6 / 21
ていうか中華
しおりを挟む
「わあ! 私こういうお店好きなんです!」
中華街のとある中華料理屋。未梨亞が感嘆の声を上げる。
今日は愛良の先輩社員である肥後徹がおごってくれるというので、三人でお食事に来ていた。
シャレたところに連れていってくれるのかと思ったら、案外普通のお店だった。見た目は、そこらへんにある個人経営っぽい中華料理屋だ。
「でしょ? 中華は気取らず、好きなものをたくさん食べるのが一番さ」
「へえ、安いんですね」
メニューの数はものすごく多かったが、どれも安いものばかりだ。
せっかくの驕りなんだから、もっと高いものがよかったと思ってしまう。相手は女の子と仲良くしたいという思惑で誘っているのだから、そう思ってもいいだろう。
「もっと高級店がよかった?」
「い、いいえ。そんなところ落ち着きませんよー」
冴えない顔をしていたのだろう。徹に図星をつかれてしまう。
今日は、先輩と友達としてご飯を食べに来ただけだ。自分は彼女でもないし、これからなることもない。特別扱いはやはり無用だ。
浩一はけっこう愛良に気を遣ってくれ、必ずソファー側の席を譲ってくれるし、お店も念入りに調べて選んでくれていた。これからは受け身になるのはよくないと、気を引き締める。
「今日は誘っていただいて、ホントありがとうございます」
「いいよいいよ。若い女の子二人と食事できるだけで幸せだから」
こういう言葉がすぐに出るところが信用できない。というより、軽すぎてむしろどうでもいいと感じてしまう。
「未梨亞ちゃん、好きなもの頼んでいいからね」
「はい! 私、こう見えてもたくさん食べるんです!」
中学生か高校生ぐらいの体をしてそう言うのだから、微笑ましくて仕方ない。徹はどうせあまり食べないんだろうと、笑って流してみせる。
こういうお店のほうが気張らないでいられるし、未梨亞も楽しんでいるみたいだったので、徹のチョイスは正しかったのかもしれない。おそらく、男女二人っきりなら、もっと雰囲気あるお店を選んだのだろう。
「愛良さん、好きなのありますか?」
「未梨亞に任せるよ」
「はい、任されました! すみませーん! 注文お願いしまーす!」
よく通る声だ。
騒がしい店内でもはっきり聞こえ、一人の店員さんが振り向いてこちらへ来てくれる。
さすがは元声優。普通の人にしか見えないが、こういうところは他の人より優れているのかもしれないと、愛良は思った。
「三種の冷菜、鶏の唐揚げ、麻婆豆腐、牛肉のニンニク茎炒め……」
「ちょっと待ってネ。冷菜、唐揚げ……」
「まぁぽぉどうふぅ、ぎゅにくのニンニク茎炒め。それとー、レタスちゃおふぁん……」
店員さんの片言の日本語がうつったのか、変なイントネーションで未梨亞は復唱するので、愛良と徹は笑いそうになる。
それから変な発音のまま、注文を続けるのだから、二人は吹き出すのを堪えるのが大変だった。
「それと、ラーメン! 以上で!」
店員さんはなおざりな復唱をして、厨房に消えていく。
「なにそのイントネーション」
「え? あ、なんか、うつっちゃうんですよね。悪気とか全然なくて」
「お仕事関連?」
「それもあるかもしれないです。相手に合わせてリアクションする訓練受けてるから、テンション上がってるときはついつい、変なことしちゃいます」
なんだそりゃ。
ちょっと変わった子だなとは思っていたが、やっぱり変わっている。
「未梨亞ちゃんは元声優さんなんだっけ?」
「はい、そうなんです」
「声優かぁ。すごいなあ」
「すごくなんかないですよ。クビになってますし」
デジャブを感じるシチュエーション。
未梨亞は、今後も出会う人とこの話をしないといけないのだろう。そう思うとちょっと不憫だ。
「声優ってモテるでしょ?」
「モテないですよー。私もこの歳して、独り身ですから。あはは」
この質問も覚えがある。
「じゃあ、俺なんてどう?」
「いやぁ、今無職ですよ? 養ってくださるんですか!?」
「君が望むならね」
「じゃあ、養ってもらっちゃおうかな。なんてー」
「ははは! 未梨亞ちゃん若く見えるからエンコーに見えちゃうかもな!」
「制服着れば、高校生に間違えられる自信あります!」
そういって、未梨亞はお酒を飲む。
