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9話・初めてのデート?

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 雪村美波への淡い気持ちに気付き出してから二週間ほど経ち、とうとう六月もすぐだ。

 八月の中旬からサッカーユース代表の海外遠征があるから、六月の終わりにはメンバー発表がある。ここでメンバー入りして、予定されてるベルギー戦とフランス戦にスタメンで出て、海外のスカウトを驚かせてやるんだ。その事を伝えようと部活の前にスマホでLINEアプリを開いた。

「何だよ、美波の奴LINE見てねーじゃん。昼休みに大体返信あるのに」

 その話を美波にしたかったんだが、何故か美波からのLINEの返信が無い。既読も付かない。夜にLINEでメッセージを送れば、昼休みに返信がある。

(今日は昼休みに女の子達に捕まってしまったから美波に会ってない。何か不安だな。こんな気持ちじゃサッカー出来ないぞ……)

 やっぱり俺の中で美波の存在が大きくなりすぎている。
 そして、ようやく俺は気付いた事がある。

(そもそも、美波は運動神経はいいはずだ……俺のフリーキック練習の時のミスキックを難なく蹴り返した女。あの時、自分でも運動神経はいい方! と言っていた。どうやらこれは……)

 どうしてるかわからない美波が心配になり、サッカー部が始まる前に帰宅する美波を追いかけてみた。

「ちょっと待て美波。校舎の影に来い」

「え? 突然何? エッチな事する気なの?」

「アホか! お前にLINEでメッセージしてるのに、返信が無いし既読も付かないからこうして来てるわけだ。どうした? 身体は元気そうだが?」

「大丈夫だよ。急いでるから明日ね」

 俺を拒否するように美波は帰ろうとしていた。

(そういえば、最近俺が昼休みに美波と二人でいるのがファンの女子にもバレてて、昼休みは拘束されている。となると、昼休みに美波は一人になってしまい――)

 嫌な予感を感じた俺は、無理矢理スクールバッグのサイドポケットから美波のスマホを探す。

「ちょっとスマホ見せてみろ」

「嫌! ちょっと、やめてよ。プライバシーの……」

「!? おい……」

「あ、あははー……」

 美波は笑って誤魔化そうとしてるが、これは笑って誤魔化せない話だ。

「これはプライバシーの問題じゃ無いだろ。やっていい事と悪い事がある。全て俺がキッカケでこうなったんだよな。すまん……」

 奪い取った美波のスマホは壊れていた。
 ガラス面が破壊されていて通話や、タッチも出来ない状態にある。

(これは落としたってレベルの壊れ方じゃない。先の尖った鋭利な物で刺したという壊れ具合だ。……どうやら美波の最近のケガとも関係ありそうだな)

 どうやら、俺は自分自身の行いで美波に迷惑をかけているのに気付いた。
 けど、俺が美波に関わり合わないという事は無い。
 美波は俺の友達だからだ。

「とりあえず美波をイジメる首謀者などをどうにかしないとならないようだな。今日はサッカー部を休む。代替えのスマホをショップに行って手続きしよう」

「え? 今日行くの? 週末行こうと思ってたのに。しかもサッカー部を休むのはマズくない? 私も君といると、また目をつけられるし……」

「俺はもう美波に目をつけてる。他のカス共と一緒にすんな。俺はもう堂々と美波と接する。邪魔する奴は潰すだけだ」

 普段は試合中以外は誰かを敵視する事はしないが、今回は別だ。
 俺のせいで被害が出てるならその元は断たないとならない。

「でも……まだ事故の可能性も……」

「ここまでされて事故なんてあるかよ? お前はいつも俺に説教する癖に、いつもいつも肝心なお前自身の事ははぐらかしやがる! そんな所が気に入らないんだよ!」

 涙目になる美波を抱き締めたいが、それはやめておいた。
 ようやく、美波も真実を話してくれたんだ。

 そして美波はイジメにあい、俺が体調を崩した事になった疫病神とされてしまうのを知った。
 俺もこの女といる時の自分自身を知る。

(……そうか。この女の前だと俺はただの男なんだ。家族も他の大人もチームメイトも俺をプロサッカー選手としての卵という目で見てる。けど、美波はそんな事は関係無い目で俺を見てる。久遠京也という一人の男として――)

 そうか。美波がいなくなった時の寂しさの理由がわかったよ。

 俺は、久遠京也は雪村美波を好きなんだ――。

(ん? マジで……?)

 何か自分で出した答えなのに困惑した。
 とりあえず保留にしておいた。

「どうした美波?」

「……」

 美波はどこかを見つめていた。その視線の先には生徒会副会長の柴崎さんと、後ろで誰かと話す生徒会長もいた。美波は柴崎さんの絡みつく視線に怯えているが、無理矢理手を引いてこの場から立ち去る。

(美波を守るのは俺だ)

 そして、今日のサッカー部は休んで美波と携帯ショップに行きスマホの代替え機を手に入れた。

「ありがとう。これでスマホが一時的に復活したよ。君は中々いい奴ですな」

「当然だ。俺は日本のユース代表10番だからな。こんな事は余裕だぜ。とりあえず俺の番号をまず登録な。ここ大事」

「そうなの?」

「そうなの」

 急かすように俺は美波に電話番号やメールアドレスを登録させた。
 一時的な代替え機だからこの二つを教えておけばいい。
 ふと、強い風が吹いた為に俺は美波の盾になる。

「君はおだてればおだてるほど活躍するタイプだね」

「ん? 何だ?」

「何でもないよ」

 フフフと笑って走り出す美波を追いかける。
 何かメチャクチャ楽しいな。
 サッカーをしてるのとは違う楽しさだ。
 こういうのも悪くない。

「何か夜だからかカップル多いな……」

 ここで、冷静になる俺は美波と夜の街を歩いていて思った事がある。

(こ、これはまさかデートなのか? 美波と……デートをしてるのか!? いや、これはただの付き添いだ……デートとしてはノーカンだろ。オフサイドもしてはいけない)

「これはデートですなぁ。君と初デート!」

 ふと、下から覗き込むような小悪魔な美波に俺は動揺してしまう。

「え? デ、デート?」

「何? 嫌だったの? 自分から誘った癖に……」

 シュン……とする美波に俺は更に動揺してしまう。

「嫌なわけないだろ! 嫌ならそもそもサッカー部休んでまで来るわけも無い。俺が蒔いた種は俺が刈り取るだけだ!」

「いよっ! 日本一のサッカー選手! 美波ちゃんを助けておくんなせー!」

「おうよ! 助けてやるぜ!」

 この女……かなり小悪魔かもしれん。
 おだてられると俺も弱いからな。
 ま、この気持ちは大事だ!

「明日からは攻守交代だ。近いうちに敵をこちらから攻撃して潰す。こんな下らない事は、とっとと終わらせる」

「なら君に任せるよ。全部任せとく」

「? 何か否定されるかと思ったけど、それでいいのか?」

「男が決意した事は最後までやらせてみるのが一番。というのを弟を見て知ったからかな」

「そうか。俺もサッカーに集中したいからいの一番でこの事件は解決する」

「いの一番……クノイチみたいな語感だね。ズシズシ」

「お前の刺してるから。手裏剣じゃなくてクナイだから。脇腹つつくな!」

 久しぶりに美波の明るい顔を見た俺は、何か生き返った気がして心が落ち着いた。
 そして、夜の街を歩くカップル達に紛れて少しの間、初めてのデートを楽しんだ。
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