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36話・秋祭りデート

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 楽しかった文化祭も終わり、今日は聖白蘭病院から歩いて十分ほどの公園で行われている秋祭りに参加した。
 夜は多少冷えて来ているが、まだまだ日中は陽射しも強く夕方でも蒸し暑さがある日がある。
 俺個人の体調として吐き気はたまにあるが、嘔吐まではいかないから調子はいいと思う。
 文化祭の楽しさの余韻を、この夏祭りでも味わいたいんだ。

 公園内の屋台などを見て歩く俺と美波は浴衣を着ている。俺はシンプルな紺色の浴衣に雪駄。美波は薄い紫を基調にした、花柄が描かれている浴衣。雪駄は赤い鼻緒であり、浴衣の色に合わせたペディキュアが良い。喋りながら祭りの人混みを歩いて行く。すると、色々と違う方向を見る俺に苦言を呈する。

「おいおい、そんなによそ見してるぞ美波ちゃんも嫉妬しちゃうぜい?」

「あー悪い、悪い。みんな美波より浴衣が似合ってないなと思ってな。やはり美波が一番だ」

「言うねぇ京也君。このこのー!」

 お得意の照れ隠しつつき攻撃をされ、俺は少し逃げた。
 人混みの中でじゃれ合い平凡で楽しい夏祭りになる予感がした。

「美波--」

 その美波を抱き締める。
 俺はそのまま抱き締めたまま背後を警戒した。
 ツツー……と首筋から一筋の汗が流れた。

「ど……どうしたの急に? 人が見てるよ?」

「……奇縁悪縁ってやつかな。このまま二人で消え去りたいぜ」

「……?」

 俺に抱き締められる美波には見えないのでわからないが、背後の方向の子供達が集まっている場所に悪役令嬢のような魔女がいる。

(魔女は子分を従えているのか? 後ろ姿でもわかってしまう純黒スタイルだ。彼女はマウスーランドも好きだし、人混みが苦手でもないんだな……)

 闇を具現化したような真っ黒な浴衣に、柄がマウスーランドのキャラクターが描かれている。普通にしてれば黒髪ロングが似合う、特に問題の無い清楚な美少女と見られるが、この女の邪気は否応無く感じてしまう。その純黒の美少女はターンエンド! と何やら子供達と盛り上がっていた。

「柴崎さん、子供達を集めてカードゲームしてるぞ? しかもいちいち召喚! とか掛け声決めてポーズもしてるし……そろそろ本当に異世界に転生しそうだな」

「副会長の趣味に合う同年代の男の人がいれば、良いんだけどね。私が通い出した予備校の最高位にある特進クラスに副会長も通ってたし、そこで上手く見つけてくれるといいんだけど」

「マジか!? 夏期講習を受けて入った予備校にいたのか……でもクラスが違うなら一応大丈夫か。予備校ではどんな感じなの?」

「予備校では明るく清楚キャラクターだけど、闇は見せてないわ。あの闇を見せられたら、無駄な知り合いは減るけど本当の友達は出来ると思う」

 相変わらず仲は良くないが、美波は美波なりに柴崎さんを気にかけているようだ。彼女には取り巻きが多いが、自分の趣味を晒け出せる友達はいない。先の事を考えて、自分勝手な提案もしてみる。

「なら美波がその友達になるのか?」

「は!? いや無理でしょ? 人の男を奪う宣言する女なんて無理でしょ? てか、そろそろ逃げないとまずいよ?」

「そだな。とりあえず別の場所へ行こう。ここはラスボスエリアだ」

「そうね。まだレベルが足りないわ。あのレベルにもなりたいと思わないけど」

 柴崎副会長が一人で祭りに来ているので、とりあえず距離を置いた。
 巻き込まれると厄介な事になりそうだからだ。
 嫌な喉の渇きをラムネを買い潤していると、ある少女がラムネ瓶の中のビー玉を中年の野球帽の男にねだっていた。

(あれは確か……)

 蹴栄学園・生徒会書記の女の子がいた。三石と知り合いのショートカットの無口な感じの子だ。
 名前は治木衣美なおきころみとか言ったかな?
 中年の男がラムネの瓶からビー玉を出す為にどこかへ行った。
 すると、治木も俺に気付いたようだ。

