からくりの青き猫(ネコ)帝都の空に願いを

にゃんぽこ

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第1章 空に、鈴の音が落ちてきた

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夜の町に、雨が降っていた。
錆びた鉄橋を叩く細かな滴が、まるで壊れかけたオルゴールのように、沈黙の中で音を繋いでいる。

「……今日も、また生き残っちまったな」

少年はそう呟いた。
名前は志郎。
軍需都市・セーレスの外れに暮らす16歳の少年であり、廃棄場の鉄屑拾い。
使えそうなパーツを探しては、かつての兵器や記録媒体を分解して糊口を凌いでいる。

その日は、地下層のさらに奥、立入禁止区域のスクラップ地帯に足を踏み入れていた。
軍に見つかれば銃殺もありうるが、「誰も触れていない技術」には、それだけの価値がある。

志郎の指先が、ひときわ異質な光に触れた瞬間――空間が震えた。

低く唸る音。
静電気のような空気の変化。

そして、彼女がそこにいた。

「……君、名前は?」

問うと、少女は、少し首を傾げてから答えた。

「……記録ナンバー1290番、猫型随伴兵器。呼称は――《ナエル・ミーア》」

長い銀髪。人形のような肌。
その瞳には光がなかった。ただし、その姿は機械には見えなかった。

「兵器、って……お前、人間じゃないのか?」

志郎の問いに、ナエルはかすかに頷いた。

「わたしは、“かつて人に愛された記録”です。
もう、誰からも必要とされることはありません。廃棄処分対象です」

まるで自分のことのようだった。
誰にも頼られず、ただ生き延びるだけの自分。
壊れた世界で、壊れずにいることしか許されなかった彼自身。

志郎は、静かに手を伸ばした。

「なら、うちに来い。必要とかじゃなくて、そばにいりゃいい」

ナエルの目が、ほんのわずかに震えた。

「それは――命令、ですか?」

「違う。俺の……お願いだ」

その言葉が、封印されたプログラムを動かしたのか。
ナエルの瞳に、小さな光が灯った。

「……了解。新しい登録者を“志郎”と認識。わたしは、あなたの随伴兵器となります」

そのときだった。

「それは困ります、主殿は、わたしが守ると契約されておりますので」

雨音の向こうから、澄んだ少年の声が響いた。

現れたのは、銀の鈴を首に付けた、華奢な少年型の機械――鈴白(りんはく)。
機巧技術士テレモンが、かつて志郎に贈った“唯一の親友”だ。

「鈴白……お前、まだ動けてたのか……」

「はい。主殿の足音を認識し、再起動しました。お帰りなさいませ、志郎様」

まるで忠実な従者のように、鈴白は頭を下げた。
けれどその顔には、機械の無機質さを超えた、微笑のような何かがあった。

ナエルはじっと彼を見つめていた。

「あなたは……“心”を、持っているのですか?」

「いいえ、まだです。でも、主殿の笑顔を見るたびに、鼓動に似た反応があります。
たぶんそれが、“心”の始まりではないかと――勝手に、思っております」

志郎は二人を交互に見た。
古い鉄屑の街に、突如として現れた、二つの光。

そして、夜空の向こうから、爆音が響いた。
帝国軍の飛行艦隊――空が裂け、戦争が、また近づいてきた。

「……行こう。ここは、もう安全じゃない」

志郎は二人の手を引いた。
ナエルは初めて誰かの手に触れ、鈴白は初めて“誰かと手を繋ぐ誰か”を見た。

空からは、雨に混じって、どこか懐かしい鈴の音が舞い落ちてきた。
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