シチューにカツいれるほう?

とき

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1章 真理子

3話

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「あれ? 真理ちゃん、電車乗らないの?」
「う、うん。ちょっと買い物して帰ろうかなーと」
「そっかー! じゃあ、またあしたねー!」
「またあした。バイバイ」

 真理子は美紀たち女子バスケ部のメンバーと別れ、駅の向こう側へと一人歩いて行く。
 その足取りは非常に重い。
 まるで足のおもりをつけられているよう。気持ちも罪人のように、一歩一歩沈みながら歩いていた。

「はあ……」

 繁華街を離れて住宅街に入ったところで、真理子はため息を吐いた。
 しんどい。できればどこにも行きたくない。
 美紀に言ったことは嘘で、買い物する用事なんて別になかったのだった。
 真理子はあてもなく、住宅街をさまよい、小さな公園をみつける。
 滑り台とベンチしかない公園で、そこには誰もいなかった。
 真理子は公園に入り、ベンチに座った。

「なにやってんだろ、私……」

 カバンを隣に置き、足を投げ出す。
 空を見上げると日が沈みかけている。雲も多く、みるみる暗くなっていく。まるで自分の心を写しているようで嫌だった。

「こんなところで時間潰しても、結局、帰るしかないのに……」

 おかしなことをしているのは、自分でも痛いほどにわかっていた。でも、そうせずにはいらなかった。
 真理子が嘘をついて電車に乗らなかったのは、家に帰りたくなかったからだった。
 少しでも家にいたくない。ちょっとでも時間を潰してから帰りたい。
 部活で活躍している時間が天国ならば、家にいる時間は地獄。いるだけで身も心も苦しめられる。

(地獄とわかってて、なんで帰らなきゃいけないの……)

 そう思うと、自然と目から涙が溢れてくる。
 さっきまで友達に感謝されていた英雄的な姿とは大違い。今は公園に一人たたずむ悲しい人。
 そこに天もが追い打ちをかけてくる。
 急に雨が降ってきて、みるみるうちに制服が濡れていった。春とはいえ、濡れると冷たい。
 そんな予報聞いてない。どうして自分をそんなにいじめるのか。いっそう気分が沈む。

「アユザワか……?」

 突然、自分の名を呼ばれて、びくっと体を震わせてしまう。
 アユザワではなく、アイザワが正しいのだけど。

「志田くん!?」

 それはクラスメイトの志田。誰かに出会うにしても、一番出会いたくない人だった。言動を理解できない無愛想な人。
 志田も傘は持っておらず、制服や髪が濡れている。
 真理子は光の速さで涙をぬぐう。
 きっと暗くて見えていないはず。と、心の中で祈った。

「なんでこんなところにいんだ?」
「な、なななんでもない! 家に帰る途中で!」
「家? アユザワ、電車通いだろ?」

 ぎくっ!
 声が出たかもしれないぐらい驚いた。

「そ、そんなことないけど……」
「いつも電車使ってなかったか?」

 なぜそんなこと知ってるんだろう。
 この人は自分について詳しい? 何か気がある? いやまさか……。人に興味がありそうに見えない。
 でも冷静に考えてみると、一回でも駅に入るところを見られていればわかることだから、たいした情報ではないのかもしれない。
 見られていたとなれば、取り繕うことなんて不可能。もう全力で逃亡するしかない。

「ごめん、帰るね!」

 逃げだそうとカバンを持って立ち上がったところで、腕をがっと掴まれる。

「ちょっと待て」
「なに?」
「ちょっと来い」
「や、やめて! 何でもないから」
「何でもなくないだろ」

 強引に引っ張られ、簡単には振りほどけない。

「何でもないんだって! もうやめて!!」

 今の状況を彼に説明することなんてできない。
 何よりこわい。いったい自分に何をしようというのか。

「うるせえ! 何でもないんだったら、人の家の前で泣くな!!」

 拒絶をしっかり示すよう、かなりの大声を出したつもりだったが、さらに大きい声言い返されてしまった。

「……え? 家?」

 志田はくいっと、あごで方向を示す。
 公園の向かいの一軒家。

「そこに住んでるの?」
「ああ。家の前で泣いてる奴がいたら、嫌でも気になるだろ」

 もっともすぎる理由。
 クラスメイトが自分んちの前で雨の中座り込んでいたら、絶対に気になる。逆の立場だったら、公園に志田が座っているのが異常すぎて声を掛けていたかもしれない。
 かーっと顔の体温が上がっていくのがわかる。
 人の家の前で泣き出す、という恥ずかしいことをしてしまった。

「いいから来い。タオルぐらい貸してやる」
「あ……うん……」

 濡れたクラスメイトにタオルを貸す。人としての当然の所作。
 相手が善意で声をかけてくれた以上、それをむげにもできなくなってしまう。
 ぐうううう!
 その時、豪快な音が響く。
 真理子のお腹からだった。
 あまりの恥ずかしさに、体温はさらに上昇。真理子は耳まで真っ赤にする。

「なんだよ……」

 その音を聞いた気まずさに志田も顔が赤くなる。

「飯も食ってけ。すぐ作るから」

 よく見たら志田はスーパーの袋を下げていた。
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