「こんにちは久遠さん。デートですか?」

「あぁ、そうだ。治木は三石と来たかったんじゃないか? 日本にはいないけど」

「え? そんな事もあったり無かったり……でも三石君ドイツでスターティングメンバーになったそうですよ」

「そうか……案外早く結果を出したな。海外で成功するには早期にチームメートの中心となり活躍する必要がある。3部リーグのスタメンなら2部も遠くない。ケガさえなければ二十歳までには一部に行けるかもな」

「そうだといいです」

「三石の事、好きなのか?」

「え?」

 ワタワタする治木に俺と美波はわかりやすいなと微笑む。一応、治木は自分なりに否定はしていた。

「三石君はお兄ちゃんのように優しい所があるだけだよ。それだけ」

(何だ、暗そうだけどかわいい顔もするのか。三石の奴、気付いてやれよ)

 すると、ラムネ瓶を割ってビー玉を取り出した野球帽の中年が戻って来る。

「おい衣美。兄貴がまた消えたよ。あの問題児が……仕方ねぇ。衣美行くぞ。お前の好みは小学生だろ?」

「小学生とか恋愛対象なわけないじゃん! またね久遠さん、雪村さん」

 おそらく兄か親戚のようなジャージを着た三十前後の野球帽の男と歩いて行った。
 そして、俺達は屋台の射的やクジ引きをした。

 金魚すくいは全ての金魚を救われた為に出来なかった。店主らしい頭にタオルを巻いているオッサンが話しかけて来た。

「すみませんねお客さん。少し前に来た黒い浴衣の人が全部すくってしまって金魚ゼロなのよ。だから金魚屋はお終い」

 金魚すくいの店主は店を畳んで帰るようだ。
 美波は残念だねと言っていたが、そこまで落ち込んではいない。

「別に金魚すくいをしたいわけじゃないからな。秋祭りを楽しむ一環としてやろうとしただけだから問題無いさ。金魚すくったらその辺の子供にでもやるつもりだったし」

 ふと、子供というキーワードから柴崎さんの事を思い出した。店を片付けていなくなった金魚すくいの店主は、黒い浴衣の客が全ての金魚をすくったと言っていた。

(黒い浴衣? まさか――)

 どうやら、美波も同じ事を考えていたようで二人は同時に同じ人物名を口にした。

『柴崎さん……』

 この金魚大量捕獲事件を知り、俺は柴崎さんが何故見知らぬ子供達とカードゲームをしていたのかがわかった。

「……となると、あのカードゲームで遊んでいた子供達はすくった金魚で交友が始まったのか。金魚を大量に捕獲してたら子供も面白がるだろうしな。流石にカードゲームをしている子供達に自分から混ざるわけないよな」

「そうだよ。その推理が正しいと思う」

 そんな話をしていると、何やら多くの女子やオネエ系を引き連れた茶髪の王子が現れた。その王子は黒い浴衣でキラキラオーラを出してチヤホヤされてる。こんな人間は、そうそういないから誰だかわかる。

「やぁ久遠君。君も金魚いるかい? 大量にすくい過ぎて困っているのさ」

「生徒会長も来ていたんですね。でも金魚はいらないです。あまり好きでもないので」

「残念だ。子供達を見かけたら子供達にあげようかな」

 どうやら、生徒会長がここにいる女子などの為に金魚をすくっていたようだ。
 メンバーは女の子やオネエ系などで、生徒会長は相変わらず王子オーラを出していた。
 あまり活躍すると夏祭りの屋台が潰れるぜ?
 金魚すくいの犯人は柴崎さんじゃないのが判明した。

「という事は柴崎さんは自分から子供達に話しかけてカードゲームをしてたんだな。俺達以外の目撃者がいなければいいが」

「いや、もう目撃されてるね。魔法のステッキを持った魔女が子分を連れてコッチに歩いて来るわ」

「え? マジだ」

 その魔法少女のステッキを持つ純黒浴衣の女は近づいて来た。
 かなり真面目な顔で歩いて来るな……何を企んでる?
 一応、美波の前に立って身構えた。

「久遠君、雪村さんちょうどいい所にいたわ。この子供達の仲間の女の子がいなくなったの。もしかしたら誘拐かも知れない。ここ一年以上通り魔事件が目立っているから」

 ここで、俺と美波はある子供が誘拐に巻き込まれた可能性を知った。
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