66 / 366
間章1【瘴脈討伐】
勇者様御一行のお仕事(4)
しおりを挟む
山中に現れた小屋は、見張り小屋と言いつつもなかなかしっかりした石造りの、小さな砦のようだった。小屋というほど小さくはなく、だが砦と呼べるほど大きくもないが。
おそらく巡回討伐に来た冒険者たちが万が一手に負えなかった時、逃げ込んで籠城することも想定しているのだろう。中は数十人ほど収容できる程度の広さが確保されていた。
「なによ、小屋じゃないじゃない」
「こらまた思ったよりかしっかりしたモンば拵えとんしゃるね」
「まあ、木造の“本当の小屋”だと頻繁に壊されて、そのたびに建て直さなければならないでしょうね」
口々に言いながら、彼女たちは砦小屋の門を押し開けて中へと入る。中は無人らしく出迎えなどもないが、元より誰か残っていると聞いているわけでもないから気にすることもない。
そして彼女たちは脚竜を厩の柱に繋ぎ、その背から荷物を下ろし、食材を取り出して早速晩食の準備にかかる。調理当番はたいていの場合ミカエラだ。
レギーナは調理などしたこともないし、ヴィオレは保存食以外用意しようとしない。クレアはまだ子供なので刃物を扱わせるのは憚られる。彼女がもう少し成長すれば包丁の扱い方を教えてもいいだろう、とミカエラは考えている。
「今さら言うこっちゃないばってん、おいちゃんばつのてくりゃよかった」
調理も御者もできると言っていた彼の言葉を思い出して、食材を切り分けながらミカエラが独りごちる。彼が多少なりともきちんとできるようなら、ミカエラの負担はずいぶんと減るだろう。
そしてあの日の川魚の昼食の手際を思い返せば、その期待は大だ。
「だ、ダメよ彼はまだ契約期間じゃないんだから!」
耳ざとく聞きつけて、慌てたようにレギーナが言う。確かに彼と結んだ正式な契約期間は「出立から目的達成まで」であり、今はまだ出立前の準備期間だから、厳密にはまだ契約は発生していない。
だが彼女が顔を赤くして否定してくる理由はそれではないとミカエラには分かっている。
「なァん?まァだ恥ずかしがっとっとね姫ちゃん」
「えっいや違…そんな事言ってないじゃないの!」
「そげん誤魔化さんでちゃよかて。ここはウチらしかおらんっちゃし、ウチらの仲やんね」
「違うって言ってるでしょ!私は筋を通したいだけなの!」
筋を通したい、という点で嘘は吐いていない。ただ誤魔化したいのもまた事実だ。そしてそれがバレバレなの「が」恥ずかしい。
うん、そう。誤魔化したいのをバレてるのが恥ずかしいのよ私は。決してあの男がどうのこうのじゃないの。本当よ!
「…………なーんか、力一杯自分に言い聞かせよるごたんね姫ちゃん?」
ミカエラにジト目で見つめられた。ホントこの娘は下手に付き合いが長いから、何でも見透かしてきて扱いに困る。そう嘆息するレギーナである。まあ言わなくても察してくれるから、その点は助かってるけど。
ミカエラが砦小屋の食堂と間続きの厨房に置いてあった着火器に火をつける。どう見ても放置されていたとしか思えないが壊れてはいなかった。でも多分、魔鉱石への魔力充填は彼女が今自分でやったのだろう。
彼女はそこに持参の鍋をかけ、魔術で大気中から水分を抜き出して鍋を満たす。沸騰したあとさっきまで刻んでいた食材と調味料を放り込んで煮つめればスープの出来上がりだ。
鍋や包丁など調理道具はミカエラが必ず持ち歩いている。食材も可能な限り彼女かヴィオレが準備する。他人を疑うわけではないが、レギーナがエトルリアの姫であることもあって、念のために毒への警戒をしているわけだ。
まあ姫であると同時に勇者なので、多少の毒程度なら簡単に魔力抵抗してしまえるのだが、だからといって警戒を怠る理由にはならないのだ。
しばらくしてスープが仕上がり、美味しそうな匂いを立ち上らせる鍋をミカエラが食卓に運んでくる。各々が木皿を手に取りスープを注ぎ分け、その間にヴィオレがパンをいくつも籠に盛って鍋の横へ置く。あらかじめ彼女がラグの街で買っておいた白パンで、味見と毒見を兼ねて食べたが味も柔らかさも概ね及第点だった。
