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四話・金髪女忍者カエデ

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「神妙にお縄につきやがれ。お前はもう逃げられねーよ金髪女」

 江戸城下町郊外の森の前で朱蓮とモンスターオークションで違法行為をしていた金髪女は対峙していた。どこで着替えたのか、金髪女は青い忍び装束になっている。そんな事を気にしない朱蓮は続けた。

「コッチはお前に構ってる暇はねぇ。今の警察警備網が敷かれた江戸城下町から脱出するのはかなり厳しいぞ? 諦めて牢屋にブチこまれな」

「貴様がブチ込みたいのは、その股間の一物だろうに。幕府の犬め」

「洋怪と混じり合う気はねぇ。金髪女」

「私は忍者だ。貴様等人間の性欲の凄さには洋怪達は呆れている。人間の繁殖力は洋怪の十倍以上だとな」

「だから人間は洋怪より数が多いんだろ。そして、ダンジョンからモンスターが外に現れて洋怪の里を襲い出したから、洋怪は人間の前に姿を現して同盟を結んだ。お互い持ちつ持たれつだろうに。んな話をしても仕方ないぞ金髪女」

「だから! 私は忍者だと言ってるだろう侍。私は洋怪の里で修行した忍者だ――ぐっ!?」

 会話しつつ、朱蓮はロープを投げて相手の足を絡め取った。その素早さに金髪女は驚き、芝の地面に転がった。

「忍者? 知らねーよ。忍者がモンスターオークションなんて俗物のような事すんじゃねー。つか、ピストン運動もするんじゃねー。コッチが賢者タイムになるだろうが」

「この動きは縄抜けの術よスカポンタン!」

「スカポンタンって何だよ? 洋怪の言葉はジパングの人間と変わらないはずなんだがな。そもそも縄抜けすんな」

 その言葉と同時に朱蓮の足が倒れる金髪女に迫る。ザッと肩口を踏むはずだったが、地面を踏んでいた。縄抜けをした金髪女はバレーボール選手のような構えをした。

「忍者を舐めるなよ? くらえ! クラッシャーボール!」

 左手から生み出された黄色い気の塊はバレーボールほどのボールになり、バシュ! と右手で打ち出された。

「――早えっ! せーのぉ!」

 避けられないスピードのオーラの弾丸を朱蓮は全力の拳で明後日の方向に跳ね返した。唖然とする金髪忍者に対し、痛みのある右手をブラブラさせる朱蓮は言う。

「レアな気功波を使う洋怪か。見た目は人間だがその実は洋怪が化けてたって事だし、レアなケースが満載だな。真の悪ほどじゃないが、簡単に捕まらないわけだぜ」

「私のクラッシャーボールを……貴様ただの侍じゃないな?」

「チッ、痛くてしばらく右手が使えそうもないな。お前さんこそ、ただの洋怪じゃないな? その容姿と能力を見る限り、おそらく人間と洋怪のハーフ……か。今の世の中じゃ誕生してもそこまで成長はしないはずの存在だ。どこから生まれた?」

 まるでその言葉が図星かのように怒り出す金髪忍者は叫んだ。

「貴様にはかんけーし! 私の正体を知った以上、死んでもらう!」

「関係ねーしだろ。お前、イライラすると言葉が変になるよな? そろそろクリムゾンスライムも出せ。お前さんとクリムゾンスライムを捕まえて、まず一つ事件を終わらせる」

「終わるのは貴様だ侍」

「ん?」

 そこには、金髪女の洋怪仲間である連中が十人現れた。その一団の一人が言う。

「何をやってるんだ。その侍は我々に任せて逃げろ。貴様が捕まっては元も子もない」

「すまん。助かった。奴は右手が使えない。任せたぞ」

「おいおい、何が助かったんだ?」

 朱蓮はギョロリと殺意に満ち溢れた紅い目を増援に向けて呟く。その一団は朱蓮にクナイを一斉に投げた。バッ! と朱蓮は上空に飛んだ。そのまま増援の洋怪達に向かって一直線に降下する。予想を超えた身体能力に慌てふためく洋怪達は、あまりにもの殺意に気圧され――全てを諦めた。

「全部血溜まりになれ――卵王斬らんおうざん!」

 地面を爆破するような斬撃で、十人の洋怪は一気に倒れた。その衝撃は凄まじく、金髪女が逃げる足がもつれて倒れてしまう。倒れた十人の洋怪達も生きてはいるが、全身が血塗れであり瀕死の状態だった。十人の洋怪で血溜まりを作る紅眼の男は最後の標的の前に立つ。

