エスタシオン

野々峠ぽん

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一章

2,王族の結婚

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 帝国エスタシオンは、四つの大領邦を支配下に置いていた。
 それらは「四大領邦」と呼ばれ、王都・ソルムを囲むように東西南北に位置している。
 北のアテル、東のカエルレウム、南のルフス、西のアルブス。
 千年前、太祖であるリデル・エスタシオンは大陸を統一したとき、この四大領邦にある約定を交わさせた。
 それは、「永遠の臣従の誓いとして、エスタシオン王家に各領邦から婿あるいは嫁を差し出すこと」だった。
 早い話が、政略結婚である。
 約定は今日に至るまで守られ続けており、王族の殆どは四大領邦の貴族を父母に持ち、また自身も同じように伴侶を迎えていた。

 本日行われる婚儀では、第二王子であるオーガスト・エブルが、アルブスの豪族であるセレニア・ゲンマを娶る。
 セレニアは、エルフの血筋の美しい娘である。また、これまでエルフを娶ったものは歴代王家にはいないため、素晴らしい吉事だとされていた。
 オーガスト王子も、雄々しい鳳凰のような若君である。「多少」の問題は抱えているものの、人気者の王子の婚姻は多くの国民にとって喜ばしい事であった。


「めでたいのはわかる。めでたいのはわかるが」

 ユリウスは、どんよりと背を丸めて回廊を歩いている。華やかな正装に身を包み、容貌の端正さに磨きがかかっているが、纏う雰囲気は暗い。

「だが、皆の盛り上がりぶりには首を傾げざるを得ない。だって、オーガスト兄上への輿入れはもう三度目になるじゃないか。さきのランレイ義姉上や、ヨウリン義姉上のときとどう違う。現にお二人とも、兄上は大変睦まじくいらっしゃるのだぞ。それをまるで、今回が初婚のようではないか」

 隣を歩くジューンは、不思議そうに小首を傾げる。その拍子に、しゃらんと髪に飾られた細工が涼やかな音を立てた。

「さあねえ。まあ、おめでたいもんはおめでたい、それでいいと私は思いますけど。お義姉様たちも、納得ずみのことだって言うし」
「それは、そうなのだが……なにか釈然とせんのだ」

 ユリウスは、眉根をよせて黙り込んでしまう。
 ジューンは、やれやれと肩を竦めた。潔癖なところがあるユリウスは、三番目に輿入れするセレニアだけ、特別に皆が歓迎しているようなのが納得いかないのだろう。
 ジューンは、ばんと丸まった背を一発叩いた。

「細かいことはいいじゃないですか。今は、思いっきりオーガストお義兄様をお祝いしましょ! 私たちのときに、お義兄様にはさんざん祝ってもらってんですから!」

 大雑把なことを言うジューンに、ユリウスは目を丸くしていたが眉を下げて笑った。

「まったく、お前にはかなわぬな。だが、確かにその通りだ。素直に最愛の兄の幸せを祈ろう」

 素直な言葉に、ジューンはにっと笑うと手を差し出した。ユリウスは、エスコートもしていなかったことに気づき、慌ててその手を自分の腕に導いた。

「す、すまぬ」
「ふふ、いいよ」
「その……今更だが。そのドレス、良う似合っておるぞ」
「あっはは! 光栄です殿下、あなたも素敵ですわよ?」
「揶揄ってくれるな……!」

 顔を赤らめたユリウスが、ばつが悪そうに巨躯を小さくする。
 ジューンはますます笑みを深めた。

 ジューンは、ユリウスに嫁ぐため四年前に生まれ故郷であるサピルスを旅立ち、王都にやってきた。
 サピルスは、カエルレウムの有する田舎領地である。
 本来、そのような鄙びた土地の貴族から、王族の嫁候補が召し上げられることはない。が、第七王子ユリウスに「多少以上」の問題があったため、サピルスなどにまで話がもってこられ、ひいてはジューンなぞに白羽の矢が立ったのだった。



「殿下~~殿下~~!!」

 中王宮に差し掛かろうという頃、回廊をばたばたと足音高く近づいてくるものがある。
 聞きなれた声に二人が足を止めれば、想像通りの人物が姿を現した。

「ああ、殿下! どうして先に行ってしまわれるのです?! お姿が見えず、どれほど心配いたしましたことかっっ」

 ゼイゼイと息を荒くつきながら、早口でまくし立てるのは侍従服に身を包んだ若者だ。藍色の髪をきっちりと撫で上げ、銀縁の眼鏡をかけている。愛嬌のある顔立ちは悲痛にゆがめられていた。

「メイランド。しかし、ナタリアにはさっさと向かえと言われたが」
「そりゃ、あの厳しい母上ならそう申しましょうけど! ですが、ほんの一瞬! 薬を取りに行った隙に殿下に置いて行かれた、私めの心痛もわかって頂きとうございますっ」
「そ、そうか」

 さめざめと泣きだすメイランドに、ユリウスがおろおろする。蚊帳の外のジューンは、ぽりぽりと頬をかきながら言った。

「あのぉ、メイランドさん。薬ってなんですか? 私たち、「パクス」ならさっき飲みましたけど……」
「はっっ!!!」

 がばり、と身を起こすとメイランドは、肩から下げていた鞄をごそごそと漁りだした。中から取り出したのは、しっとりした材質の木箱である。それをぱかりと開き、二人に中を見せつけた。
 そこには、赤いビロウドのかかった台座に据えられた、二本の細い注射器があった。

「これは……」
「ご安心召され、中身は「パクス」でございます、殿下」
「何故。ジューンの言うたとおり、それならすでに飲んだが」
「本日は大切な日ゆえ。「咎者」であらせられるユリウス様、ジューン様には、秘薬の追加投与をせよと――王からのお達しで」

 うやうやしくつげるメイランドに、ユリウスは苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
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