太っちょ王子と見習い召使

野々峠ぽん

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最悪の再会

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「苦痛だ……」

 ご主人様は、苦悶の表情でサラダボウルに突っ伏している。

「ご主人様、直食いはおやめください」
「するか!ぼくは家畜じゃないぞ!」

 最近のご主人様はナーバスだ。
 ティータイムのサラダだけでなく、三食のメニューも野菜中心に変更されたのが効いているようだ。

「もう嫌だ……この世の地獄だ……もう緑のものは見たくない」
「トマトとニンジンは召し上がられます?」
「いらん!」

 ご主人様はフォークを放り投げた。私がすかさず懐から新しいものを取り出して差し出すと、ご主人様はぐうっと不満げに唸る。

「もうサラダは食いたくない」

 カツカツと恨めしげに、半分以上中身の残ったボウルをフォークで突いている。
 そんなご主人様の様子が、流石の私も哀れに思えてきたので、一つ提案をしてみることにした。

「わかりました。それを全て召し上がられたら、私からご褒美を用意致しましょう」

 ピタ、と音が止まった。巨大な丸顔に、一瞬にして喜色が満ちる。

「本当か?!!!」
「ええ」
「なんでもいいんだな!約束したからな!」

 言うが早いか、ご主人様はボウルに掴みかかる勢いでサラダと格闘し始めたのだった。





「まさか、ご主人様ご所望のご褒美が、こういうものだとは」

 魔法学校の近くの、一般市民の暮らしている市街地。
 そこにある洋菓子店のクッキーを食わせろというのが、ご主人様がねだられたことであった。
  なんでも以前、魔法学校に通っていた頃から贔屓にしていた店であるらしい。
 その店は、偶然にも私の行きつけの店でもあった。店主の作る、素朴で優しい味のするクッキーは母親の作るものと似ていて、在学中は良く食べたものだ。


 そういうわけで、私は久方ぶりに市街地に降りてきていた。
 休みなくご主人様にこき使われていた為、本当に卒業以来の外出だった。
 通学していたころは見慣れていた街並みも、久しぶりだと何やら新鮮に見えてくる。ご主人様へのご褒美というつもりだったが、私も少しわくわくした気持ちで街並みを見て歩いた。

 やがて、目的の菓子屋にたどり着く。「マーサのパティスリー」と書かれた看板の下に、営業中の札が掛かっていた。入り口に近寄ると、入る前からバターと小麦の芳しい匂いが漂ってきた。

「こんにちは」

 ドアを押しあけると、来店を知らせるベルが鳴る。
 店の奥から、人の良さそうなおかみさんが出てきた。

「あら、エルマーじゃないか!久しぶりだね!」
「ご無沙汰してます、おかみさん」
「あれまあ、あのやんちゃ坊主がこんな立派になっちまって……あたしゃ嬉しいよ」

 おかみさんはガハハと笑いながら、ショーケースごしにバシバシ肩を叩いてくる。再会は嬉しいが、衝撃で肩が外れそうだ。
 私はあわてて、お使いのクッキーはあるか尋ねた。





「聞いたよう、あんた今、王城勤めなんだって?」
「はい、まあ」

 おかみさんは、クッキーを紙袋にざくざくと詰めながら言う。

「あんたは頑張りやだから、やると思ってたよ!しかも、王太子さまがお師匠さんなんだろ?すごいねえ」
「いや、そんな」

 謙遜しなくたっていいじゃないよ!と豪快に笑いながら、おかみさんは紙袋をはかりにかけた。

「ね、王太子さまってどんな人なんだい?やっぱり凄いのかね?」

 ……めちゃくちゃ答えにくい。
好奇心に目をキラキラさせているおかみさんには、とても言えないことが多すぎる。
 なんと言ったものかと口を濁していると、背後でベルが鳴った。

「あら、いらっしゃい!」

 私は、おかみさんの声につられて振り返って、すぐに後悔した。

 そこには、2度と顔を見たくないと思っていた男が立っていたのだ。

「バレット……?お前エルマー・バレットじゃないか?」

 そこには、私から指導教官を奪った生徒――スティーブ・ランドロードが目を丸くして立っていた。





 スティーブの指導教官であるスペンサー教授は、魔法学校の所属だ。
 その弟子であるスティーブの行動範囲は、学校の周辺になるということは理解できた。

 だが、たまたま半年ぶりにこの辺りに立ち寄った日に、ぴったり顔を合わせてしまうなんて、最悪のタイミングとしか言いようがない。


「そんなに嫌そうな顔すんなよバレット。久しぶりに会ったってのに」

 スティーブはにやにやしながら、隣を歩く私の顔を覗き込んでくる。
 どういうわけかこの男、私が店を出るとくっついて来て、並んで歩き出したのだ。自分の用事も済ませていないだろうに、何がしたいのか……。

「君、なにか予定があるんじゃないか」
「スペンサー先生が出張だからな。今日は休養日なんだよ」
「へえ」
「あ、そうだ。先生お前のこと心配してたぜ?ちゃんと頑張ってんのかってな」