「ところでミカエラってさ」
「なァん?」
「こういう料理とかってどこで覚えたの?」
「爺ちゃんと旅ばしよったとき」
彼女はレギーナと出会う前、まだ子供の頃に3年ほど祖父と世界中を当てもなく旅していたことがあるという。その時に諸事情あって野宿を強いられることも多く、それで一通りの炊事は覚えたのだという。御者の技術もその時に身につけたのだそうだ。
「うちの爺ちゃんがくさ、そげんとなーんもしきらんくせしてホイホイ野宿したがるっちゃん。そやけんウチが覚えなどげんもならんやった」
「ファビオ様もなかなか無鉄砲でいらっしゃるわね…」
「そのくせウチとの二人旅にえらいこだわってからくさ。『可愛か孫との旅なんやけん誰にも邪魔やらさせん』て言い張ってから、ほんなこつ往生したばい」
「まあファビオ様らしいけど…」
知ってた。
神教の教団最高位である主祭司徒まで務めた彼女の祖父が、ただの孫バカだったことを思い出して苦笑するしかないレギーナである。
だが十代前半の孫娘に負担をかけるのはどうなのか。
「まあウチがなんかしてやる度に大喜びすっけん悪い気はせんやったばってん。それにこうして今役立っとるけんね」
まあ彼女がそう言って笑ってられるのなら、いいか。
「さ、食べたら今日はもう休みましょ。明日は“大掃除”なんだから」
そう言ってレギーナは空になった木皿をテーブルに置いた。向こうではすでに食べ終えたクレアが荷物から自分の寝袋をさっさと取り出し始めている。
おそらく巡回討伐に来た冒険者たちが万が一手に負えなかった時、逃げ込んで籠城することも想定しているのだろう。中は数十人ほど収容できる程度の広さが確保されていた。
「なによ、小屋じゃないじゃない」
「こらまた思ったよりかしっかりしたモンば拵えとんしゃるね」
「まあ、木造の“本当の小屋”だと頻繁に壊されて、そのたびに建て直さなければならないでしょうね」
口々に言いながら、彼女たちは砦小屋の門を押し開けて中へと入る。中は無人らしく出迎えなどもないが、元より誰か残っていると聞いているわけでもないから気にすることもない。
そして彼女たちは脚竜を厩の柱に繋ぎ、その背から荷物を下ろし、食材を取り出して早速晩食の準備にかかる。調理当番はたいていの場合ミカエラだ。
レギーナは調理などしたこともないし、ヴィオレは保存食以外用意しようとしない。クレアはまだ子供なので刃物を扱わせるのは憚られる。彼女がもう少し成長すれば包丁の扱い方を教えてもいいだろう、とミカエラは考えている。
「今さら言うこっちゃないばってん、おいちゃんばつのてくりゃよかった」
調理も御者もできると言っていた彼の言葉を思い出して、食材を切り分けながらミカエラが独りごちる。彼が多少なりともきちんとできるようなら、ミカエラの負担はずいぶんと減るだろう。
そしてあの日の川魚の昼食の手際を思い返せば、その期待は大だ。
「だ、ダメよ彼はまだ契約期間じゃないんだから!」
耳ざとく聞きつけて、慌てたようにレギーナが言う。確かに彼と結んだ正式な契約期間は「出立から目的達成まで」であり、今はまだ出立前の準備期間だから、厳密にはまだ契約は発生していない。
だが彼女が顔を赤くして否定してくる理由はそれではないとミカエラには分かっている。
「なァん?まァだ恥ずかしがっとっとね姫ちゃん」
「えっいや違…そんな事言ってないじゃないの!」
「そげん誤魔化さんでちゃよかて。ここはウチらしかおらんっちゃし、ウチらの仲やんね」
「違うって言ってるでしょ!私は筋を通したいだけなの!」
筋を通したい、という点で嘘は吐いていない。ただ誤魔化したいのもまた事実だ。そしてそれがバレバレなの「が」恥ずかしい。
うん、そう。誤魔化したいのをバレてるのが恥ずかしいのよ私は。決してあの男がどうのこうのじゃないの。本当よ!
「…………なーんか、力一杯自分に言い聞かせよるごたんね姫ちゃん?」
ミカエラにジト目で見つめられた。ホントこの娘は下手に付き合いが長いから、何でも見透かしてきて扱いに困る。そう嘆息するレギーナである。まあ言わなくても察してくれるから、その点は助かってるけど。
ミカエラが砦小屋の食堂と間続きの厨房に置いてあった着火器に火をつける。どう見ても放置されていたとしか思えないが壊れてはいなかった。でも多分、魔鉱石への魔力充填は彼女が今自分でやったのだろう。
彼女はそこに持参の鍋をかけ、魔術で大気中から水分を抜き出して鍋を満たす。沸騰したあとさっきまで刻んでいた食材と調味料を放り込んで煮つめればスープの出来上がりだ。
鍋や包丁など調理道具はミカエラが必ず持ち歩いている。食材も可能な限り彼女かヴィオレが準備する。他人を疑うわけではないが、レギーナがエトルリアの姫であることもあって、念のために毒への警戒をしているわけだ。
まあ姫であると同時に勇者なので、多少の毒程度なら簡単に魔力抵抗してしまえるのだが、だからといって警戒を怠る理由にはならないのだ。
しばらくしてスープが仕上がり、美味しそうな匂いを立ち上らせる鍋をミカエラが食卓に運んでくる。各々が木皿を手に取りスープを注ぎ分け、その間にヴィオレがパンをいくつも籠に盛って鍋の横へ置く。あらかじめ彼女がラグの街で買っておいた白パンで、味見と毒見を兼ねて食べたが味も柔らかさも概ね及第点だった。
「ところでミカエラってさ」
「なァん?」
「こういう料理とかってどこで覚えたの?」
「爺ちゃんと旅ばしよったとき」
彼女はレギーナと出会う前、まだ子供の頃に3年ほど祖父と世界中を当てもなく旅していたことがあるという。その時に諸事情あって野宿を強いられることも多く、それで一通りの炊事は覚えたのだという。御者の技術もその時に身につけたのだそうだ。
「うちの爺ちゃんがくさ、そげんとなーんもしきらんくせしてホイホイ野宿したがるっちゃん。そやけんウチが覚えなどげんもならんやった」
「ファビオ様もなかなか無鉄砲でいらっしゃるわね…」
「そのくせウチとの二人旅にえらいこだわってからくさ。『可愛か孫との旅なんやけん誰にも邪魔やらさせん』て言い張ってから、ほんなこつ往生したばい」
「まあファビオ様らしいけど…」
知ってた。
神教の教団最高位である主祭司徒まで務めた彼女の祖父が、ただの孫バカだったことを思い出して苦笑するしかないレギーナである。
だが十代前半の孫娘に負担をかけるのはどうなのか。
「まあウチがなんかしてやる度に大喜びすっけん悪い気はせんやったばってん。それにこうして今役立っとるけんね」
まあ彼女がそう言って笑ってられるのなら、いいか。
「さ、食べたら今日はもう休みましょ。明日は“大掃除”なんだから」
そう言ってレギーナは空になった木皿をテーブルに置いた。向こうではすでに食べ終えたクレアが荷物から自分の寝袋をさっさと取り出し始めている。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
『王都の神童』と呼ばれた俺、職業選定でまさかの【遊び人】三連発で追放される。……が、実は「全職業のスキル」を合算して重ねがけできる唯一のバグ
よっしぃ
ファンタジー
王都で「神童」の名をほしいままにしていた少年、ディラン・アークライト(17歳)。
剣を握れば騎士団長を唸らせ、魔法を学べば賢者を凌駕する。誰もが彼を「次代の勇者」と信じて疑わなかった。
しかし、運命の職業選定で彼が得たのは――【遊び人】。
それも、三つの職業スロットすべてが【遊び人】で埋まるという、前代未聞の怪現象だった。
「期待外れだ」
「国の恥晒しめ」
掌を返した周囲によって、ディランは着の身着のままで街を追放される。 だが、かつて神童と呼ばれた彼の「分析力」は死んでいなかった。
『……Lv1なのに、ステータスが異常に高い? それに経験値が分散せず、すべて加算されている……?』
彼だけが気づいた真実。
それは【遊び人】という名に偽装された、この世界の管理者権限(Free-Hander)であり、全職業のスキルを制限なく使用・強化できるバグ技(デバッグモード)への入り口だったのだ。
これは、理不尽に捨てられた元・神童が、その頭脳とバグ能力で世界を「攻略」し、同じく不遇な扱いを受けていた美少女騎士(中身は脳筋)と共に、誰よりも自由に成り上がる物語。
【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる