エスタシオン

野々峠ぽん

文字の大きさ
8 / 18
一章

8,ざわめき

しおりを挟む
「しかし兄上、良ろしいのか。色々放り出してここにこられたのでは……」

 アプリリスが尋ねると、オーガストは「しまった」と言うように額を叩いた。

「いかん、すっかり忘れていた。すぐ戻らねば」
「まったく、兄上は本日の主役なのですぞ。もっとお気張りなされ」

 発破をかけつつ、アプリリスの顔は和やかである。兄は自分たちが揉めているのに気づき、駆けつけてくれたのだと分かっているからだ。

「そうだ、お前たちも来ないか?」
「えっ」

 唐突なオーガストの提案に、ユリウスが驚愕の声を上げた。ジューンもまた、目を丸くして義姉と顔を見合わせる。
 弟妹の戸惑いをよそに、オーガストは三人の背を押し歩きだした。

「何をなさるのじゃ! なぜ妾たちも?」
「なあに、お前たちにセレニアを紹介出来てなかったなあと思ってさ。折角だから、一緒に戻って顔合わせをしよう。な? セレニアにもお前たちを紹介したいし」
「しかし、今からですか? また日を改めてでも……」
「いや、善は急げだ。さあ行こう!」

 弟妹たちの抗議はオーガストの明るい笑い声に封殺された。ジューンは、「お義兄さまって実は強引だよね~」と連行されながら遠い目になった。


 宴の中心に近づくほど、人々の騒めきは強くなった。
 貴族たちは、咎者の新郎が同類の弟妹達を伴うさまに、明らかな好奇の目を向けていた。オーガスト以外は、普段ほとんど社交の場に顔を出さないため、物珍しいのもあるだろう。
 四人が通りすぎた後を追うように、ひそひそ噂する声が聞こえてくる。

「ユリウス様……」
「平気だ」

 ジューンは耳の良いユリウスを案じ、そっと窺い見た。ユリウスは顔を強張らせながらも、気丈に頷く。
 そのとき、三人の背に回されたオーガストの腕に励ますように力が籠った。見上げると、心強くなるような笑みを返される。

「――兄上」
「大丈夫だぞ」


 庭園の前方は、美しい花園になっていた。王宮抱えの魔術師により熱の伴わない火が百花の花芯に灯され、幻想的な美しさだった。

「なんと……」

 アプリリスが感嘆の声をあげる。興味深そうに花を見つめる妹を、オーガストは嬉しそうな顔で眺めていた。ジューンは得心がいった。

(お義兄さまってば。挨拶にかこつけて、私たちに色々見せたかったんだな)
 
 大きな噴水や、すれ違う貴族令嬢たちの華やかなドレス。夜風に溶ける香水の香り。異国の調べを奏でる不思議な形の楽器。光る花。
 端っこにいるのは気楽だったけど、そこからでは見られなかった素敵な光景。

「すごいな」

 ぽつりと呟いたユリウスの横顔を見て、ジューンも笑った。


「あ、あそこにセレニアがいる。義父上も一緒におられるな」

 オーガストが指さした先には、美しい新婦が義父と共に貴族たちの挨拶を受けていた。
 セレニアは相変わらず無表情だったが、光に照らされてますます美しい。
 彼女の隣に立つ壮年の男性は、正反対の気さくな笑顔で貴族たちと歓談している。明るい金髪といい、整った容貌といい、彼が新婦の父レイガ・ゲンマであるに違いなかった。

「義父上、セレニア」
「おお、殿下!」

 オーガストは弟妹達の前に出ると、義父たちの元へ快活に歩み寄った。ゲンマ氏は、戻ってきた娘婿に華やかな笑顔で向き直った。

「先ほどは申し訳ない。急に抜けてしまって」
「とんでもない! いま方々から伺いましたがね、御弟妹を心配し駆けつけられたのでしょう? さすが、若くして大きなことを成される方は、徳を持っていらっしゃるなあと感服しておりましたですよ」
「いや義父上、そのような……とんでもありません」
「ははは、なんと謙虚な!」

 非礼を詫びるオーガストの肩を気安く叩き、ゲンマ氏はご機嫌な様子で喋り続けている。
 あまりにも馴れ馴れしい様子に、アプリリスは半目になっていた。
 ジューンもあっけにとられていたが、ふと視線を感じてそちらへ顔を向ける。
 視線の主は、ゲンマ氏の背後に控える若い男だった。藍色の髪を一筋の隙鳴く撫でつけ、趣味の良い服に身を包んでいる。面立ちは端正だが、どことなく蛇を思わせる。

(何この人、じろじろ見て)

 するとユリウスが、ふいにジューンを庇うように前に出た。驚いて、見上げた夫の顔は強張っている。男の方を見てはいなかった。

「ユリウスさ――」
「何か聞こえる」

 小さく呟いたユリウスに、ジューンは目を見開いた。
 詳しく尋ねようとしたとき、遠くから騒めきが聞こえてきた。

「おや、何やら騒がしいですね?」

 ゲンマ氏が訝し気な声を上げる。
 騒めきは、庭園の最奥から人垣がふるえるように伝わり、前に来るごとに大きさを増していた。人々の声は、先ほどまでの賑やかなものではなく、異様な緊張と動揺をはらんだものに変わっている。

「何か問題があったのかもしれません」

 オーガストが、家族を背に庇い前に出た。近くにいた衛士に、よく通る声で状況を尋ねている。異変を感じ取ってか、常ならず雰囲気が固い。
 ジューンは、眼前のユリウスも義兄と同じだと気付いた。黙したまま五感を研ぎ澄ませ、状況の把握に努めているとその背から伝わってくる。
 
「変だのう……賊であれば、衛士がとっとと討ち取っているはず。なぜ、この騒めきは近づいてくる?」

 アプリリスがもっともな疑問を述べた。
 ジューンも不思議だった。この騒めきの原因は、良いものとは思えないのに、どうして誰も何もしないのだろう――。

「何ですって? そんな馬鹿なことが――!」

 衛士の報告を受け、オーガストが驚愕の声を上げる。
 それと、ついに前方までやってきた騒めきの原因に、人垣が逃げるようにパッと割れたのと同時だった。

 現れたのは、体が異様に膨れ上がった「人間」だった。
 誰もが見上げるほどの巨躯。
 異様に大きい上半身に、不釣り合いに華奢な下半身。
 足が小さくて歩けないのだろう、巨大な両手で地面を掻くように這いずっている。
 ずる……ずる…と芝生を這う音が辺りに響いた。それが近くなるたびに、騒めきが遠くなる。
 あまりに異様な光景に、皆が固唾を飲むからだ。
 
「これは何の音だ」
「えっ?」
「這う音の他に――何かが、軋むような」

 ユリウスの鋭敏な聴覚は、別の異音を捉えているらしかった。
 緊張をはらんだ横顔に、ジューンもまた異様な人間を注視する。
 幅広の布で、巨体をぐるぐる巻きにされて動きづらそうだ。
 その布が、複雑な織り柄をしていることに気づく。


(あの模様、どこかで――あっ!)

 ジューンの脳裏に閃いたのは、病がちの青年が纏っていた衣だった。
 幅広の布を、体に巻くように着るのがアテル流なのだと、いつか教えてくれた――。

「兄上!!」

 突如、誰をも我に返らせるような悲痛な叫びがした。
 オーガストが、矢が飛ぶより速く異様な人間に駆け寄った。

「兄上! どうなされたのです……!」

 オーガストは、這いずる巨躯を支えるように両の腕で抱きかかえる。ぐらん、と巨大な頭が揺れて、その面貌が露わになった。

「――なんと、タイロス殿下ではないか!」

 人垣の中で、誰かが驚愕の声を上げる。
 異様な人間の正体は、病状の悪化を理由に参列していなかった王太子タイロスであった。
 衛士達は騒ぎの原因が王太子だと気付いて、何もできなかったのだ。

「誰か! 御匙を呼んでくれ!」

 オーガストが必死の声で指示を飛ばす。それでようやく、慌てて皆が動き出す。アプリリスも衣装の裾を翻し、兄たちの側へ駆け寄った。
 ジューンは、自分たちも何かしようとユリウスの手を引いた。しかし、彼は立ち止まったまま動かない。

「ユリウス様、行こうよ!」
「ジューン、軋む音が、大きくなっている」
「えっ?」
「これは、骨が伸びる音だ……!」

 何か指示を飛ばしていたオーガストたちの背後で、タイロスがぴくりと動いたようだった。
 ユリウスは瞠目し叫んだ。

「兄上、姉上っ! 逃げろ――!」

 刹那、めきりと凄まじい異音がした。
 地に這っていたタイロスの背が、山のようにぼこりと膨れ上がる。
 そして、側にいた兄姉たちに、その巨大な腕を空高く振り上げた。
 大庭園に、凄まじい轟音が響き渡った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。 貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。 元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。 これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。 ※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑) ※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。 ※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

処理中です...