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林信太郎
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林信太郎(しんたろう)はMIハーバー製薬株式会社という製薬会社の法務部所属で、司法書士として働いている。
画期的新薬の開発により、近年まれに見ぬ成長を遂げているMIハーバーは製薬大手で、今では世界中誰もが知っている企業にまで成長している。
林は理解が早く、的確な判断力があり、聞き上手だった。
温厚で誰からも信頼され、真面目な性格だが少し面白みに欠ける。
『字が奇麗ですね』と他人からよく褒められる。だが、紙を使わないこのご時世であまり得したことはない。
鼻筋がスッと通っていて、一重まぶた。背は高いがマッチョという感じではない。
人からは掴みどころがないとよく言われる。気負わず”普通の人物”。なんの目立った特徴もない。38歳という年齢まで独身であることを考えると、魅力的な男ではないのだろうと自分では思っている。
誰からも疎まれず、好きなよう、平穏に人生を終えられたらいいなと最近は考えるようになっていた。
今日は取引のある企業の社長に連れられて、ゲイクラブへやってきた。
昨年できたばかりの新しい店らしく、男の子も若くて可愛い子が多いと社長は自慢していた。
バース性のある世の中なので、子供が産めるΩは同性であっても恋愛対象になる。
特に男女の性別にこだわらないジェンダーフリーな考えは、人権問題や男女格差の解消のためにも社会的意義の深いもので、今日では当たり前に世界に根付いている。
林は男性も女性もどちらも経験はあるが、どちらがいいかと聞かれれば、どちらでも特に問題ないと答えるだろう。あまり性別やバース性にはこだわっていなかった。
付き合いでこういう店へも来ることはあるが、必要以上にベタベタしてくるキャストに鼻の下を伸ばすおっさん達の姿を見ると、とたん寂しい気持ちになってしまう。
林は小一時間ほど付き合うが、後は理由をつけてそれとなくフェードアウトしていくというのがいつものパターンだった。
太い客を捕まえるぞというキャスト達の営業トークに適当に頷きながら、向かいの席でヘルプについている男の子を見る。彼は先ほどからあまり話さないが、どうも視線が僕へ向いているような気がする。
「えっと、ユウ君だったかな?」
それとなく話しかける。奇麗に整えられた眉の下からまだ幼そうな笑顔がのぞく。
「はい」
と笑顔で答える彼に見覚えがあるような気がした。
「何処かで会ったかな……」
隣にくるように促して、僕の席へそれとなく誘導した。
「その節はお世話になりました。母の……」
彼が周りには聞こえない程度の小声で僕の耳元で話した。
思い出した。確か2年ほど前だった……。
彼は母子家庭で2人兄弟の弟の方だった。林の母の友人の女性が病気で亡くなった。確かその時、彼らの遺産相続の手続きを手伝ったんだ。
母はその女性を妹のように可愛がっていたらしく、亡くなったと知らせを聞いた時、何かできることがあるのなら手伝ってあげてくれと僕に頼み込んだ。
確か名前は前迫優(まえさこ ゆう)君だったかな。
彼女の母親が亡くなった時、親戚もなく兄弟2人が残された。兄はもう成人して働いていた。弟の方はまだ学生だった。
看護学校かなんかの1年生だったが、看護師として卒業後に一定の期間、指定された病院で勤務すると奨学金の返済が免除になるという制度を使って、学校へ通っていたはずだ。
今は男性の看護師が重宝される。患者が男性だったりすると、女性の看護師だと抱え上げたりする時に力を使うし、いろいろ世話をするのにデリケートな問題も発生する。
生活は残された遺産とアルバイトで何とかやって行けるだろうという事だった。
「その後どうしてたのかな?元気だった?」
あの時から数えると、まだ学生なはずだが。
「はい。今看護学校の3年です。あと半年で卒業する予定です」
なぜか彼は恥ずかしそうにそう言いながら、他のお兄さんたちを横目でちらちらと確認していた。
「そおか、じゃあここでアルバイトして頑張ってるんだね」
「はい。他のアルバイトも掛け持ちしてますが、ここの時給がいいので週に2日ほど来させてもらってます」
初々しい話し方が他の客の視線を集めた。
なんか僕が美少年を狙ったおっさんみたいになっているようで気まずい。
周りは無視して話をする。僕が知り合いのせいか、彼は他のキャストに比べてあまりスキンシップが激しくなかった。
普通だったら男の子たちは客の男性のどこかしらに手を置いたり、腕を組んできてわざと身体を押し付けてきたり、何とか客にボディータッチしようとする。
そういう事に慣れていないのか、彼はあまり身体をくっつけてはこなかった。
「早速ユウ君お客さん捕まえちゃった。ホント上手だね」
嫌味なのか何なのか先輩らしい男の子が話に割って入ってきた。
そんなことはという感じで首を横に振っているが、先輩キャストの子は何か言いたげにプイと横を向いてしまった。気に食わない事があったのか、先輩の子はお世辞にも接客業に向いているとは思えなかった。
