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そもそもの話の章
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光は、一心不乱にスケッチブックに鉛筆を走らせていた。手本の瓶と見比べては、せっせと線を書き足していく。書き損じの線を消さない為、主線が毛虫のようになっている。
「あれっ、北斗ー。お前、また輪ゴムで髪括ってんの?」
ふいに、よく通る明るい声が光の耳に突き刺さった。
(うっ、来た!)
ぐぎぎっ、と知らず鉛筆を握る手に力がこもった。
恐る恐る声の発信源に目をやれば、日香里が森住の尻尾のような束ね髪を、ちょいちょいとつついているのが見えた。その気安い仕草に、光は喉の奥でぐうっと呻く。
「不精だなあ。傷むからやめろって言ってんのに」
「括れたらなんでもええやん」
釘付けになっている光をよそに、二人のやりとりは続く。日香里は、自分の髪を束ねていた白いシュシュを取ると、森住の毛束をわしと掴んだ。
「仕方ねえなあ、オレの貸してやるよ。部長・副部長のよしみだ、ありがたく思えよ~」
「いや、別に――痛った! 引っ張らんといてあたた」
(うわあああ!)
光は、内心で絶叫した。日香里が、森住の広い背中に圧し掛からんばかりにくっついて、無遠慮に彼の黒髪を両手で梳いている。髪をほどいた日香里の明るいミルクティ色の髪が、すでに諦めたようにされるがままの森住の頬に零れかかっていた。
光は、見たくもないのにそんな彼らの様子から目が離せない。手に握った鉛筆がみしみしと危ない音を立てているが、それどころではなかった。
(髪留めならわたしだって持ってたのに~っ!)
森住が、輪ゴムで髪を留めていることは当然気づいていた。光は常々、その意外な大雑把さも男らしくて素敵だと思っていた。しかし、彼が髪を結うゴムが欲しいと言うなら、自分とて女の端くれ、いくらでも渡せる用意があったのに。
いま少し勇気を出してそこへ切り込んでいけたなら、日香里のように森住の髪に触れられていたかもしれない。そう思うと自分が不甲斐なく、光は鉛筆をぎりぎりと嚙み締めた。
一方、森住の髪を高く結び直して満足げな日香里は、森住の右肩に肘を置いて、スケッチブックをのぞき込んだ。
「どうよ、調子は」
「いや、瓶難しいわ。何をどうしても平たいねん」
「草。でもラベルはうまいじゃん。凝ってるし」
「そうか……いや、こいつのせいで余計に平た見えるんかしれん。消すわ」
「消すなよ、もったいない! どうせなら次の紙にいけって」
ぽんぽんと交わされる二人のやりとりに、光はしょんぼりとうなだれた。
(先輩たち、楽しそう……)
日香里と森住は、同じ三年で仲が良い。同学年の二人が話していると、決して邪魔にされているわけでもないのに、なんとなく口を挟みづらくなってしまうのだ。
それに何より、光には絵のことがよくわからない。美術部に入るまで、鉛筆の使い方も知らなかった、完全なニワカであるからだ。
二人が楽しそうに話しているように、自分が話せる気がしない。だから、余計に寂しくなってしまうのかもしれなかった。
ふいに、ぽんと肩に手を置かれる。絵の具まみれの指と、ぶかぶかのシャツを目で辿った先に、悪戯っぽい笑みを浮かべた日香里の端正な顔があった。
「光、調子どうだ?」
「冬ちゃん先輩」
日香里は聞きながら、すでに光のスケッチブックをのぞき込んでいた。光は、ただでさえ下手なのに、線を重ねすぎて真っ黒になった絵を見られて、かなり極まりが悪かった。ところが、
「へえ、上達したなあ」
「え?」
日香里は、絵をつくづくと見て、しきりに頷いている。光は驚いて、顔をあげた。
「でも、なんか真っ黒になっちゃって」
「やらかい鉛筆使ってりゃこうなるさ。それに、消さないのがえらい! な、北斗」
「おぉ、そうやな……なんや含み感じるけど」
「気のせい気のせい。うん、ここも立体意識して描いてるのわかるよ。四月は全部真っすぐに描いてたのに、進歩してるなー」
「本当ですか?!」
日香里は後ろから、ここが描けてる、ここが良いと逐一指をさして褒めてくれた。指摘された箇所は全て、頑張って描いた部分であった。現金な光は、ぱあっと表情を明るくし、日香里に向かって己が努力を力説する。
「あのっ、前に瓶を描いたとき、瓶のガイド線を意識したらいいよって言ってくれたじゃないですか! それやってみたんです!」
手本の瓶の透明の物には、黒のマジックで胴体を輪切りにしたパインのように線を引いてあった。
四月、初めての瓶に苦戦する光に「この瓶の胴は丸い丸いって思って描くといいぞ」と、日香里が線を描いて見せたものだ。
「えらいえらい! 光はちゃんと覚えてくれるから、教えがいあるわ~」
「そうですかぁ? えへへ」
よしよしと頭を撫でられて、光は得意満面で胸を張った。
「やるなあ、藤間さん。おれも負けてられへんわ」
「森住先輩……!」
森住も、光のスケッチブックと瓶とを見比べて、感心そうに頷いている。光はあんまり褒められて照れくさくもあったが、やはり嬉しかった。
(よし! もっと頑張るぞ!)
