太っちょ王子と見習い召使

野々峠ぽん

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機能的なデブ

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「なぜだ!」

 ガシャ――ン!と、今度は茶器をひっくり返しながらご主人様が叫んだ。
 顔を真っ赤にして憤慨しているが、本当に聞き入れられると思っていたのだろうか。

「落ち着いて下さいご主人様」
「これが落ち着いてなぞおれるか!くそ……母上め、普段知らぬふりの癖に、こんなときは口を出してくる」

 いや、わざわざ話を持って行ったのは貴方だが。

 ご主人様は、憤懣やるかたなしという様子で、手当たり次第に物を投げている。
 私はお側に控えつつ、何が飛んできても良いようにお盆の盾をスタンバイしていた。
 これはなかなか治まらないだろうな……と完全に傍観者のていでいると、部屋に入ってくる人がいた。

「まあまあ、坊ちゃん。こんなにお部屋をちらかして」

 チロルさんだった。

 新しいお茶の用意がされたカートを押して、部屋の中を進んで行く。ご主人様がちらかして足の踏み場もない床を、器用に障害物を交わしていくカート捌きは見事の一言だ。

「エルマー君をこまらせちゃいけませんよ」
「う、うるさいぞチロル。ぼくがどうしようが勝手じゃないか」

 ご主人様はいささか罰が悪そうに、そっぽを向いた。そんなご主人様の様子は珍しいので、私がついまじまじ見ていると、ギロリと睨まれた。
 おお、怖。
 私は気むずかしい主にばれないよう、小さく肩を竦めた。


 *


「あの、チロルさん。本当にありがとうございます」

 ホウキを動かす手を止めて、私はチロルさんに頭を下げた。

 あの後、チロルさんは見事な手腕でご主人様をなだめすかし、落ち着かせてくれた。
 チロルさん特製ミルクティーを飲んだご主人様は、今は午睡の時間でグウスカ眠っているはずだ。

「やだ、そんな。困った時はお互い様じゃないですか」

 チロルさんは朗らかに言ってくれるが、私は感謝で胸がいっぱいだった。
 今だって、鬼のいぬ間に部屋の片付けをしようとすれば、「大変でしょうから」と手伝いを買って出てくれているのだ。
 本当にチロルさんは、日夜ご主人様にこき使われている私にとって、神さま同然の人だと言っていい。
 チロルさんと談笑しながら、大まかなゴミ(ご主人様が投げつけて割れた花瓶の破片など)を、ホウキでざかざかと掃き集める。
 盛大に散らかしていってくれたので、それだけでも結構な労働である。

「こんなとき、魔法を使えればなあ」

 思わず独り言を漏らすと、チロルさんに聞き返される。

「ああ、たしかエルマー君は魔法使い見習いでしたよね」
「そうなんです。まだ、監督者の許可なしには魔法の使用が認められなくて」

 魔法学校を卒業しただけでは、一人前と認められない。
 魔導士のもとで、2年の実務経験をつまないと、魔法使いを名乗ることはできないのである。そのため、私以外の同級生も魔導士について見習いをしているところなのだが……。

「それで坊ちゃんにお仕えしているのね」

 そうなのだ。
 ご主人様は、魔導士で私の師匠なのである。


 *


 魔法学校を卒業まぢか、私は途方に暮れていた。
 卒業後の私の受け入れ先が、同級生とバッティングしてしまい、受け入れ不可を言い渡されてしまったからである。

「お願いします!」

 方々に頭を下げて回ったが、時期が悪かった。
 土壇場になると、どの魔導士も担当の見習いを決めてしまっていて空きが見つからないのである。
 私だって、それを承知であったからこそかなり早いうちから受け入れ先を探し、内定をもらうために奔走してきたのだから。

 学校から紹介してもらった魔導士以外にも、飛び込みで回った所も全て無理だと言われた。
 夜も更け、疲れ果てて寮に戻ると、間の悪いことにそのバッティングした生徒と鉢合わせしてしまった。