愛良は正直びっくりしていた。センシティブなことだし、男性絡みに対しては、陰のある対応をするのかと思ったら、陽気に徹の問答をかわしている。
「声優同士で飲みにいったりするの?」
「ありますね。外画の収録はしょっちゅうです」
「がいが?」
「あ、洋画のことです。外国映画の吹き替え」
「へえ、業界用語かぁ」
「海外ドラマなんかは長い期間かけて録るので、声優同士が仲良くなりやすいんですかね。収録のあと、みんなで飲みに行くのが恒例になっているんです」
「古いサラリーマンみたいだな」
「そうですね。上下関係があって断れず、いつも飲み会って流れなので、最近では減ってきてるみたいです」
聞いたことのない業界トークに、愛良も興味津々になり、質問に加わる。
「上下関係かぁ、面倒そう……。やっぱ上下厳しいの?」
「声優も芸能界の一部ですからね。かなりものです。芸歴が長い人には、ちゃんと挨拶しないと怒られて干されちゃいます」
「長くやってるから偉いのは、ちょっと嫌だね」
会社でもなんだかんだで年功序列。年上のほうが偉い。
「でも、年上だから飲み会ではおごらないといけない、というのもありますね。声優の若手が貧乏なのは、みんな知ってますから」
なんとも芸能界らしい。バイト生活の新人声優には、毎週の飲み会はかなり厳しいだろう。
サラリーマンは上司がおごってくれるケースは減っているようで、若者はだいぶ飲み会を断るようだ。
「声優さん、可愛い子多いだろうなぁ」
欲望丸出しで、話に割り込んでくるのは徹。
「最近、可愛い人増えてますねー」
「声優はもうアイドルのようなもんだよな。演技出来て当たり前。顔もよくて、歌って踊れなくちゃいけないんだから大変だ。未梨亞ちゃんも歌ってたりするの?」
「私はないです。事務所では、ユニット組んで歌ってる人もいましたけど」
「アニメは出てる? ドラゴンボールとか?」
「そんな人気アニメ出られませんよー」
「じゃあ、どんなの? 俺、アニメ詳しいから知ってるかもしれない」
徹がずうずうしく聞いているので、ちょっとむかっと来たが、愛良も聞いてみたいことだったので、あえてツッコまなかった。
「えー。たぶん知りませんよ」
「言ってよ。知ってるかもしれないじゃん」
「えっと……」
未梨亞はもじもじして言う。
「絶対知らないですよ……。『アホな女神様は俺がいただいちゃいました』ってアニメなんですけど……」
愛良はぽかんとしてしまう。
「先輩知ってます?」
愛良は徹を見るが、首をふるふると横に振る。
「ごめん、もう一回言って」
「え……。あ、『アホな女神様は俺がいただいちゃいました』」
それがアニメのタイトルなのかと、愛良と徹は思ってしまう。口に出して言うのはちょっと恥ずかしい。
「アホな女神? それに未梨亞が出てるの?」
「は、はい……」
未梨亞は顔を真っ赤にしている。それはお酒のせいだけではない。
「一応、その女神役なんです……」
「女神? アホな?」
「はい……」
「いただかれた?」
「はい……」
しばらく沈黙の時が流れた。
「未梨亞ちゃん、すごいじゃん! ヒロインってことでしょ?」
「そ、そうですね……」
「そのアニメ知らないけど、ヒロインやってるんだから、相当なもんじゃないか! 有名人でしょ!」
徹が「よいしょ」という名のフォローを入れる。
知らないのに有名人とはいったい。
「マイナーすぎるから、あまり見たことあるって言う人いないですね」
未梨亞はてへへと笑う。
誇らしいことで恥ずかしくもあり、みんなが知らないのに褒めてくれるのは複雑な気持ちなのだろう。
「どんなアニメなの?」
愛良が尋ねる。
「10分のWebアニメです。原作小説の宣伝用に1クール分やってました」
「Webアニメ?」
「テレビでは放送されてなくて、ネットで見られるやつです」
それは知らないわけだと、愛良は思う。むろん、テレビでやっていてもアニメはほとんど見ないで、知らない確率はやはり高いわけだが。
「今でも見られるの?」
今度は徹が質問する。
「どうでしょう。期間限定かもしれません」
「調べてみよ。えっと、タイトルなんだっけ」
徹はスマホを取り出して、アニメを検索し始める。
「主役やってても、クビになっちゃうものなの?」