自信とやる気が、どんどん胸の内に湧きあがった。光は、気合をこめて鉛筆を握りなおすと、またスケッチブックに向き直った。
真剣に瓶を見る光の横顔を、三年生二人が微笑ましそうに見守っていた。
***
ますます勢いを増した雨が叩きつけられて、窓がカタカタと音を立てている。
「冬さん。自分の絵はええんか」
流石に疲れを感じたところで、休憩をとることになった。
缶コーヒーを飲んでいた森住が、「そういえば」という感じで声をあげる。光も思わず、鞄を探っている日香里の方を見た。
日香里は、今度のコンクールに出す作品の追い込みの時期であった。
彼女は、油絵で何度も大きな賞を貰っており、今回も良い結果を期待されている。このところ、朝も夕もその絵にかかりきりであったはずだ。
それが、今日はえらくのんびりして見える。
「ああ、大丈夫。できたよ」
「!」
「わあっ、おめでとうございますっ!」
森住の問いに、日香里はドーナツを齧りながら、あっけらかんと答えた。森住は、きらりと目を輝かせ、椅子から勢いよく立ち上がる。光もまた、はしゃいだ声で完成を祝った。
「あはは、サンキュー。つっても、まだちょっと修正しようと思ってるんだけどさ」
「ほな、まだ絵は見られへんのやな」
日香里が、絵が完成するまで絶対に他人の目に触れさせないことは美術部では周知のことであった。制作途中を見られると、完成させるモチベーションが保てないらしい。その為、日香里はいつも美術準備室に籠って絵を描いている。
森住は、心底残念そうな様子で、椅子に腰を下ろした。日香里は笑いながら、しょんぼり落ちている森住の肩を2,3回軽く叩いた。
「悪いなあ、北斗。明日まで待っててくれよ。ちょいちょい触るとこあるだろうけど、今日中には絶対完成させるから」
「そうか! もうすぐに完成するんやな。……明日が待ち遠しいわ」
日香里の言葉に、森住がぱっと顔を明るくする。それから、嬉しさを噛み締めるように呟いて、唇を綻ばせた。
光はその様子を、森住の斜め後ろから複雑な感情で見ていた。
照れ屋の性である森住は、あまり笑う方ではない。光も、彼を笑わそうと色々してみるのだが、勝率は低かった。
それが、日香里の絵を見られるというだけで、こんなに簡単に笑顔を見せてくれるのだ。
(森住先輩は、冬ちゃん先輩の絵のファンだもんね。それはわかってるんだけど……)
ペットボトルの口をがじがじ噛んでいると、突如にゅっと腕が視界に伸びてきた。日香里が、パック入りのドーナツを差し出している。
「光、チョコ食える? オレさっそく描きに行くから、貰ってくんないかな」
「えっ、好きです。いいんですか?」
「いーのいーの、一個食べたら甘くなっちゃって。あ、でも無理しなくていいからな。多かったら北斗にでも食わせといて。カバ並みに何でも食うから」
「誰がカバや」
日香里は、抗議する森住をスルーし、光に向けてウインクすると、ぱっと身を翻した。それから座っていた椅子を片付けて、スケッチブックと鞄を脇に抱えると、颯爽と美術準備室の方へと歩き出す。
「じゃー、二人ともお疲れさん。鍵はオレがかけるから、気にせず帰ってくれな」
「あっ、お疲れ様です! ありがとうございましたっ」
準備室の扉の前で、日香里が片手を上げて振り返った。光は、来た時と同じくらい唐突な去り際に驚いていたが、慌てて立ち上がって、頭を下げた。森住は座ったまま、片手を軽く上げる。
「お疲れさん。絵、楽しみにしてるわ」
「おう!」
快活な笑みを二人に向けて、日香里が扉に手をかけた――ときだった。
――バン!