 相手は私を見て一瞬目を丸くした後、あろうことかこんなことを言った。

「こんな時期にどこも受け入れて貰えていないなんて、よっぽど見込みがねえんだな。可哀想に」

 私は思わず、そいつの鼻っ柱に拳を叩き込んでいた。
 鼻血を噴き上げて吹っとんだそいつを省みもせず、私は寮を飛び出した。

 私は悔しかった。
 あの生徒が、直前まで受け入れ先を探しもせず遊んでいたのを知っていたからだ。
 それなのに、あの魔導士はバッティングがあったと言って、私の方の内定を反故にしたのだ。
 故郷には、私に期待してくれている家族がいるというのに、どうしたら……そう思うと胸の中が不安と焦燥に侵された。


 *


 そんな時だった。
 ご主人様と出会ったのは。
 闇雲に走っていた私は、遊山に来ていたご主人様にぶつかってしまったのだ。
 私も気が立っていたので言い争いになったところ、いきなり物々しい雰囲気の兵士に囲まれてぎょっとした。
 重ね重ね運が悪いと、己のことながら思う。まあ、それが縁で王族に仕えるようになったことを思えば、イーブンなのだろうか。

「でも、あの時は驚きました。王族ってそう簡単に市井に降りてはいらっしゃらないと思っていたので」

 しかも、メルヘニアの王族が。
 メルヘニア王国は、魔法先進国。
 メタ・アースに名を馳せる魔導士のほとんどがこの国出身であり、他国でマスター級の魔導士も学びに来るほどのレベルの高さなのだ。
 そんな魔導士達の頂点に立つのが、メルヘニア王家。
 王族自身が、マスター級の魔導士を束ねる、国内最高峰の魔導士であることは、国民全員が知っている。
 国民の8割が魔導士を目指しているものだから、王族はまさに様々な意味合いで雲上人なのだが……。

「普通はそうですよ。奥様だって一度も民の前に姿を現したことはありませんでしょ」
「ああ、確かに」
「でも、坊ちゃんは規格外ですからね。色々な意味で」
「はあ」

 確かにチロルさんのいう通り、ご主人様は規格外ではあると思う。断じて横幅という意味だけでなく。

「ご主人様が規格外なおかげで、私、この半年で掃除のスキルばかり上がってますけどね」

 私がついぼやくと、チロルさんは少し苦笑していた。

「坊ちゃんの機能的に太っているところ、生かす機会はなかなか無いですからね」


 *


 ご主人様が規格外なのは、あの体重だけではない。
 お仕えして半年になるものの、私はご主人様が魔法を使っているのを見たことがなかった。
 メルヘニア王城で日常的に魔法を使わないのは、まだ見習いの身分の私と、チロルさんのみ。
 それ以外は、上は宰相から末端の使用人に至るまで、みな魔導士ないし魔女なのである。
 調理場の下働きだって、火を起こすことから魔法で行うのだ。
 ホウキで掃除する召使なぞ私くらいのものだろう。 ご主人様が王城で一番部屋を散らかすのに、ご主人様唯一の召使である私が、魔法ではなく手動で掃除をしているのは、どうも割にあわない感じがする。

 そして魔導士でありながら、魔法を使わないのがわが主人である。
 ご主人様は、本のページをめくることすら人にやらせようとする割に、身の回りのこと一切に、魔法を使おうとはしないのだ。

「エルマーよ!鼻をほじるのでさえ、魔法を使っていたらほじくり方を忘れてしまうぞ」

 と、まったく身にならないことを仰ったことがある。
 生活をなんでも魔法に頼ることを良しとしない魔導士は少数だが存在する。
 私は王城に上がった当初、ご主人様もそういう類の方だと思っていた。(ご主人様の場合、その分私をこき使うのでなんとも言えないが)
 だが、実体はそう簡単なものではなかったらしい。
 ご主人様は使わないのではなく使えないのだ。
 火を起こしたり、物体を運んだり、小さな風を生むような基礎の魔法などの、その一切が。

  この国の王太子が、基礎魔法さえ使えない。
  それは、市井の者は知らない事実である。

 それでありながら、ご主人様はマスター級の魔導士と認定されていた。
 どういう理由によるものなのか、私はこの件についてあまり深く考えたくはなかった。

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