太っちょ王子と見習い召使

野々峠ぽん

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私の先生

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気がつけば、医務室の白い天井を見上げていた。

 全身複雑骨折。
あと、膨大な魔力に当てられたことによる中毒。

 意識を取り戻したあと、心配して集まってくれていた仲間達や、上司が説明してくれた。

 アルス・マグナの爆風で吹っ飛ばされた私は、奇跡的に塔の中へと吹っ飛び、階段をごろごろ転がり落ちたらしい。
 大変な大怪我ではあるが、塔の外に飛んでいたら怪我ですまないので、運は良かったのだろう。


 私は、医務室にて二週間の入院を言い渡された。
 骨折の方は、すでに医師の治癒魔術によって完治しているのだが、厄介なのが魔力中毒の方だった。
 こればかりは、狂わされた魔力中枢が治るまで、寝ていなければならないらしい。



「ほんとうに、ご無事で良かったですわ」
「心配かけてすいません。でも、もうほとんど良いんですよ」

 チロルさんがりんごの皮を剥きながら、嬉しそうにニコニコして言う。
 チロルさんは、忙しい間をぬって毎日見舞いに来てくれた。
 ベッドの上で死ぬほど暇を持て余している身としては、申し訳なくも嬉しかった。

「逆に、こんなに長く仕事を休んで申し訳ないくらいです」
「何を言うんです!ちゃんと休まなきゃダメですよ。休んでくださいね」

 おろおろとして、チロルさんが私の手をそっと取る。
 和やかな空気が辺りに満ちた。






「ご主人様、どうしてます?」

 ずばり切り出すと、チロルさんは気遣わしげに眉をひそめ、二、三度視線を揺らした。

「お元気ですか?」
「はい、お怪我はありません」
「ついに血管が詰まったとかもないですよね?」
「やだ、勿論ですよ!」

 笑って、軽く指先で手の甲を叩かれる。私も笑いながら、彼女にあの、と話を切り出した。


「チロルさん、図々しいお願いなんですけど……」
「何ですか?」
「ご主人様に一度くらい見舞いにこいと伝えてもらっていいですか」


 薄情者のご主人様は、まだ一度も見舞いに来てくれていなかった。

 そりゃ、主人と召使の関係では、主人のほうが見舞いに出向いたりはしないのかもしれない。

 だが、師匠としてのご主人様には文句がある。

共に戦った生徒を、一度も見舞わないというのはちょっと冷たすぎなんじゃないかと思うのだ。





「お世話になりました!」

 面倒を見てくれた医師の皆さんに、深々と頭を下げる。

 本日は、待ちに待った退院の日だ。
 明日からは週一で通院しながら、ゆったり仕事に復帰するつもりだ。

 退院手続きが済むまで、荷物の整理をする。
 見舞いの度に皆が何くれとなく持ってきてくれて、今では結構な荷物になっていた。

  しかし、見舞いといえば。

 荷造りの手を止め、薄情者の丸いシルエットを思い浮かべる。

 結局、一度も見舞いにこなかった。

「ご主人様の薄情者」

 まったく、恨み言の一つも言いたくなる。

 すると、ガタリと入り口の方で音がした。
 振り返れば、さっきまできちんと閉じていたドアが、うっすら開いている。

「は、薄情で悪かったな……」
「ご主人様?」
 
 姿は見えないが、そのえらそうな口調は疑いようもない。
 ただ、何故だか声の方は、平素よりもガラガラしているようだが……。

「ご主人様、どこか具合でも悪いのですか?喉からくるタイプですか?」

 よもや体調でも崩されたか。
 眉を顰めながら聞くと、再びドアがガタガタッと鳴った。姿が見えないが、なんだかズッコケたみたいな音だった。





「阿呆!何が喉からだ! だいいち、体調が悪かったのはお前ではないか!」

 ご主人様がきいきい喚く。
 相変わらず、うるさい方だ。
 だが、うるさいことはうるさいが、久しぶりに聞くと、なんだか悪くない気がするので不思議なものだ。

 ご主人様の癇癪を懐かしむ日が来るなんて、私もついにヤキが回ったか。
