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今度はゆっくり

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翌朝はお互い休みが同じだったので朝食をとった後今までのことを話し合った。
お互いの気持ちを確かめるためのものだった。


「メアリは恋人じゃない。彼女は単なる仕事上の付き合いのある女性なだけだ。友人の一人。それ以上でも以下でもない」

僕は頷いた。その可能性はあるだろうと思っていた。藤原さんはメアリさんが大事ならそもそも僕とかかわりを持とうなんて思わないだろう。

コーヒーを飲みながら、出来上がりつつある温室を眺めた。

「けれど彼女はそうは思っていないでしょう」

素直に感じていることをそのまま彼に伝える。




「以前お二人が一緒にいるところを拝見しましたが、僕以外の人から見ても恋人同士のように見えました。彼女に勘違いするなという方がおかしい。藤原さんはそんないい加減な人じゃないですよね」

「まぁ……事情があったからな」

それは何ですかと話の先を促す。

「先生に恨みがあった事は事実だ。彼女とわざと仲良くしているところを見せつけて、俺は異性の恋人と上手くやってるんだって思わせたかった。その為にメアリにわざと恋人っぽく振舞ってくれと頼んだ。子供じみた復讐だな」

彼はわずかに肩をすくめて「軽蔑するなよ」と苦笑した。

「僕は藤原さんに酷い事をしたと思ってましたので、そんな事で藤原さんの気が済むのなら別にかまいませんでした。けれどメアリさんの気持ちを知ってた上でそういう行動を起こしたのなら、それは間違った事だったと思います」

藤原さんは「そうだよな」と頭をかく。

「彼女とは、イギリスにいる時に一度だけ付き合わないかと言われた。あっちの生活で精一杯な俺が恋人を作るなんて考えられないと言った。それからは友人としての付き合いだけだった。彼女も育児に追われていたし、後になって、自分も考えたら愛だの恋だの言っていられる状況じゃなかったわと笑っていた」

告白はされたけど断ったんだ。
メアリさんは振られているって事か。それからは友達として付き合ってたんだ。

「そうはいってもメアリさんは藤原さんを追って日本にまでやってきましたよね」

「まぁ、そうだな……」

「今もなお藤原さんに好意があるのは誰が見ても明らかです。気が付いていないとは言いませんよね」

彼は困ったように眉根を寄せる。

「彼女は日本の大学に留学していた。ジェラルド製菓の支社も日本にある。日本びいきだし日本に来ることはおかしい事じゃない」

藤原さんはコーヒーを口に運んでから言葉を継いだ。

「俺の帰国が決まって、それから自分も日本に行こうと思っていると言われた時には、もしかしてそうなのかなとは思った。でもな、俺が行くからついていくとは言わなかったし、好きだとか何も言われていないのに来るなとは言えないだろう。ただ自分も日本に来て日本支社で働くって言われたら、そうなんだとしか言いようがないだろう」

「確かに仕事だったら、藤原さんが日本に来るなとは言えないですね」

「イギリスで世話になったのは事実だし、彼女が日本に来たら何か手伝えることがあればやらせてもらうよ、くらいの事は礼儀として当たり前だと思った」

分からなくはない。告白されていないのに振ることはできない。


「俺は仕事を頑張りたい時だし、恋人を作るつもりはないからとイギリスを離れる時に彼女には言ったんだけど、伝わってはいなかったようだな。それにこっちに来てからも先生との事で利用したことになる」

利用したのは間違いないだろう。
友達として協力してもらったのならそれはおかしくはないけど、好きな人から恋人の振りをしてくれと頼まれたとすれば、それは残酷なお願いだ。

「会長の仕事の依頼は偶然ですか?僕をピンポイントで指名したのには理由がありますか?」

「あれは、偶然。たまたま銅像の造れる会社を探していると言われた時に、業社じゃなくて作家に直で依頼した方がいいんじゃないかと助言したら先生の名前が検索で出てきたみたいだ」

日本に帰ったら仕返ししてやろうとずっと思ってたのか。僕に決まったから復讐心がぶり返したのだろうか。

「先生の名前を聞いた時に急に過去の事が思い起こされて、この際成長した自分を見せつけてやろうと思ったことは間違いない。先生が驚いた顔をしていたから、少しスッキリしたのも嘘じゃない」

「かなり驚いた事に間違いはありません」

いささか稚拙な仕返しだけど。

「まぁ、どんな形であっても、先生に会いたかったんだ。今となっては言い訳だけど」

おどけた顔をする藤原さんに少し腹が立った。
他人を巻き込まないで個人的にやり返す方法はあっただろう。僕に対して直接恨み言を言ってもらった方が拗らせなくて済んだと思う。

「会うための方法は他にもあったでしょう」

「それが思いつかなかったんだよな。なにせこの家にはもう二度と近づかないって約束だったし」

「……そうでしたね。確かにその辺は僕にも責任がありますから申し訳なかったです」

自分たちの拗らせた関係にメアリさんを巻き込んでしまった事に罪悪感を感じた。
藤原さんはそのせいで彼女との関係を僕に説明するのに躊躇していたようだ。

「メアリに関しては先生に責任はない。俺が個人的な事情に巻き込んでしまったのが悪い」

彼は僕の横に体をくっつけるように寄せてきた。

「これから、今度はちゃんと恋人同士としてもう一回始めよう。俺は先生の事が忘れられなかったし、顔を見て話をして傍にいてやっぱり好きだと確信した。この気持ちは変わらない」

「……っその」

急に近づいた距離にドキドキする。
僕は顔を赤らめて俯いた。

藤原さんは気持ちをちゃんと伝えてくれた。自分もしっかり伝えきゃなと思った。

「三年経っても僕はやっぱり藤原さんの事が好きでした。この気持ちは変わりません」

突然彼の顔が近づいたかと思うと、右手で僕の持っているコーヒーカップを取り上げてテーブルの上に置く。
左手が伸びてきて、僕の頬を包んだ。

親指でほっぺたを軽く数回撫でると、彼は優しくキスをした。


「メアリには先生の事をちゃんと説明する。付き合う事になったと報告して、彼女の気持ちに気が付いていて利用したことを謝る。酷い男だよな」

先に進むためには自分たちもそうだけどメアリさんにも納得してもらわなくてはならない。

「僕と付き合う事を認めないでしょう」

「俺とメアリの関係は友達だ。何度も言っているから大丈夫だと思う。逆にプライドが高い彼女の事だから、好きだなんて勘違いしないでと言われるかもしれないけどね」

笑って僕の頬にキスをする。

「ちょっと……急にというか、早速近づき過ぎだと思います。今度はゆっくり始めましょう」

「ゆっくりか……時間はかなりかかったと思うし、十分過ぎるくらい待ったんだけど」

そう言いながらも彼は優しい笑顔を向けた。

僕はドキドキした心臓の音が彼に伝わらないように少しだけ体を離した。


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