太っちょ王子と見習い召使

野々峠ぽん

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アルス・マグナ(後)

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「ごっ……ご主人様……! 」

 顔面を濡れ布巾で抑えられているような息苦しさをこらえ、私は叫んだ。
 ご主人様は、横目でチラと私を振り返ると、大丈夫だとでも言うように親指を立てた。

 そして、何やらブツブツと詠唱を始めた。
 聞いたことのない呪文だった。いや、呪文というよりは、むしろ不思議な歌のように聞こえた。
 音の響きが強くなるごとに、金色の複雑な紋様の魔法陣が二重、三重に、ご主人様の周囲に出現していく。

 ご主人様は、全ての詠唱を終えると、金色の眩い光の中央に、その短い手をつっこんだ。

 すると――ブァン、と強力な魔力の波動が周囲の大気を波立たせる。私は、吹き飛ばされないように必死に踏み堪えながら、“それ”がゆっくりと姿を現わすのを見た。

 それは、直視できないほど眩い光を発するなにかだった。
 そこから白銀の光がとめどなく放出され、夕方の空の隅々まで真昼ほど明るくなった。

「どうだ、エルマーよ! 驚いて声も出ないだろう!!」

 ご主人様は、巨大な光を肩にかまえ、振り返った。得意げに丸い腹をそらしている気配がする。

「ご主人様、めちゃくちゃ眩しくて何が何だか」

 ご主人様がこちらを向いたせいで、凄まじい光は私の顔面にまっすぐ放射されていた。
 鮮烈すぎる白銀の光に、眼球をメタメタにいじめつけられて、糸ぐらいにしか目があけられない。
 不明瞭な視界のなかでご主人様(のシルエット)は、漫画のようにずっこけた。

「アルス・マグナじゃっっ、このアホ!!」

 いや、普通に眩しすぎて何が何だかわからないだろう。むしろご主人様はよく平気でいられるものだ。おそらく、目が細いから眩しくないのだろう。
 理不尽なアホ呼ばわりに一瞬憮然とした私であったが、すぐにハッとした。

 ――アルス・マグナじゃ、このアホ……。


「ア、アルス・マグナァ?!!」
「遅いわ、このアンポンタン!」






 アルス・マグナ……アルス・マグナだって?

 私はあまりの衝撃に茫然としてしまう。
 ご主人様が不満げにぶうぶう言っていることもスルーして、私は思考に飲まれていた。


 アルス・マグナ。
 メルヘニア王国に住んでいるものなら――いや、メタ・アースに住んでいるものなら、子供でもその存在を知っている。

 メタ・アースに語り継がれている、伝説の魔導師が編み出したと言われる、最強の魔法術式。

 ――奇跡の魔法兵器(アルス・マグナ)。

 魔法には風火水土光闇の六属性がある。この世界の全ての魔法は、その六属性が前提として術式が組まれ、開発されてきた。
 伝説の魔導師は、その六属性のどれでもない特異な属性の持ち主であったという。
 そのため膨大な魔力を持ちながら、既存の魔法術式を何一つ使うことができなかった。彼は、自らが魔力を持って生まれた証を立てるため、新術式の開発研究にその生涯を捧げたといわれる。
 そして、アルス・マグナは、彼が晩年に完成させた唯一にして最強の魔法術式であった。
 伝説によれば、天空の理をねじまげて、雷を自在に召喚する魔法であるとか――

 彼の死後は使い手がいないまま、術式のみが畏敬の念と共に今日まで受け継がれてきた。
 特異な属性と膨大な魔力を要するため、使役できる魔法使いなど、存在しないとさえ言われている、まさに"伝説"の魔法。

 もし、それを本当に召喚することができれば、確かに基礎魔法なんか出来なくてもマスターの称号をいただくだろう。
 それひとつで、他に変えようもないほどの価値があるのだから。


「ほ、本物ですか?」
「あん!? ふざけとるんか?!」
「いえ滅相も無い」

 ご主人様がわめく。
 私自身、愚かなことを口走ったと思っていた。
 なぜなら本当は、疑いようもないと感じていたからだ。
 こんなにも特殊で異常な魔法は見たことがなかった。私も魔法使いとして(見習いとはいえ)感じるものがある。

 なぜ、そんなすごいものをご主人様が、とか平素ならば思っただろうが、この魔法を、魔力を肌で感じている今、何も疑う余地などなかった。

 私は、感動で全身が震えた。
 まさか、この私が、古代魔法兵器の召喚に立ち会える日がこようとは!





