色色彩彩ーイロイロトリドリー

えい

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4色:偽りの金色

5.偽りの色

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 多忙な恭介と生協の前で別れ、研究棟に向かって歩き出すと、背後から呼び止められた。

「彩さん」

なんだか久しぶりに聴く声だ。ちょうど昼時で、前期試験も近づいているこの時期、生協はいつもよりも格段に賑わっている。その賑わいの中で見落としたのだろうが、後ろから声を掛けてきたということは、蘇芳もあの空間にいたのだろう。振り返って眺めた蘇芳は、ダークグレーのプリントTシャツと細身の黒いジーンズ姿で、いつもどおりの黒髪を微かな風に靡かせながら、こちらに向かって歩いてきた。整った顔立ちが、どこかもの言いたげな表情に見えることに微かな違和感を感じたが、おれは軽く手を挙げてへらりと笑った。

「よぅ、蘇芳」

久しぶりだな、とつい言いかけて口を噤んだ。久しぶりなわけじゃない。蘇芳にとっては、なはず。そんな、無数に積みかさねてきたはずの習慣さえ、この漆黒の眼に捕らえられるとひどく頼りないもののように思えてきてしまう。

蘇芳は黒い瞳でじっとおれを眺めた。どこか探るような目で。最近は、こいつにこんな風に眺められることもなくなっていたから、緩んでいた警戒心はワンテンポ遅れて呼び起こされる。……今、蘇芳がこんな目でおれを眺める理由なんてないはずなのに。

しばらくぶりに味わう、足元のおぼつかない感覚を振り払うようにおれはにっと笑ってみせた。

「なんだ、不機嫌そうな顔して。腹でも減った? これ、食う?」

白衣のポケットを探り、恭介がくれたカラフルなグミの袋を取り出した。小さなビーンズ型のグミが袋の中でかさりと音を立てる。蘇芳はおれの手元をちらりと一瞥してから、すぐにこちらに視線を戻した。

「……お久しぶりですね。彩さん」

静かに告げられた言葉に、おれは目を瞠った。同時に、背中を冷たい感触が走り抜ける。思わず手に持った小さな袋を取り落としそうになり、慌ててポケットに押し込んだ。

「……なに、言ってるんだよ。久しぶりなんかじゃ、ないだろ」

おまえにとっては、違うはず。おれがを、蘇芳は知らないはずだ。他の人たちと、同じように。

「1週間、なにをしてたんですか? ……誰にも、何も言わずに」

「……蘇芳……おまえ……?」

視線が目の前の男に縫い留められる。嘘だ。早鐘を打つように身体中に鳴り響く心臓の音が煩わしい。なにを動揺しているんだと自分に呆れた。今さら……こんなたったひとりの人間相手に、おれはどうしてここまで、呼吸を、思考を、塗りつぶされているのだろう。

「特に何かがあったわけじゃないです。けど、数日姿を見ないのも珍しかったので、また暑さでへばってでもいるのかと思ったんですよ。……だから、彩さんの様子を聞きました。研究室の人とか……小柴先輩とかに」

「……嘘だ」

「嘘じゃありません。逆に、なんで嘘だと思うんですか?」

「……だって、そんなこと聞けるはずがない。……おれは、おまえの前にも姿を見せなかったのに」

「…………彩さん」

「…………」

「……彩さんの言う意味はわからないですけど、おれが言っていることは本当です。いろんな人に彩さんのことを聞いた……けど、誰もあなたのことを。あなたがこうして、ここにいるときはわかるのに。あんなに大事に思っているのに」

蘇芳の目は、まっすぐにおれを見る。初めて、おれの「力」を目にしたときと同じように、ブレずにまっすぐ。でも、本当にあのときと同じ目を蘇芳がしていたのかはわからなかった。おれが、蘇芳の目を同じように見返すことができなかったからだ。あの時よりもずっと、蘇芳が次に放つ言葉が怖かった。

おれは、蘇芳がおれから逃げない限り、こいつのそばにいると決めた。その決意の意味を、突きつけられるのが怖かった。蘇芳がおれのことを本当に知ったとしたら……そして、おれから逃げ出したとしたら、おれはこの手を離さなければいけない。……それがなぜだかものすごく怖くて、悲しかった。

蘇芳は一度すっと息を吸い、少しだけ目を伏せて、自分の掌に視線を落とした。そこに刻まれた感触を、もう一度確かめるように。それから顔を上げて、おれを見る。

「……ここに、この大学に、『御影みかげ彩人あやと』というは、いないんでしょう」

「…………っ……」

「…………彩さん、…………あなたは、誰なんですか?」

蘇芳の静かな声が耳を掠める。その質問の意味を知りたくなくても、この漆黒の目はおれに適当な逃げ道なんてくれはしない。それはいつものことで、おれはそんなこいつの隣に立つことを決めたのだ。蘇芳が逃げ道を与えないのは、本当は自分自身に対してなんだということも知っている。こいつが、どんな「色」の存在からも目を逸らさないことも知っている。だから、おれの「偽り」を見抜いた。

蘇芳が「安っぽい」と言った、金色の髪を揺らして生温い風が吹く。

こうしてこいつと向き合うのが最後なのかなと思ったら、見慣れすぎた風景に浮かび上がる深い黒が、皮肉なほど鮮やかに瞳に滲んだ。
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