「クリムゾンスライムを出せ。それとも死ぬか?」

「右手が使えないのによくあの技を出せたものだ。そもそも、クリムゾンスライムは隠したわよ。簡単には見つからない」

「なら、洋怪の口笛で呼び寄せるだけだ」

 洋怪が使う口笛を吹く朱蓮の瞳が更に紅くなる。その音色に導かれるように、金髪忍者の忍び装束の胸元がゴソゴソ動き出した。人間に吹けないはずの洋怪口笛を吹いている男にその女は目を奪われている。

「……洋怪の口笛が吹ける? 私のメロディーは洋怪の血を引いた者にしか――」

「ごちゃごちゃウルセーよ」

 人格が変わったように凶暴になる朱蓮は金髪忍者に蹴りを入れ倒す。すぐに小太刀で応戦しようとするが、腰にあるはずの小太刀が無かった。

「え……?」

 気付くと、自分の左胸に自分の小太刀が突き刺さっていたのである。何の躊躇も無く心臓を狙う朱蓮に女は恐怖した。小太刀を持つ朱蓮の瞳は紅く、ただ血溜まりを求める獣のようだった。

「……」

「ぐっ……まるで洋怪大将のような紅眼べにがんだな。殺すならとっとと殺せ。血の眼の侍」

「血の……眼……」

 その口にした台詞と、目の前の女の口から血が流れた光景を見て、朱蓮は何かを思い出したかのように正気に戻った。そして、小太刀を奪い返すと金髪忍者は後退する。同時に、胸の中から赤い羽のあるスーパーレアスライムのクリムゾンスライムが現れた。だが、自分をまだ取り戻せていないのか、朱蓮は黒い目に映る金髪女に問う。

「俺は……お前を殺そうとしてたのか?」

「そうだ。それと、この口の血は刀の衝撃で口の中を切っただけだ。刀の切っ先はクリムゾンスライムが羽で白刃取りしてくれて心臓には刺さっていない」

 クリムゾンスライムは朱蓮に怒りを向けてピィピィ鳴いている。

「そうか……なら、仕切り直しだ。俺の問いに答えろ」

 真っ直ぐに金髪忍者を見据える朱蓮は言う。

「死ぬのには理由がいらんが、生きるのには理由がいる。お前さんはどうだ?」

「生物兵器としてある場所で生み出された私は完璧になれずに処分された。瀕死だったが生き残り、洋怪社会で私は食べ物に困って忍者になった。生きる為には何でも食ったさ……食う事が生きることだ!」

「何でも食う。いぃ答えだ。お天道様も喜んでるぜ」

 納得のいく顔の朱蓮は、金髪忍者に対して微笑んだ。わけのわからないその女は、クリムゾンスライムを抱えながら聞く。

「今のが何の答えになってるかわからないが、それで私を見逃すつもりか? 私は人間でも洋怪でもないハーフなんだぞ? 幕府の犬である侍が捕まえれば大手柄だろう? 情けをかけているのか!?」

「侍の心得一つ。侍とは己が信ずる道を行け。ただそれだけだ」

 やけにあっさりと引き下がる侍に金髪忍者は困惑した。その困惑は更に続く。

「それと、その異世界モンスターとやらはくれてやる。せいぜい好きなもん食って長生きしろよ。同族意識ってのは人間にも洋怪にも、そのハーフにもある。死ぬんじゃねーぞ……」

「待て、まさかお前は――」

「侍大原則一つ。他人に優しくしておけば、後で飯を奢ってもらえるってやつさ」

「フッ、それはお前の理屈だろうに」

 微笑みながらクリムゾンスライムを抱き締めた。

「そういや金髪忍者。名を聞いておこう。それぐらい教えてくれよ」

「私はカエデだ。忘れるな卵海朱蓮。イセモンのクリムゾンスライムの件も感謝する。だが、次は殺す」

「おう、あばよカエデ。今度一緒にオムライスでも食うか」

 そうして、幕府警察の幸輝からの一つの依頼は終わった。もうカエデが違法なオークションはやらないとは言え、任務の失敗は失敗なので今回の捜査料は返還という話が出た。
 それをチャラにするには、江戸に現れている真の悪を逮捕する事で話がついた朱蓮は、洋食屋・筋肉隆々で焼酎を飲んでオムライスを平らげた。
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