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運命を嘆く青年
しおりを挟むとある世界、人間と魔族が争っている世界には魔族を束ねる魔王がいた。魔王はその厳かな身分とは裏腹に、人間のような見た目をしており、優しそうな外見をしていた。
「余は人間を信じている。人間は無限の可能性を秘めている」
そういうと魔王は口を三日月のように開け笑うのだった。
※
テスラはいつものように目を覚まし、いつものように憂鬱になった。彼は人間の国の中でも東に位置する村に住んでいて、そこで農奴をしており、さらに周りの子供たちにいじめられていた。
彼は寝ぼけ眼をこすりながら水場へ向かった。そこで改めて自分の容姿を見た。珍しい黒髪黒目で三白眼なのが彼の目つきを鋭く見せている。テスラは割合整った顔立ちをしており、強いてコンプレックスがあるとすれば身長が低いことくらいだった。
太陽が一番高く上がるころ、テスラはいつも通り農業に勤しんでいた。すると、後ろのほうからズカズカという無遠慮な足音が聞こえてきた。
「おい、テスラ! 今日もゴブリンみたいに働いているのか」
そう言ったのはマブラスという少年だった。彼はこの村の領主の息子であり、取り巻きを連れてテスラを冷やかしに来るのを日課にしている。
「はい、時期領主のマブラス様。私のような下賤なものは、その日の食料を得るのが精いっぱいでございます」
そう笑顔を張り付け、内心ではよくもまぁ、こんなに人を不快にできるものだと呆れていた。
「お前のは食事というか、餌だがな」
満足そうにマブラスは言うと、取り巻きとどこかへ去っていった。
テスラはこのような生活をしていたが、そんな日々は嫌いではなかった。なぜならマブラスたちの件が苦にならないほど楽しみなことがあったからだ。
それは彼の母、ムスファとの魔法の練習である。ムスファは赤毛で幸薄そうな女性であり、テスラとは全く似ていなかった。
実はムスファが旅をしている途中に捨てられているテスラを見つけ、この村で育てることになったのでテスラの実の母親ではなかった。しかし、血のつながりなんてテスラは気にしていなかった。
魔法の練習についても、それ自体を楽しみにしているのではなく、母と一緒に入れるから好きなのであった。
「お母さん!今日はどんな魔法を教えてくれるの!」
テスラが目を蘭々と輝かせて聞いた。
「あなたに魔法を教えてから十五年たつわ。テスラは気づいていないかもしれないけど、もう一人前の魔法使いよ。ここからは自分で研究していきなさい」
ムスファが神妙な面持ちで言った。
テスラは母に認められ嬉しかった反面、ムスファがどこかへ行ってしまうような気がして不安になった。
「もしかして、僕を置いてまた旅に出るってことなの!そんなのやだよ!」
捨てられる子犬のようにテスラが尋ねると
「私はあなたのことを実の息子だと思っているわ。あなたと一緒にいたいと思ってる。だから私の今まで誰にも言ってこなかった秘密をテスラが受け入れてくれたら、一緒に旅に出ましょう。」
テスラはこの提案を容易に受け入れた。彼は彼自身のムスファに対する愛情には自信があり、たとえ彼女が男だったと言われても揺らぐことがないと信じていたからだった。
「じゃあ、私の秘密を見せるわ。テスラにも教えた通り、私の得意な魔法は幻惑魔法。あらゆる生物に幻覚を見せるの。そして私はその魔法を常に使い続けていたのよ」
そういうと、白い靄がムスファの全身を包み込んだ。段々とその靄が晴れてくると、そこには青い肌に金色の眼、そして頭部にヤギのような角を持つ魔族が現れた。それは明らかに人間ではなかった。
「この姿を受け入れてくれるかしら」
ムスファが不安そうに尋ねた。
テスラは今まで生きていた中で一番の衝撃を感じていた。テスラを含め人間の考えでは魔族は冷血で残忍だというのが常識だったからだ。しかし、テスラは今までのムスファとの思い出を思い返した。
「僕がその程度で母さんのことを嫌いになるわけないじゃないか!」
そのセリフをムスファは聞くと、目に涙をためながら、
「ありがとう。明日の夜、一緒に東の魔族領へ行きましょう」
両腕を広げると強くテスラを抱き寄せた。テスラはこの上なくムスファの愛情を感じていた。
