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二章
17,手紙
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宴の騒ぎから一夜明け、ユリウスの宮に朝が来た。
食堂のテーブルクロスが、朝日に照らされて白く眩しい。
妻が一人だけのユリウスの宮では、小さなテーブルに毎朝、夫婦が向かい合って朝食をとった。今朝も、豪華すぎず質素すぎずのメニューが、錫の大皿に二人分(育ち盛りの為、そこそこたくさん)用意されている。
ジューンは、小鳥の声を聞きながら、爽やかな気持ちで朝食にありついていた。
目玉焼きをフォークで突きさすと、黄身がとろとろと零れだす。すかさず、ぱりっと焼かれたパンで掬って頬張ると、おいしさに目じりが下がった。
お次は、カリカリのベーコンを頂こう、と正面の大皿に手を伸ばし――向かいに座るユリウスの様子に、ジューンは首を傾げた。
「ユーリさ、寝れなかったの?」
「いや……うん」
ベーコンを自分の皿に盛りながら尋ねると、ユリウスはもごもごと頷いた。
今朝のユリウスは、目の下に隈を作って眠そうだ。朝食を食べるペースも遅い。ジューンは眉を顰めた。
「そうなんだ。かわいそうにね」
「うん……」
「ベーコン食べる?」
「いや、俺はいい」
「そっか」
ジューンはベーコンを頬張った。もそもそとレタスを咀嚼しているユリウスを、上目に伺う。
(ユーリ、きっとショックで寝れなかったんだな)
そもそも、ジューンが気にしなさすぎなのであって、普通の人間なら、あのような事件の後は眠れなくて当然ではある。
ジューンは、慈愛の籠った目でユリウスを見た。
「あんまり、思いつめないようにね。ユーリが元気じゃないと、あたしも悲しいし」
「えっ?! あ、ああ……そうか」
が、ユリウスの寝不足の理由も、実はそれではない。ユリウスは、唐突に不眠の要因から気遣われ、動揺のあまりフォークを落とした。
二人が食後のお茶に差しかかろうと言う頃、メイランドが慌ただしく食堂に入ってきた。その顔色は、悪いなんてものではなかった。
「殿下! 大変です!」
「メイランド。どうした、そんなに慌てて……」
「ジューン様とのお食事中、失礼致します。しかし、ああこれはどうしたらっ」
「落ち着け。何があったんだ?」
ユリウスは、おろおろする侍従を落ち着かせるように尋ねた。すると、メイランドは一つ息を吸い込むと、報告した。
「お二人とも、落ち着いて聞いてください。タイロス殿下が、昨夜遅くに亡くなられたそうです」
「何――?!」
ユリウスは瞠目した。ジューンも、息をのんで立ち上がる。
「どういうことですか、メイランドさん!」
「そ、それが――」
「何故だ? パクスを打って、容体が安定したのではなかったのか!」
「うぎゃっ! お、おやめにっ、でんかっ」
血相を変えたユリウスに掴みかかられて、メイランドが呻き声をあげた。激しく両肩をゆすぶられ、顔面が蒼白になっている。
「落ち着いて、ユリウス様っ!」
「ジューン」
ジューンが、ユリウスの腕に取りついた。ユリウスは、妻の声にはっとして手を放した。メイランドは、べしゃりと床に崩れ落ち、えほえほと荒い息を吐いた。
「す、すまぬ。メイランド」
「い、いえ――ご説明させていただいて、よろしゅうございますか?」
「頼む」
ジューンに差し出された水を一気に飲み干し、メイランドは口を開いた。
「今朝、殿下の朝のお世話を終えましてから、侍従室で花瓶に活けるお花を切っておりました。すると、そこに友人がこっそり会いにきたのです。ええと、彼はレオンと言いまして、魔法研究所に勤めているのですが……アプリリス殿下からの使いで来たと、先ほどの知らせを持ってきたのです」
「なに、姉上からの?」
ユリウスが目を見開いた。
「はい。その彼が言うには、タイロス殿下の”ご容体”につきましては、王太子の宮である北王宮で緘口令が敷かれているそうなのです。ですから、公には王太子は亡くなられておりませぬ。ただ、魔法研究所はタイロス殿下の身柄を引き取りたいと、色々働いておりましたそうで……」