主役は誰でもなれるわけでない。実力があって選ばれたから、未梨亞が演じているのだ。
「今はアニメがたくさんありますけど、その分、声優も多いですからね。私ぐらいの声優は山ほどいて、その中で生きていくには、私は実力不足です。地上波でやってるアニメの主役だったなら、全然違うと思いますけど」
愛良は部活のサッカーを連想していた。
部活で精一杯練習して、学校で一番サッカーがうまくなっても、他の学校と比べると、そこまでではなかったりする。プロのサッカー選手になるには、その地区の一番でも足りず、その都道府県の指折りでなければいけない。
声優として生きていくには、全国の強力なライバルと戦っていくことになるのだろう。
「お、名前載ってる」
「え、どれですか!?」
愛良は徹のスマホをのぞき込む。
スマホにはウィキペディアのページが映し出されている。出演声優のリストに、主人公に続いて、不破未梨亞の名前が確かに載っていた。
「すごい……」
「いいなぁ! うらやましい!」
愛良と徹は未梨亞をベタ褒めにする。
一般人では絶対にウィキペディアに名前が載ることはない。それが作品の一部として、名前が載っているのは名誉あることだろう。
「やっぱ嬉しいもの?」
「そりゃ嬉しいですよ。載ったときは死ぬほど嬉しかったですし、今でも自分は声優だったんだなって思えます」
「そうなんだ」
明るく振り回っているが、どこか未梨亞の言葉に陰があるように感じられた。
ウィキペディアに載った名前は生きた証で、自分はもう十分やることはやった、と言っているような。
その気持ちは分かるが、愛良としては複雑だった。
(一般人は生きた証のないまま死んでいくんだよ)
自分もこの世に何も残せないまま死ぬことになるだろう。一つでも、永久にこの世に残るものがある未梨亞がうらやましく思えた。
「公式サイトには動画ないかあ。まあ、なんとか探してみる。どっかにアップされてるだろー。絶対、未梨亞ちゃんが活躍しているところ見るわ!」
「あはは、あるといいですね」
徹の調子のいい発言を未梨亞は流してみせた。
中華街のとある中華料理屋。未梨亞が感嘆の声を上げる。
今日は愛良の先輩社員である肥後徹がおごってくれるというので、三人でお食事に来ていた。
シャレたところに連れていってくれるのかと思ったら、案外普通のお店だった。見た目は、そこらへんにある個人経営っぽい中華料理屋だ。
「でしょ? 中華は気取らず、好きなものをたくさん食べるのが一番さ」
「へえ、安いんですね」
メニューの数はものすごく多かったが、どれも安いものばかりだ。
せっかくの驕りなんだから、もっと高いものがよかったと思ってしまう。相手は女の子と仲良くしたいという思惑で誘っているのだから、そう思ってもいいだろう。
「もっと高級店がよかった?」
「い、いいえ。そんなところ落ち着きませんよー」
冴えない顔をしていたのだろう。徹に図星をつかれてしまう。
今日は、先輩と友達としてご飯を食べに来ただけだ。自分は彼女でもないし、これからなることもない。特別扱いはやはり無用だ。
浩一はけっこう愛良に気を遣ってくれ、必ずソファー側の席を譲ってくれるし、お店も念入りに調べて選んでくれていた。これからは受け身になるのはよくないと、気を引き締める。
「今日は誘っていただいて、ホントありがとうございます」
「いいよいいよ。若い女の子二人と食事できるだけで幸せだから」
こういう言葉がすぐに出るところが信用できない。というより、軽すぎてむしろどうでもいいと感じてしまう。
「未梨亞ちゃん、好きなもの頼んでいいからね」
「はい! 私、こう見えてもたくさん食べるんです!」
中学生か高校生ぐらいの体をしてそう言うのだから、微笑ましくて仕方ない。徹はどうせあまり食べないんだろうと、笑って流してみせる。
こういうお店のほうが気張らないでいられるし、未梨亞も楽しんでいるみたいだったので、徹のチョイスは正しかったのかもしれない。おそらく、男女二人っきりなら、もっと雰囲気あるお店を選んだのだろう。
「愛良さん、好きなのありますか?」
「未梨亞に任せるよ」
「はい、任されました! すみませーん! 注文お願いしまーす!」
よく通る声だ。