しばらくするとムスファが夕飯を作りに台所へ向かった。テスラはその後ろ姿を少し悲しげに見つめていた。
先ほどの非日常の会話からは想像できないほど、夕飯を食べているときはいつも通りだった。ムスファも誰が見ているかわからないからと言って人間の姿に戻っていたが、このような光景も今日で最後だと思うと感慨深く感じた。
テスラは今後について少し心配になり、ムスファに質問した。
「お母さん、魔族について聞きたいことがあるんだけどいいかな。やっぱり魔族も人間を差別しているの?」
「そうね。やっぱりお互いにいがみ合っているから、人間を嫌う魔族は多いわね。」
「僕たちみたいに仲良くできないのかなぁ。」
「理由は簡単よ。髪色が違うから、目の色が違うから、肌の色が違うから。ただそれだけ。差別はそれだけの理由があれば十分だもの。だから魔族領ではテスラは必ず魔族に化けなさい」
「でもすぐにバレちゃうんじゃないかって心配なんだけど……。」
「それは心配いらないわ。詳しく話すと長くなっちゃうんだけど、まずは魔族と人間の特徴から説明するわね」
そうしてテスラは多くのことを教わった。
まず、種としての数は人間が圧倒的に多いが、身体能力、魔法能力、いずれも魔族に大きく劣ること。そして、ごくまれに人間の中で魔法能力だけ魔族を超えるものや、身体能力だけ魔族を超えるものが現れ、テスラの場合は魔法能力が桁外れに高いとのことだった。
テスラは自分が特別であるということに陶酔した。今まで何の才能もないと自分を卑下していたが、誇れることを見つけた。さらに、魔族は実力主義社会であり、強者が上位の地位を得ることを知り、密かに野望を持ち始めていた。
テスラは魔族のことをたくさん聞き、明日の出発が楽しみになっていた。明日に備えて早く寝なければならなかったが、いろいろなことを夢想して寝付けなかった。しかし、近くにいる母が頭を撫でながら綺麗な黒髪黒目ねというと、安心して少しずつ眠りに落ちていくのだった。
次の日、テスラは騒々しい物音で目を覚ました。気づいた時には家の中に村人が押入って、テスラとムスファを縛り上げていた。
「このムスファとかいうやつは魔族だ、捕らえろ!」
「違う! 私は魔族じゃないです!」
「昨日、マブラス様が貴様の正体を暴いたんだ!観念しろ!」
実はマブラスはムスファに好意を抱いており、昨日テスラたちの家を覗き見た時に、ムスファの正体を知り、そのことを都合の良いように皆に伝えたのだった。
「おい! こいつに魔法封じの鎖を付けろ!」
そういうとなにやら怪しげな文字がびっしりと書かれた鎖でムスファの両手首を手錠のように固定した。するとムスファから白い靄が出てきて、たちまち魔族の姿になってしまった。
「やはり魔族だったな。忌々しい」
「テスラももしかしたら魔法を使えるかもしれん。こいつにも魔法封じの鎖を付けろ」
テスラはこれ以上なく悔しさを感じた。いくらムスファに魔法使いとして認められたとはいえ、お互いに人質に取られてはどうすることもできなかった。
「こいつらを別々に連行しろ!」
そういうと村人たちはゴキブリを見るような目でテスラたちを連れて行った。
テスラはぎりぎり人が一人入れそうなくらいの独房へ投げ出された。ムスファは別に連れていかれてしまい、どうなったのか見当もつかなかった。部屋の上部が柵のようになっており、そこから唯一太陽の光が入っていた。テスラはムスファを救えなかったことを悲しんでいたが、それだけではいられないと感じ、しばらくは機会を待つことにした。不思議な鎖により魔法をつかえないが、きっと待っていれば、いつかムスファと逃げ出すチャンスがあるはずだと信じるしかなかった。
次第に太陽の向きが変わり、独房の中から太陽の光がなくなり、さらにまた太陽の光が差し込んできた。おそらく一日以上たっただろうか。その時マブラスが訪れた。
「マブラス様! 私たちは何も危害を加えません! 村からは出ていきますからどうか見逃してください!」
「媚びることしかできないで哀れな魔族の犬め。出てこい。面白いものを見せてやる。」
そういうとテスラに目隠しを付けどこかに連れて行った。
テスラには耳しか使えるものがないので周りの音に耳をすませた。十分ほど歩いていると、だんだんと村人たちの声で騒がしくなり始めた。