「ご主人様……!すごい……! 凄いじゃありませんか!!」

 言葉の堪能な詩人であったなら、この感動を余すところなく形にできたかもしれない。
 生憎、粗忽な田舎ものであるところの私には、「凄い」と叫ぶのが精一杯だ。
 しかし、たとえ私にもう少しまともなボキャブラリーが備わっていたとして、それらは全て無意味だったに違いない。人間あんまり感動すると、脳が働かなくなるものなのだ。

 ご主人様自身は、私の素朴な賛辞に満更でも無さそうであった。

「ふふん。そうだろう、そうだろう!」
「最強じゃないですか、ご主人様!なんです、もう!心配して損しましたよ!」
「おっ調子がよいなお前!わっはっは!」

 ご主人様相手にふざけながら、私は心の底から安堵していた。
 ――ご主人様は、マスターの称号にふさわしい立派な魔導師だったのだ!
 嬉しさが、じわじわと胸いっぱいにこみ上げてくる。私は晴れやかな気分で、ご主人様へ賛辞を贈り続けた。


 だが、無邪気に感動していられたのはそこまでだった。

 突如、視界が陰る。

 グルル…………

 頭上で、地鳴りのように、低い音が鳴り響いた。

 嫌な予感がした。

 そういえば、羽ばたきの魔力の余波をこちらが感じるという事は。これほど大騒ぎしていて、向こうが塵とも気づかないなんてことは、あるのだろうか……?

 心臓が、ドッドッドッ、と早鐘を打ち出す。

 私は、恐る恐る上を見た。

 すると眼前に、大型魔法生物の爬虫類面が迫っていた!

 グオオオオオオオ…………!!!!

 金色に光る巨大な目玉と目がかち合った瞬間、びびらしたろかと言わんばかりのドラゴンの咆哮が私の全身を貫いた。






「ウワーーーーーー!!」

  私も叫んだ。

「慌てるなエルマー!思ったより近いが、こいつをぶっ放せば一撃だ!」
「おお、ご主人様!」

 ご主人様は、ジャキン!と巨大な光を(アルス・マグナ)を構えた。
 そのシルエットは、今までに見た中で一番頼もしかった。

 ご主人様がアルス・マグナを発動させるため、魔力を集中し始める。
 すると、先ほどまでのドラゴンの羽ばたきなど、そよ風に思えるほどの魔力の豪風が周囲に吹き荒れ出したのだ!

「ぎゃあっ!?」

 私は、立っていることもできず、床に突き倒された。
 吹き飛ばされる。
 必死になって魔力でしがみつくが、とても追いつかない。私は四つん這いになって、必死に石床に爪を立てた。

「ちょっと待って下さいご主人様!!」
「いや、待たん!火を吐かれたらジ・エンドだ!」
「いや、そうですけど! そうなんですけども!」

 このまま吹っ飛ばされたら、私は死ぬぞ!

 この一瞬私は、小さな豆のように塔からふき飛ばされる、自身の姿を幻視した。
 私の葛藤をよそに、ご主人様を中心に一層莫大な魔力が膨れ上がった。どうにも耐えきれず、私の体はフワッと床から拐われた。

「ぎゃ――っ無理無理無理、無理無理~~!!」

 恐慌状態におちいった私は女学生のように叫びながら、なんとか石床に戻ろうと手足をバタバタさせる。
 そのとき、ご主人様はご機嫌に高笑いした。

「はーっはっは!ドラゴンよ、このぼくと見えてしまった不運を、あの世で後悔するがいいっ!くらえ――い!」

 ご主人様は、かっこつけた台詞を叫ぶと、アルス・マグナをぶっ放した。






「アホォ――――――!!!!」

 哀れな私の絶叫が、空しく響いた。

 カッ、と稲光のように鋭い閃光が空を斜め切りにした。

 次の瞬間、視界の全てが白く染まった。
 耳どころか、全身が破裂しそうな衝撃が襲う。
 ドラゴンもろとも、空間全てを吹っ飛ばしたと思うほどの大爆発だ。


 爆風にふっ飛ばされた私は、ちっぽけな弾丸のようにお空を飛んだ。

「あーっ!エルマ――――――ッ!!」


 ご主人様が、私の名を叫んでいる。

 叫んでないで助けてくれ!

 しかし次の瞬間、ドカッ! と何か固いものにぶち当たり、私の意識は闇に落ちていった。


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