けれど久しぶりに見た前迫君が、元気にやっているようなので、まぁアルバイトの仕事内容はどうかとは思うが取りあえず良かったなと林は思っていた。
画期的新薬の開発により、近年まれに見ぬ成長を遂げているMIハーバーは製薬大手で、今では世界中誰もが知っている企業にまで成長している。
林は理解が早く、的確な判断力があり、聞き上手だった。
温厚で誰からも信頼され、真面目な性格だが少し面白みに欠ける。
『字が奇麗ですね』と他人からよく褒められる。だが、紙を使わないこのご時世であまり得したことはない。
鼻筋がスッと通っていて、一重まぶた。背は高いがマッチョという感じではない。
人からは掴みどころがないとよく言われる。気負わず”普通の人物”。なんの目立った特徴もない。38歳という年齢まで独身であることを考えると、魅力的な男ではないのだろうと自分では思っている。
誰からも疎まれず、好きなよう、平穏に人生を終えられたらいいなと最近は考えるようになっていた。
今日は取引のある企業の社長に連れられて、ゲイクラブへやってきた。
昨年できたばかりの新しい店らしく、男の子も若くて可愛い子が多いと社長は自慢していた。
バース性のある世の中なので、子供が産めるΩは同性であっても恋愛対象になる。
特に男女の性別にこだわらないジェンダーフリーな考えは、人権問題や男女格差の解消のためにも社会的意義の深いもので、今日では当たり前に世界に根付いている。
林は男性も女性もどちらも経験はあるが、どちらがいいかと聞かれれば、どちらでも特に問題ないと答えるだろう。あまり性別やバース性にはこだわっていなかった。
付き合いでこういう店へも来ることはあるが、必要以上にベタベタしてくるキャストに鼻の下を伸ばすおっさん達の姿を見ると、とたん寂しい気持ちになってしまう。
林は小一時間ほど付き合うが、後は理由をつけてそれとなくフェードアウトしていくというのがいつものパターンだった。
太い客を捕まえるぞというキャスト達の営業トークに適当に頷きながら、向かいの席でヘルプについている男の子を見る。彼は先ほどからあまり話さないが、どうも視線が僕へ向いているような気がする。
「えっと、ユウ君だったかな?」
それとなく話しかける。奇麗に整えられた眉の下からまだ幼そうな笑顔がのぞく。
「はい」
と笑顔で答える彼に見覚えがあるような気がした。
「何処かで会ったかな……」
隣にくるように促して、僕の席へそれとなく誘導した。
「その節はお世話になりました。母の……」
彼が周りには聞こえない程度の小声で僕の耳元で話した。
思い出した。確か2年ほど前だった……。
彼は母子家庭で2人兄弟の弟の方だった。林の母の友人の女性が病気で亡くなった。確かその時、彼らの遺産相続の手続きを手伝ったんだ。
母はその女性を妹のように可愛がっていたらしく、亡くなったと知らせを聞いた時、何かできることがあるのなら手伝ってあげてくれと僕に頼み込んだ。
確か名前は前迫優(まえさこ ゆう)君だったかな。
彼女の母親が亡くなった時、親戚もなく兄弟2人が残された。兄はもう成人して働いていた。弟の方はまだ学生だった。
看護学校かなんかの1年生だったが、看護師として卒業後に一定の期間、指定された病院で勤務すると奨学金の返済が免除になるという制度を使って、学校へ通っていたはずだ。
今は男性の看護師が重宝される。患者が男性だったりすると、女性の看護師だと抱え上げたりする時に力を使うし、いろいろ世話をするのにデリケートな問題も発生する。
生活は残された遺産とアルバイトで何とかやって行けるだろうという事だった。
「その後どうしてたのかな?元気だった?」
あの時から数えると、まだ学生なはずだが。
「はい。今看護学校の3年です。あと半年で卒業する予定です」
なぜか彼は恥ずかしそうにそう言いながら、他のお兄さんたちを横目でちらちらと確認していた。
「そおか、じゃあここでアルバイトして頑張ってるんだね」
「はい。他のアルバイトも掛け持ちしてますが、ここの時給がいいので週に2日ほど来させてもらってます」
初々しい話し方が他の客の視線を集めた。
なんか僕が美少年を狙ったおっさんみたいになっているようで気まずい。
周りは無視して話をする。僕が知り合いのせいか、彼は他のキャストに比べてあまりスキンシップが激しくなかった。
普通だったら男の子たちは客の男性のどこかしらに手を置いたり、腕を組んできてわざと身体を押し付けてきたり、何とか客にボディータッチしようとする。
そういう事に慣れていないのか、彼はあまり身体をくっつけてはこなかった。
「早速ユウ君お客さん捕まえちゃった。ホント上手だね」
嫌味なのか何なのか先輩らしい男の子が話に割って入ってきた。
そんなことはという感じで首を横に振っているが、先輩キャストの子は何か言いたげにプイと横を向いてしまった。気に食わない事があったのか、先輩の子はお世辞にも接客業に向いているとは思えなかった。
けれど久しぶりに見た前迫君が、元気にやっているようなので、まぁアルバイトの仕事内容はどうかとは思うが取りあえず良かったなと林は思っていた。
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