色色彩彩ーイロイロトリドリー

えい

文字の大きさ
22 / 38
3色:蒼天の露草色

6.雫に潜むもの

しおりを挟む
「……色が、ない」

「彩さん、いつからこの子と一緒にいました?」

蘇芳は薄暗い色合いに染められたスケッチブックのページを閉じ、表紙についた雨粒を首に巻いていたストールでふわりと拭う。肩に掛けていた黒のリュックから小ぶりな折りたたみの傘を出すと、手早く開いて女の子に持たせた。

「ついさっきだよ。講義が終わったら蘇芳が出てくるんじゃないかって話をして……」

言いながら、周囲を見回す。どこかに「色喰い」がいるはずだ。しかし、女の子の絵から失われていた色彩は、かなりの広範囲に及んでいる。今まで、「色喰い」が複数の色を同時に侵食するのに出くわしたことはなかった。そして、ここまでこの「現象」が進んでいるにも関わらず、はっきりと色喰いの姿や気配を捉えることができないことも、なかったのだ。

「……っていうか、蘇芳もまだ、『色』が見えてるのか?」

おれは、この「力」の副産物で、完全に色を喰われてしまわない限り視覚を失うことはない。しかし、蘇芳は(一応)ただの人間(のはず)だ。おれと同じように、周囲を見回す蘇芳の表情はいつもと変わらず、「色」にまつわる記憶や思考を失うことで、一時的にどこか朦朧としたような状態に陥る、「色喰い」に出会ったときの特有の症状も起こってはいないようだった。とすれば、こいつの目には、まだ失われかけている自然の色が見えているということだろうか。

「……? 見えてますけど。そんなことより、とりあえずこの子、図書館の中にでも入れた方が良くないですか? 雨もずいぶん降ってきましたし」

蘇芳はこともなげにそう言って、どこかぼんやりとした瞳でおれたちを見上げる女の子をベンチから降ろすと、雨の滴でつやつやと光るランドセルに手を添えて図書館の方へ押しやる。その手つきは優しく、自分は雨に濡れているにも関わらず、さっき持たせた折り畳み傘をもう一度女の子の頭上にしっかりと掛け直した。

「そうだな。蘇芳は一緒に行ってやって。たしかにこの雨、けっこう本降りになってきた……」

言いかけて、ふと何かを見落としているような感覚に言葉を噤んだ。蘇芳が女の子の手を引いて図書館の入り口に向かう後ろ姿を眺めながら、おれたちの間に降り注ぐ透明な線にそっと手を伸ばす。その軌跡を辿るように見上げた先には、重々しく立ち込める鉛色の、厚い雲が鎮座していた。あの子が描きたいと望んだ、「おばあちゃん」との思い出の景色、その背景を彩るはずだった澄んだ青空を、完全に覆い隠すように。

「……! だ……!!」

天から放たれる、無数の糸のような直線は、地上に次々と突き刺さる。本来は、根を葉を潤す恵みであるはずのその滴を、信じて受け止めた植物たちの「魂」を奪うために。「色喰い」の妖力は、この雨の滴に溶け込んでいるのだ。おそらく、大元は不自然なほど重々しく、鈍い鉛色を湛えているあの雨雲。頭上を見上げ、じっと目を凝らすと微かに蠢く黒い靄が見えた気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...