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一章 異世界での希望
受け止めた現実
しおりを挟む「ブヨん……ブヨっ!」
な……んだ……。
体を包み込まれるように、優しい感触が全身に広がって――
「……っ! ごはっ、ごほっ!」
「ブヨんブヨん!」
スライムに沈んだことを思い出した俺は、むせながらも勢いよく立ち上がろうと足に力を入れ、失敗した。
「うおぉぉ!?」
「ブヨんブヨんブヨん!」
スライムの上に乗っていた俺の足は泥沼に沈むように吸収され、身動きの取れなくなった体は抗うこと無く勢いよく尻もちをつく。
ビックリするほど暖かいスライム感触を感じながら、俺はゆっくりと丸い目を見つめる。
「お前は……本当に…………」
今も降りしきる雨の中から守ってくれるこの白いスライムに、敵意なんて一切感じなかった。
気づけば泥だらけだった制服も綺麗に洗われ、傷部分には切り取られたスライムの一部が貼られている。
このスライムはやっぱり……。
口を何度もパクパクさせるスライムを見て、少し可愛さまで覚えてしまう。
「はぁ、ったく、雨は止まないし……こっからどうしようかねぇ」
「ブヨん!」
夜はまだまだ終わらない。
暗闇の中、人通りの少ない裏路地で、一匹のスライムと一人の人間である俺は、長い長い夜を共に過ごした――
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――次の日
太陽がまだ登らない時刻。
俺は意外にも早く目が覚めてしまった。
体は疲れ、もっと寝たい所だが……。
「このスライムが智夏なのか確証は無いし……。それに、仮にそうだとしてもこの先どうしたらいいんやら……」
スピーと、鼻ちょうちんスライムバージョンを展開する白いスライムからゆっくりと体を起こし、泳ぐように、いや、滑るようにスライムから下りた俺は、膝や手のひらに付いていたスライムの一部を戻してあげる。
「これで戻るか分かんないけど……ありがとな」
スライムの上にポチャっと返した俺は路地から顔を出し、人がいないことを確認する。
「こんな地球外生命体見られたら警察どころの騒ぎじゃねぇからな……」
元々人が通るような場所じゃない為大丈夫だと思うが……。と安堵の息を吐きながら振り返った俺は、パンっと鼻ちょうちんを破裂させたスライムと目を合わせる。
「ブヨ……」
眠そうな目をパチパチさせた後、大きく口を開けたスライムはおはようと言わんばかりに少し跳ねる。
もうなんかなんだろう、話してないのに意思疎通出来るようになって気がする。
「あぁ、おはよう……」
ブヨヨヨと震えるスライムを横目に、マジでどうしようと胡座をかいた俺は嘆息を連発させ、ふとある事に気づいた。
「お前、ちょっと右の壁に寄ってみて」
「ブヨヨヨヨヨ」
「……やっぱり、だったら」
スルスルと壁の方に移動しピッタリとくっ付いたスライムを見て俺は確信した。
人間の言葉をちゃんと理解していると。
昨夜も俺の言葉に対し、言葉は無いにせよリアクションだけは確実にしてくれていた。
「やっぱりお前が智夏を食べたんじゃなくて、お前が……智夏なのか?」
「ブヨ! ブヨブヨブヨっ!!!」
智夏という言葉を聞くと同時にスライムは口をパクパクさせながら何度も跳ねる。
まじなのだろうか。
ここまで来て騙されてるのではと考えたら恐ろしくて仕方がない。
なら、
「ちょっとこれから数問問題出すから合ってたら1回跳ねてくれ、間違えてたらなんもしなくていいから」
「ブヨ」
これでハッキリさせてやるとスライムに向き合った俺は、大人しくなったスライムに、俺と智夏しか知り得ない思い出を問題にした。
「んじゃ早速第1問、えー、俺と智夏が付き合って1年記念日の時、俺は智夏と一緒に料理をした、まるかばつか」
「ブヨん!」
俺の問題に間髪入れず跳ねたスライムに戸惑いつつも、俺は黙って出題を続ける。
「じゃ2問目、俺が風邪になった時いつも智夏は鍋焼きうどんを作ってくれる、まるかばつか」
「……」
今度は逆に一切動かないスライムに対し、おいおいまじかよと目を疑う。
ちなみに智夏は梅干しお粥しか作れない。それがまた美味しいのだよ、あの愛の籠った暖かいお粥! 最高ですね、ええ、なんなら食べた過ぎてわざわざ病院に行って深呼吸したくらいですからね、お陰でインフルエンザになったからマジでオススメはしないけど、ずっと智夏に看病してもらって幸せだったからOKです!
あ、話が逸れた、うっうん、次の問題っと、
「じゃ3問目、俺が初めて智夏にあげたプレゼントは水色のリボンである、まるかばつか……」
「ブヨヨヨん!!」
「…………正解」
まさかの3問連続正解である。
え、本当に智夏なのか……と目を丸くする俺とは裏腹に、嬉しそうにルンルン跳ねるスライム。
もう、嬉しさ? 悲しみ? もう何がなにやら分からない感情で頭がいっぱいだ。
「お前は……智夏……なんだな」
「ブヨんブヨん!」
まだまだ問題を出して問い詰めたいところだが、今までの言動も智夏本人の意思だと思ったら納得がいく。これ以上問い詰めるのも智夏が可哀想だ……。
「そっか、智夏はスライムになっちゃったんだな……」
「ブヨ……」
下を向いて顔を隠した俺を見たスライム――智夏は、悲しそうな声と共に後ずさった。
それはまるでごめんねと言わんばかりに。
まるで、
これでお別れと言わんばかりに――
悲しみの目で見つめてくる智夏に俺はゆっくりと近づく。
「そりゃもちろん悲しいさ、だっていつものように抱きしめたり手を繋いだり出来ないし」
「ブヨ…………」
一歩一歩近づく俺に対し智夏もまた少し後ずさる。
「他の人間は智夏を敵だと判断するかもしれないし、俺が智夏といたら俺も何されるか分からない」
「ブヨ、ブヨ!」
だから、もう私には関わらないでと言われた気がした。
確かにその方が良いとは思う。
だって傍から見れば今の智夏は化け物だと確実に思われる。そんな奴の近くにいたら俺も化け物扱いだ。
だから?
「俺は……」
別に周りから化け物だと思われようが、智夏はいる。智夏さえいればいい。他のやつなんてどうでもいい、悩んでるなら俺が助ける。智夏が人間に戻りたいと言うなら最後まで付き合う、ただそれだけだ。
たとえ人間に戻らないとしても俺はずっと智夏といる。
これが俺の好きの形だから。
後ろがいよいよ壁となり、下がれなくなった智夏の体を触った俺は顔を上げ、真っ直ぐな目で口を開く。
「……智夏、俺はお前が大好きだ。もちろん人間の智夏も好きだけど、俺は智夏が好きなんだ……。だから、智夏の悩みも俺の悩みだし、最後まで付き合う。大丈夫。2人なら何とかなる、俺はお前を幸せにするまでは死なない、絶対にな!」
「…………!」
涙なんてものは夜に枯れ果てた、雨に流され俺の涙はもういない。
今あるのは、
決意だけだ――
『ありがとう……ゆーくん!』
丸い目からポタリポタリと涙を流す智夏から、そんな優しい声が聞こえた気がした――
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