【完結】王子妃教育1日無料体験実施中!

杜野秋人

文字の大きさ
31 / 46
とある公爵家侍女の生涯

14.公爵家侍女と“三大淑女”

しおりを挟む


「あら、すっかり遅れてしまったようで」

 その時、知らない声がした。

 まるで鈴を鳴らすかのような可憐な美しい声。思わずそちらに顔を向けると、そこには美しく鮮やかな金糸雀カナリア色の長い髪と輝きを湛えた金色の瞳のひとりのご令嬢が、優雅に淑女礼カーテシーを披露するところだった。
 そのあまりの美しさに、私は思わず息も忘れて魅入ってしまう。お嬢様よりもやや華奢で小柄なその方は、神の造形とでも言わんばかりの神々しい美しさに溢れていた。お嬢様も王太子妃殿下もそりゃあお美しい方だけれど、忌憚無く言わせて貰えればこの方は。見たことないけど、美男美女揃いと言われるエルフにだってこんな超絶美人は

「皆様ご機嫌よう。ノルマンド公爵家が娘レティシア、お召しにより罷り越しましてございます」

 あっ、この方がレティシア公女さま。
 お嬢様が『まだまだ及ばない』と仰る、真の淑女。

「まあまあ、お待ちしてましたのよレティシア様。さあ、お座りになって」

 王太子妃殿下にそう勧められて、公女様はスッとテーブルに歩み寄り、侍女が引いた椅子にふんわりとお座りになられた。
 お座りになったところで、控えていた王宮侍女の方がサッとカップを用意し紅茶を注いで、音もなく公女様のお席に供する。うわ凄い。さすがは王宮侍女、所作から何からめっちゃ洗練されてる!

 てか公女様顔ちっちゃ!肩ほっっそ!肌しっっろ!
 まつ毛なっっっが!しかもまつ毛まで金糸雀カナリア色!?
 豪奢なドレスのスカートに隠れて見えないけれど、この分だと絶対脚も綺麗でなっっっがいわ!
 ていうか何このいい匂い!?香水!?体臭!?嘘でしょ何なの!?マジで人間なの!?美の女神様が転生してるって言われたって信じられるんだけど!?

「それで?こちらが例の方?」
「はい、公女さま。今はわたくしの元で侍女をしておりますの」
「まあ。ブランディーヌ様も“公女”でいらっしゃるのに。ふふ」

 ……………………ハッ。
 その時私は唐突に気付いた。

 レティシア様はノルマンド公爵家のご令嬢、つまり公女さま。
 お嬢様はアクイタニア公爵家のご令嬢で、やはり公女さま。
 そして王太子妃殿下は我がガリオン王家、つまりロベール家のお妃で、お生まれはアルヴァイオン大公家のご令嬢、すなわち公女さま。
 ついでに言えば、たしかレティシア様はお母上がリュクサンブール大公家のご令嬢、要するに公女さまだったはず。

 いやいやいや!
 おかしい!絶対有り得ない!
 私ひとりだけ場違い過ぎるでしょー!?なんで我が国の“三大淑女”とお茶してるのよ私ーーー!!??

「ああ、そんなに畏まらないで。王妃様からも『この場は無礼講で良い』とお言葉を頂いているのよ」

 思わず涙目でガタガタ震えだす私にそう仰ったのは王太子妃殿下。
 いやそんなこと言われたって!むしろ余計に畏れ多いです!

「そうよ、もっと気楽になさいな。あの時の“昼餐”ではないのだし」

 お嬢様!?私の黒歴史トラウマティスムをここで抉らないで!?

「わたくし、同年代のお友達があまりおりませんの。ですからお友達になってくださると嬉しいわ」

 公女さま!?そんな畏れ多いですぅ~!!


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 結局、そのあとどんな会話をしたのかほとんど憶えていない。気がつけば公爵家の馬車に乗せられて帰る途中で、何故かラルフ様に手を握られていた。
 いやなにこの状況!?

「もう、気楽にしていいと言ったのに」

 やや不満そうな、ちょっとむくれたお嬢様。

「い、いや無理ですって!我が国の三大淑女に囲まれるとかなんの拷問なんですか!?」
「でも、は見えたでしょう?」

 そう言われてハッとする。
 確かに言われてみれば王太子妃殿下も公女様も、会話から手指の動きまで全てが洗練されていて、淑女とはかく有るべし、というのを全身で表現なさっていた………ように思う。
 まあほとんど憶えてないけれど!

「しかしそんな事より、貴女は貴女らしく在るべきだ、と私は思います」

 ラルフ様が急にそんなことを仰って、それで思わず首を傾げてしまう。

「ラルフ。その言はへの冒涜とも取れますよ?」

 冷ややかなお声でお嬢様が言葉を放つ。
 その声でラルフ様は慌てて、馬車の車内にも関わらず床に跪く。

「申し訳ございませんお嬢様。そのような意図ではありませんが、誤解を招いたならばお詫び申し上げます」

 ですが、とそれでもなおラルフ様は続ける。

「私はコリンヌ嬢においては、もっと彼女の長所を活かすべき道があろうかと存じます。誰しもがお嬢様や王太子妃殿下のごとき“完璧”は目指せませぬゆえに」

 ちなみに、この間も彼は私の手を握ったままだ。
 いい加減離して欲しい。

 そのラルフ様の言葉に思うところがあったのか、お嬢様はそれ以上彼を叱らなかった。そして許されたと思ったのかラルフ様は、私の隣に座り直して手も握り直してくる。なぜだ。

「ラルフ様。いい加減手を離してください。そしてお向かいのお席にお戻りください」
「いいえ、貴女が落ち着くまではこうさせて下さい」

 ですから!逆に落ち着かないんですけど!?
 ていうかブンブン振られる尻尾が幻視できちゃうんですけど!?

 そんな私とラルフ様を、横目でチラチラ見ながら笑いを堪えているの、見えてますからねお嬢様?そして笑うくらいなら助けてくださいよ!


 そんな私たちを乗せて公爵家の馬車はルテティアの街中をゆったりと走る。きっと帰り着いたらお邸の侍女仲間に根掘り葉掘り聞き出されるんだろうし、もうこのあと仕事にならないなぁ。
 はぁ、なんだかすごく疲れた。もう寝てしまいたいわ…。



しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

断罪前に“悪役"令嬢は、姿を消した。

パリパリかぷちーの
恋愛
高貴な公爵令嬢ティアラ。 将来の王妃候補とされてきたが、ある日、学園で「悪役令嬢」と呼ばれるようになり、理不尽な噂に追いつめられる。 平民出身のヒロインに嫉妬して、陥れようとしている。 根も葉もない悪評が広まる中、ティアラは学園から姿を消してしまう。 その突然の失踪に、大騒ぎ。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

恩知らずの婚約破棄とその顛末

みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。 それも、婚約披露宴の前日に。 さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという! 家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが…… 好奇にさらされる彼女を助けた人は。 前後編+おまけ、執筆済みです。 【続編開始しました】 執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。 矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

婚約破棄?ああ、どうぞお構いなく。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢アミュレットは、その完璧な美貌とは裏腹に、何事にも感情を揺らさず「はぁ、左様ですか」で済ませてしまう『塩対応』の令嬢。 ある夜会で、婚約者であるエリアス王子から一方的に婚約破棄を突きつけられるも、彼女は全く動じず、むしろ「面倒な義務からの解放」と清々していた。

処理中です...