ガチャ上の楼閣 ~ゲーム女子は今日も寝たい~

とき

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リテイクの嵐

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 文見は修正を重ねて、改めて社長のOKをもらい、次のステップに進んだ。
 前回のように社員全員に聞いていたら時間が掛かりすぎるので、今回は主要なプロジェクトメンバーが集まって議論することになった。
 直接、顔を合わせて答弁するのは緊張するが、今さらびびってもいられない。自分がシナリオリーダーであり、頑張って作り直した設定とプロットを守れるのは自分しかいないのだ。
 先に資料は渡していたが、冒頭に文見が簡単に補足説明をする。

「――という話になっております。プロデューサー、ディレクターに相談しつつ進めていて、サブプロットももうじき完成する予定です。ここまでに何かご意見や質問はありますか?」

 すでにプロデューサーとディレクターの承認を得ていることを強調しておく。
 先手を打っておけば意見を言いにくいはず。社長の承認をもらっているものを、社長の前では批判しにくいのだ。
 案の定、シーンと静まりかえる。
 皆、資料をにらみつけるように眺めているだけで、こちらを見ようとしない。
 皆の心の内は、これまでにだいぶ時間を浪費しているから、さっさとシナリオを決めて作業に入りたいと思っている。だから内容がどうあれこの内容で決めてしまいたい。わざわざ発言して面倒事を増やしたくなかったのだ。

(よし!)

 文見は心の中でガッツポーズをする。

「大丈夫でしょうか? それではこの方向性で……」
「ちょっといいすか」

 何も意見がないので締めようとしたところ、空気を読まない人が手を挙げる。

「はい、生駒さんどうぞ」

 生駒は戦闘班だった。ゲームの肝である戦闘を組み上げる係だ。
 戦闘がつまらなかったら誰もゲームをやってくれないので、ゲームの中ではかなりウェイトが高く、その責任は重大なパートだった。

「やっぱゲームシナリオとして引きが弱いかと。遺跡の擬人化はいいですが、シナリオがそれを引き立てるものになっていません。序盤を読んでも盛り上がるところがあまりなく、これからの展開に期待できません」

 生駒は抑揚のない調子で淡々と言う。
 丁寧な口調だが、鋭くえぐってくる。

「主人公がいきなりパラレルワールドに転移がしますが、なんで転移するか分かりませんね。大事件が起きてわくわくするところなのに、どういう意図で転移するのか、どんな技術的に転移が起きたのか理由が分からず、つっかかって興味を失います」

 それは重々承知の展開だった。だが社長発案なので変えられなかったもの。
 声や論調からシナリオに対して、生駒が何かしら敵意を抱いているのが分かる。

「ありがとうございます。参考に……」
「それと」

 このまましゃべられては面倒になると文見は流そうとするが、生駒はさえぎって意見を続ける。

「キャラがいまいち魅力的じゃありません。まず主人公が転移した先で命をかける理由がなく、感情移入できません。英結もたくさんいるのにどれも大して活躍しないので、はっきりいって影が薄いです。これだけ時間をかけて改善されていないということは、このまま修正を続けても難しいのかもしれません。ここはプロの監修を受けてはどうでしょうか。以上です」

(こいつか!!!)

 文見はもうちょっとで、声に出して叫びそうだった。
 前回文見をイラッとさせた意見を書いたのは生駒だと確信した。今回の態度と合わせて文見のシナリオをまったく信用してないのが分かる。
 そして内容を全否定と来た。
 文見も完全に納得がいった内容ではないが、社長の要望に応えながらも頑張ったのだ。それをどうして目の敵のように否定して来るのか。
 厳しい意見に一同は、きょろきょろと様子をうかがうだけで、誰も発言しない。

「そうかあ、なるほどな」

 天ヶ瀬がつぶやく。
 文見はすごく嫌な予感がした。

「生駒の言うことは一理ある。あとちょっと足りない気がしたんだよな」

(はあああああ!? こいつまた裏切りやがった!)
 
 文見は心の中で絶叫した。
 声は出さなかったが、表情まで隠せているか自信がない。
 天ヶ瀬は否定的な意見にきっと不安になったのだろう。
 だが社長として不安なコメントはできない。だからすべて知ったふうに発言し、文見を切り捨て、生駒を持ち上げた。文見はそう解釈した。

「松野はどう?」
「天ヶ瀬が思うなら直したほうがいいんじゃないか」

 天ヶ瀬は相棒の松野に意見を求める。いや、同意を求めて、松野はまさにそれに応えてみせた。
 会議にはキャラデザ担当の木津がいて真剣な顔をして座っていたが、特に話し合いに加わる気はないようだった。
 文見は仕方ないと思う。この状況では誰も発言できないし、ここで反論したら余計変な方向にいきそうだ。何より、文見自体がここで言い争うのは得策ではないと思っている。
 これで完全に文見の味方はいなくなった。

