太っちょ王子と見習い召使

野々峠ぽん

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画期的ダイエット

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「ぼくはもう限界だ!」

 ガシャーン!!とサラダボウルをひっくり返して、ご主人様が叫んだ。

「ご主人様、サラダがこぼれました」
「うるさいぞエルマー!ぼくはそもそも野菜がだいきらいなのだ!」

 きえええっ!と怪鳥のように叫びながら、サラダボウルをぼん、と蹴っ飛ばした。
 しかし、ご主人様の短足では蹴り足の振り幅が足りなさすぎた。カス当たりしたボウルはくわんくわんと回って、彼の足元に料理長特製ドレッシングをまき散らしていた。

 ティータイムのお茶請けにサラダは、ご主人様にとってかなりストレスであったらしい。
 悔しそうに身悶えする後ろ姿を見ながら、私はチロルさんと料理長の試みは、始めて2週間目の今日を持って終わるだろうと悟った。


「エルマーよ、ぼくは別に楽をしたいわけではないのだ」

 口のまわりにバタークリームをたっぷりと塗りつけて、ご主人様は言った。2週間ぶりに好物のケーキにありついて満足したのか、機嫌良さそうに鼻をぶひ、と鳴らしている。

「ただ効率の悪いことが嫌いなのだ。ぼくは、結果は迅速に!かなりスピーディに出してナンボだと思うね。そうだろう。例えば、ここにすごく頭が良くなる薬があったのなら、ぼくはすぐに飲むぞ。そんで、勉強の時間に読書とか乗馬とか、もっと楽しいことをするのだ」

 ふふん、と得意げなデブことわが主人は、それはつまり楽をしたいということだと気がついていないのだろうか。





「だから、ダイエットも効率的なものをぼくは望むぞ」
「あ、一応ダイエットをするつもりがあったのですね」
「でなければ、サラダなんぞ2週間も食うものか」

 驚く私に、ご主人様は嫌そうな顔をして言った。
 言われてみれば、この野菜嫌いの主人にしては我慢した方である。本人もなんだかんだ言って、危機感を感じていたものらしい。

「そこで!ぼくは画期的ダイエットを考えた」

 ご主人様は得意げに丸い腹を反らしている。嫌な予感に私は身震いしながら詳細を尋ねた。

「ええと、どういうことでしょう」
「つまりだな、痩せ薬だ!王国中の魔女に命じ、効果バツグンで、体にも良く、おまけに美味しい痩せ薬を作らせよう!エルマー、急ぎ国中に布令を出すのだ!」
「ご主人様、ちょっとお顔を拝借いたします」

 私は、主人のクリーム塗れの顔をぬぐって差し上げた。ちょっとだけ力が入ってしまったかもしれないが他意はないし、故意でもない。

「何をする!」

 きいきい喚くご主人様こと豚に、口先だけで謝りながら私はため息を吐いた。

 私は、こんな人に仕えていて大丈夫なのだろうか?





ご主人様は一度言い出したら聞かないタイプだった。
あろうことか、この国の王妃である、奥様(王妃様を奥様とお呼びする習慣が何故かこの城にはある)に直談判せよとの仰せである。
奥様は、国中の魔女を束ねるお方だから、布令をだすならばあの方を通さねば、というのは筋が通るが、いかんせん持っていく内容が下らなさすぎる。

 国で二番目に偉い方の前で、アホな報告をする自分を想像するだけで、もう、私は心がゲッソリやつれてしまったようだ。

 あの後、ご主人様はこの哀れな召使を無情にも部屋から追い出し、こう宣言した。

「母上に話をつけてくるまで、部屋には入れんからな!」

 カーニバルの太鼓よろしく、16ビートのリズムで殴ってやろうかと思ったが、仕事は仕事である。主人が望むなら、一応かなえる努力をしなければならないだろう……。


 そんなわけで、私は屋敷の奥様がお住いの棟に出向いてきたわけなのだ。
 正直、めったに足を踏み入れない場所なので、動悸は激しいわ、足は子鹿のようだわで、許されるならば今すぐ帰りたいくらいだ。

  私が勤務しているご主人様のお住いの棟よりも調度品や絨毯がエレガントなのもいけない。
 ご主人様は、もっとわかりやすくテカテカしたのを好まれる成金趣味なので、あそこは親しみがなくとも威圧感も然程ないのである。

 しばらく、報告の際に通った道順通りに歩いていく。
 すると、吹き抜け天井になって、開けた場所にでた。

 その広間には私が今入ってきた通路以外には扉らしきものはない。
 かわりに三枚の肖像画が、一つの壁ごとに一枚ずつ掛けられており、それぞれが壁を覆うほどの大きさがあった。

私は、そのうちの一枚――派手なブロンドの髪を高く結い上げた美女の描かれた絵に近づいた。





「奥様、エルマーでございます。ご主人様――フレデリック様から伝言を言付かって参りました」

 絵の御前に、膝をついて礼をとる。
 すぐに応答がくるときと、1時間ほど待たされる時があるが、今日は、すぐの日のようだった。

『よく来ましたね』

 絵の中のブロンド美女が喋り出した。
  奥様の魔法だ。

なんでも、奥様はかなりの人見知りである為、こうして自らの肖像画に代役を務めさせる形でないとコミュニケーションが取れないのだそうだ。
 身の回りの世話をする使用人も側に置かないのだから徹底している。

 初めて奥様の有様を知ったときは、驚く私にご主人様は「僕でさえ誕生日くらいしか母上のお顔を見ないのだ。使用人の分際で会えるもんか」と言って鼻を鳴らしていた。

『してエルマーよ、我が息子の言伝とはなんです?』
「はっ……」

 私は一蹴される覚悟をきめつつ、ゴクリと唾を飲み込むと、そろそろと馬鹿げた話を口にした。





『駄目です』

 案の定、にべもないお返事である。

「ですよね」
『全く、あの子は楽をしようとすることに躊躇いがなさすぎます。国中の魔女の力を、ダイエットなんていう理由で使おうとするなんて……。エルマー、あなたもどうして止めないのです』
「も、申し訳ありません」

 額縁の中で、奥様は肩を怒らせている。断られることは予想していたが、思っていたよりかなりお怒りの様子に私は慌てて平伏した。

『とにかく、認められません』
『それと、チロルや料理長の厚意を無駄にしないこともです。フレデリックに、2人に感謝してサラダを食べなさいと伝えるように』
「ははっ……」

 厳しいお声の奥様に、私は慎んで命令を受けるほかない。
 このあとの、ご主人様の不機嫌を想像すると、キリキリと米神が痛くなったが、これも下っ端の宿命なのだ……。

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