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エピローグ
しおりを挟む「つまり、アルス・マグナのせいなのだ」
バタークリームを口の周りにべっとりと塗りつけながら、ご主人様は言った。デブの時と同じことをしているのに、なんだか許せる気がするから、美とは恐ろしい。
ご主人様が説明されることには、アルス・マグナという魔法は、それはもうめちゃくちゃ燃費が悪いのだそうだ。
あのドラゴンを倒した一発だけで、ご主人様は巨体がここまでしぼむほどのエネルギーを消費してしまったらしい。
「まあ、ぼくもアルス・マグナも、腹が減っては戦はできん。そういうことだな」
「なるほど。アルス・マグナを扱う為にはたくさん脂肪……いえ、エネルギーを蓄えておく必要があった、というわけですね」
「ふふん、だから機能的に太っていると言ったろう」
得意気にくくくと笑う、その声さえも鈴が鳴る様である。見舞いに来てくれたときは、「ちょっと色々あって」ガラガラだった声は、本来の美しさを取り戻したらしい。
しかし、こうして痩せた姿を見ると肖像画の奥様にそっくりだった。私は、思わずまじまじと見てしまう。
「エルマー、ケーキおかわり」
「かしこまりました」
ご主人様は、アルス・マグナのためにエネルギー補充にせっせといそしんでいる。本日も、すでに朝食のあと、ホールケーキを二つ平らげている。このペースでいけば、あの丸いシルエットに戻る日も、そう遠くはなさそうだ。
「なんか、勿体無いですね」
「おん? 何がだ」
ケーキを頬張るご主人様を見ているうちに、つい本音が漏れてしまった。
ご主人様はバターの塊から目だけ出して、不思議そうに聞き返してくる。
*
「だって、ご主人様。デブって言われるのお嫌いでしょう。それに、なんだか割に合わないと言いますか」
今の姿でいれば、デブなどと間違っても言われたりしない。それどころか、その美貌に皆が感嘆のため息をこぼすだろう。
ご主人様がアルス・マグナを所持していることを知るのは、城で働く者だけであるらしい。
強大すぎる力は、良くも悪くも大きな影響力を持つ。
あまり周知させないのが国のためであり、ご主人様のためでもあると、奥様がお決めになったそうだ。
(あとから教えられたが、この前のドラゴン退治でも、ご主人様がぶっ放している間に、城の魔法使い達が周囲にまやかしの結界を張っていたらしい)
そのために大方の魔導師達は、ご主人様のことをお飾りのマスターと思っているのだそうだ。
力が秘匿される限り、ご主人様がその汚名を返上できる日は、おそらく来ないのだろう。
失礼ながら、空しい話だと思った。
私ならば、そんな力を持っていれば余すところなく称賛されなければいやだ。
報われるとは、そういうことではないのか?
ご主人様は、どうお考えなのか。
せっかくの力でも、秘匿していなければならないなら、いっそ美しい姿のままでいたくないのだろうか?
そりゃ魔法は使えなくなるが、美しさだって立派な才能なのだし。
ご主人様はしばらくキョトンとしていたが、ふいに吹き出した。
「それはそうだ。ぼくはこの通りの美少年、デブ呼ばわりは腹が立つ。こいつ目にものみせてくれるわ~!と、思わんでもないぞ」
「なら、何故?」
「つまりな。それで実際痩せてみたとして、ぼくは美しいぼくより、かっこいいぼくのが好きなのだ」
ふふんと胸を反らすと、ご主人様は続ける。
「ぼくは生まれつき魔力が特殊でな、一般の魔法術式と相性が最悪なのだ。だから、基礎魔法さえ使えない。ぼくの体質に気づいたやつらはみんな、魔導師になるのは無理だと言ったのだぞ。だが、ぼくはどーしても諦めたくなかった。そんで、自分に合う魔法を探しまくったのだ。三年かかって、ついに一つだけ見つかったというわけさ」
ご主人様はフォークにバタークリームを大盛りにすると、ばくりと頬張った。そのまま勢いよくケーキをたいらげると、空になった皿を私のほうに掲げた。
「だからよいのだ。腹は立っても、いらんと思ったことはないぞ!」
反射的に皿を受け取りなから、納得がいくような、いかないような……私は微妙な顔をしていたに違いない。
ただ、そう言って珍しくにっこり笑ったご主人様の顔は、とても満足そうに見えた。
*
「そういうものですかねえ?」
まあ、確かにご主人様は、普段から好き勝手なさってはいるが……そういうことでは無いのだろうな、と思う。
それが、なんとなく悔しい。
私は、むくむくと負けず嫌いの血が騒ぐのを感じた。
「うむ。ま、ひよっ子のお前にはわからんかもしれんがな」
「なんの。私だって、すぐにわかるようになりますとも」
「お?生意気言うではないか」
私は、まだご主人様にお仕えして半年。
召使いとしても、魔法使いとしても、見習いだ。
だが、私もいつか必ず立派な魔導師になってみせる!
気合を込めて見返すと、ご主人様は面白そうに笑った。
「ふふふ、今日は胃袋の限界に挑戦するぞっ!エルマーよ、料理長にケーキをありったけ持ってくるよう、伝えてこい!」
「はいはい、かしこまりました。……あ、そうだ」
思い出したことがあり、厨房にいきかけた足をぴたりと止める。
「サラダもお持ちしますよ」
「んなっ?!!」
「ケーキばかりでは体に悪い、と奥様の仰せですから」
「い、嫌だ!サラダなんぞ持ってきたって、ぼくは食わんからな!」
「そうは仰いましてもね。私も、奥様のご命令には逆らえませんので。では、しばらく!」
主人の意思を尊重しつつ、健康にまで気を配ってこそ、良い生徒、良い召使というものであろう。
決して、長い物に巻かれたとかではない!
ご主人様のきいきい喚く声をバックに、私は脱兎のごとく部屋を駆け出たのだった。
おわり
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