「そうだなあ。今回のはよくできていたが、我々は『エンゲージケージ』を越えるゲームを作るため、最上級のものを作り出さないといけない。となればシナリオもしっかりしたものにしたい。小椋、すまないがもうちょっと頑張ってほしい」
「は、はい……」

 完全にアウェイ。
 状況としては「スケジュールもやばいんだし、もうこれでいいじゃないですか」と言って、先に進んでもいいぐらいのはずだが、文見の立場でそんなこと言えるわけがない。
 スケジュールを理由に、品質を諦め作業を切り上げようと言えるのは、社長でプロデューサーの天ヶ瀬だけである。




 文見はデスクで動画などを見ながら夕飯を取ることが多かったが、今日は気分転換を兼ねて外食にしていた。
 先の会議のイライラがまったく収まらなかったのである。
 自分に何かとつっかかってくる生駒、そしてOKと言いながら自分をまったくかばってくれない社長に対しての怒りだ。
 あのときガツンと言い返してやればよかったと、頭の中で生駒や社長をぎゃふんと言わせる脳内シミュレーションを繰り返し続けている。
 いや、そんな不毛なことはしたくなかったのだが、何度もそのイメージが頭の中を巡ってしまうのだ。
 これは相当まいってるなと思い、オフィスを飛び出して秋葉原の街に出てきたわけである。
 秋葉原はオフィス街でもあるが、ご存じの通り、観光都市として面が強いので一年中人が多い。今日は平日だから外国人観光客がメインだが、休日となると日本人観光客がぐっと増える。
 駅前付近で外食しようとすると、観光客とかち合ってゆっくりできないので、文見は少し離れたところへ行こうとする。
 運動にもなるし、気持ちを落ち着かせるのにもちょうどよかった。
 文見が大勢の観光客やサラリーマンを避けながら歩いているときだった。

「あれ?」

 地下駐車場からいかにも高級そうな車が出てきた。
 それに乗っている人物には見覚えがあり、自然と目が追った。

「社長? なんかすっごい高そうな車だったな……」

 車に詳しくない文見でも、それがものすごく高い車だということが分かった。
 まず庶民では遠慮してしまうような、真っ赤な色。やたらかっこいい企業ロゴは海外メーカーのもので、近未来を感じさせる流線型のボディは、庶民が乗るものとは値段が一桁違うんじゃないかと思わせてくれる。
 社長は文見に気付くことなく、スピードを上げて颯爽と去って行く。

「帰るのかな」

 手伝ってもらえる作業はないし、社長には社長の仕事があるので、社長が定時で上がるのは仕方ない。
 けれど、ちょっともやもやする。文見はまたシナリオを修正しないといけないので、今日何時に帰れるか分からなかった。

「なんだかな……。住む世界が違うんだよな……」

 文見の安月給では家賃を払うのが精一杯で、車なんてとてもじゃないけど買えない。
 そもそも車通勤は当然禁止されている。
 危険だからという理由だが、危険ならばなぜ社長はOKなのだろうと思ってしまう。経営者だから何が起きても自分のせい、ということもあるんだろうが、事故を起こす確率は変わらないはずだ。
 実際に事故になってしまったら、平社員より社長のほうが大事になってしまう。ニュースで連日、会社名と一緒に顔が映るに違いない。
 車通勤をしたいわけではないが、平社員と社長という身分の違いを見せつけてくるようで嫌だった。

「あー、ダメダメ。ネガティブはダメ! 奮発しておそば食べよっと!」

 文見にとっては、そばも高級品だ。ときどき利用している老舗のそば屋に入る。

「あっ」

 社員に会わないようにとも考えて遠出したのだが、そこには「ヒロイックリメインズ」のメインプログラマーの八幡がいた。

「小椋か」

 気付かれてしまった以上、スルーして離れたところに座るのは不自然なので、八幡と相席することにした。
 よりによって、迷惑かけまくりの同じプロジェクトの人間と一緒になるとは運が悪い。

「ども」

 文見はそそくさと席について、ざるそばを注文する。
 八幡はすでに注文済みで、料理待ちのようだった。
 大手ゲームメーカーから来た凄腕プログラマーで、物静かな30代後半の男性。ゲームに関しては村野よりも詳しく、サーバー知識は会社でナンバーワンだった。
 経験も豊富で、後輩プログラマーの指導も行っていることから、「困ったら八幡に聞け」と言われるほど頼りにされていた。




「またダメだったんだって?」
「え、あ、はい……。すみません……」

 文見はプログラムとは縁がないので、あまり八幡としゃべったことはなかった。
 メガネをかけ、真面目そうなきりっとした顔をしている。服装もしっかりとしたオフィスカジュアルで、それっぽい格好をしていたらエリートサラリーマンもしくは執事っぽいという印象だろう。
 あまりゲーム会社っぽくない風貌で、普段ゲームをやりそうな感じもしない。いったいどういうゲームが好きなんだろうか。