突如、外の雨に負けない大きな音が響いた。全員が、驚愕して音の発生源である、美術室のドアを振り向いた。
「うお、なんだなんだ?」
「何かぶつかったらしいな」
森住が様子を見に立つと、その後ろにどやどやと日香里もついていく。光は、なんとなくデジャブを感じつつ、慌てて二人の後に続いた。
森住が取っ手に手をかけて、戸をためらいなく開いた。
すると、薄暗い廊下には、丸い黒い塊が転がっていた。
よく見れば、それは床に座り込んだ人である。
「トミー?」
森住の背中から顔を出した日香里が、胡乱気に呟いた。その声に、塊はバッと素早い動作で顔を上げた。
合服移行期間も終了目前にして、真黒い学ランを纏ったその人物は、三人の視線を集め、きょろきょろと落ち着きなく視線をさ迷わせていた。
「何やってんだよも~、こんなとこで」
やれやれと頭を掻きながら、日香里が前に出て未だ転んだままの少年に手を差し出した。その手に縋るように掴まって、ようやく立ち上がった彼の胸元には、大きな黒いカメラが下がっている。その使い込まれたストラップには、ポスターカラーで「冨嶋螢」と書かれていた。
日香里に促されるまま、首を亀のように竦めて室内に足を踏み入れる少年――彼が藤空木高校の、最後のフジマヒカリであった。
「あれっ、北斗ー。お前、また輪ゴムで髪括ってんの?」
ふいに、よく通る明るい声が光の耳に突き刺さった。
(うっ、来た!)
ぐぎぎっ、と知らず鉛筆を握る手に力がこもった。
恐る恐る声の発信源に目をやれば、日香里が森住の尻尾のような束ね髪を、ちょいちょいとつついているのが見えた。その気安い仕草に、光は喉の奥でぐうっと呻く。
「不精だなあ。傷むからやめろって言ってんのに」
「括れたらなんでもええやん」
釘付けになっている光をよそに、二人のやりとりは続く。日香里は、自分の髪を束ねていた白いシュシュを取ると、森住の毛束をわしと掴んだ。
「仕方ねえなあ、オレの貸してやるよ。部長・副部長のよしみだ、ありがたく思えよ~」
「いや、別に――痛った! 引っ張らんといてあたた」
(うわあああ!)
光は、内心で絶叫した。日香里が、森住の広い背中に圧し掛からんばかりにくっついて、無遠慮に彼の黒髪を両手で梳いている。髪をほどいた日香里の明るいミルクティ色の髪が、すでに諦めたようにされるがままの森住の頬に零れかかっていた。
光は、見たくもないのにそんな彼らの様子から目が離せない。手に握った鉛筆がみしみしと危ない音を立てているが、それどころではなかった。
(髪留めならわたしだって持ってたのに~っ!)