 などと考えて、馬鹿馬鹿しくなって噴き出した。

 すると、ぴたりとご主人様が静かになった。
 まずい、笑ったことを咎められるか。
 より癇癪が酷くなるのを想像し、私は頬が引きつった。

「わ、笑ったなお前」
「ご主人様。今のは他意はなく」
 「え、エルマーが笑ったあ!!」
「いえ、その」
「うわーーーーーーーーーーん!!!」
「は?!」

 慌てて誤魔かそうとすれば、ご主人様は怒るでもなく、急に素っ頓狂な声で叫んだ。
 そして、たちまち大声を上げて泣きはじめたのだった。


「ええ……?」

 あまりにめまぐるしい感情の動きに、戸惑う。アルス・マグナの副作用に情緒不安定になる、とか言うのがあるのだろうか。

「ご主人様、どうなさいました」

 ともかく、泣いているのをただ放って置くわけにもいかず、ドアに駆け寄って把手に手をかけた。

  しかし。

 「ちょっと。放してくださいませんか」

  ご主人様が、私が引くのとは逆方向に引っ張っているのかドアが開かない。





ドアの前で、双方押したり引いたりの、ちょっとした攻防が起こる。
 何がしたいんだよこの人、と少々むっとしていれば、ドア越しに蚊の鳴くような声が聞こえてきた。

「あ、合わせる顔がない....」
「は?」
「お前を危うく殺しかけた!ぼくはもう合わせる顔が無いっ!!」
「はあ――?!」

  そう叫んだっきり、おいおいと泣きだすご主人様。

  私はびっくり仰天である。
 だって、あのわがまま・傍若無人なご主人様から、そんな道徳的な言葉が飛び出すとは、夢にも思わないではないか。

「ご主人様あなた、そんな真人間みたいな感性があったんですか」

 しみじみと感じ入っていると、ご主人様はカッとして怒鳴りつけてきた。

 「うるさいぞ! お前はいちいち茶化すんじゃない!」
 「いや、だって。本当に今更じゃないですか……というか、あれだけ躊躇なくぶっ放しておいてねえ」

 めちゃくちゃノリノリだったでしょうよ。凄まじい高笑いを思い出しながら言えば、ご主人様はぐぬぬと呻いた。





「別にいいですよ。気にせず行きましょうよ」
 「そ、そういうわけに行くか! ぼくはお前の師匠として、許されないミスを犯したのだ」
「ええ~~、そんな深刻な……」

  そうは言っても、過ぎたことをいちいち言っても仕方ない。
 結果としては生きていたのだし、ドラゴンも倒して結果オーライと考えられないものか。

 怪我をした当人がこんなにフランクに言っているというのに、やらかしたご主人様の方が、どうしてそうもごねるのか、全くもって謎である。
 いつまでも牛の涎のごとく、ダラダラダラダラ文句を言っているので、私は弱った。

「あーもう何です。ではご主人様は、どうしたら納得して下さるので?」
「うっ……!それは……」

  ついに疲れて面倒になり、ご主人様に丸投げすることにした。
  そもそも私は病み上がりなのだ。こんな埒もない問答に、長々と付き合っていられるか。

 すると、ご主人様は数瞬間言い淀んだのち、ぼそぼそと呟いた。

 「お、お前が。ぼくの顔を見たくないなら、母上に指導を変わって貰っても良い」
 「はい?!」

 何をどうしてそうなる?
 私はご主人様の突飛すぎる発想に目をむいた。





「いや、無理無理。当たり前に断られますよ」

 だって、あの奥様だぞ。直接顔を合わせたこともないんだぞ。

「無理なもんか。母上だって、お前なら構わんと仰ったぞ」
「嘘でしょ?!」

 私は仰け反って叫んだ。
 私の一体どこがどう伝わった結果、奥様にそんなに承認されていたと言うのだ。
 あまりに現実味のない話に頭が混乱してくる。

 黙りこんでいると、何やら勝手に納得したらしいご主人様がどんどん話を進めている。

「遠慮するな。お前なら母上とでも上手くやれるだろう」

 それから、ふっと息で笑った気配がした。真昼間だが、ドア越しに黄昏が差し込みそうに空気が重い。
 何やら、完璧に"入って"しまっている様子のご主人様に、私はため息をついた。
 ほんとうに、何を言ってるんだろうこの人は。

