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二章
18, 魔法研究所
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アプリリスのいる魔法研究所は、ユリウスの宮と同じ西王宮の外れの森にある。
魔法研究所は、白一色の石造りの外壁に等間隔で巨大なガラス窓が嵌まった、天を貫くほど巨大な立方体の建物だ。
森の木々より頭一つ飛びぬけて大きいそれは、ユリウスの宮からも見ることが出来る。
ジューンなどは見るたびに「ヘンテコな家だなぁ」と思うのだが、メイランドが言うには古代建築を模倣した伝統ある建物なのだとか。
「お待ち申しておりました。ユリウス殿下、ジューン様」
誰にも見つからず、魔法研究所にたどり着いたユリウスとジューンは、首尾よく非常口の前に立っていた青年研究員――レオンと合流した。
レオンは、目前に突然現れた二人に驚いていたが、すぐに恭しく礼を取った。
研究員の証である「黒い白衣」を羽織り、鳶色の髪を無造作に束ねた、体格のいい青年。目がとても細いせいか、お人よしそうに見える顔。
メイランドに聞いていた通りの風貌の彼は、顔をきりっと引きしめて言った。
「アプリリス殿下のもとへご案内いたします。この時間はだれも部屋から出てきませんが、万一がありますので、どうかお気を抜かれませんように」
「わかった。よろしく頼む」
レオンの先導で、ユリウスとジューンは白い廊下を歩んだ。開放的な大きな窓から、朝の光がさんさんと差し込んでいた。
「ねえ、ユリウス様」
「なんだ?」
「お義姉さまのお部屋、入るの初めてじゃない? ちょっとドキドキするよね」
「ああ」
ひそひそとジューンが囁くと、ユリウスも頷いた。二人とも、魔法研究所に来たのは初めてではない。が、姉との面会は、いつも一回の喫茶スペースで行われ、部屋に入ったことはなかった。
「お義姉さまがさ、なにを勉強してるのかも、わかっちゃう?」
「いつもはぐらかされるものな」
アプリリスは公私をくっきり分けるタイプだ。毎日、研究室に籠って何をしているのか、弟にも話したことはない。
(こんな大変なときじゃなきゃ、もっと嬉しかったんだけど)
すると、前を向いたままレオンが指を空中に走らせる。指先から緑の煙が溢れ、文字をかたどった。
『お静かに』とある。
ジューンは、両手で口を覆った。一瞬振り返ったレオンに、二人はぺこりと頭を下げる。レオンはまた空中に文字を描いた。
『失礼いたしました。それと、ご案内するのは私の研究室なんです、すみません』
ジューンとユリウスは顔を見合わせた。なぜなのかレオンに尋ねたかったが、注意されたばかりで流石に話しかけられない。
やがて、一つのドアの前でレオンが足を止めた。銀の取手の上に開いた穴に、レオンが指を差し込むとガチャリと重い音を立て、鍵が開く。
「さきにどうぞ」と目顔で促され、二人は部屋の中に足を踏み入れた。
「うっ!」
ユリウスが鋭く呻いた。ギシリと背中を強張らせ立ち止まる。部屋中に立ち込めた煙が、凄まじい異臭を放っている。
後に続いたジューンも鼻を掴むように抑え叫んだ。
「くっさー!!! 何これ、目に沁みるぅ!」
「じ、ジューン、言うな」
ユリウスが小声で窘める。とはいえ、嗅覚の鋭敏なユリウスはかなり辛いのだろう、涙目になっている。
「ああっ!? 姫様、何やってんですか!?」
ドアを施錠したレオンが、どたばたと部屋の奥に駆け込んでいった。もうもうとした煙で視界が悪く、部屋のものをあちこち蹴飛ばす音がする。
「なんじゃレオン。妾は朝飯を作っておっただけじゃ。今朝はまだ、何も食うておらなんだからの」
「だから、戻ってきてから、俺が用意するって言ったじゃないですか?! なんで作っちゃうんですか!」
「すごく腹が減ったのじゃ」
「あ~~も~~!」
部屋の奥からアプリリスの声が聞こえてくる。レオンと何やら言い争っているようだが、ある言葉が気になって仕方ない。
「朝食……?」
ユリウスと目を合わせ、ごくりと唾を飲む。この凄まじい異臭の原因が、まさかアプリリスの作った料理だと言うのか。
すると、換気扇を全開にするバチン! という音がして徐々に煙が引いていく。煙が引いてみると、物が多く雑然とした部屋の様子が明らかになった。書物と紙が、机や床に至るまで山積みになっている。
「おお、ユリウス、ジューン。よう来てくれたの」
「俺の台所……」
「姉上!」
アプリリスがにこやかに部屋の奥から歩み出てきた。昨日の正装とうって変わって、シンプルなブラウスと黒のロングスカートという出で立ちだ。その後ろに、額を押さえて項垂れるレオンが続く。
ユリウスとジューンが朝の挨拶をすると、アプリリスは鷹揚に頷いた。
「あの、大丈夫ですか? なんかすごい煙でしたけど」
「なに、パンを焼いていただけじゃ」
アプリリスは何でもないように言うと、ものだらけのソファにかけてあった黒い白衣を羽織った。それから、にっと不敵に笑う。