森住が、輪ゴムで髪を留めていることは当然気づいていた。光は常々、その意外な大雑把さも男らしくて素敵だと思っていた。しかし、彼が髪を結うゴムが欲しいと言うなら、自分とて女の端くれ、いくらでも渡せる用意があったのに。
いま少し勇気を出してそこへ切り込んでいけたなら、日香里のように森住の髪に触れられていたかもしれない。そう思うと自分が不甲斐なく、光は鉛筆をぎりぎりと嚙み締めた。
一方、森住の髪を高く結び直して満足げな日香里は、森住の右肩に肘を置いて、スケッチブックをのぞき込んだ。
「どうよ、調子は」
「いや、瓶難しいわ。何をどうしても平たいねん」
「草。でもラベルはうまいじゃん。凝ってるし」
「そうか……いや、こいつのせいで余計に平た見えるんかしれん。消すわ」
「消すなよ、もったいない! どうせなら次の紙にいけって」
ぽんぽんと交わされる二人のやりとりに、光はしょんぼりとうなだれた。
(先輩たち、楽しそう……)
日香里と森住は、同じ三年で仲が良い。同学年の二人が話していると、決して邪魔にされているわけでもないのに、なんとなく口を挟みづらくなってしまうのだ。
それに何より、光には絵のことがよくわからない。美術部に入るまで、鉛筆の使い方も知らなかった、完全なニワカであるからだ。
二人が楽しそうに話しているように、自分が話せる気がしない。だから、余計に寂しくなってしまうのかもしれなかった。
ふいに、ぽんと肩に手を置かれる。絵の具まみれの指と、ぶかぶかのシャツを目で辿った先に、悪戯っぽい笑みを浮かべた日香里の端正な顔があった。
「光、調子どうだ?」
「冬ちゃん先輩」
日香里は聞きながら、すでに光のスケッチブックをのぞき込んでいた。光は、ただでさえ下手なのに、線を重ねすぎて真っ黒になった絵を見られて、かなり極まりが悪かった。ところが、
「へえ、上達したなあ」
「え?」
日香里は、絵をつくづくと見て、しきりに頷いている。光は驚いて、顔をあげた。
「でも、なんか真っ黒になっちゃって」
「やらかい鉛筆使ってりゃこうなるさ。それに、消さないのがえらい! な、北斗」
「おぉ、そうやな……なんや含み感じるけど」
「気のせい気のせい。うん、ここも立体意識して描いてるのわかるよ。四月は全部真っすぐに描いてたのに、進歩してるなー」
「本当ですか?!」
日香里は後ろから、ここが描けてる、ここが良いと逐一指をさして褒めてくれた。指摘された箇所は全て、頑張って描いた部分であった。現金な光は、ぱあっと表情を明るくし、日香里に向かって己が努力を力説する。
「あのっ、前に瓶を描いたとき、瓶のガイド線を意識したらいいよって言ってくれたじゃないですか! それやってみたんです!」
手本の瓶の透明の物には、黒のマジックで胴体を輪切りにしたパインのように線を引いてあった。
四月、初めての瓶に苦戦する光に「この瓶の胴は丸い丸いって思って描くといいぞ」と、日香里が線を描いて見せたものだ。
「えらいえらい! 光はちゃんと覚えてくれるから、教えがいあるわ~」
「そうですかぁ? えへへ」
よしよしと頭を撫でられて、光は得意満面で胸を張った。
「やるなあ、藤間さん。おれも負けてられへんわ」
「森住先輩……!」
森住も、光のスケッチブックと瓶とを見比べて、感心そうに頷いている。光はあんまり褒められて照れくさくもあったが、やはり嬉しかった。
(よし! もっと頑張るぞ!)
