太っちょ王子と見習い召使

野々峠ぽん

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アルス・マグナ(前)

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 市街地を巻き込まず、ドラゴンを倒すのは至難のわざだ。

  度々火を吐いていることから、炎龍であると見受けられる。下手に近接攻撃に持ち込んで、炎弾を吐かれたりしようものなら、街はたちまち火の海に包まれるだろう。

「で、この場合はどうするのだ?」
「ドラゴンの周囲に結界を張って、ハァ、その中で闘うとっ、ハァ書いてありましたがっ」
「教科書どおりのアンサーはペケだ!それじゃなんで今、塔に登っとるのかわからんだろうが!」
「すいませんねえ!ハァ、どうも酸欠で頭が回らないものでっ」

 ご主人様が、城で一番高い塔のてっぺんまで登らねばと仰るので、私達は塔の内部の階段を上っていた。いや、ご主人様は私が負んぶしているため、上っているのは私だけだ。
 思い出して欲しい。
 ご主人様は100キロオーバー。
 ご主人様が人払いなんかしたせいで、私は1人でこの重荷を背負う羽目になっている。半分も登ったあたりで、私の膝は限界に笑っていた。

「ファイト一発!」
「だまらっしゃい!」

 人が必死のときに、のんきに茶々を入れてくるご主人様に苛々が募る。
 怖がらせてやろうとわざと揺らしてやれば、思い切り首にしがみつかれて、一瞬川が見えかけた。

「あぶないな、エルマー。命は大事にしないと」
「あんたが言うな!」

 はっはっは、と背中で主人様が笑う。こんな時なのに、楽しそうな笑い声だ。
 子供かこの人。いや子供なのだが。

「ふむ、答えられんならしかたない。師匠たるぼくが説明してやるぞ」

 ふふん、と得意げにふんぞり返るご主人様。もはやため息も出ない私は、へえありがてえと相づちを打つのみである。
 ご主人様は、勿体ぶりながら話し出した。

「我が王都では。モンスターとか他国の兵とか、なんか危機が迫るとまず警報が鳴る。すると市街地に駐屯する魔導師達が、そいつらをさくっと討伐する。大抵はそこでおわりだ。だが、市街地に被害が出そうな厄介なやつの場合はやり方が変わる。あえて王城に誘きよせ、城の魔導師達がぶったおすのだ」
「誘きよせる……そんなことが可能なのですか?」
「できるぞ。母上じきじきに、誘引の魔方陣を張っているからな。そして、魔方陣は二ヵ所設置されている。敵が地を這うものの場合は、城の庭園へ。翼を持つものの場合は、塔の屋上へ誘き出すようにと」
「なるほど。それで今、塔をのぼっているわけですね」

 一番高い塔の上に誘き寄せれば、街を壊される心配はないだろう。ドラゴンの恐ろしいことは、何も奴らの使う魔法だけではない。強靭な翼によっておこされる暴風や鋭い鉤爪など、脅威はあげればきりがない。

 しかし。

「ここの頂上であっても、戦闘が長引けば被害は出てしまうのではないですか?」
「そりゃそうだ。だからこそ、最大戦力で、一撃でぶったおす必要があるわけだな!」

 ご主人様は悪役のような高笑いをする。

「しかし、狭い塔の屋上でそんなに大がかりの魔法の仕掛けができますか?」

 私の疑問に、ご主人様が背後からにゅっとでかい顔をつきだしてきた。
 うげっ、近い!
 顔を背ける私に気づかないのか、ご主人様はふすすんと鼻息を噴きながら言った。

「そんなもんはいらん!あいつはぼく一人で倒すからなっ」






「ご主人様、やっぱり引き返しましょう」
「なんだエルマー、体力切れか?でももう登った方が早いぞ」
「そうでなくて、やはり無理ではないかと――って痛い痛い!耳を引っ張らないで下さい!」
「生意気言うなよ、エルマー!お前に心配されるようなぼくじゃあない」

 ご主人様は不機嫌そうだ。やる気になっているところ、水を差したせいかもしれない。しかし、と私は反論の言葉を続けた。

「ご主人様は火もつけられないじゃないですか。どうやって闘うというのです」

 魔法は案外、融通が利かないのだ。数多ある術式を、ちまちま段階を踏んで会得していかねばならない。
 数学などと同じで、基礎が出来ていないのに応用が出来ることなどありえないのである。その上、基礎魔法などではまるきり歯が立たないドラゴンが相手では、打つ手なしではないか。

「そうだろうな。たしかにぼくは基礎魔法も一切できん。ましてや召喚やら転移なんぞはチンプンカンだ」
「だったら!」

 言い募ろうとする私を遮って、ご主人様は言った。

「だが、何も出来んからこそ、ぼくに出来てしまうものもあるのだ」

 言うなり、ぽーんっと身軽に私の頭上を抜けて、ご主人様は着地した。

「よし、着いたな。エルマー! お前、そこで見ていろよ」

 いつの間にか、屋上についていた。
 ご主人様は揚々と中央に向かって歩き出した。




「ご主人様!」

 後を追って、私も屋外に躍り出る。
 しかし、横殴りの強風が吹き付けて、一瞬にして足を掬われた。
 ごろごろと石床を転がる私を尻目に、ご主人様は平然と立っている。

「エルマーよ、この風はドラゴンの羽ばたきで起こっとるんだ。魔力をはらんだ風は、足で踏ん張っても意味ないぞ」
「だったらどうすりゃいいんです?!」
「簡単だ。足に魔力貯めろ。筋肉じゃなくて魔力で立つのだ。学校でも習ったろ」

 確かにそれは、教科書にも書いてある。
 速く走るためのおまじないのページにだが。

「うーむ……おお?!」

 半信半疑で試してみれば、足の裏がふ、と地面に吸い付くような感じがした。少し安定が良くなり、ふらふらとだが、自分の足で立つことができた。
 驚いて、ご主人様を振り返る。

「まさか、おまじないがこんな風に役に立つとは思いませんでした」

 得意げにご主人様が胸をそらす。

「はっはっは。魔法とはどんな難しいのを覚えるかではない。鼻くそみたいなつまらんやつをいかに利用するかなのだ!」
「ご主人様、人のアイデアを鼻くそ呼ばわりはどうかと。というか、さっきから何気に授業みたいですよね」
「ふん、お前が泣いて教えろと言うから仕方なくだ。ありがたく耳の穴かっぽじって聴きたまえ」
「泣いたことは言わなくてもいいでしょう!?」
「照れるな照れるな……さて、遊んでいるのもこれまでにするか。ちょうど良い位置にきた」

 噛み付く私を華麗にスルーして、ご主人様がアルタ山の方角を指差す。





 たしかに、先刻見たよりもドラゴンが近づいているため、姿がはっきりとしていた。
 黒にしか見えなかった体が、暗緑の鱗に覆われていることも、4枚の翼をもっていることも、はっきりと視認出来た。

「ご主人様、あれはフレイムリザードですか?」
「そうそう、ってなんの確認なのだ」
「いや、生徒として言っとくべきなのかと」
「真面目か!まあなんにしても、お前はよく見ていたまえ」

 むふん、と一つ咳払いをしてご主人様が短い腕をバッと広げた。そして、「ダァッ!!」と気合い一発叫んで、両手を打ち合わせた。

 その一連の行動を、なんだなんだと見守っていれば、ゴゴゴゴゴゴ……とどこからか地鳴りのような音がしはじめる。

「え?」

 グラグラと周囲の景色が揺れていた。地震かと思ったが、すぐに地面ではなく、周囲の大気が揺れているのだと気がついた。そして、

 ドオオ……ッ!

 突如、圧倒的な質量で、膨大な魔力がご主人様を中心に膨れ上がる。

 その余りの濃密さに、側に控える私は、慄然と震え上がった。全身の毛穴が、その圧倒的な魔力を拒むように閉じ、産毛までそそけ立つ。

 こんな異常な魔力は、感じたことがない!


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