「さて、ついてすぐに悪いが、さっそく話をしようかの。タイロス兄上に何が起こったのか――それについて、妾の仮説をな」
魔法研究所は、白一色の石造りの外壁に等間隔で巨大なガラス窓が嵌まった、天を貫くほど巨大な立方体の建物だ。
森の木々より頭一つ飛びぬけて大きいそれは、ユリウスの宮からも見ることが出来る。
ジューンなどは見るたびに「ヘンテコな家だなぁ」と思うのだが、メイランドが言うには古代建築を模倣した伝統ある建物なのだとか。
「お待ち申しておりました。ユリウス殿下、ジューン様」
誰にも見つからず、魔法研究所にたどり着いたユリウスとジューンは、首尾よく非常口の前に立っていた青年研究員――レオンと合流した。
レオンは、目前に突然現れた二人に驚いていたが、すぐに恭しく礼を取った。
研究員の証である「黒い白衣」を羽織り、鳶色の髪を無造作に束ねた、体格のいい青年。目がとても細いせいか、お人よしそうに見える顔。
メイランドに聞いていた通りの風貌の彼は、顔をきりっと引きしめて言った。
「アプリリス殿下のもとへご案内いたします。この時間はだれも部屋から出てきませんが、万一がありますので、どうかお気を抜かれませんように」
「わかった。よろしく頼む」
レオンの先導で、ユリウスとジューンは白い廊下を歩んだ。開放的な大きな窓から、朝の光がさんさんと差し込んでいた。
「ねえ、ユリウス様」
「なんだ?」
「お義姉さまのお部屋、入るの初めてじゃない? ちょっとドキドキするよね」
「ああ」
ひそひそとジューンが囁くと、ユリウスも頷いた。二人とも、魔法研究所に来たのは初めてではない。が、姉との面会は、いつも一回の喫茶スペースで行われ、部屋に入ったことはなかった。
「お義姉さまがさ、なにを勉強してるのかも、わかっちゃう?」
「いつもはぐらかされるものな」
アプリリスは公私をくっきり分けるタイプだ。毎日、研究室に籠って何をしているのか、弟にも話したことはない。
(こんな大変なときじゃなきゃ、もっと嬉しかったんだけど)
すると、前を向いたままレオンが指を空中に走らせる。指先から緑の煙が溢れ、文字をかたどった。
『お静かに』とある。
ジューンは、両手で口を覆った。一瞬振り返ったレオンに、二人はぺこりと頭を下げる。レオンはまた空中に文字を描いた。
『失礼いたしました。それと、ご案内するのは私の研究室なんです、すみません』
ジューンとユリウスは顔を見合わせた。なぜなのかレオンに尋ねたかったが、注意されたばかりで流石に話しかけられない。
やがて、一つのドアの前でレオンが足を止めた。銀の取手の上に開いた穴に、レオンが指を差し込むとガチャリと重い音を立て、鍵が開く。
「さきにどうぞ」と目顔で促され、二人は部屋の中に足を踏み入れた。
「うっ!」
ユリウスが鋭く呻いた。ギシリと背中を強張らせ立ち止まる。部屋中に立ち込めた煙が、凄まじい異臭を放っている。
後に続いたジューンも鼻を掴むように抑え叫んだ。
「くっさー!!! 何これ、目に沁みるぅ!」
「じ、ジューン、言うな」
ユリウスが小声で窘める。とはいえ、嗅覚の鋭敏なユリウスはかなり辛いのだろう、涙目になっている。
「ああっ!? 姫様、何やってんですか!?」
ドアを施錠したレオンが、どたばたと部屋の奥に駆け込んでいった。もうもうとした煙で視界が悪く、部屋のものをあちこち蹴飛ばす音がする。
「なんじゃレオン。妾は朝飯を作っておっただけじゃ。今朝はまだ、何も食うておらなんだからの」
「だから、戻ってきてから、俺が用意するって言ったじゃないですか?! なんで作っちゃうんですか!」
「すごく腹が減ったのじゃ」
「あ~~も~~!」
部屋の奥からアプリリスの声が聞こえてくる。レオンと何やら言い争っているようだが、ある言葉が気になって仕方ない。
「朝食……?」
ユリウスと目を合わせ、ごくりと唾を飲む。この凄まじい異臭の原因が、まさかアプリリスの作った料理だと言うのか。
すると、換気扇を全開にするバチン! という音がして徐々に煙が引いていく。煙が引いてみると、物が多く雑然とした部屋の様子が明らかになった。書物と紙が、机や床に至るまで山積みになっている。
「おお、ユリウス、ジューン。よう来てくれたの」
「俺の台所……」
「姉上!」
アプリリスがにこやかに部屋の奥から歩み出てきた。昨日の正装とうって変わって、シンプルなブラウスと黒のロングスカートという出で立ちだ。その後ろに、額を押さえて項垂れるレオンが続く。
ユリウスとジューンが朝の挨拶をすると、アプリリスは鷹揚に頷いた。
「あの、大丈夫ですか? なんかすごい煙でしたけど」
「なに、パンを焼いていただけじゃ」
アプリリスは何でもないように言うと、ものだらけのソファにかけてあった黒い白衣を羽織った。それから、にっと不敵に笑う。
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