太っちょ王子と見習い召使

野々峠ぽん

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信じられない

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どうやって王城に帰り着いたのか、覚えていない。

使用人通用口には、使用人の先輩達が私の帰りを待っていた。

「無事だったか、エルマー!お前が街のほうに行ったと聞いて心配していたんだぞ」

 皆に口々に無事を確かめられて、その異様な心配ぶりに、私はスティーブの言っていたことが事実だと確信した。

そう悟るやいなや、私は先輩達の呼ぶ声を振り切り、駆け出していた。



「ご主人様!!!」
「うおっ!なんだ、エルマーではないか。驚かすでない」

ご主人様の部屋に駆け込むと、ご主人様は吃驚したように振り返った。

「まあ良い。で、ぼくのクッキーはどこかな?」
「落としました」
「はあん?!何だって!」

いつもの調子で、ご主人様はきいきいと喚いている。
 本当にいつも通りだった。
警報は、城にまで聞こえるほど未だ鳴り続けているのに関わらず、だ。
 ご主人様は何の危機感も持たず、ただクッキーの心配をしている。

「全く、お前はぼくをもっと敬うべきだぞ」
「……そうでしょうか」
「なにを、当たり前だ!」
「ならば、ご主人様にお願いがございます」
「おん? エルマーお前、僕に何を……」

不満そうにぶうぶう言っている、ご主人様を遮って、私は言い切った。

「私の修行を、始めて頂きたいのです」

 ご主人様は目を見開いてこちらを見ている。
 いきなり何を言いだすんだ、と言った顔だ。
 だが、今頃こんな話を切り出すのがそもそもおかしいのだ。


「お仕えして半年になりますが、私の魔法は一切飛躍していません。このままでは、私はいつまでたっても魔導師にはなれません」

 私は、何をのんびりしていたのだろう。
 そうだ、半年も何もしていない。私は元々、努力して優秀であるガリ勉タイプなのだ。このままでは基礎魔法の使い方すら忘れてしまいかねない。





「ご主人様、私には故郷に私の出世を待つ家族がいるのです!なんとしても成功せねばなりません。……ご主人様、私は最初あなた様にお仕えできると聞いたとき、自分は幸運だと思いました。王太子様は、マスター級の魔導士だと言うことは国民皆が知っていますから。そんな凄い方に師事して頂けるとは、なんて素晴らしいことだろうと。それが、蓋を開けてみればなんです? 毎日毎日、あなたの我儘に振り回されて、魔法の修行もできず無為に過ごすばかり。もうそろそろハッキリして頂きたいのです!あなたは一体どう言うつもりなのか」

 私は、胸の内に溜め込んでいた不満を一息にぶちまけた。

  最初から、こうすべきだったのだ。
  本当に魔法使いになりたいのなら、ご主人様にふりまわされてばかりいず、ちゃんと私自身が動かなければいけなかった。

  私の剣幕に押されてか、ご主人様はしばし呆然として突っ立っていたが、次第に戸惑った雰囲気を醸し始める。

「エルマー……お前……怒ったのか?」
「はい?」

 ご主人様の声は、普段からくぐもり気味で聞き取りにくいのに、今はもごもご言うせいで全く聞き取れない。私が、いらいらと聞き返すと、ご主人様はあー、とかうー、とか意味のない唸り声を上げているばかり。





「エルマー……そのな……」
「何です!?ハッキリ仰って下さい」

 はっきりしないご主人様に、ついに堪忍袋の緒が切れた。

 私はご主人様に掴みかかっていた。

 ただでさえキツそうな襟元のボタンが、ブチブチッ!と音を立てて弾け飛び、部屋の隅に消えた。
 もう不敬どころの騒ぎではない。
 しかし、ここまできたら、もう引くわけにはいかなかった。

 このとき私の頭にあったのは三つのこと。

 いち、ここまで言ったらとことん言ってやれ。

 に、私の進退はどうなるのか。

 そして、さん――。

「お願いです。私の苦境を救ってくれた人が、コネでマスターになったなど思いたくない……。ただの我儘で良いとこなしの余命10日の豚野郎だなんて……」

 私はご主人様の胸倉を掴んだまま、ズルズルと崩折れた。感情が激しすぎて涙まで滲んで来た。

 そうだ。
  私は、ご主人様はちゃんとした、本物の魔導師なのだと、そう信じたかった。
 私が魔導師になるために、立派な教官が必要だから?もちろんそれは大いにある。

 だけど、それを引いてもはっきり否定して欲しかった。

 だって、嬉しかったのだ。
 お先真っ暗だと思っていたあの時、私の事情も知らないで、ご主人様は手を差し出してくれたんだ。

「お前うちにこい!このぼくが魔導士としてお前を叩き直してやるぞ!」

なんて、かなりむかつく喧嘩腰だったけれど……。


「うっ……私の信頼を裏切るのか……うっ、うっ……」

 本格的に泣き出した私を、ご主人様はしばらく呆然と見下ろしていた。
 そのうちに呆れ顔になると、あ、あろうことかあのご主人様が!私の背を丸い手で、ぽんぽんし始めたではないか。あたかも私を慰めるかの様に!

