっている。

 昨晩は、「明日が不安で眠られぬ」と、ユリウスが言い出したんだった。
 それで、寝るには早い時間だったし、二人してゲームしたり、今日の予習したりして。そのうちに寝てしまったらしい。
 ちらとユリウスを見れば、まだまだ起きそうにない。
 ジューンは大きく伸びをすると、ベッドから降りた。
 くしゃくしゃにもつれた黒髪を手櫛で梳きながら、やわらかい絨毯を裸足でぺたぺた歩く。重たいカーテンを全部開くと、部屋の中が一段と明るくなる。
 まだ早朝だった。
 耳をすませば、城の使用人の仕事をする音が聞こえてくる。
 レースのカーテンに包まりながら、首に下げた守り袋を寝巻から引っ張り出した。本当に幼い頃、母親に縫ってもらったそれは深い青色で、ところどころ修繕したあとがある。
 ジューンは、守り袋の中身を手のひらにひっくり返した。小さな指輪とか綺麗な羽とか、色々と転がり出る。そこから、ジューンは注意深くたった一つをつまみ上げた。
 それは、白みがかった美しい翠色の宝玉だ。
 ガラスの様に光沢があって、手触りは至極なめらか。朝日に掲げた玉の輪郭が、白銀に光っていた。
 城下町で出会った少年が、去り際にジューンに握らせていったのだ。
 高価そうな宝石を、なぜ出会ったばかりの自分に渡していったのだろう。
 よくわからないが、預かったからには大切にしなくてはと、あれから肌身離さず持ち歩いている。
 まじまじと翡翠の玉を眺めながら、ジューンは夢の内容を反芻した。
 目深に被ったフードの、鮮やかな緑色。
 一方的にまくしたてられた言葉。
 ジューンは、首を傾げた。

「あの子、なんであんなに怒ってたんだろ」
「何がだ?」

 独り言に返事があって、ジューンは飛び上がった。
 ばっと振り返ると、ベッドの上のユリウスが身を起していた。寝ぼけ眼で、こちらを見ている。

「びっくりした。ユーリ、起きてたんだ?」
「起きた。まぶしい」
「あっ、ごめん」

 カーテンを開けたせいで、かわいそうに起こしてしまったらしい。よく眠っているからと、うっかりした。
 ジューンは、守り袋に宝物を全部収めて、寝巻の中に押し込むとベッドに戻った。
 ユリウスは、胡坐のままでうつらうつらと船をこいでいた。朝日を浴びたはちみつ色の髪が、きらきらと輝いている。

「まだ早いからさ、もうちょっと寝よう」
「うむ……」
「ほら、布団ちゃんと着て」

 普段の五倍くらいぼうっとしているユリウスに、ちゃっちゃと世話を焼いてやる。ボードゲームと紙を一まとめに足元へ押しやると、掛け布団をはぐり、中へ入るよう促した。
 ユリウスはよほど眠いのか、されるままに布団に押し込まれた。

「今日は大変だし、しっかり寝とかなきゃ」
「そうだな……今日は、いろいろと……」
「そう、いろいろあるしね。はい、おやすみ」

 きびきびと布団に潜り込み、ジューンは目を閉じた。ユリウスも、むにゃむにゃ呟きながら、目を閉じた。
 が、一拍置いて、がばりと跳ね起きる。

「――って、寝ている場合ではないっ!」
「ええっ」
「そうだ、今日は大変なんじゃないか! 起きろジューン、早く!」

 急に活動的になった相棒に、ジューンはあっけにとられる。
 その間にユリウスは、せかせかとボードゲームらを腕に抱えてベッドから飛び降りた。
 それから、ジューンからがばりと掛け布団をはぎ取った。

「はやく! 間に合わんぞ」
「ええ~、大丈夫だよ。まだいつもより、全然早い時間だし」

 ごろごろとベッドに転がっていると、強く急かされる。どうしてそんなに焦っているんだろう、とジューンは不思議になった。
 掛け布団を握ったまま、ユリウスは叫んだ。

「そうだ! だから、今日はいつもより早く起きろと言われていたじゃないか!」

 次の瞬間、寝室のドアがバーン! と威勢よく開かれた。
 弾かれたように振り返った二人は、げっと同時に顔をしかめた。

「失礼致します、ユリウス様、ジューン様」

 そこには、髪をひっ詰めた、使用人の黒いお仕着せを纏った婦人がしゃんと立っていた。厳格さをたっぷりと塗りつけた白い顔は、にこりともしていない。
 厳めしい女官は、糸で天井から吊られているような足取りで、室内に歩み入ってくる。その後から、使用人たちがぞろぞろと続く。

「なかなかお目覚めの知らせが御座いませんので、参上いたしました」
「あ、ああ。ご苦労だった。ナタリア」
「ナタリアさん、ごめんなさい」

 ユリウスとジューンは、慌てて居住まいを正した。二人の世話役であるナタリアは、それはもう、とても厳しいのだ。
 夫人はにこりともせず一礼すると、使用人たちに張りのある声で指示を飛ばした。

「さあ、みなさん急ぎなさい。大切な式典までに、お二人を麗しく磨き上げるのです!」

 使用人たちが、ユリウスとジューンをわっと取り囲んだ。
 哀れな囚人の様に、互いの部屋に引きずられていく最中、二人は励ますような目線を交わした。
 最初は湯殿だ。
 使用人に急かされつつ、ジューンはふと壁際に目をやった。
 そこには、美しい青のドレスがある。
 それを見て、ジューンの心は、にわかにわくわくと踊った。

 今日は、結婚式だ!


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~

スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」  悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!? 「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」  やかましぃやぁ。  ※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。

処理中です...