「それで偶然、知っちゃったってことですか?」
ジューンが尋ねる。メイランドは、きょろきょろと辺りを見回しつつ頷いた。
「ハイ。かなり積極的に起こした偶然かと思いますが……それで、魔法研究所では公然の秘密として、積極的に王太子様の死について議論が交わされていたようなのです。レオンも『ゆうべは徹夜だ』と、よれよれの有様で――」
「ちょっと待ってくれ。それで、兄上はどうして亡くなられたんだ?」
話を脱線させそうになるメイランドに、ユリウスが待ったをかける。肝心かなめの、タイロスがどうして亡くなったのかを、まだ聞いていない。メイランドは、はっとした顔になり、懐を探り始めた。
「そうそう、そうなのです。レオンは、『詳細はここでは話せないから、ともかくこのアプリリス殿下からの手紙を、ユリウス殿下にお渡ししてくれ』と」
メイランドは、白い簡素な封筒を一枚ユリウスに差し出した。受け取ったユリウスは裏返し、アプリリスの封蝋で手紙を閉じられているのを確認し、封を切った。
小さな紙片を取り出し、内容にさっと目を走らせたユリウスは眉を顰める。
「ねえっ、お義姉さまは、なんだって?」
ジューンは、息せき切って尋ねた。ユリウスは、黙ってジューンに手紙を渡した。
開いた紙片には、ペンで殴り書いたような義姉の筆跡でこう書かれていた。
『ユリウスよ。ジューンを伴い、誰にもバレぬように魔法研究所まで来い。兄上のことはそこで話す。四階の非常口に、レオンと言う男を待たせるゆえ、そやつに声をかけるように。この手紙は、読んだら封筒ごと燃やすこと。良いか、くれぐれもバレるでないぞ!』
「ユリウス様、ありがと」
「うむ」
ジューンが手紙を返すと、ユリウスは封筒ごとストーブに放り込んだ。手紙がめらめらと燃えるのを見ながら、ジューンは尋ねた。
「で、どうしますか?」
「俺は行きたい。兄上がなぜ亡くなられたのか、姉上にちゃんとお聞きしたいんだ」
「うん」
「それで、お前の力を借りたい……いいだろうか」
ユリウスが、ジューンの目を見る。ジューンは明るく笑うと、ユリウスの手を取った。
「当たり前でしょ!」
食堂のテーブルクロスが、朝日に照らされて白く眩しい。
妻が一人だけのユリウスの宮では、小さなテーブルに毎朝、夫婦が向かい合って朝食をとった。今朝も、豪華すぎず質素すぎずのメニューが、錫の大皿に二人分(育ち盛りの為、そこそこたくさん)用意されている。
ジューンは、小鳥の声を聞きながら、爽やかな気持ちで朝食にありついていた。
目玉焼きをフォークで突きさすと、黄身がとろとろと零れだす。すかさず、ぱりっと焼かれたパンで掬って頬張ると、おいしさに目じりが下がった。
お次は、カリカリのベーコンを頂こう、と正面の大皿に手を伸ばし――向かいに座るユリウスの様子に、ジューンは首を傾げた。
「ユーリさ、寝れなかったの?」
「いや……うん」
ベーコンを自分の皿に盛りながら尋ねると、ユリウスはもごもごと頷いた。
今朝のユリウスは、目の下に隈を作って眠そうだ。朝食を食べるペースも遅い。ジューンは眉を顰めた。
「そうなんだ。かわいそうにね」
「うん……」
「ベーコン食べる?」
「いや、俺はいい」
「そっか」
ジューンはベーコンを頬張った。もそもそとレタスを咀嚼しているユリウスを、上目に伺う。
(ユーリ、きっとショックで寝れなかったんだな)
そもそも、ジューンが気にしなさすぎなのであって、普通の人間なら、あのような事件の後は眠れなくて当然ではある。
ジューンは、慈愛の籠った目でユリウスを見た。
「あんまり、思いつめないようにね。ユーリが元気じゃないと、あたしも悲しいし」
「えっ?! あ、ああ……そうか」
が、ユリウスの寝不足の理由も、実はそれではない。ユリウスは、唐突に不眠の要因から気遣われ、動揺のあまりフォークを落とした。
二人が食後のお茶に差しかかろうと言う頃、メイランドが慌ただしく食堂に入ってきた。その顔色は、悪いなんてものではなかった。
「殿下! 大変です!」
「メイランド。どうした、そんなに慌てて……」
