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試練1:勇者に必要なもの
市役所ラプソディ1
しおりを挟む「君は、勇者に必要なものとはなんだと思う?」
目の前の、壮年の男性に突然問われる。目鼻立ちの整った、ダークグレーの髪が印象的な風貌だ。頭の中に今まで熱中したRPGの総集編を思い浮かべ、旅立ちの場面に思いを馳せたおれは、もう一度目の前の人物を見返した。
やはり旅立ちの場面にはなんとかの祠とか、神殿とかが似つかわしい。
しかし、ここは市役所のカウンターの前だ。
そして、勇者とはなんぞやを問う人物は、往年の英雄とか、魔導士とか、そんなのが望ましい。
しかし、目の前にいるのは品のいいスーツをパリッと着こなすひとりの男性だ。
再び軽く頭痛が押し寄せる。こめかみに手を当て、おれは息をついた。
おれは、たしかマイナンバーの登録確認と、カードの発行をしに市役所にやってきたのだ。変わったことといえば、入り口で勢いよく走り出てきた数人の人物とぶつかったことくらい。よっぽど急いでいたらしく、振り向いた時にはもう姿が見えなかった。大して気にも留めずに、エントランスを抜け、市民課に辿りついた、ところで微かな違和感を感じた。
何が、というわけでもないのだが、カウンターの並び方とか、職員の声のトーンとか、ソファに座って順番待ちしている人々の表情とか、ATMの音声ガイダンスとかが、なんだかいつもと違う。
身体に馴染まないとでもいうのか、耳につくようでうまく拾えない。距離感が掴めない。おれ以外のものがそっくりそのまま、ごそりと入れ替えられてしまったように感じた。
それでも用事を済まさないわけにもいかず、奇妙な違和感をやり過ごしながら、番号票を取って名前が呼ばれるのを待った。すると、呼ばれるであろうカウンターとは逆方向からおれの名前が聞こえた。
「あなたのナンバーは無効です」
カウンターの向こうにいる、あまり市役所の職員ぽくない男性が静かにそう告げた。
「はぁ……。無効、とは?」
カードの申請をついつい先延ばしにしていたから、問題でもあったのだろうかと思って聞き返すと、職員らしき男性は嘆かわしそうに軽く首を振った。
「数字が一桁足りないのです。このままでは、あなたが何者かを証明することができません」
えらく大層に言われている気がするが、そもそもの番号通知に不備でもあったのだろうか。そうだとすればどこに問い合わせればいいのだろう。
「一応、身分証明はありますけど。免許証とか。番号が間違ってるってことですか?」
おれはしがないフリーターだが、毎日きちんと働いているし、国民保険にだって入っている。マイナンバーの番号がおかしいくらいで何者かを疑われてはたまらない。とりあえず身分証明になるものを探そうと財布を取り出すと、男性はそれを柔らかく制した。
「そんな紙切れでは、あなたが何者かをきちんと伝えることはできません。そうですね。数字が足りないのなら、ここでその一桁の数字を探してみられてはどうですか?」
「……は?」
いよいよ話が見えなくなってきた。数字を探すって、どういうことだ。どこかに問い合わせて検索でもしてくれるのかと一瞬思ったが、男性の聞き方にはそういう現実的な温度とニュアンスが感じられなかった。なんというか、もっと壮大につかみどころのない感触が、その言葉には見え隠れしていた。
「いや、まぁいますぐないと困るものでもないので……」
やはり何かがおかしい。目に見える部分が一応「まとも」であることが余計に不気味だった。とりあえずこの場を去ろうとしたおれを、いつの間にかカウンターから出てきていた職員、みたいな男性ががしりと掴む。
「いえいえ、これは重要です。自分が何者かをわからずにここを出て暮らしていくのは大変ですからね。今からあなたを担当の部署に案内しますから、安心してください」
いかにも親切そうににこりと微笑まれ、異様に強い力でずるずると引っ張られておれは市民課の奥の奥の、そのまた奥のカウンターまで進んだ。
この市役所がこんなに広いなんて知らなかった。しかも、どう考えても役所の造りとしてはおかしい、消防法に触れまくるんじゃないかという細いくねくねとした通路を進んだものだから、自分が今どこにいるのかを把握することはできなかった。
―そして、今に至る。
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