56 / 91
義母の訪問
しおりを挟む冬の足音が近づき、屋敷にもひんやりとした空気が漂い始めたころ。
カタリーナたちは穏やかな日々を重ね、子どもたちも日に日に笑顔を取り戻していた。
そんなある日の午後だった。
(レオナルドは王都での政務のため、この日も不在だった。)
屋敷の門番が慌ただしく駆け込んできた。
「奥様、侯爵夫人様が……お越しに。」
カタリーナは一瞬、手にしていた本を閉じる手を止めた。
お義母様が?
珍しいことだった。
結婚後、義母が自ら屋敷を訪れることはほとんどなかったのだ。
レオナルドが帰ってきたからだろうか、とカタリーナはふと思った。
カタリーナは静かに呼吸を整え、応接間へ向かった。
あえてレオナルドがいない時を狙ったのだろうか。そんな考えが、静かに胸をよぎった。
義母は、以前と変わらぬ冷ややかな威厳をまとって、静かに腰掛けていた。
「お久しぶりですね、カタリーナ。」
柔らかい言葉とは裏腹に、その声音には、もともとカタリーナを気に入らないと思っていた感情が滲んでいた。探るような棘と冷ややかさが、隠しきれずにあらわれていた。
「こちらこそ、お義母様。お元気そうで何よりです。」
カタリーナは礼儀正しく微笑みながら応じたが、心の中では深いため息をついていた。
侍女が静かに茶を運ぶ間も、義母の鋭い視線はカタリーナを逃さなかった。
そして、茶器を手に取ると、ふとつぶやくように言った。
「そろそろ、次の準備を考えなければなりませんね。水面下では、すでに動いておりますが。」
意味深なその言葉に、カタリーナは小さく眉をひそめた。
「……次、とは?(水面下?)」
義母は微笑みを崩さないまま、カップを受け皿に戻した。
「レオナルドにも、そろそろ正式なお相手をお考えになる頃でしょう。」
カタリーナの心臓が、一瞬だけ跳ねた。
何を、言っているの?正式な相手?
「もちろん、家族のためにも、立場のためにも。」
あくまでも穏やかに、しかし確実に、義母はカタリーナの心を突き刺す言葉を紡いでいった。
カタリーナは静かにカップを持ち上げながら、胸の奥に冷たいものを感じていた。
どうして、わざわざ私にこれを伝えに来たのか。
息子に直接言うでもなく、レオナルドの不在を狙って、私だけに。
それは、まるで先に私を追い詰め、身を引かせるための布石のように思えた。
静かな応接間に、微かな茶器の音だけが響いていた。
カタリーナは、静かにカップを置いた。
「お母様、私はレオナルドの正式な妻です。」
声は震えなかった。むしろ静かに、凛と響いた。
義母は微笑みを崩さぬまま、涼しげに応じた。
「もちろん、形式上はそうでしょう。」
その言葉に、カタリーナは胸の奥に鈍い痛みを覚えた。
形式上。
つまり、心から認めるつもりはないということだ。
セレスタ家の威厳を保っていられるのも、私の実家、リベルタ家のおかげなのに。
そう、カタリーナの実家であるリベルタ家は、セレスタ家の資産減少に伴い、金銭的な援助を行った家だった。
それがあってこその、この結婚だったのに。
「ですが、時代は変わります。」
義母はそう続けた。
「レオナルドには、よりふさわしい未来が必要です。あなたには、理解していただけると信じています。」
私が相応しくないということ。結局は平民だから。
何が「時代が変わる」だろう。爵位や家柄に縛られる方が、よほど古いじゃない。
カタリーナは悔しさを押し殺しながら、静かに心の中で呟いた。」
カタリーナは、胸の奥で静かに拳を握った。
それなら、子どもたちも私が平民だから、セレスタ家に相応しくないとでも言いたいのだろうか?
胸にこみ上げる怒りと悲しみを、必死に押し殺しながら。
何があっても、私は子どもたちを守らなければ‥‥。
応接間に流れる張りつめた空気の中で、カタリーナは静かに、自らに誓った。
カタリーナたちは穏やかな日々を重ね、子どもたちも日に日に笑顔を取り戻していた。
そんなある日の午後だった。
(レオナルドは王都での政務のため、この日も不在だった。)
屋敷の門番が慌ただしく駆け込んできた。
「奥様、侯爵夫人様が……お越しに。」
カタリーナは一瞬、手にしていた本を閉じる手を止めた。
お義母様が?
珍しいことだった。
結婚後、義母が自ら屋敷を訪れることはほとんどなかったのだ。
レオナルドが帰ってきたからだろうか、とカタリーナはふと思った。
カタリーナは静かに呼吸を整え、応接間へ向かった。
あえてレオナルドがいない時を狙ったのだろうか。そんな考えが、静かに胸をよぎった。
義母は、以前と変わらぬ冷ややかな威厳をまとって、静かに腰掛けていた。
「お久しぶりですね、カタリーナ。」
柔らかい言葉とは裏腹に、その声音には、もともとカタリーナを気に入らないと思っていた感情が滲んでいた。探るような棘と冷ややかさが、隠しきれずにあらわれていた。
「こちらこそ、お義母様。お元気そうで何よりです。」
カタリーナは礼儀正しく微笑みながら応じたが、心の中では深いため息をついていた。
侍女が静かに茶を運ぶ間も、義母の鋭い視線はカタリーナを逃さなかった。
そして、茶器を手に取ると、ふとつぶやくように言った。
「そろそろ、次の準備を考えなければなりませんね。水面下では、すでに動いておりますが。」
意味深なその言葉に、カタリーナは小さく眉をひそめた。
「……次、とは?(水面下?)」
義母は微笑みを崩さないまま、カップを受け皿に戻した。
「レオナルドにも、そろそろ正式なお相手をお考えになる頃でしょう。」
カタリーナの心臓が、一瞬だけ跳ねた。
何を、言っているの?正式な相手?
「もちろん、家族のためにも、立場のためにも。」
あくまでも穏やかに、しかし確実に、義母はカタリーナの心を突き刺す言葉を紡いでいった。
カタリーナは静かにカップを持ち上げながら、胸の奥に冷たいものを感じていた。
どうして、わざわざ私にこれを伝えに来たのか。
息子に直接言うでもなく、レオナルドの不在を狙って、私だけに。
それは、まるで先に私を追い詰め、身を引かせるための布石のように思えた。
静かな応接間に、微かな茶器の音だけが響いていた。
カタリーナは、静かにカップを置いた。
「お母様、私はレオナルドの正式な妻です。」
声は震えなかった。むしろ静かに、凛と響いた。
義母は微笑みを崩さぬまま、涼しげに応じた。
「もちろん、形式上はそうでしょう。」
その言葉に、カタリーナは胸の奥に鈍い痛みを覚えた。
形式上。
つまり、心から認めるつもりはないということだ。
セレスタ家の威厳を保っていられるのも、私の実家、リベルタ家のおかげなのに。
そう、カタリーナの実家であるリベルタ家は、セレスタ家の資産減少に伴い、金銭的な援助を行った家だった。
それがあってこその、この結婚だったのに。
「ですが、時代は変わります。」
義母はそう続けた。
「レオナルドには、よりふさわしい未来が必要です。あなたには、理解していただけると信じています。」
私が相応しくないということ。結局は平民だから。
何が「時代が変わる」だろう。爵位や家柄に縛られる方が、よほど古いじゃない。
カタリーナは悔しさを押し殺しながら、静かに心の中で呟いた。」
カタリーナは、胸の奥で静かに拳を握った。
それなら、子どもたちも私が平民だから、セレスタ家に相応しくないとでも言いたいのだろうか?
胸にこみ上げる怒りと悲しみを、必死に押し殺しながら。
何があっても、私は子どもたちを守らなければ‥‥。
応接間に流れる張りつめた空気の中で、カタリーナは静かに、自らに誓った。
237
お気に入りに追加
992
あなたにおすすめの小説