騒がしい店内でもはっきり聞こえ、一人の店員さんが振り向いてこちらへ来てくれる。
さすがは元声優。普通の人にしか見えないが、こういうところは他の人より優れているのかもしれないと、愛良は思った。
「三種の冷菜、鶏の唐揚げ、麻婆豆腐、牛肉のニンニク茎炒め……」
「ちょっと待ってネ。冷菜、唐揚げ……」
「まぁぽぉどうふぅ、ぎゅにくのニンニク茎炒め。それとー、レタスちゃおふぁん……」
店員さんの片言の日本語がうつったのか、変なイントネーションで未梨亞は復唱するので、愛良と徹は笑いそうになる。
それから変な発音のまま、注文を続けるのだから、二人は吹き出すのを堪えるのが大変だった。
「それと、ラーメン! 以上で!」
店員さんはなおざりな復唱をして、厨房に消えていく。
「なにそのイントネーション」
「え? あ、なんか、うつっちゃうんですよね。悪気とか全然なくて」
「お仕事関連?」
「それもあるかもしれないです。相手に合わせてリアクションする訓練受けてるから、テンション上がってるときはついつい、変なことしちゃいます」
なんだそりゃ。
ちょっと変わった子だなとは思っていたが、やっぱり変わっている。
「未梨亞ちゃんは元声優さんなんだっけ?」
「はい、そうなんです」
「声優かぁ。すごいなあ」
「すごくなんかないですよ。クビになってますし」
デジャブを感じるシチュエーション。
未梨亞は、今後も出会う人とこの話をしないといけないのだろう。そう思うとちょっと不憫だ。
「声優ってモテるでしょ?」
「モテないですよー。私もこの歳して、独り身ですから。あはは」
この質問も覚えがある。
「じゃあ、俺なんてどう?」
「いやぁ、今無職ですよ? 養ってくださるんですか!?」
「君が望むならね」
「じゃあ、養ってもらっちゃおうかな。なんてー」
「ははは! 未梨亞ちゃん若く見えるからエンコーに見えちゃうかもな!」
「制服着れば、高校生に間違えられる自信あります!」
そういって、未梨亞はお酒を飲む。
愛良は正直びっくりしていた。センシティブなことだし、男性絡みに対しては、陰のある対応をするのかと思ったら、陽気に徹の問答をかわしている。
「声優同士で飲みにいったりするの?」
「ありますね。外画の収録はしょっちゅうです」
「がいが?」
「あ、洋画のことです。外国映画の吹き替え」
「へえ、業界用語かぁ」
「海外ドラマなんかは長い期間かけて録るので、声優同士が仲良くなりやすいんですかね。収録のあと、みんなで飲みに行くのが恒例になっているんです」
「古いサラリーマンみたいだな」
「そうですね。上下関係があって断れず、いつも飲み会って流れなので、最近では減ってきてるみたいです」
聞いたことのない業界トークに、愛良も興味津々になり、質問に加わる。
「上下関係かぁ、面倒そう……。やっぱ上下厳しいの?」
「声優も芸能界の一部ですからね。かなりものです。芸歴が長い人には、ちゃんと挨拶しないと怒られて干されちゃいます」
「長くやってるから偉いのは、ちょっと嫌だね」
会社でもなんだかんだで年功序列。年上のほうが偉い。
「でも、年上だから飲み会ではおごらないといけない、というのもありますね。声優の若手が貧乏なのは、みんな知ってますから」
なんとも芸能界らしい。バイト生活の新人声優には、毎週の飲み会はかなり厳しいだろう。
サラリーマンは上司がおごってくれるケースは減っているようで、若者はだいぶ飲み会を断るようだ。
「声優さん、可愛い子多いだろうなぁ」
欲望丸出しで、話に割り込んでくるのは徹。
「最近、可愛い人増えてますねー」
「声優はもうアイドルのようなもんだよな。演技出来て当たり前。顔もよくて、歌って踊れなくちゃいけないんだから大変だ。未梨亞ちゃんも歌ってたりするの?」
「私はないです。事務所では、ユニット組んで歌ってる人もいましたけど」
「アニメは出てる? ドラゴンボールとか?」
「そんな人気アニメ出られませんよー」
「じゃあ、どんなの? 俺、アニメ詳しいから知ってるかもしれない」
徹がずうずうしく聞いているので、ちょっとむかっと来たが、愛良も聞いてみたいことだったので、あえてツッコまなかった。
「えー。たぶん知りませんよ」
「言ってよ。知ってるかもしれないじゃん」
