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レオナルドの裏切り
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「あなたのそばにいると、心が落ち着くのですわ」
ソフィアが微笑んで囁いたその夜、レオナルドは、彼女の手を取っていた。
それは、もはや「偶然」でも「礼儀」でもなかった。
彼は明確に、彼女を求めていた。
会えば穏やかな時間が流れ、微笑みと沈黙のあいだに満たされる何かがあった。
ソフィアの言葉は、どれも柔らかく、傷ついた心に優しく染みこんでいった。
カタリーナは情熱的で、誠実で、真っ直ぐすぎるほどだった。
怒れば言葉を選ばず、悲しみを隠さず、愛も痛みも全て真正面からぶつけてきた。
その強さが、時にレオナルドには重く、苦しく感じることもあった。
ソフィアは違った。
微笑みのなかに全てを包み、空気を読んで身を引き、相手の心に無理に踏み込むことはなかった。
レオナルドはその静かな距離に救われていた。
求められすぎず、否定もされず、ただ存在を肯定されているような穏やかさ。
いつからか、そんな優しさに惹かれていた。
カタリーナとは違う。けれど、それゆえに楽だった。
だが、カタリーナを忘れたわけではなかった。
むしろ、彼女のことを考えない日は一日たりともなかった。
その事実が、いっそうこの関係を歪めていた。
レオナルドは知っていた。
ソフィアの温もりに触れるたび、自分が「裏切っている」という自覚を持っていた。
それは身体だけではない。
無言の安心に甘え、安らぎを恋と錯覚していた。
「優しいですね、侯爵様」
そう言われるたびに、胸の奥が冷えた。
自分が本当に優しい人間なら、あの屋敷に残した妻と子を放ってなどおけなかったはずだ。
優しさとは、何だ。
レオナルドは自問した。
ソフィアに向ける言葉のすべてが、本当に誰かを愛したことのある男の言葉だったのか?
「愛している」とは一度も言っていない。
それでも彼女の手を取り、抱き寄せ、夜を越えた。
それは優しさではなかった。
ただの逃避。
彼は逃げていた。
向き合うことの重さから、責任から、そして何より、カタリーナの瞳に映る真実から。
それが彼の裏切りだった。
だが、その影には、もうひとつの影があった。
母の存在。
「妻とは家を守る者。余計な感情に惑わされるな」
「公の顔を持つ者は、私情を排してこそ真の男」
少年の頃から刷り込まれてきたその言葉は、大人になった今も胸の奥に残り続けていた。
ソフィアを最初にレオナルドの前に連れてきたのも、母だった。
彼女は穏やかな笑みを浮かべながら言ったのだ。
「あなたの傍にふさわしい女性よ。あの方は余計なものを持たない」
レオナルドは、そのとき逆らうことができなかった。
それは命令ではなかった。
けれど、拒めば家の体面を乱すという無言の圧力があった。
だが、なぜ母はあのようなことをしたのだろう。
他の令嬢を、自分の前に連れてくるなど、まるで「浮気をしろ」と言われているようなものではないか。
家のため、名誉のため、跡継ぎのため。
そういった言葉で正当化されることが、どれほど人の心を踏みにじるか。
母に悪意があったとは思いたくなかった。
けれどその善意に見せかけた選択は、確実に彼の倫理を鈍らせ、カタリーナとの絆を薄れさせていった。
戸惑いながらも受け入れたのは、自分だった。
けれど、その始まりにあった歪みを、レオナルドは確かに感じていた。
だからこそ彼は曖昧に笑い、受け入れた。
そしてそのまま、深みにはまっていった。
本当に選んだわけじゃない。
そう思いたかった。
けれど、あの手を取ったのは、間違いなく自分だった。
優しさに似た偽り。
それをソフィアがどこまで察していたのか、レオナルドには分からなかった。
だが一度、彼女がふと呟いた言葉が胸に残っていた。
「カタリーナ様のことを、まだお想いですのね」
その瞬間、レオナルドの手はわずかに震えた。
ソフィアは微笑んでいた。
けれど、その瞳の奥には、確かに知っている者の哀しみがあった。
その視線を見た瞬間、レオナルドの心は鋭く揺れた。
気づかれていた。
すべてを、わかっていながら黙っていた。
彼女は何も問い詰めず、何も責めなかった。
それでも、その優しさの奥にある痛みに、彼はようやく目を向けさせられたのだった。
自分は、ソフィアの優しさに甘えていた。
まるで逃げ場所のように。
だが、それは本当の愛だっただろうか?
それは、誰かを救うものだっただろうか?
