鳥籠の花嫁~夫の留守を待つ私は、愛される日を信じていました

吉乃

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危機を乗り越える

幸せを取り戻すために

ティモシオの気持ちを確かめた私は、ゆっくりと立ち上がった。

もう、迷っている場合じゃない。
守るべきものがあるなら、私はそのために動かなくてはならない。

レオナルドの侯爵家に、ティモシオを奪わせるわけにはいかない。
たとえどれほどの権威を持っていても、私たちの暮らしや想いを踏みにじることは許されない。

頼れる場所。まず浮かんだのは、リベルタ家。

私の実家。
かつては商会を営む富裕な家だったが、今では貴族にも匹敵するほどの影響力を持っている。
そして何より、私の兄が家を継いでいる。

兄フェルナンドなら、力になってくれるかもしれない。
私たち姉弟の仲は決して悪くなかった。昔から、無口だけれど私を気遣ってくれていた。

先ずは、文を出そう。

私は机に向かい、静かに筆をとった。
言葉を選びながら、一文字ずつ丁寧に書き連ねていく。

恐れや戸惑いもあるけれど、今は前を向いて進むしかない。
子どもたちを守るために、そして、自分自身の未来のために。



数日後、リベルタ家の屋敷から返事が届いた。
分厚い封筒には、兄フェルナンドの筆跡で、力強く私の名が記されている。

手紙を開くと、そこには短くも的確な文面が綴られていた。

『すぐに来い。話は屋敷で聞こう。必要な支度はこちらで整える』

兄らしい、ぶっきらぼうで無駄のない言葉。
けれど、その一文に込められた意志と支えが、胸に沁みた。

私はすぐに出発の支度を始めた。
屋敷を空けるあいだ、ティモシオとリヴィオを誰に預けるか考えたが、ダリオが信頼できると判断し、子どもたちにも納得を得た上で短い旅に出ることに決めた。

兄に会わなくては。

私は静かに扉を閉め、リベルタ家へ向かう馬車へと乗り込んだ。



リベルタ家の屋敷は、昔と変わらぬ威厳と温もりを併せ持っていた。
正面玄関に降り立つと、使用人たちが丁寧に出迎えてくれたが、私は心ここにあらずのまま屋敷の奥へと通された。

待っていたのは、兄フェルナンド。
書斎の奥の椅子に座り、静かにこちらを見つめていた。

「……久しぶりね、兄様」

私がそう声をかけると、フェルナンドはわずかに頷いた。

「文面から察するに、相当切羽詰まっているようだったな」

「ええ……お兄様にしか頼れないと思ったの」

フェルナンドは立ち上がり、窓のそばへ歩いていく。
陽の光が彼の横顔を照らし、その鋭さと静けさが際立つ。

「レオナルドの一族が動き始めたか」

「……ティモシオを、跡継ぎとして迎えたいと言ってきたの。
でも、そのために母である私の存在がふさわしくないと遠回しに言われたわ。
私自身の交友関係まで制限しようとしてきた」

フェルナンドの眉がわずかに動く。

「子どもだけ奪って、母を切り捨てるつもりか。あの家らしいな」

私は、小さく唇を噛んだ。
けれど、次に兄が言った言葉は、思いがけないものだった。

「……安心しろ、カタリーナ。
お前が戦うなら、リベルタ家も黙ってはおかない」

フェルナンドは机の引き出しから一枚の書状を取り出し、蝋印を押す準備を始めた。

「レオナルド侯爵家の後見人、あの義母だな、今も院政のように屋敷を動かしていると聞いている。
あの女に対抗するには、我が家の名だけでなく、商会連盟の支持も必要になる」

「商会連盟……?」

「今も我が家は最大出資者だ。王宮の財務局に睨みが利く。
法的な保護請求と、爵位継承における『親権者の適正』に関する申し立てを起こすことができる。
もちろん、侯爵家にとっては面倒な展開だ」

私は思わず息を飲んだ。
兄はずっと表に出てこなかったけれど、その実、今でもこの国の根幹に深く関わっている。

「このまま子どもを奪われる筋合いはない。
お前が望むなら、リベルタ家として全面的に支える」

「兄様……」

心に堰が切れたように、熱いものが込み上げた。
守られるだけの存在ではない。
けれど、こうして味方がいると思えることが、どれほど心強いことか。

この戦いに、ひとりではないと思える瞬間があるだけで、こんなにも胸が温かくなるなんて。
過去の後悔も、痛みも、すべてを乗り越えて前を向ける気がした。

私は、一人で抱え込むしかないと思っていた。
けれど今、兄の言葉に救われた。

誰かの支えがあることは、弱さではない。
背中を預けられる場所があるからこそ、私はまた立ち向かえる。
この手に、大切なものを守る力を取り戻すために。

書斎の窓から差し込む光が、兄の背を包むように伸びていた。
その光の一部が、私の胸の奥にも静かに灯るのを感じた。

どんなに過去に傷ついても、人は希望を手放さないかぎり立ち上がれる。

そして今、私にはその希望が、確かにある。
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