「えっと……」
未梨亞はもじもじして言う。
「絶対知らないですよ……。『アホな女神様は俺がいただいちゃいました』ってアニメなんですけど……」
愛良はぽかんとしてしまう。
「先輩知ってます?」
愛良は徹を見るが、首をふるふると横に振る。
「ごめん、もう一回言って」
「え……。あ、『アホな女神様は俺がいただいちゃいました』」
それがアニメのタイトルなのかと、愛良と徹は思ってしまう。口に出して言うのはちょっと恥ずかしい。
「アホな女神? それに未梨亞が出てるの?」
「は、はい……」
未梨亞は顔を真っ赤にしている。それはお酒のせいだけではない。
「一応、その女神役なんです……」
「女神? アホな?」
「はい……」
「いただかれた?」
「はい……」
しばらく沈黙の時が流れた。
「未梨亞ちゃん、すごいじゃん! ヒロインってことでしょ?」
「そ、そうですね……」
「そのアニメ知らないけど、ヒロインやってるんだから、相当なもんじゃないか! 有名人でしょ!」
徹が「よいしょ」という名のフォローを入れる。
知らないのに有名人とはいったい。
「マイナーすぎるから、あまり見たことあるって言う人いないですね」
未梨亞はてへへと笑う。
誇らしいことで恥ずかしくもあり、みんなが知らないのに褒めてくれるのは複雑な気持ちなのだろう。
「どんなアニメなの?」
愛良が尋ねる。
「10分のWebアニメです。原作小説の宣伝用に1クール分やってました」
「Webアニメ?」
「テレビでは放送されてなくて、ネットで見られるやつです」
それは知らないわけだと、愛良は思う。むろん、テレビでやっていてもアニメはほとんど見ないで、知らない確率はやはり高いわけだが。
「今でも見られるの?」
今度は徹が質問する。
「どうでしょう。期間限定かもしれません」
「調べてみよ。えっと、タイトルなんだっけ」
徹はスマホを取り出して、アニメを検索し始める。
「主役やってても、クビになっちゃうものなの?」
主役は誰でもなれるわけでない。実力があって選ばれたから、未梨亞が演じているのだ。
「今はアニメがたくさんありますけど、その分、声優も多いですからね。私ぐらいの声優は山ほどいて、その中で生きていくには、私は実力不足です。地上波でやってるアニメの主役だったなら、全然違うと思いますけど」
愛良は部活のサッカーを連想していた。
部活で精一杯練習して、学校で一番サッカーがうまくなっても、他の学校と比べると、そこまでではなかったりする。プロのサッカー選手になるには、その地区の一番でも足りず、その都道府県の指折りでなければいけない。
声優として生きていくには、全国の強力なライバルと戦っていくことになるのだろう。
「お、名前載ってる」
「え、どれですか!?」
愛良は徹のスマホをのぞき込む。
スマホにはウィキペディアのページが映し出されている。出演声優のリストに、主人公に続いて、不破未梨亞の名前が確かに載っていた。
「すごい……」
「いいなぁ! うらやましい!」
愛良と徹は未梨亞をベタ褒めにする。
一般人では絶対にウィキペディアに名前が載ることはない。それが作品の一部として、名前が載っているのは名誉あることだろう。
「やっぱ嬉しいもの?」
「そりゃ嬉しいですよ。載ったときは死ぬほど嬉しかったですし、今でも自分は声優だったんだなって思えます」
「そうなんだ」
明るく振り回っているが、どこか未梨亞の言葉に陰があるように感じられた。
ウィキペディアに載った名前は生きた証で、自分はもう十分やることはやった、と言っているような。
その気持ちは分かるが、愛良としては複雑だった。
(一般人は生きた証のないまま死んでいくんだよ)
自分もこの世に何も残せないまま死ぬことになるだろう。一つでも、永久にこの世に残るものがある未梨亞がうらやましく思えた。
「公式サイトには動画ないかあ。まあ、なんとか探してみる。どっかにアップされてるだろー。絶対、未梨亞ちゃんが活躍しているところ見るわ!」
「あはは、あるといいですね」
徹の調子のいい発言を未梨亞は流してみせた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる