エスタシオン

野々峠ぽん

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一章

7,晩さん会②

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「うわああああ……! 兄上がぶったっ!」
「ハオシェン様、お気を確かに」
「お母上様のところへ行きましょうね」

 頭に拳骨を見舞われたハオシェンは、大泣きしながら兄嫁二人に連れられて行った。
 オーガストはわあわあと騒々しい背中を見送ると、申し訳なさそうに秀麗な顔を曇らせた。

「みんなすまん……。あいつには、また良く言い聞かせる」
「兄上が気にされることはない。あの頃のガキはあんなもんじゃ」

 アプリリスが、励ますように兄の肩を叩いた。
 そうは言っても、第八王子ハオシェンは今年で十三になる。おそらく、王子達で唯一同じ腹の兄がいるため、弟気質が強いのだろう。

「それより兄上、ほんに楽しい夜ですこと。美しき方とのご結婚、お目出度うございます」
「おめでとうございます、兄上」
「おめでとう、お義兄さま!」

 アプリリスが強引に話題を変えると、ユリウスとジューンも乗っかって祝いの言葉を述べる。
 弟妹達の祝福に、オーガストは表情をぱっと明るくした。

「ありがとう! アプリリス、ユリウス、ジューン。本当に、祝いに来てくれて嬉しいよ。朝から色々大変だったろう?」
「いやいや、なんのこともない……」

 オーガストは、武人らしいがっしりした手で三人と順番に力強く握手すると、大きな笑顔を見せた。兄の手放しの喜びを受け、アプリリスはいつになく照れた様子であり、ユリウスも嬉しそうだった。
 ジューンも、にこにこして義兄に話しかける。

「聞いてくださいよ、お義兄さま。ユリウス様ってば楽しみすぎて、ゆうべはなかなか寝られなかったんですよっ」
「お、おいジューン!」
「そうだったのか? 嬉しいなぁ。まだ色々用意してるから、ユリウスも楽しんでってくれな」
「は、はい……」

 子供っぽいところを暴露され、ユリウスは抗議の声をあげる。しかし、当の兄に嬉しそうに肩を組まれては、頷くほかなかった。

「まだ何かあるとは。兄上は派手好きじゃ」
「はは。なんでも派手にやるのがルフス式なんだ」

 いささか呆れ顔のアプリリスに、オーガストは快活に笑った。オーガストの生母であるエブル伯は、ルフス出身のルフス気質で知られている。その気質は息子にも受け継がれているようだ。
 ジューンがユリウスの側に寄っていくと、少し拗ねているのか妙な顔をされた。だが、手を取っても振りほどかれることはない。

「楽しみですねえ、ユリウス様」
「……うむ」

 楽しい宴の夜は、続くように思われた。




 一方その頃、ハオシェンは悔し泣きに泣いていた。

「うっ……ぐすっ、ひっく……どうして、あにうえ……」

 ぼろぼろ零れる涙を袖にたっぷり吸わせ、激しくしゃくりあげている。
 ハオシェンは兄嫁二人を振り切って、人気のない庭園の片隅をふらふら歩いていた。
 兄に怒られた悲しみで胸がつまる。ハオシェンの胸の内は、「なぜ?」という問いに満たされていた。

(どうして、兄上は僕を怒るのだろう……僕のほうが、兄上を思ってるのに……。なんで、あいつらをかばうんだろう?)

 拳骨を落とされた頭が、ずきずきと痛い。しかし、それよりも敬愛する兄に怒られたことが辛かった。

――ハオ、なぜそんな酷いことを言う? みな俺を祝いに来てくれたのに。

(だって。今日は、兄上にとって諸侯との縁を結ぶ良い機会だと、僕はそう思って……だから、あんな奴らと同類と思われたら、兄上にとって良くないから……だから、だから)

 先ほどの兄の言葉に反駁し、ハオシェンはぐすぐすと鼻を啜り上げる。

――みなに謝るんだ、ハオシェン。

「嫌だ……僕は悪くない!」

 ハオシェンは叫び、かっと目を見開いた。その拍子に、ぱらぱらと涙が火のように散る。
 ハオシェンは、ぐっと唇をかみしめた。その脳裏に浮かぶのは、心優しい兄を食い物にする、憎らしい咎者たちの顔である。

「兄上はお優しいから……あいつらの本性をご存じないんだ。あの不良どもは、兄上のお優しさにつけこんでいるのに……。そうとも、今日だってあいつらは自分の都合ばかりで、兄上をちっとも気遣わなかったじゃないか!」

 やはり兄のことを思っているのは自分なのだ、とハオシェンは確信を深める。同時に、してやられたことに猛烈な悔しさが沸き起こった。

(ぼんくらのユリウスはともかく……アプリリス、あいつは兄上と自分を同列のように言った。あの不敬は忘れぬ! そして、ジューンめは、わざわざ兄上の目の前で僕に恥をかかそうとしたに違いない。狡猾な女!)

 感情的になり、付け入る隙を与えた自分が情けない。これからは、優しい兄を守るため、自分がもっとしっかりせねばならない。ハオシェンは、決意新たに拳を握りしめた。
 さんざん泣きつくし怒りつくして、ハオシェンの気分はさっぱりした。
 懐から取り出したハンカチで、ちーんと鼻をかむ。

「さて……そうと決まれば戻るか――ん?」

 宴に戻ろうとしたハオシェンは、ふと奇妙なものを認めた。
 静かな庭園の隅には背の高い木が立ち並び、月が彼らの影を地面に長く落としていた。その奥には石壁があり、中王宮へ続く門がある。
 そこから巨大な影が二つ、ふらふらとこちらへやってくる。

(何だ?)

 ハオシェンは目を凝らして、「あっ」と小さく叫んだ。さっと近くの木の陰に隠れる。
 影は、奇妙な姿をした人間だった。
 全身が幅広の布にぐるぐる覆われて、その隙間からぼさぼさの髪や、生気のない肌が見え隠れしている。ゆらゆらと、何かに引きずられるような歩み方には、まったく意思と言うものが見えなかった。

(なんだあれ、気味が悪い……しかし、夜目で判然としないが、あの体つきは王太子に似ていないか……?)

 王太子であるタイロスは巨人族の血を引いており、パクスで抑制されてもかなりの巨躯である。
 ただ、記憶にある彼の姿よりさらに上背があり、がっちりとしているようにも見えた。

(王太子は、今日参列していなかったな。最近、臥せっていると聞いていて、気にも留めなかったが……)

 ハオシェンは、なにか嫌な予感がした。この件は、すぐにでも母か兄の耳に入れたほうが良い気がした。
 ハオシェンは、人影に気づかれないよう慎重に、会場に向かって駆け出した。
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