「……おまえ、ちょっと色々失礼すぎるぞ」

 余命10日はやぶの診立てだと言っておろうが。
 一層おいおい泣き出した私に、ご主人様はそう言って鼻をふんとならしたのである。





「いいとこ無しの豚、お飾り……まあよくも好き勝手言ってくれたものだな」

泣き止んでから、我に返って平伏している私を、ご主人様はジト目で睨んだ。

「面目しだいもございません」
「まあ良い、ぼくも説明が足りなかったしな。毎日忙しそうなお前に、ゆっくり話す時間が無かったせいもあるが」
「いや、私が忙しいのは大体ご主人様の我儘のせいで」
「なんか言ったか?」
「いえ、何も」

 豚の本気の睨み怖い。
 目が細いからヤクザのような鋭さがある。私は余計なことは言うまい、と頭を床に擦り付けた。


「して、なにゆえ唐突にそんな考えに至ったのだ?今まで何も言っておらんかったではないか」
「はっ……お使いの途中、もと同級生と少し諍いまして。その時、警報のことを聞いて」
「警報?」
「はい、この街に危険が迫っていると」
「ふむ。そういや、鳴っているな」

る――!!る――!!る――!!

忘れてたんかい、と抗議するように一際大きい音で、警告音が鳴り響いた。
 ご主人様に食ってかかるのに必死で、意識の外にあったが、警報はずっと鳴り続けていたのだった。

 こんなに長く鳴っているのは、聴いたことがない。

 警報の真の意味を知ったせいか、途端に心配になってきた。





床からご主人様をふり仰ぐと、ご主人様はいつのまにか窓際に移動していた。

「あの、ご主人様。何を見ていらっしゃるんで?」

 ご主人様は、私の問いかけに答えない。
 市街地の向こう、ウィザリア山脈のあたりをじっと凝視している。
腹でも痛いのだろうかと思案していると、ご主人様はくるっと私を振り返った。

「おい、エルマー」
「はい」
「面倒くさい説明をする手間が省けたようだぞ」


 その声は隠しようもない喜色ではずみ、目はらんらんと光っている。
 ご主人様はどんな好物を前にした時よりも、嬉しそうな様子だった。

 一体、どういうことなのか。
尋ねようと口を開いたとき、部屋の外が俄かに騒がしくなる。

 先ほどの私以上の勢いで、魔導士達が室内にどっとなだれ込んできたかと見れば、ご主人様の前に勢いよく膝をつき礼を取る。一瞬にして、緊迫した空気で部屋が満ちた。
 そして、居並ぶ魔法使いの内の1人が声を張り上げる。

「――申し上げます!ウィザリア山脈、アルタ山上空にドラゴンが出現しました!繰り返します!――」

「どっドラゴン?!」

私はバッと背後を振り返る。
 先ほどはわからなかったが、アルタ山上空に、確かに黒いものが浮かび、時々周囲にパッと赤いものが散っているのが見えた。

「ええええええ?!」

驚愕して叫ぶ私を、ご主人様が小馬鹿にするように鼻を鳴らした。





「坊ちゃん!エルマー君!」

伝令の魔導士達の後ろから、今度はチロルさんが飛び込んできた。

「チロルさん!」
「エルマー君、無事だったのね!良かった……」

 チロルさんが、私の手を取って無事を喜んでくれた。こんな時だが、少しどぎまぎしているとご主人様にむこうずねを蹴られた。

「あてっ」
「デレデレするなよ、エルマー!有事の際に、女とイチャつくとは良い根性だ!」
「いや、イチャつくだなんて……」
「照れろと言っとらん!」

 ご主人様は、頭から湯気を噴き出さんばかりに怒鳴っていたが、チロルさんに向き合うと威勢よくこう言った。

「チロル、今から塔に登る。ぼくがあいつを退治してやろう」

ご主人様は、びっ、と親指でドラゴンをしめす。
 私は、ご主人様がそんな事を言い出すとは思わず、ギョッとした。

「そ、そんな!?無理なさらないで下さい!私に見栄を張ろうとして死地に赴こうなど……!」
「見栄なんかはっとらん!」

もしや私がさっき色々言ったせいで、と慌てて止めに入れば、ご主人様に拳骨で殴られた。
馬鹿力の重いパンチが綺麗に脇に極まり、私は悶絶して膝をついた。

「全く、お前は失礼な奴だ。お前のような生意気な見習いは、師匠たるぼくの力で、黙らせてやるほかないようだ!」

ふん、と鼻を鳴らすとご主人様は、群れなして集まっていた魔導士達に、高らかに宣言した。

「皆の者!マスターたるぼくの力であのドラゴンを倒す!」

おお!と皆が歓声をあげる。

心配している人など1人もいず、皆が尊敬と信頼の目でご主人様を見ている。

 そんな信じられない光景に、私は夢でも見ているのではないかと思った。

 ぼうっとしている私の肩を、チロルさんがぽんと叩いた。

「チロルさん、大丈夫なんですか、あの……」
「勿論です。エルマーくん、よく見ていて下さいね。坊ちゃんの機能的なわけを」

そう言って、チロルさんはうふふと笑った。
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