自信とやる気が、どんどん胸の内に湧きあがった。光は、気合をこめて鉛筆を握りなおすと、またスケッチブックに向き直った。
真剣に瓶を見る光の横顔を、三年生二人が微笑ましそうに見守っていた。
***
ますます勢いを増した雨が叩きつけられて、窓がカタカタと音を立てている。
「冬さん。自分の絵はええんか」
流石に疲れを感じたところで、休憩をとることになった。
缶コーヒーを飲んでいた森住が、「そういえば」という感じで声をあげる。光も思わず、鞄を探っている日香里の方を見た。
日香里は、今度のコンクールに出す作品の追い込みの時期であった。
彼女は、油絵で何度も大きな賞を貰っており、今回も良い結果を期待されている。このところ、朝も夕もその絵にかかりきりであったはずだ。
それが、今日はえらくのんびりして見える。
「ああ、大丈夫。できたよ」
「!」
「わあっ、おめでとうございますっ!」
森住の問いに、日香里はドーナツを齧りながら、あっけらかんと答えた。森住は、きらりと目を輝かせ、椅子から勢いよく立ち上がる。光もまた、はしゃいだ声で完成を祝った。
「あはは、サンキュー。つっても、まだちょっと修正しようと思ってるんだけどさ」
「ほな、まだ絵は見られへんのやな」
日香里が、絵が完成するまで絶対に他人の目に触れさせないことは美術部では周知のことであった。制作途中を見られると、完成させるモチベーションが保てないらしい。その為、日香里はいつも美術準備室に籠って絵を描いている。
森住は、心底残念そうな様子で、椅子に腰を下ろした。日香里は笑いながら、しょんぼり落ちている森住の肩を2,3回軽く叩いた。
「悪いなあ、北斗。明日まで待っててくれよ。ちょいちょい触るとこあるだろうけど、今日中には絶対完成させるから」
「そうか! もうすぐに完成するんやな。……明日が待ち遠しいわ」
日香里の言葉に、森住がぱっと顔を明るくする。それから、嬉しさを噛み締めるように呟いて、唇を綻ばせた。
光はその様子を、森住の斜め後ろから複雑な感情で見ていた。
照れ屋の性である森住は、あまり笑う方ではない。光も、彼を笑わそうと色々してみるのだが、勝率は低かった。
それが、日香里の絵を見られるというだけで、こんなに簡単に笑顔を見せてくれるのだ。
(森住先輩は、冬ちゃん先輩の絵のファンだもんね。それはわかってるんだけど……)
ペットボトルの口をがじがじ噛んでいると、突如にゅっと腕が視界に伸びてきた。日香里が、パック入りのドーナツを差し出している。
「光、チョコ食える? オレさっそく描きに行くから、貰ってくんないかな」
「えっ、好きです。いいんですか?」
「いーのいーの、一個食べたら甘くなっちゃって。あ、でも無理しなくていいからな。多かったら北斗にでも食わせといて。カバ並みに何でも食うから」
「誰がカバや」
日香里は、抗議する森住をスルーし、光に向けてウインクすると、ぱっと身を翻した。それから座っていた椅子を片付けて、スケッチブックと鞄を脇に抱えると、颯爽と美術準備室の方へと歩き出す。
「じゃー、二人ともお疲れさん。鍵はオレがかけるから、気にせず帰ってくれな」
「あっ、お疲れ様です! ありがとうございましたっ」
準備室の扉の前で、日香里が片手を上げて振り返った。光は、来た時と同じくらい唐突な去り際に驚いていたが、慌てて立ち上がって、頭を下げた。森住は座ったまま、片手を軽く上げる。
「お疲れさん。絵、楽しみにしてるわ」
「おう!」
快活な笑みを二人に向けて、日香里が扉に手をかけた――ときだった。
――バン!
突如、外の雨に負けない大きな音が響いた。全員が、驚愕して音の発生源である、美術室のドアを振り向いた。
「うお、なんだなんだ?」
「何かぶつかったらしいな」
森住が様子を見に立つと、その後ろにどやどやと日香里もついていく。光は、なんとなくデジャブを感じつつ、慌てて二人の後に続いた。
森住が取っ手に手をかけて、戸をためらいなく開いた。
すると、薄暗い廊下には、丸い黒い塊が転がっていた。
よく見れば、それは床に座り込んだ人である。
「トミー?」
森住の背中から顔を出した日香里が、胡乱気に呟いた。その声に、塊はバッと素早い動作で顔を上げた。
合服移行期間も終了目前にして、真黒い学ランを纏ったその人物は、三人の視線を集め、きょろきょろと落ち着きなく視線をさ迷わせていた。
「何やってんだよも~、こんなとこで」
やれやれと頭を掻きながら、日香里が前に出て未だ転んだままの少年に手を差し出した。その手に縋るように掴まって、ようやく立ち上がった彼の胸元には、大きな黒いカメラが下がっている。その使い込まれたストラップには、ポスターカラーで「冨嶋螢」と書かれていた。
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