「謝ることではないだろう」
「でも、開発遅れちゃってますよね」
「別に」

 八幡はそう言うが、進捗会でプログラマーの進捗率がかなり低いことは聞いていた。

「ゲーム開発が遅れるのは珍しくない。始まらない分には一向に困らないな」
「え、どうしてですか?」
「プログラマーが一番堪えるは何度も作り直しになることだ。プランナーのオーダー通りに作ったのに、やっぱこうしたい、イメージと違うから直して、面白くなかったからなしで、とか言った理由で作り直しになるんだよ。プランナーは気楽だよな。ゲームやってみて、つまんなかったら、直しといて、と言えば勝手に直ってるんだから。だが、プログラマーは頑張って設計して組み立てた家をぶっ壊して、また設計からやり直すことになるんだ」
「はあ……」

 案外饒舌だった。
 八幡が愚痴を言いそうなタイプではなかったのでびっくりする。
 だが文見もやり直しを何度もくらっているので、八幡の気持ちは痛いほどに分かった。誰かに愚痴らなければやっていけないのだ。

「それが続いて開発後半のときには、とんでもない遅れになってる。間に合わせるために、休まず死ぬ気で働くわけだ。デスマーチだな」

 デスマーチ。死の行進という意味である。深夜残業は当たり前で会社で寝泊まりすることもあり、休日返上で働き続ける。納期に間に合うか、それとも先に開発者が倒れるか、作業が完了するまで働くのでデスマーチと呼ばれている。

「不思議なことにプロジェクト始動時が好調だったとしても、後半は壊滅的になって休めなくなるんだよ。それまで何度も上の確認取って進めてるのに、急に「ダメだ、作り直せ」と言われる。理不尽だよな。でも絶対起きるんだ。だから、開始が遅れて暇になる分には大歓迎だ」
「そ、そうなんですね……」

 落ち着き払った様子はまさにベテランの所業。
 文見もゲーム会社に入って遅くまで仕事をし、「もう働きたくない」と思うこともあったが、文見の関わった「エンゲージケージ」が新作ではなく、継続して開発の続いているものなので、大規模な開発はなく、デスマーチになったことはなかった。

「おまちどおさま」

 そのとき、店員のおばちゃんがお盆を二つ持って現れる。

「てんぷらそばに、ざるそばね」

 注文者を確認することなく、てんぷらそばを文見に、ざるそばを八幡の前に置いた。

「逆です!」

 文見は指摘するが、おばちゃんは伝票を机に置くとすぐに厨房に引っ込んでしまう。

「入れ替えますね」

 文見がお盆を持って取り替えようとすると、

「別にこれでいい」

 八幡は片手を挙げてストップさせる。

「へ?」

 意味が分からなかった。
 文見はさっぱりしたものを食べたかったので、ざるそばを注文した。そして安くてカロリーが低いという理由も大きかった。
 でも、もっと大きい理由はお値段。
 ざるそばは990円だが、てんぷらそばは2310円もする。
 文見が悩んでいると、八幡はざるそばを食べ始めてしまったので、文見は諦めててんぷらそばを食べ始める。

(八幡さん、てんぷらが食べたかったんじゃないのかな……。ああ、2310円は痛いなあ……)

 もともと奮発するつもりはあったが、ここまでの出費は想定していなかった。明日は節約しないといけない。

(あー、でも、てんぷらおいしい!)

 久しぶりにてんぷらを食べた気がする。
 老舗の名店とあってかなりおいしい。けっこう値は張るが、てんぷらそばで良かったと思える味だった。
 文見がてんぷらを半分食べ終わったところで、八幡が席を立った。
 八幡はすでにそばを食べ終わっていた。

「じゃあお先に」
「はやっ! じゃなくて、え? あの、え?」

 八幡は二人分の伝票を持って行ってしまう。

「おごってくれたってことなのかな……?」

 八幡はレジでスマホを端末にタッチして会計を済ますと、そのまま店を出て行ってしまう。
 てんぷらそばと共に取り残された文見。

「八幡さんなりの気遣い? 言ってくれればよかったのに」

 どうやら不器用なようだが、優しい先輩のようだった。
 またもやシナリオを作り直しになった文見のために、高いてんぷらそばを食べさせてあげたのだ

「そういえば、愚痴ってくれたのも、気遣いだったのかな」

 大先輩が下っ端に愚痴る必要なんてないだろう。でもいろいろ話してくれたのは、文見のことを思ってのことかもしれない。文見に合わせて、ゲーム会社ではベテランであっても理不尽な目に遭うことを教えてくれたのだ。
 考えて見れば、高いてんぷらそばを頼んだのも、八幡が大奮発したい気分だったのだろう。それなのに譲ってくれた。
 文見は嬉しくなった。
 プロデューサーとディレクター、そして生駒と今後も一緒にするのは嫌だなと思っていたが、同じプロジェクトに八幡のように優しい先輩がいるのだ。

「よし、夜も頑張ろ!!」

 文見はズルルとそばを勢いよくすすった。
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