「ジューン様とのお食事中、失礼致します。しかし、ああこれはどうしたらっ」
「落ち着け。何があったんだ?」
ユリウスは、おろおろする侍従を落ち着かせるように尋ねた。すると、メイランドは一つ息を吸い込むと、報告した。
「お二人とも、落ち着いて聞いてください。タイロス殿下が、昨夜遅くに亡くなられたそうです」
「何――?!」
ユリウスは瞠目した。ジューンも、息をのんで立ち上がる。
「どういうことですか、メイランドさん!」
「そ、それが――」
「何故だ? パクスを打って、容体が安定したのではなかったのか!」
「うぎゃっ! お、おやめにっ、でんかっ」
血相を変えたユリウスに掴みかかられて、メイランドが呻き声をあげた。激しく両肩をゆすぶられ、顔面が蒼白になっている。
「落ち着いて、ユリウス様っ!」
「ジューン」
ジューンが、ユリウスの腕に取りついた。ユリウスは、妻の声にはっとして手を放した。メイランドは、べしゃりと床に崩れ落ち、えほえほと荒い息を吐いた。
「す、すまぬ。メイランド」
「い、いえ――ご説明させていただいて、よろしゅうございますか?」
「頼む」
ジューンに差し出された水を一気に飲み干し、メイランドは口を開いた。
「今朝、殿下の朝のお世話を終えましてから、侍従室で花瓶に活けるお花を切っておりました。すると、そこに友人がこっそり会いにきたのです。ええと、彼はレオンと言いまして、魔法研究所に勤めているのですが……アプリリス殿下からの使いで来たと、先ほどの知らせを持ってきたのです」
「なに、姉上からの?」
ユリウスが目を見開いた。
「はい。その彼が言うには、タイロス殿下の”ご容体”につきましては、王太子の宮である北王宮で緘口令が敷かれているそうなのです。ですから、公には王太子は亡くなられておりませぬ。ただ、魔法研究所はタイロス殿下の身柄を引き取りたいと、色々働いておりましたそうで……」
「それで偶然、知っちゃったってことですか?」
ジューンが尋ねる。メイランドは、きょろきょろと辺りを見回しつつ頷いた。
「ハイ。かなり積極的に起こした偶然かと思いますが……それで、魔法研究所では公然の秘密として、積極的に王太子様の死について議論が交わされていたようなのです。レオンも『ゆうべは徹夜だ』と、よれよれの有様で――」
「ちょっと待ってくれ。それで、兄上はどうして亡くなられたんだ?」
話を脱線させそうになるメイランドに、ユリウスが待ったをかける。肝心かなめの、タイロスがどうして亡くなったのかを、まだ聞いていない。メイランドは、はっとした顔になり、懐を探り始めた。
「そうそう、そうなのです。レオンは、『詳細はここでは話せないから、ともかくこのアプリリス殿下からの手紙を、ユリウス殿下にお渡ししてくれ』と」
メイランドは、白い簡素な封筒を一枚ユリウスに差し出した。受け取ったユリウスは裏返し、アプリリスの封蝋で手紙を閉じられているのを確認し、封を切った。
小さな紙片を取り出し、内容にさっと目を走らせたユリウスは眉を顰める。
「ねえっ、お義姉さまは、なんだって?」
ジューンは、息せき切って尋ねた。ユリウスは、黙ってジューンに手紙を渡した。
開いた紙片には、ペンで殴り書いたような義姉の筆跡でこう書かれていた。
『ユリウスよ。ジューンを伴い、誰にもバレぬように魔法研究所まで来い。兄上のことはそこで話す。四階の非常口に、レオンと言う男を待たせるゆえ、そやつに声をかけるように。この手紙は、読んだら封筒ごと燃やすこと。良いか、くれぐれもバレるでないぞ!』
「ユリウス様、ありがと」
「うむ」
ジューンが手紙を返すと、ユリウスは封筒ごとストーブに放り込んだ。手紙がめらめらと燃えるのを見ながら、ジューンは尋ねた。
「で、どうしますか?」
「俺は行きたい。兄上がなぜ亡くなられたのか、姉上にちゃんとお聞きしたいんだ」
「うん」
「それで、お前の力を借りたい……いいだろうか」
ユリウスが、ジューンの目を見る。ジューンは明るく笑うと、ユリウスの手を取った。
「当たり前でしょ!」
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