違う。
彼女の笑顔の裏にある哀しみに気づきながら、それでも手を取った自分こそが、最も残酷だったのだ。
そして、その根底にあるのは、やはりカタリーナの存在だった。
心のどこかで、彼はいつも彼女の眼差しに怯えていた。
見透かされているようで、責められているようで、けれど、それでもなお、彼は心の奥で、カタリーナの瞳に赦されたいと願っていた。
ソフィアが微笑んで囁いたその夜、レオナルドは、彼女の手を取っていた。
それは、もはや「偶然」でも「礼儀」でもなかった。
彼は明確に、彼女を求めていた。
会えば穏やかな時間が流れ、微笑みと沈黙のあいだに満たされる何かがあった。
ソフィアの言葉は、どれも柔らかく、傷ついた心に優しく染みこんでいった。
カタリーナは情熱的で、誠実で、真っ直ぐすぎるほどだった。
怒れば言葉を選ばず、悲しみを隠さず、愛も痛みも全て真正面からぶつけてきた。
その強さが、時にレオナルドには重く、苦しく感じることもあった。
ソフィアは違った。
微笑みのなかに全てを包み、空気を読んで身を引き、相手の心に無理に踏み込むことはなかった。
レオナルドはその静かな距離に救われていた。
求められすぎず、否定もされず、ただ存在を肯定されているような穏やかさ。
いつからか、そんな優しさに惹かれていた。
カタリーナとは違う。けれど、それゆえに楽だった。
だが、カタリーナを忘れたわけではなかった。
むしろ、彼女のことを考えない日は一日たりともなかった。
その事実が、いっそうこの関係を歪めていた。
レオナルドは知っていた。
ソフィアの温もりに触れるたび、自分が「裏切っている」という自覚を持っていた。
それは身体だけではない。
無言の安心に甘え、安らぎを恋と錯覚していた。
「優しいですね、侯爵様」
そう言われるたびに、胸の奥が冷えた。
自分が本当に優しい人間なら、あの屋敷に残した妻と子を放ってなどおけなかったはずだ。
優しさとは、何だ。
レオナルドは自問した。
ソフィアに向ける言葉のすべてが、本当に誰かを愛したことのある男の言葉だったのか?
「愛している」とは一度も言っていない。
それでも彼女の手を取り、抱き寄せ、夜を越えた。
それは優しさではなかった。
ただの逃避。
彼は逃げていた。
向き合うことの重さから、責任から、そして何より、カタリーナの瞳に映る真実から。
それが彼の裏切りだった。
だが、その影には、もうひとつの影があった。
母の存在。
「妻とは家を守る者。余計な感情に惑わされるな」
「公の顔を持つ者は、私情を排してこそ真の男」
少年の頃から刷り込まれてきたその言葉は、大人になった今も胸の奥に残り続けていた。
ソフィアを最初にレオナルドの前に連れてきたのも、母だった。
彼女は穏やかな笑みを浮かべながら言ったのだ。
「あなたの傍にふさわしい女性よ。あの方は余計なものを持たない」
レオナルドは、そのとき逆らうことができなかった。
それは命令ではなかった。
けれど、拒めば家の体面を乱すという無言の圧力があった。
だが、なぜ母はあのようなことをしたのだろう。
他の令嬢を、自分の前に連れてくるなど、まるで「浮気をしろ」と言われているようなものではないか。
家のため、名誉のため、跡継ぎのため。
そういった言葉で正当化されることが、どれほど人の心を踏みにじるか。
母に悪意があったとは思いたくなかった。
けれどその善意に見せかけた選択は、確実に彼の倫理を鈍らせ、カタリーナとの絆を薄れさせていった。
戸惑いながらも受け入れたのは、自分だった。
けれど、その始まりにあった歪みを、レオナルドは確かに感じていた。
だからこそ彼は曖昧に笑い、受け入れた。
そしてそのまま、深みにはまっていった。
本当に選んだわけじゃない。
そう思いたかった。
けれど、あの手を取ったのは、間違いなく自分だった。
優しさに似た偽り。
それをソフィアがどこまで察していたのか、レオナルドには分からなかった。
だが一度、彼女がふと呟いた言葉が胸に残っていた。
「カタリーナ様のことを、まだお想いですのね」
その瞬間、レオナルドの手はわずかに震えた。
ソフィアは微笑んでいた。
けれど、その瞳の奥には、確かに知っている者の哀しみがあった。
その視線を見た瞬間、レオナルドの心は鋭く揺れた。
気づかれていた。
すべてを、わかっていながら黙っていた。
彼女は何も問い詰めず、何も責めなかった。
それでも、その優しさの奥にある痛みに、彼はようやく目を向けさせられたのだった。
自分は、ソフィアの優しさに甘えていた。
まるで逃げ場所のように。
だが、それは本当の愛だっただろうか?
それは、誰かを救うものだっただろうか?
違う。
彼女の笑顔の裏にある哀しみに気づきながら、それでも手を取った自分こそが、最も残酷だったのだ。
そして、その根底にあるのは、やはりカタリーナの存在だった。
心のどこかで、彼はいつも彼女の眼差しに怯えていた。
見透かされているようで、責められているようで、けれど、それでもなお、彼は心の奥で、カタリーナの瞳に赦されたいと願っていた。
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