すると急に目隠しを外された。外は眩しく、見えづらかったが、人の身長の3倍ほどもある棒がたっているのと、その周りを村人たちが取り囲んでいるのが見て取れた。段々と光に目が慣れ始め、ようやく周りを見ることができた。
非常に高くそびえたっている棒のふもとは火が燃え盛っており、棒の上部には黒焦げの人のようなものが磔にされていた。その黒色の何かに向かいながら村人たちは槍を何度も突き立てていた。その黒色の物体からは辛うじて動物の角のようなものがついているのが分かった。
「そんな……、まさか……」
テスラは目の前の光景を受け入れることができなかった。しかし、マブラスの声が聞こえてきた。
「そうだ!その顔だ!俺がからかっても、いつも澄ました顔をしやがって!お前のその顔が見たかったんだよ」
その言葉を聞いた時、パニックになったテスラの頭の中でいくつもの考えが頭をよぎった。自分はいつもチャンスが来ることを願い、自分から行動しなかったこと、強者が弱者を食らうこと、それが招いた結果が目の前の光景だということ。不思議と力がみなぎってきた。弱い人間だった自分への怒り、目の前の人間への憎しみがテスラを突き動かした。なぜだか分からないが鎖が自分の魔力を抑え込む限界を迎えたことを察し、鎖を破壊した。
「どうゆう事だ?この鎖は魔族の魔力ですら抑えこむことができるはずだが……」
マブラスは不審に思った頃には、目の前のテスラは人間を憎み、魔法を使う強者に完全に変貌していた。
幻惑魔法は生物に幻覚を見せる魔法だが、幻覚の効果はそれだけではなかった。例えば、幻覚で作られた刃物で切られたと感じたら、実際に切り傷ができるといった力があった。
その後、マブラスや村人たちがどのような幻覚を見ていたのかは定かではないが、ある人物は全身が焼け爛れ、ある者は臓物が飛び出していた。マブラスは三十分ほどかけて、ゆっくりと、下から体が半分に裂けていった。
全ての村人が息をしなくなったころには、周りには地獄をこの世で再現したかのような光景が広がっていた。その孤独に立っていたテスラは、これからこの地獄で生き続けなければならないことを自覚した。
「魔族領へ行こう」
そういって東へ歩みを進めるテスラは人間を憎む存在へと変わっていたのだった。
※
ちょうど村全体が見える見晴らしのいい丘でムスファはテスラの去った姿を眺めていた。
「あなたならいつか私よりも強くなるわ。そして、本当にごめんなさい」
そういうと村全体に白い靄が現れ、そこには村人やマブラスの死体だけでなく、建物までも全て霧散した。村の建物から村人までムスファの幻覚で作り出したもののようだった。
「これで本当によかったの……?」
そういうと物憂げな眼で十五年前のことを思い返した。
※
「私からテスラを奪わないでください!」
「あなたからテスラを奪うんじゃないわ、テスラからあなたを奪うの」
「えっ……」
そういうとムスファは目の前の母親を殺し、近くにいた赤ん坊を抱きかかえた。
ムスファは魔王からの命令を遂行したのだった。
その命令は魔法の才能がある人間の赤子を一から育て上げ、その子供を洗脳し、人間を憎むように仕向けるものだった。そのため、ムスファは村の建物から村人まですべて魔法で作り出しテスラを育てることにした。
「テスラというのね。可哀そうな子」
※
とある世界、人間と魔族が争っている世界には魔族を束ねる魔王がいた。魔王はその厳かな身分とは裏腹に、人間のような見た目をしており、優しそうな外見をしていた。
「魔王様、この計画はいくら人間といえども倫理に反していると思います」
ムスファは魔王に向かって初めて異議を唱えた。しかし、魔王はとてつもない威圧感を放ち、
「余の言っていることに反対するということか」
と言った。
その威圧感の前にはムスファも反論できなかった。
「いいえ、魔王様。しかし、本当に魔族を超える人間を育てることができるのでしょうか」
そういうと、魔王は狂気的な目つきで、三日月のように恐ろしい笑みを浮かべながら
「余は人間を信じている。人間は無限の可能性を秘めている」
というのだった。
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