 スペンサー先生。
 わざわざその、因縁の名前を出してくる辺りがこの男のいけすかない所だと思う。
 私の反応をみて、嬲るつもりなのだ。

「私は、"王太子様"の元で、元気にやってると伝えてくれないか。君の先生に」

 その手に乗るか、とさりげに当てこすりつつ、かわしてやった。
 私が挑発に乗ってこないので、スティーブは鼻白んだ顔をした。こんなところで殴りかかるとでも思っていたのだろうか。というより、前にも私をからかって、鼻の骨を折られた癖に学習していないらしい。

「悪いけど、今お使いの最中なんだ」

 足を速めて、さっさと振り切ろうとすると、スティーブも速度を上げてピッタリついて来る。
 しつこい野郎だ。

「そうつれなくすんなよ」
「君に構ってる時間はない」

 何故、こんな長閑な市街地で競歩並のスピードをだしているのだか、己でも馬鹿馬鹿しく思う。だが、こいつの顔は見ているだけでムカつくので、さっさと1人になりたかった。

 スティーブは息切れしながらもしつこくついてくる。

 この野郎、ご主人様の我儘に振り回されている私にかなうと思うなよ!

もう一段スピードアップしようと、ふくらはぎに力を込めた、そのときだった。

「王太子殿下のお守りはそんなに大変か?だろうな!基礎魔法もろくすっぽ使えない、お飾りマスターだものな!」





私はギクリとし、思わず足を止めてしまった。

 スティーブは、勝ち誇ったような顔をした。
 ゼイゼイと息を荒げながらも、今がチャンスとばかりに私に向かって罵倒の言葉を投げつけてくる。

「知ってるぜ。お前のお師匠は、王家のコネを使ってマスターになった、実際はなーんの役にも立たない豚だってな!」
「なっ……口がすぎるぞ!」

 王太子に対して、なんの役にも立たない豚呼ばわりとは、侮辱がすぎる。
不敬罪で殺されてもしようがない言い様だ。
 ……普段の己の内心は横に置くとして、スティーブの発言は許しがたい。

「第一、コネなんかでマスターになれるわけないだろう!お前の言っていることは、魔導業界全体への侮辱だぞ!」
「ほうほう、一見スジの通った正論を言うじゃないかバレット。でもそんなもん、ただの綺麗ゴトなんだよ!魔導業界が小狡い事しないとでも思ってんのか?実際、魔法学校教授のスペンサー先生は、俺の親に金もらってお前のこと捨てただろうが!」

 痛い所を突かれ、ぐっと言葉に詰まった。

「ほら見ろ!否定できないだろ?!」
「いや、しかし……流石にマスターは‥流石に……というか、お前やっぱりコネだったのかアレは?!」
「はん、当たり前だろうが!コネ無しに、オールBの俺があの時期に飛び込みで教官取れるわけねえだろ!!」
「おまえ言ってて虚しくならないか!!?」





ギャアギャアと往来でわめき合う。
 スティーブが私の襟を取ろうとすれば、私は拳で弾き返す。私が奴の肩を押そうとすれば、相手は張り手で躱す。

 そんな、なんの益もない攻防が終わらせたのは、耳をつんざくような、警告音だった。

る――る――!!

街のあちこちで反響するそれに、スティーブはピタリと動きを止めた。

「チッ……警報か……ブッ」

私は急だったので、止め損なった勢いのまま、スティーブの横面を張っていた。

「てめえ!」
「すまん。私は急に止まれないんだ」
「どこの暴れん坊だ?! ……ちっ、やめだ、やめだ。馬鹿なやり取りしてる場合じゃない」

 スティーブは、先ほどまでのしつこさは何処へやったのか、あっさり私の胸倉を放した。
 あっけに取られていると、奴は苛だたしげに振り返った。

「おい、何ボサッとしてんだ。避難すんぞ。見習いに出来ることなんかないんだから」
「……え。警報ってこれ本物か?学生の頃だってよく鳴ってたけど、ほぼチャイムみたいなもんだって先生言ってただろ」

そう言うと、スティーブは一瞬目を丸くし、そして心底馬鹿にした顔で私を見た。

「何、おまえ知らないのか?警報に2択なんかねえよ。全部本物だ。あれが鳴ったら、この街に危険が近づいてるから、近くの魔導士は応戦せよってことなんだよ」
「なんだって?!……そんなこと聞いたことないぞ」

こいつのことだ、担ごうとしているのではと睨むと、スティーブは私の疑いを鼻で笑った。





「当たり前だろうが、戦う力もない市民に危険が迫ってること解らせたりしてどうなる? 警報が鳴る度にパニックになるだけだ。学生は卒業するまでは一般人だ。見習いになって、魔導士の世界に足突っ込んでようやく教わることなんだろうが」

 スティーブの説明は、初めて耳にすることばかりだった。
 私は、ご主人様からそんなことは、一切教わっていない。
だが、このスティーブが嘘をついているようにも見えなかった。

「呆れたぜ、まだ一般人気どりなんて。おまえ、半年何してたんだよ」

 悔しいが、言い返せなかった。
 私は……この半年、掃除しかしていない。
 そればかりか、もっと根本的な問題で、私はいまだ学生気分が抜けていなかったのだ。

 その甘さを、よりによって、こいつに知らされた。

言葉に詰まった私に、スティーブはせせら嗤いながら続けた。


「まあ、仕方ないか?お前のお師匠はお飾りだものな」

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