窓際騎士レリアの捜査記録

スライム小説家

文字の大きさ
18 / 33

18話

しおりを挟む
 あの事件以降、フレイは眠れなくなった。ベッドに入って目を閉じる度にあの日のことを思い出す。そして、あの時自分が動ければ……そんな自責の念に駆られるのだ。
 そうなるともう、寝ることなんてできやしない。悲しみと後悔、そして情けない自分への怒りで頭がいっぱいになるのだ。
 そうなる度に、フレイは家を抜け出して剣を振った。

 深夜に抜け出すのを止めようとする衛兵達と駆け引きをしている内に、隠れる技術ばかり上手くなっていく。そうしていると自分がコソ泥みたいに思えて情けなかったが、それも今の自分にはお似合いだと思った。それに、剣を振る事はフレイにとって救いでもあった。そうしていれば、情けなく弱かった自分への怒りも幾分か和らぐし、悲しみや後悔だって少しは紛れる。
 それに、疲れ果てて意識が朦朧として来ると、流石にフレイも眠たくなって来るのだ。逆に言えば、そうまでしないと眠れないという事でもあるが。
 そうして疲れ果てた体で家に戻って、やっとの事で眠りにつくのだ。……どう考えても、フレイは心身ともに限界だった。



「……ねみぃなぁ」

『優等生』フレイツィヒ・ゾンネはあっという間に崩壊した。授業中に居眠りするし、夜遅くに家を抜け出しては夜遊びしているという噂まで出回った。
 それでも周囲は彼女に何も言えなかった。母が目の前で殺されたのだ、その事を考えれば他者がおいそれと口を出せるような事でも無かった。
 フレイの父、騎士ファウルハイトの変化も大きい。以前までの清廉潔白な騎士としての評判は消え、今彼にあるのは後ろ暗い噂ばかり。その異常なまでの出世も踏まえれば、誰もが彼の娘であるフレイの機嫌を損ねて睨まれたくはなかった。

──たった1人を除いて。

「ちゃんと真面目に授業受けなきゃダメだよ、フレイ」
「……アネモネかあ。分かってるって」

 アネモネは、そんな事はお構いなしとばかりにフレイに話しかけて来た。
 誰もがフレイを遠巻きに見つめるだけの中、彼女だけはいつもフレイの隣に居た。……フレイが自身の悩みをアネモネに打ち明けるまで、そう時間は掛からなかった。

 屋敷近くの山で、2人きり。

「なあ、アネモネ……」

 全てを聞いたアネモネは、暫く押し黙っていた。その様子を見て、フレイは言いようのない不安に駆られる。

(アネモネもあたしに失望したのかな。やっぱりそうだよな。どんなに剣と魔法を鍛えたって、肝心な時に動けなきゃ何の意味もないじゃねーか)

 自分の中で、そう結論付けて自身を貶めるフレイを……



 ──アネモネは、ぎゅっと抱きしめた。



「最近授業中よく寝てたのも、そんな理由があったんだ……ごめんね。私が何も知らないばっかりに」
「アネモネは何にも悪くねえよ。あたしがちゃんとしてないのが悪いんだからさ」

 そうフレイが言うと、アネモネは首を横に振った。そしてフレイを更に強く、優しく抱きしめる。

「ううん、フレイは何にも悪くないよ。辛かったよね。フレイはよく頑張ったよ」
「でも、まだ足りないんだ。何度あの時を思い出しても、立ち向かえる気がしなくて」

 だからもっと頑張らなくちゃ、とフレイは口にする。そう話すフレイの目は、苦しそうであった。

「フレイはお母さんを守れなかったのが、ずっと心残りだったんだね」
「ああ。いっつも、その事ばっかり考えてる。きっとこれから先もずっと、そうなんだろうな」

 何処か遠い目でそう語るフレイ。彼女の脳裏に、あの日に至るまでの思い出が蘇る。
 誕生日に作ってもらったケーキの味を。寝る前に本を読み聞かせてもらったあの声を。初めて魔法が使えた時に自分以上に喜んでくれたあの笑顔を。
 そんな母を永遠に失う事になった、あの日を。その全てが彼女の脳裏を何度も、何度も駆け巡る。

 そんなフレイを、アネモネは現実に引き戻した。

「お母さんのことを思うなら、無茶しちゃダメだよ」
「……は?」

 反射的に出た声。それから少し遅れてアネモネの言葉を理解する。理解して、そして反発した。

「何でだよ! あん時、守れなかったから……だから、今度は守らなきゃいけなくて!」

 フレイは叫んだ。それに答えるように、アネモネも叫んだ。

「それで貴女が苦しんでちゃお母さん浮かばれないよ!」

 冷や水を頭から掛けられたような、そんな感覚がフレイを襲った。怒りも、悲しみも、後悔も、その全てが波のように静かに去っていった。

「お母さんからしたら、フレイがずっとそうやって苦しんでたらきっと悲しいよ! そりゃ、またおんなじ様な事が起こった時、立ち向かえたら良いのかもしれないけどさ……」

 張り上げたような大声が、徐々に萎んでいく。それと同時に少しずつ掠れていく。
 アネモネは、泣いていた。

「そうやって、フレイが苦しんでるのを見て……お母さんどう思うかな……」

 フレイは、ただ……立ち尽くすしか、出来なかった。



 それからフレイが劇的に変わった、という訳ではない。相変わらずあまり眠れなかったし、立派な騎士になることへの強迫観念も、剣への執着も直ぐにはそこまで変わらなかった。
 だけど、それでも前よりはずっと良くなっていて。

「フレイちゃん、具合大丈夫?」
「……イリスか。まあ、そんなに悪くはないかな」

 心配そうにフレイを見つめる少女を安心させようと、ふっと微笑んで見せる。どちらかというとそれは誤魔化しの類だった。だが、少し前まではそれすら出来なかった事を考えれば、それは大きな前進だった。

「そっか、良かった。最近顔色も良くなって来てるし……」
「え、そうか?」
「うん。一ヶ月前くらいから、少しずつね」

 何かあったの、と聞く少女を適当に相手しながら、フレイは思い返す。
 一ヶ月前。ちょうど、アネモネに話を聞いてもらった時期だ。

「……へへ」

 あの大人しくて、その癖妙に勇敢な少女の事を思い出す。フレイは彼女の事を思うと、どうにも頬が緩んでしまう。
 フレイに出来た、大切な人。アネモネ。

 今度こそ守ってみると、フレイは決意した。

 なのに。



「アネモネ……? う、嘘だよな。何かの冗談だろ、なあ……」
「山中で首を吊っていました。恐らく自殺かと思われます。ご友人の貴女なら何かご存知……」
「あ、あああ……あああああああああああああっ!」

 次に会った時、彼女は既に物言わぬ骸となっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...