「ご主人様。ひとつお願いがございます」
「……っ構わんぞ!何なりと言うがよい」
「では、引き続き私の指導教官を引き受けてくださいますよね」
「へ?」

 ご主人様は、私の言葉に完璧に意表をつかれたらしく、間の抜けた声を上げた。

「じゃ、この話は終了です」

 私はそれに構わず、はいお仕舞い!とばかりに、ポンと両手を打ち鳴らす。
 そして、ついに外に出ようと把手を掴む。
 先ほどから、病み上がりの体は空腹を訴えている。私は久しぶりに食堂のランチが食べたい。入院食も美味ではあったが、茶色くて油っこいものを体が欲していた。
 私は今日のランチに思いを馳せながら、把手を勢いよく引いた。
 しかし一瞬遅れて、ご主人様が把手に取り縋る。
 ドアはバイン!と音を立てて跳ね返り、再び勢いよく閉まる。

「ああっ!もうっ!!」
「ちょっと待て! お前、良いのか!? 本当にいいのかそれで?!」

 ご主人様は、私の怒声も耳に入らないのか、あわあわとまくし立てている。
 私は、ほとほと呆れてしまう。まったく、ご主人様は今更すぎるのだ。


「そりゃ、もっと人格の優れた指導者がよかったなと思ってますけども」
「うっ……」

「私は、一度この人と決めたら変えたりしません。ついていきますよ、“先生”」

――お前うちにこい!このぼくが魔導士としてお前を叩き直してやるぞ!
  
 デブだし、我儘だし、色々と規格外だが。
あの日から、私の先生はご主人様なのだから。





「そう簡単にね、私を放り出そうだなんて、考えが甘いんですよ」

 もし次に私の教官を降りるなどと言ったら、料理長に土下座してでも、サラダ倍量の刑に処してくれる。
 そんな風に企んでいると、ガラッと勢いよくドアが開いた。

「エルマ~~~~!!」
「ご主人さ――グフッ!!」

 感極まった声を上げて、ご主人様が弾丸の様に飛び込んできた。
 頭が、華麗に私の鳩尾に直撃した。

 ゲホゲホ咳き込む私に気づかないのか、ご主人様はその石頭を痛む鳩尾にグリグリ抉りこんでくる始末。
 鬼の所業だ!

「お前はほんっとぉぉぉに素晴らしい生徒だ!!」

 ご主人様は感激に咽び泣きながら、盛大に涙と鼻水をなすりつけてくる。 数少ない私服のシャツがヨレヨレになってゆく。

 私の一張羅を思うさまハンカチがわりにしたご主人様は、満足気にうむむと唸った。

「では、これからも!よろしく頼むぞ、わが生徒よ!!」

 そして、高らかに叫ぶと、勢いよく私を突きとばした。
ふいのことだったので私は大いによろけて、たたらを踏んでこらえる。

「ちょっと! 病み上がりに何を……す……」

 私はご主人様を抗議の意味でもって睨みつけようとし――固まった。
  言おうとしていた文句が、一息に霧消する。思わず、大口を開けたまま、ポカンとしてしまった。

「だ、だれ……?」

 そこには眩い金髪の、折れそうに華奢な作りの美少年が立っていた。

 零れ落ちそうに大きな蒼い瞳が、不思議そうに私を見つめている。
 パチパチと瞬きの度に、重そうにはためく睫毛が、金色に煌めいた。
 何やら、泣きはらしたかのように肌が赤くなっていたが、それさえ彼の美しさを損なってはいない。

 ご、ご主人様が消えた。
うろうろと辺りを見回していると、美少年が呆れ顔でフンと鼻を鳴らした。

「何をボケたことを言っている。目の前にいるではないか」
「や、や、やっぱあんたか?!ええ――?!何それ!?」


 あのご主人様が、まさかのダイエット成功だと――――??!!!!
 
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