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この世界には二大国と呼ばれる国が存在する。一つは東の雄と称されるオリオン王国。この世界では珍しいことに王族や貴族の権力が大きくなく、民衆に多くの自由が与えられている。その柔軟さゆえに、平民から優秀な人材を取り込み続けてきた。その積み重ねが今の立ち位置なのだろう。
もう片方のケイナス帝国はその真逆だ。皇帝の権力は圧倒的であり、それに連なる皇族や貴族もまた絶大な権力を持つ。強権的な支配の下に作り上げられた規律こそが、帝国を世界最強の軍事国家とした原動力である。もっとも、近年は情勢の変化もあって昔ほど強権的ではなくなったが……
そんなケイナス帝国の首都である帝都シリウス。その付近には、小さな村が存在する。村の名をローゼライ村という。鶏卵と小麦が美味しいこと以外には、何の特徴もない農村である。
帝国騎士団には、そのローゼライ村だけを担当する小さな部隊があった。第六騎士団傘下ローゼライ区担当隊。一言で言ってしまえば、帝国騎士団の窓際部署である。
そんな窓際部署の本部に、一人の女性が現れた。鮮やかな青色の髪は、ポニーテールにまとめられている。首にかけられたエメラルドのペンダントとは対照的に、その瞳はルビーのように赤く透き通っている。若干幼さこそ感じるものの、その整った顔立ちは見る者に冷たい印象を与えた。
彼女の名はレリア・ローゼンベルク。この部隊の隊長であり、若くして一等騎士となったエリートであった。
「皆、おはよう。今日も一日頑張ろうね」
レリアが笑顔でそう周囲に声をかけると、真っ先に銀髪の女性が反応する。副隊長のオルレア・ブルーメンフェルトだ。セミロングの銀髪と真っ白な肌が特徴的な彼女は、騎士団では評判の美少女であった。
「隊長、おはようございます。本日も大変凛々しいお姿、お変わりありませんね」
オルレアはそう返答すると、レリアの方をじっと眺めて悦に入ったようにうっとりする。その美貌ゆえに頬を赤らめる姿も十分様になっているのだが、その対象であるレリアからすれば鬱陶しいことこの上なかった。
「……世辞はいらないさ。口よりも先に、まずは手を動かしてくれ」
レリアがいつもの様に邪険にするが、オルレアは全く気にしていなさそうだ。それどころか、「勿論です隊長♪」と心なしか嬉しそうに書類の山へと向かう。
仕事が出来て騎士としての実力もあり、階級も二等騎士とかなり高い。優しい性格とその見た目からか人望もある。
(これで鬱陶しくなければ完璧なのに……)
レリアは嘆息しながらも、周囲を見回す。普段なら既にちょっかいをかけに来ているであろうあのいたずらっ娘が、見当たらないのである。
「そういえばフリージアの奴、今日はどこに……」
そこまで言いかけたところで、レリアの口が止まる。彼女の背後から不意に、温もりが押し付けられた。普通なら驚くべきことであるが、レリアは慣れているので呆れるだけである。この感触もまた、頬を赤らめるオルレアと同じようにいつものことだった。
「……フリージア。後ろから抱き着くのは止めてくれって言っているじゃないか」
レリアが呆れながらそう言うと、それまで背後に居たその人物が目の前に現れる。騎士見習いのフリージア・クラインだ。ショートに切りそろえられた金髪とキラキラした碧眼は、無邪気な性格のフリージアにはピッタリだった。
「ごめんなさいっス、たいちょー! 抱き着きやすそうな頭があったもんでつい……」
てへ、と軽く笑いながら謝るフリージアからは、全く申し訳なさというのを感じない。レリアが強く言えない性質なのを良いことに、この少女は好き放題やる傾向があった。
(この分だと、明日もまたやるな……)
もはやこっちは呆れというよりも諦めである。レリアにとってフリージアが可愛い妹分なのも相まって、この自由気まますぎる振る舞いを正すのは無理だと分かっているのだ。それに、外の目がないこの窓際で、別に無理して変えさせる必要性もない。
そんな3人を周囲の騎士たちもまた、微笑ましそうに眺めるのである。傍から見ればただ少女3人が仲良くしているだけなので、それもまた当然であった。
だが、今日は少々様子が違った。いつもレリアに雑に扱われながらもバリバリ仕事をこなすオルレアはともかくとして、他の騎士たちも忙しなく動いている。この場において暇そうなのは、隊長であるレリアとおサボりのフリージアだけだった。
「……皆忙しそうだけど、今日は何かあったのかな?」
レリアがそう疑問を口にすると、フリージアが前から抱きついてそれに答える。
「なんでも、第七騎士団団長のファウルハイト様のお屋敷に、脅迫状が届いたらしいっスよ。管轄外のこっちも色々対応する事があるみたいっス」
「へえ、それは確かに大変だね」
「しかも、脅迫状がファウルハイト様の私室に置かれてたらしいっスから。めっちゃ侵入されててヤバイっスね~」
そんな風に喋りつつ、フリージアはレリアの胸元に顔をうずめる。流石にそこまでされて無視できるわけもなく、レリアはフリージアに問いかけた。
「……それで、何で君は私に抱き着いてるのかな?」
「後ろから抱き着くのがダメなら、前からならセーフかなって。あ~、たいちょー成分が補給されるっス~」
「あ、ああ。そう……」
フリージアがあまりに堂々とするものだから、レリアとしてはどう咎めたものか分からなかった。
もう片方のケイナス帝国はその真逆だ。皇帝の権力は圧倒的であり、それに連なる皇族や貴族もまた絶大な権力を持つ。強権的な支配の下に作り上げられた規律こそが、帝国を世界最強の軍事国家とした原動力である。もっとも、近年は情勢の変化もあって昔ほど強権的ではなくなったが……
そんなケイナス帝国の首都である帝都シリウス。その付近には、小さな村が存在する。村の名をローゼライ村という。鶏卵と小麦が美味しいこと以外には、何の特徴もない農村である。
帝国騎士団には、そのローゼライ村だけを担当する小さな部隊があった。第六騎士団傘下ローゼライ区担当隊。一言で言ってしまえば、帝国騎士団の窓際部署である。
そんな窓際部署の本部に、一人の女性が現れた。鮮やかな青色の髪は、ポニーテールにまとめられている。首にかけられたエメラルドのペンダントとは対照的に、その瞳はルビーのように赤く透き通っている。若干幼さこそ感じるものの、その整った顔立ちは見る者に冷たい印象を与えた。
彼女の名はレリア・ローゼンベルク。この部隊の隊長であり、若くして一等騎士となったエリートであった。
「皆、おはよう。今日も一日頑張ろうね」
レリアが笑顔でそう周囲に声をかけると、真っ先に銀髪の女性が反応する。副隊長のオルレア・ブルーメンフェルトだ。セミロングの銀髪と真っ白な肌が特徴的な彼女は、騎士団では評判の美少女であった。
「隊長、おはようございます。本日も大変凛々しいお姿、お変わりありませんね」
オルレアはそう返答すると、レリアの方をじっと眺めて悦に入ったようにうっとりする。その美貌ゆえに頬を赤らめる姿も十分様になっているのだが、その対象であるレリアからすれば鬱陶しいことこの上なかった。
「……世辞はいらないさ。口よりも先に、まずは手を動かしてくれ」
レリアがいつもの様に邪険にするが、オルレアは全く気にしていなさそうだ。それどころか、「勿論です隊長♪」と心なしか嬉しそうに書類の山へと向かう。
仕事が出来て騎士としての実力もあり、階級も二等騎士とかなり高い。優しい性格とその見た目からか人望もある。
(これで鬱陶しくなければ完璧なのに……)
レリアは嘆息しながらも、周囲を見回す。普段なら既にちょっかいをかけに来ているであろうあのいたずらっ娘が、見当たらないのである。
「そういえばフリージアの奴、今日はどこに……」
そこまで言いかけたところで、レリアの口が止まる。彼女の背後から不意に、温もりが押し付けられた。普通なら驚くべきことであるが、レリアは慣れているので呆れるだけである。この感触もまた、頬を赤らめるオルレアと同じようにいつものことだった。
「……フリージア。後ろから抱き着くのは止めてくれって言っているじゃないか」
レリアが呆れながらそう言うと、それまで背後に居たその人物が目の前に現れる。騎士見習いのフリージア・クラインだ。ショートに切りそろえられた金髪とキラキラした碧眼は、無邪気な性格のフリージアにはピッタリだった。
「ごめんなさいっス、たいちょー! 抱き着きやすそうな頭があったもんでつい……」
てへ、と軽く笑いながら謝るフリージアからは、全く申し訳なさというのを感じない。レリアが強く言えない性質なのを良いことに、この少女は好き放題やる傾向があった。
(この分だと、明日もまたやるな……)
もはやこっちは呆れというよりも諦めである。レリアにとってフリージアが可愛い妹分なのも相まって、この自由気まますぎる振る舞いを正すのは無理だと分かっているのだ。それに、外の目がないこの窓際で、別に無理して変えさせる必要性もない。
そんな3人を周囲の騎士たちもまた、微笑ましそうに眺めるのである。傍から見ればただ少女3人が仲良くしているだけなので、それもまた当然であった。
だが、今日は少々様子が違った。いつもレリアに雑に扱われながらもバリバリ仕事をこなすオルレアはともかくとして、他の騎士たちも忙しなく動いている。この場において暇そうなのは、隊長であるレリアとおサボりのフリージアだけだった。
「……皆忙しそうだけど、今日は何かあったのかな?」
レリアがそう疑問を口にすると、フリージアが前から抱きついてそれに答える。
「なんでも、第七騎士団団長のファウルハイト様のお屋敷に、脅迫状が届いたらしいっスよ。管轄外のこっちも色々対応する事があるみたいっス」
「へえ、それは確かに大変だね」
「しかも、脅迫状がファウルハイト様の私室に置かれてたらしいっスから。めっちゃ侵入されててヤバイっスね~」
そんな風に喋りつつ、フリージアはレリアの胸元に顔をうずめる。流石にそこまでされて無視できるわけもなく、レリアはフリージアに問いかけた。
「……それで、何で君は私に抱き着いてるのかな?」
「後ろから抱き着くのがダメなら、前からならセーフかなって。あ~、たいちょー成分が補給されるっス~」
「あ、ああ。そう……」
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