太っちょ王子と見習い召使

野々峠ぽん

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デブ王子の屈辱

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「こりゃ肥満ですな」

 指先で真っ白い山羊髭をねじりながら、老医師は言った。

「は?」

対面するのは、わがご主人様。

 巨大なパパイヤじみた胴体に太短い手足をはやし、どでかパンの様な頭を乗っけた、珍妙なお姿はいつも通りである。
 しかし、常ならば血色よくふくふくしている頬は、心なし青ざめて見えた。

「な、な」

 わなわなと震えるご主人様にかまわず、老医師は髭の形を整えながら言う。

「太り過ぎ、成人病ですよ。こんだけ脂肪まみれじゃ、大事な血管があらかた詰まっちまってるでしょうな」

しかつめらしい顔のまま、老医師は続けた。

「あんた、あと10日あたりで死にますぞ」





「なんなのだ、あのヤブ医者は!」

 ブフーブフーと鼻息も荒くわめきながら、豚もといご主人様は地団駄を踏んでいた。

 ドン!ドン!と足をふみ鳴らす度に衝撃で辺りの調度品がグラグラ揺れた。
 超高級の毛足の長い絨毯は、子供の駄々くらいならその圧倒的包容力で相殺できるが、100キロを優に超えるご主人様の場合ではそうは行かないようだ。

「ご主人様、室内で四股を踏むのはおよしください。調度品が壊れたら私が奥様に叱られます」
「誰がスモウトリだ馬鹿者!」

 くわっとこちらを睨みあげるご主人様の顔は、怒りで真っ赤に染まっている。

「あの医者はとんでもない根性悪だ!ぼくの顔を見るなり肥満だなんだって……!ぼくが成人病だって?ぼくはまだ12歳だぞ!」
「残念ながら、普通の12歳は150キロも脂肪を溜め込んではいないと思いますが」
「うるさいうるさーい!ぼくはデブじゃない!ぼくは機能的に太っているのだ!」

 きいきいとご主人様の鳴き声が部屋中に響く。私は、両手で耳を覆いながら、ばれないようにため息をついた。

 ご主人様は、デブだ。

 一応仕えている方相手に、この言い草は己でもどうかと思うのだが、ご主人様の場合はこうとしか言いようがないほどのデブなので仕方ない。

なにせ、12歳にして150キロオーバーだ。これで身長の方も規格外に大きければ釣り合いが取れるが、そちらのほうは寧ろこじんまりとした100センチである。
 小さな骨組みに、無理やり規定量以上の粘土を乗せればどうなるかって、それは不恰好な造形になるものだ。
 ご主人様の造作を言うなら、パパイヤ型の腹に、膨らみすぎたパンのようなでかい顔が乗り、御進物用のハムのような太短い手足がついている、といった感じだ。

 これを素敵!可愛い、美しい!と持てはやす人とは、少なくとも私は気が合わない。
 そんな人は良からぬ考えの持ち主か、よっぽどの奇人変人に決まっているからだ。



翌日。

 依然、わがご主人様は怒っていた。
 正直、それほどに怒りが持続するように、勉強の際の集中力も持続させて欲しいものだと思う。

「でも、坊ちゃんがお怒りになるのもわかりますわ」

 テキパキとお茶の支度を整えながら、侍女のチロルさんが言った。

「私もお部屋の隅に控えてましたけど、あのお医者さん、聴診器も出していらっしゃらなかったでしょう?」
「ああ、確かに」

 私もベッドの側に控えていたのでそれは見ていた。

「お姿だけ見て、死ぬなんて言われたら坊ちゃんだって傷つくじゃないですか」

 それはそうかもしれない。
 そもそもあの老医師を喚んだのは、ご主人様が「なんだか腹が痛い!病気か?!」と大騒ぎしたからなのだが、確かに腹を診ることもしていなかった。
 わが主人がデブで成人病まっしぐらであることに異論はないが、診断の仕方は雑極まりない。

 ちなみに、あとで新しく医者を喚んで診てもらったところ、原因は食べ過ぎだそうだ。全く持って、デブらしい理由だ。

「確かに、診察料が勿体なかったですね」
「もうあの方は喚ばないことにしましょう。坊ちゃんに酷いこと言って、嫌な方ですし」
「わかりました。でも坊ちゃんのことは七割くらいは事実な気もしますけどね」

 私が毒を吐くと、チロルさんはうふふと笑った。

「確かに坊ちゃんは太っていますけど、ただそれだけじゃないんですよ。機能的なんです」

そう言って、チロルさんはお昼のお茶の用意をカートに全て乗せた。



「さ、はやく坊ちゃんのところまで持って行ってあげて下さいませ」
「すみません、昼休憩中に無理を言ってしまって」

 私は礼を言って、カートの持ち手を受け取った。
 ご主人様も、散々わめき騒いで喉も枯れていることだろう。温かいお茶を飲んで、気が休まれば良いのだが。

 ふと目線を落とせば、カートに積まれている物にかわったものがある。お茶のお供には似つかわしくないものだ。

「なんですか、これ」

 不思議に思って聞けば、チロルさんは善意溢れる笑顔で言った。

「サラダですわ。坊ちゃんは機能的ですけど、健康的ではありませんから。これからはお茶にはケーキではなく、サラダをお付けしようと料理長と相談しましたの」

 私は、心の中で崩折れた。
 無論、感激したのではない。

 この処置を聞いたご主人様が、どんなにギャーギャー暴れるか予想がつくからだ。そして、それをなだめる大変さも、だ……。

 しかし、先輩であるチロルさんと料理長が決めたことに否やを言える私ではない。
 悲しい下っ端の身分では、トホホと思いながらも「素敵な試みですね」と微笑むしかないのだ。
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