年に一度の旦那様
五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして…
しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
21時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

最愛な人~嬉しい時も哀しい時も側にいてくれた~
クロユキ
恋愛
捨てられた侯爵夫人の一年間の番外編です。
ソフィアの生まれ変わりマーガレットの話しになります。
読んで貰えたら嬉しいです。
誤字脱字を気にしないと言って貰えたら幸いです。
よろしくお願いします。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

戦場からお持ち帰りなんですか?
satomi
恋愛
幼馴染だったけど結婚してすぐの新婚!ってときに彼・ベンは徴兵されて戦場に行ってしまいました。戦争が終わったと聞いたので、毎日ご馳走を作って私エミーは彼を待っていました。
1週間が経ち、彼は帰ってきました。彼の隣に女性を連れて…。曰く、困っている所を拾って連れてきた です。
私の結婚生活はうまくいくのかな?

君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか
砂礫レキ
恋愛
十九歳のマリアンは、かなり年上だが美男子のフェリクスに一目惚れをした。
そして公爵である父に頼み伯爵の彼と去年結婚したのだ。
しかし彼は妻を愛することは無いと毎日宣言し、マリアンは泣きながら暮らしていた。
ある日転んだことが切っ掛けでマリアンは自分が二十五歳の日本人女性だった記憶を取り戻す。
そして三十歳になるフェリクスが今まで独身だったことも含め、彼を地雷男だと認識した。
「君を愛することはない」「いちいち言わなくて結構ですよ、それより離婚して頂けます?」
別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。
そして離婚について動くマリアンに何故かフェリクスの弟のラウルが接近してきた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる